3章 第35話N 改造人間なのじゃ
完全に『女性三人組』となった皇国出身のジル・ミーシャ・ペトラの三人には、日常生活に支障が出ないか確認するため、三日ほど軽い運動以外の行動を禁じておく。
室内で軽く体を動かした感じでは元の手足と何ら変わらないというミーシャとペトラに対し、ジルは元の身体との違いに少々戸惑っており、施術前より頭一つ分近く身長が低くなったことと、胸の双球によって足元が見えにくくなったため、慣れるまで大変であると嬉しそうに話してくれた。
「三日経過しても問題が無かった場合、次の段階へ進むのじゃ。それまで違和感などあれば、些細なことでもいいから言うのじゃぞ? それと三日間は魔術の行使、魔力の使用を禁止するのじゃ。魔道具も駄目じゃからの、必要ならマリエルかヨーゼフ等、近くにいる者に頼むと良いのじゃ」
三人の嬉しそうな返事を聞いて、実験室を後にする。地下を出てぶぞーととーごーに見張りの礼を言うと、あろうことかヒデオから通信があったという。緊急ではなかったため取り次がなかったと言うぶぞーから通信機を受け取り、腰に下げた空間庫ではないポーチに放り込む。
初めてヒデオの方から通信をしてくれたというのに、何とも間の悪いことである。
「折り返さなくていいのかしら~?」
「用があるならまたかけてくるじゃろ。まずは昼飯なのじゃ」
単に折り返し連絡を入れる勇気が無いだけなのは自覚している。多少落ち着いたとは言え、やはり自分からアクションを起こすのは怖い。時間的に良い言い訳があったことに安堵し、食堂へと足を向ける。
「ナナさん、お疲れ様でした。無事成功したようで……え?」
食堂に入るなり笑顔を向けてきたアルトだったが、ジルの姿を見て固まった。ふふふ、アルトにはペトラの両腕を再生する事しか話していないのだ。驚くが良い。
「改めて自己紹介しますわぁ、ナナ様のお陰で女として生まれ変わった、ジルフィード改めジルフィールよぉ。よろしくお願いしますねぇ」
「なんじゃ、大して変わっておらんが改名もするのかのう?」
「ええ、ジルフィードは男性名ですのよぉ。ワタシは女ですから、名前も変えませんと! ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう! ワタシが女性に生まれ変わり、こんな可愛い服まで着れるなんて!!」
そう言ってくるりと一回転するジルの服装は、ヴァルキリー用に作ってあったカットソーとプリーツスカートを調整したもので、回転して翻ったスカートの奥からチラリと白い下着が見えてしまった。
「ふふふ、はしゃぐのは良いが、立ち回りに気を付けぬといかんのう。下着が見えておるぞ?」
「あらやだごめんなさい、恥ずかしいわぁ」
「かっかっか、わしも通った道じゃ。徐々に慣れるのじゃ」
嬉しそうなジルを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。身内ではないが敵でもないということで実験の対象としたのだが、副作用などが起きないよう心から祈っている自分に気づく。
似た境遇だったせいだろうか、既に半分以上身内のようなものだと思ってしまっているのかもしれない。
遅れて食堂に姿を見せたダグにも同様の説明をするが、アルトほどの驚きは無かったようで、逆に「俺の身体も改造しろ」と言い出した。馬鹿だこいつ。
その辺りでようやく再起動を果たしたアルトだが、予想通り笑いだした。
「は、はははは、ははははは! 種族の創造に続いて生命体の改変まで!! ナナさん、やはり僕とけっ「言わせぬ!」むぐっ!?」
アルトの顔面にスライム体で飛びつき、口と鼻を塞いでやる。しばらく黙らせておこう。
しかし窒息の苦しみにもがくアルトが、幸せそうな表情を浮かべている事に気付いて「うわぁ……」と呟いてスライムを義体の元へ戻し後ずさりしてしまった。
荒く呼吸するアルトの姿をダグまで呆れ顔で見ているが、元好敵手のこんな姿を見る心境は複雑だろうなと同情する。しかしこんな姿にしてしまった自分の事は棚上げしておく。
それにしてもアルトと言いリオと言い、自分であれば義体だろうとスライムだろうとお構いなしというのは嬉しいのだが、ちょっと引くわー。アメリーとコリンナが食堂に降りて来る前で本当に良かった、子供に見せていい顔ではない。
全員揃ったところで昼食を取り、まだ仔猫を見せていないアメリーとコリンナ、そして皇国組の三人に仔猫を見せてやったところ、アメリーとコリンナが仔猫の前から動かなくなってしまった。そして縋るような目を向けた二人から話を聞くと、仔猫を自分達で育てたいと突拍子も無いことを言い出した。
流石にそれは駄目だと断ろうとしたのだが、三匹の仔猫が生まれた日と、三人の友達を失った日が同じだからと言われては、断れるわけがない。二人共気丈に振る舞ってはいるが、目の前で友達を殺されているのだ。
