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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第28話N 気付いてしまったのじゃ

 ダグサオンの外で疲れきった表情のオーウェンと合流し、アトリオンのヒデオ邸の庭にゲートゴーレムを飛ばして転移した。

 屋敷に被害があった報告もないし、別に怒ってはいないのだが、オーウェンもヒデオも真っ青な顔である。そんな些細なことで国や街を滅ぼす気は無いと言っても、口ではわかっていると返事をしてくれるが態度が変わらない。くすん。


 ヒデオ邸から歩いて数分の自分の屋敷に向かっていると、道を塞ぐ兵士の一団ともみ合いになっている人達が見え、その中に傷だらけの魔道具屋の店主の姿を発見した。向こうもこちらに気付いたようで、慌てて駆け寄って来くると膝をついて謝りだした。

 何があったのか事情を聞くと、預けた二十個の魔道具全てをドルツが金貨一万枚で買い叩き、翌日には壊れた、粗悪品を売りつけられた、詐欺だ、と難癖をつけて店主を拘束、売上金も奪われたそうだ。

 魔道具の生産者である自分の事を話せば開放すると脅され、ナナ様のことを話してしまったと顔を歪ませて涙をぼろぼろと落とす店主に、治療魔術をかけて立ち上がらせる。


「酷い怪我じゃったのう、そんなになるまでわしのことを庇ってくれたのじゃな。皆も、知らせてくれたこと、礼を言うぞ」


 魔道具屋の店主のほかにも、一刻も早く自分に事の次第を知らせたいと多くの商人達が集まってくれており、そちらにも笑顔で礼を言っておく。その商人達は一緒にいるヒデオ達に気付き、ティニオンの英雄が妖精を救いに来たと喜んでいた。しかし恐らくティニオンの英雄は、魔王である自分からアトリオンを守るために一緒にいるのだとは流石に口にできない。


 それにしても単に自分の屋敷が襲撃を受けただけならば良かったのだが、他の者に被害が出たとなれば話しは別である。きついお仕置きが必要と考えるが、四人の側近のうち誰が行っても間違いなく地形が変わるし、自分が行くのも却下されるだろう。それに領主と敵対となると、今後のことも考えてやり過ぎるわけにもいかないし、正直面倒くさい。

 そうなるとこの国の問題でもあるし、オーウェンに全部任せるのが妥当だろうかと考える。ダグサオンでゼル国王と話がついてるみたいだし、どうやってオーウェンに丸投げしようかと考えていると、兵士達と話をしていたヒデオとオーウェンが戻ってきた。


「嬢ちゃんすまねえが、こっから先は俺らに任せてもらえねえか。もちろん無理にとは言わねえが――」

「今夜の酒で手を打つのじゃ」

「できれば……って随分あっさりと許可するじゃねえか、ありがてえ。ヒデオ手伝え」


 まさに渡りに船。しかもお酒のおまけつきときたら、快く任せようではないか。ふふん。

 兵士達を連れて襲撃を受けた屋敷に向かう二人を見送り、残ったエリー達に連れられてヒデオ邸でしばらく待つことにした。普通ならたった二人で行かせるなんて、と思うところだろうが、今のヒデオとオーウェンなら、千人規模の兵士ともそこそこ戦える強さだから大丈夫だろう。

 そもそも魔道具屋の店主が傷付けられた件は腹立たしいが、自分の手で直接でなくても、領主に罰を与えられるのであれば十分である。




 ヒデオ邸ではのんびりエリー達とお茶と飲み、茶菓子を楽しんでいると、そうだ、と呟いたエリーが一度キッチンに引っ込んで、小瓶を持って戻ってきた。


「ジース王国が輸出してるけど、なかなか手に入らないのよね、これ。ナナったら、帰るときに蜂蜜全部置いていったでしょ? そのお礼よ」


 そう言ってエリーが開けた小瓶に入っていたのは、漂白されていない茶色のきび砂糖だった。これでお菓子作りや料理のレパートリーが増やせると考えた次の瞬間、喜びのあまりエリーに抱きついていた。


「おお、ありがたいのじゃ! 蜂蜜もよいが、砂糖で作るお菓子もまた格別じゃからのう!」

「異界の蜜蜂凄い。会話できるナナ、どうかしてる」


 蜂蜜の話題で思い出したのか、サラが呆れたような視線を向けてきた。エリーの胸に顔を埋めながら言葉を詰まらせていると、ダグまで笑っているではないか。後で何かお仕置きしよう、そう思いながら周りを見渡すと、アルトが魔道具屋の店主と話をしていた。いつの間に連れて来た。


「アルト、何かあったかのう?」

「ナナさん、魔道具屋の店主なのですが、兵士に店や商品を壊され商売が難しいそうです。そういう事ならばいっそ、僕達の新都市で店を開かないかと勧誘していました。商売に関しては素人しかいませんからね、彼を通して他の商人や職人にも声をかけてもらおうと思っています」

