反響
幼児時代の第四代皇帝ナディーヤ・ワカコが、皇紀九九九九年のこの時代にタイムリープしてきたという、突拍子もない記者会見での発表は、それを見ていた者に深刻な困惑を生み出した。
何しろ、時のムリーヤ国政府も、皇室の私的な家宰機関である宮内省も、その記者会見の内容を大真面目に追認する公式声明を発し、現下、都鴇宮・彗依と勝柄・美雪と、その間に居るナディーヤ・ワカコの三名を、今上皇帝夫妻に准う地位にあるものとして扱うことを表明したからである。
その上、事態に懐疑的な、正常な感覚の持ち主からの本人鑑定要求に対しても、誠実かつ迅速に応じて、記者会見の最後にナディーヤ・ワカコが嬉々として捺しまくって配布した手形と、各種博物館などに収蔵されている、第四代皇帝ナディーヤ・ワカコが触れた記録が正式に残っている「聖遺物」とを、比較検証作業に供した。
そして愈々、聖遺物から検出された指紋と、現代に現れたナディーヤ・ワカコの手形の指紋が一致すると、否応無しにナディーヤ・ワカコが第四代皇帝その人であることを認めざるを得なくなった。
何しろ、「こすもす」は宇宙島である。
その外は無重力にして真空の宇宙空間であり、皇紀九九九九年が如何に進んだ科学技術を持っていると言っても、空気は宇宙生活に於いて貴重な資源の一つであり、その流出を阻止するため、厳重に管理されたエアロックで宇宙島の出入りは監視されている。
そしてその出入りに、ナディーヤ・ワカコは当然乍ら記録された形跡が無かった。
国家権力を用いれば、聖遺物の指紋や、宇宙島の出入りの記録改竄は、決して不可能ということはない。
が、だからと言って、そこまでしてナディーヤ・ワカコが第四代皇帝その人である、という証拠になるものを捏造しなくてはならない必然性を、懐疑的な人々でさえ見出すことが出来なかった。
従って、ナディーヤ・ワカコ=ナディーヤ・ワカコであるという等式が成立し、皇紀九九九九年に至っても篤く皇室を奉じる向きが強いムリーヤの人々は、賢帝の一人に数えられ今も尊崇されている第四代皇帝ナディーヤ・ワカコの若き日の姿という存在を、旧言語の概念から恐れ多くも、
「アラヒトガミ」
として敬意を払い、遠巻きながら見守る姿勢を固めた。
それが、記者会見から一ヶ月経った頃のことだったのだが、依然として美雪の言うところの「可愛い可愛い私のナディ」は、元の時代に戻る気配が無かった。
親として常に、彗依と美雪の何か、或いは両方が傍に侍って暮らしているのだが、ナディは一度として彼らの視界の外に消えることもなく、ただただ代親(精神的には実親)の傍に居られるのが嬉しい! という気持ちを隠しもせず、天真爛漫に彼らを慕う気持ちを顕にして、彼らや、彼らに遠巻きに侍る侍従や侍女、護衛の人々を内心、悶えさせていた。
何しろ、第三代皇帝アタナシア・コスミカ・リコとその皇配コメート・ホシヒトは、美男美女のカップルであることで有名だった。
その間に生まれた一人娘であるナディーヤ・ワカコは、両親から良いとこ取りをしたらこうなる、という典型的な容姿であり、親の贔屓目を差し引いても、詰まる所、美幼女だったのである。
そしてよっぽどの子供嫌いでない限り、非常に可愛らしい幼児から、一心に慕われているのを目の当たりにして、胸が、
「キュン」
となるのは当然の摂理だった。
それはさて置き、当のナディとの会話から、どうやらキチンと(?)自分の今の居場所が、本来の元の居場所とは異なることを認識していることが分かったので、戻りたくはないのかを訊ねたところ、
「んっとねー? おばーちゃま、いーよってゆってるの。わたち、いっぱいあしょぶの。ばいばいすゆの、まだよって」
と言い出したことから、どうやらナディには守護霊として第二代皇帝アレクサンドラ・エリコが憑いていて、しかもその存在が見えていて対話出来るらしいことが発覚したので、色々と母親に迷惑をかけた自覚のある美雪は、ダラダラと嫌な汗が流れ出した。
「ナディ、おばーちゃま、マーマのこと、怒ってないかな?」
と思わず訊ねると、
「んとねー、おばーちゃま、いちゅもゆーの。ちかたないって。
でもだいちゅきよって。
ぷんぷんじゃないよ?
わたちも、マーマ、だいちゅきよ?」
と言うものだから、目頭が熱くなるのを感じて、母親の泣き顔を見せたくなくて、美雪はナディのことを抱き締めてしまったのだった。