「仕方ないのう、でも生後二ヶ月は親から離すことはできんのじゃ。八月まで我慢できるかのう?」
「うん! ありがとうナナ様!」
「ナナ様大好き!」
両側からアメリーとコリンナに抱きつかれながら「仔猫が驚くから静かに」と言うと、ハッとした顔で小声で即座に謝ってきた。二人の頭を撫でながら、やはり子供は笑顔が一番であると改めて思う。
その日の夕方にアメリーとコリンナの二人を両親の元へと戻し、両親に抱きつき号泣する二人を見て、やっぱり無理をしていたんだなーとか、セレスが少し寂しそうだなーとか思いつつ、二度と悲劇を起こさぬように軍用ゴーレムでも増やしておこうかなーとか考える。
本音を言えばプロセニアに今すぐ侵攻し、奴隷狩りに関わる者全てを薙ぎ払いたいところだが、それよりは身内と自分の国を守ることを優先させなければいけない。
アトリオンに戻り軍用ゴーレムの試験機を作りつつ、ミーシャたちの衣類・下着類も作り、三日もすると皇国組とリオ・セレスは大分仲良くなり、アルトとダグもそれなりに話すようになっていた。
そして三日目の朝、ジル・ミーシャ・ペトラの三人は「身体の不調は一切無い」と言うので、次の段階に移るため庭に全員を集めた。
「まずはジル、魔力回路に異常が無いか何か術を使って見せよ」
「ええ、やってみますわぁ……光の魔素よ我が手に集まりて闇を照らしたまえ……」
術式を唱えるジルの手に光の魔素が集まり、やがて輝きを放つ光球へと姿を変えた。ジルは魔術が使えたことに驚き、次いで高位の術も試すと問題なく発動したことで、その場でへたり込んで瞳に涙を浮かべた。アルトはそれに驚愕の眼差しを向けていた。
「ワタシ、また魔術が使えるように……ナナ様、なんとお礼を申し上げればよいか……」
「ふふふ、よいよい。次はミーシャ、魔道具に魔力を流す感覚はわかるの? それと同じ様に脚へ魔力を流してみるのじゃ」
「わかったにゃ! ……うにゃ!? 不思議にゃ感じがするにゃ?」
自分の足元を見て、違和感におろおろするミーシャを見ながら、にやり、と口の端が上がったのが自分でもわかった。
「その場で真上に高く跳んでみるのじゃ」
「はいにゃ。ていっ!」『ドゴッ!』
屈み込み反動をつけてジャンプしたミーシャの足元から、奇妙な音と土煙が上がった。同時にはるか頭上から、「ぎにゃああああああ!!」という叫びが聞こえてきた。あまりにも想定どおりの展開に、ミーシャの姿が見れない。見た瞬間に爆笑してしまう自信がある。
「高い、高いにゃ! ちょ、助け、落ち、びにゃあああああああ!!」
気配から察するに、立ち上がった中級ドラゴンの頭上を越えるくらいの高さまで跳んだようだ。安全のため落下予想地点に、クッション代わりのスライムを大量に出しておいて待ち構える。
「うにゃあああああああああ!!」『びちゃっ』……『ぽいっ』
「にゃ!?」
スライムに着水したミーシャの勢いを殺し、横からぽいっと放り捨てる。ミーシャはくるんと回転して綺麗に着地したが、ああ、もう駄目だ。
「ぶほっ!」
堪えきれず吹き出し、腹を抱えて大笑いしてしまった。ピーンと立った尻尾の毛を逆立ててぽかーんとしているミーシャの顔が、余計に笑いを誘う。
「にゃにゃ、様……いったいにゃにがあったにゃ……」
「くくくっ、強化したと言ったじゃろうが……はぁ、はぁ、はぁ、いやあミーシャよ、面白いものを見せてもらったのじゃ……ぷっ、くくくっ」
唖然としていたジルとペトラも、ミーシャの様子を見て徐々に笑いがこみ上げてきたようで、必死に堪えていた。リオとセレスは一瞬とはいえスライムに包まれたミーシャが羨ましいのか、ミーシャよりスライムのほうに釘付けである。
「ほほほ、ナナ様意外といけずねぇ。もしかして交換した魔物の筋肉の効果かしらぁ?」
やっと落ち着いた頃には、ミーシャは軽く涙目であった。なんだこの加虐心がそそられる可愛い生き物は。狐獣人族のニースといい尻尾の魔力か。
「ジルの言う通りじゃ、交換した骨は魔力を通すと硬度が増し、筋肉は力が増すのじゃ。およそ3倍といったところかのう、ペトラとジルも試してみるとよい。じゃがミーシャのようにならんようにの?」
「やってみますわぁ。ところで一つお聞きしたいのですけどぉ、ワタシたちの身体に使われた魔物って何でしょう?」
「ドラゴンじゃ」
「……え?」
「下級のグランド・ドラゴンとかいう奴じゃったかな?」
三人全員目と口を大きく開いて固まってしまった。くすくす。
正直下級のドラゴンなら銀猿と大差ないのだが、インパクトという面ではドラゴンの方が遥かに上だ。おかげでこの顔が見れたので、自分の選択は間違ってはいなかった。
しばらくしてようやく立ち直った三人は乾いた笑い声を発した後、顔を引き攣らせながら身体の確認を始めた。
ペトラは腕だけで背筋の交換はしていないためそれほど重いものは持てないが、武器や盾を振り回すだけなら十分すぎるほどだと言う。
ジルは全身に魔力を通すことで、少し前のゴリマッチョな肉体より少し上程度の筋力を得られたそうだ。
概ね実験は成功である。あとは経過観察だな、と思っていたところに、おずおずと三人が近付いてきて目の前で膝をついた。
「ナナ様、どうか我らをナナ様配下の末席に加えて頂けないでしょうか。もはや我ら三名とも、他にご恩を返す術がありません。我らの心も、体も、命も、全てナナ様へ捧げます。どうか我らにご恩に報いる機会をくださいますよう、何卒お願い致します」
「別に構わんが、おぬしら皇国には戻らんでよいのかのう? 落ち着いたら皇国方面にも観光で行くつもりじゃから、ついでに連れて行こうと思っとったが」
いつものオネエ口調ではなく真面目に話すジルの申し出は、正直嬉しいものであった。だからこそ、彼女らの本気の言葉には、本気で返さねばならない。
「それにレーネハイトや傭兵団はどうするのじゃ? わしは他国の問題に口を出す気は無いが、おぬしらにとっては今はまだ自国の問題じゃ。しかしわしの配下となれば、国同士の問題となろう。すべき事を終えてからでも良いのじゃぞ? しばしよく考えると良い」
「はい……ありがとうございます、ナナ様……」
ジル達は苦悩の表情を浮かべて項垂れている。
彼女達にもやりたい事はあったはずだ。それができるようになったのなら、やればいい。
誰かに行動を縛られるのは、やりたいことをやりつくした後でも十分なはずである。
「それにジル、おぬしは他にも考えねばならんことがあるのじゃ。わしとジルの性別について知っておるのは今ここにいる面子だけじゃが、今後どうするつもりじゃ? わし自身は特にこれ以上誰かに知らせる必要は無いと思っておるがの」
「それでしたらぁ、元のワタシを知っている人には話したいと思っていますわぁ。それと、将来のだんな様にも……もちろん、ナナ様の許可さえ頂ければ、ですけどぉ」
「ふふ、そうか。好きにするがよい、わしは止めぬ。しかし……拒絶される可能性もあることは、理解しておるの?」
「そんな男でしたら、こちらから願い下げですわぁ」
強いなあ、ジルは。それに比べて自分はどうか。
ヒデオに気持ち悪がられるかもしれないことが怖くて、伝えられないままなのだ。そんなことを考えていると、自然と苦笑いが浮かんでくる。
「何にせよ……よく考えるのじゃ。人は生きたいように生きるべきじゃからの」
再度頭を下げたジル達をその場に残し、側近達を伴って会議室へと向かう。
「ナナさん、ジル君の魔力回路修復と施術内容について、あとで教えて下さい」
「うむ」
「ナナ、俺もドラゴンの身体と入れ替えろ」
「ジルたちの経過観察後、問題なかったらの」
会議室についたとたん、アルトとダグが続けて口を開いた。アルトはいいとして、ダグはどこへ向かおうとしているのか。今でも既に物理戦闘において人類最強だと思うのだが。
「姉御、スライム浴したい」
「ナナちゃん、私もスライム浴したいわ~」
「却下じゃ」
そして顔を赤らめたこの二人もどこへ向かおうとしている。断った途端悲しそうな表情に変わった二人は置いといて、話を進めよう。
「アルト、皇国とプロセニアに送れる斥候はおるかのう?」
「ゲートゴーレムを用意してもらえればすぐにでも。プロセニアは王都近郊に、皇国は最も西にある都市の近郊に設置します」
「わしの持つ予備を渡しておくのじゃ。両国とも情報の収集、皇国はレーネハイトと四大貴族についても調べよ」
「ええ、お任せ下さい」
何故かニヤニヤしているアルトだが、恐らく自分がレーネハイトのことを調べるよう命令したせいだろう。他国の問題だろうと何だろうと、既にジル達は身内のようなものだ。それくらい良いじゃないか。
そんなアルトの生暖かい視線をスルーしていると、リューンから来客を知らされた。一瞬ドキッとしたが、ザイゼンの位置はまだ王都だ。誰なのかと聞くと狐獣人族のニースだと言うので、なんだ、とほっとして構わないから通すようリューンに命じる。
少しして会議室に現れたニースだが、ひと月ちょっと前と比べて容姿に違和感があった。中性的で凛々しさが見えた顔が、何となく穏やかな女性寄りの顔に見える。
「ナナ様! 僕もナナ様のお側に置いて下さい!!」
「わかったのじゃー」
そして最大の変化。開口一番頭を下げたニースの後ろにゆらゆら揺れる、『二本』の尻尾が心を惹きつけて離さない。
側近にするなら誰にも邪魔されず、存分にモフモフを堪能できるじゃないか! しかも二倍!! そう思った瞬間無意識に返事をしていた。
アルトとダグの苦笑する姿が視界に入るが不可抗力である。