「それは助かるのう、しかし都市ができるまでまだまだ時間がかかるではないか、それまでどうするのじゃ」

「ナナさんの魔道具の代金を、オーウェンを通して回収させます。そのお金を全て店主に渡し、準備金とすれば問題無いかと」


 頭上のスライムをぷよん、ぷよん、と動かしながら考える。特に問題は無い、そう思ったときに店主が真っ青な顔で声を上げた。


「ナ、ナナ様!? 全てって、金貨一万枚は多すぎます! 契約書通りの二割でも十分過ぎる程でございます!!」

「なんじゃ、商売人の癖に正直じゃのう。ならばその一万枚を使って、他に移住したい者らの支度金に回すよう、おぬしに取り纏めを頼んでも良いかのう?」

「は……はい! お任せください!!」


 これで良し、あとはアルトに任せるとしよう。なんて思っていると、今度はエリーとシンディが呆れた顔でこっちを見ていた。


「ナナちゃん、金貨数万枚使って妖精って呼ばれるようになったこと忘れてるかも?」

「相変わらず金銭感覚無いわね、一般的な下級貴族の年収で金貨五百枚程度よ?」

「何人連れていくつもり」

「……そういえばラッシュは元気かのー。どれ久しぶりに見てやるとするかのー」


 三人娘の呆れたような視線を背中に受けながら庭に出て、女性六人で狼型ゴーレムのラッシュと戯れる。もふもふしていると、エリー達に頭を撫でられた。感触がそっくりだと笑われたが、そりゃあ同じ狼の毛皮なんだから当然である。


 もふりもふられしていると、ラッシュの耳がぴくっと動いて門の方へと顔を向けた。ヒデオ達が帰ってきたようなので、エリー達と一緒に屋敷内へ戻ることにする。




 オーウェンの報告によると、領主のドルツ伯爵はNロゴの魔道具を買い付け、取引のある魔道具職人に解析させて量産するつもりだったらしい。しかし解析に失敗して全ての魔道具が壊れてしまい焦ったドルツは、魔道具職人の『ナナ』、つまり自分を拘束して魔道具を作らせようとしたそうだ。

 しかもNロゴの魔道具は公金を横領した金で購入しており、これまでもドルツの趣味の魔道具購入に、多額の公金が使われていた証拠が出てきたという。

 また、王より『ナナという白髪の少女への敵対行為を禁ずる』というお触れが出ていたため、反逆罪も加わって現在牢屋で処分待ちとの事だった。


「わしは怪獣か。アンタッチャブル扱いとはあんまりなのじゃ」

「言ってる意味はわかんねえが、ドルツは嬢ちゃんの名前も容姿も魔道具屋の店主から聞いた上での行動だったからな、同一人物だと思わなかったなんて言い訳通用しねえ。反逆罪が確定してから拷問で口を……って、嬢ちゃんに聞かせる話じゃねえな、すまねえ」

「大丈夫ですよオーウェン、ナナさんは拷問も手慣れていますからね。話を続けて下さい」


 言い淀んだオーウェンに、アルトが笑顔で続きを促している。おかしい、最初に出会ったリオですら見たことが無いはずなのに、と目を見開いて視線を向ける。


「ああ、ヒルダさんの集落にいたクザス、でしたっけ? 彼から聞いたんです。詳しく話すのは控えますが、そういうことなので話を続けて下さい」

「お、おう、そういうことなら……続けるぜ、嬢ちゃん?」

「余計なことを……。問題ない、オーウェン続きを頼むのじゃ」


 オーウェンはドルツの手の指の骨を一本ずつ砕く拷問で、横領の証拠を全て吐かせ、関わった者や子飼いの兵士も可能な限り軍の司令に命じて捕縛したそうだ。しかもたったの指三本で全て吐き出したらしい。

 自分がクザスに見られた拷問は確か、ヴァンの手下に治療魔術をかけながら腸を引きずり出して首にかけ、吐いて楽になるか吐かずに苦しみ続けるか迫った奴だったか。今思い出すと自分でもドン引きではあるが、「その程度の拷問か」とつい漏らしたらオーウェンが軽く引いていた。やばい、周囲を見るのが怖い。そう思って話を逸らすことにする。


「それにしても踏み込んだ後で証拠集めとはのう、普通は証拠を得てから踏み込むのが道理じゃろうに」

「速やかに解決しろとの親父――国王からの命令だ。そうじゃなきゃいくらオレでもここまで強引な手は使わねえよ。それに後手に回ると、また余計なちょっかいかけられそうだったからな」

「また?」


 以前何かあったのだろうか、そう考えながら首を傾げる。


「以前嬢ちゃんがこの屋敷に滞在してた時、何度か泥棒が入ったのを覚えてるか? あれもドルツ子飼いの兵士なんだよ。今はヨーゼフになっている、アンバーだったゴーレムに興味を持って盗み出そうとしたんだとよ」

「ああ、覚えておるぞ。道理で泥棒にしては技量が低いはずじゃ」


 これで完全に拷問の話題から離れたな、これでよし。この瞬間までは、そう思っていました。


「そういやナナって、あの泥棒達も空間庫に入れてたよな。お陰で衛兵につき出した時、相当怖い目を見たようですらすらと自白してくれたんだけど、あれもある意味拷問だよな……」


 やーぶーへーびー。こうなったら最後の手段。


「ともあれこれで一件落着かの? それなら戻って話の続きでもしようかのう」


 嫌な話題はさっさと終わらせるに限る。


「それなんだけど、オーウェンが領主代行として、しばらくアトリオンから離れられなくなっちゃってさ。オーウェンって書類仕事全然ダメだから、俺も手伝いに残ることになったから、ナナ達とはここでお別れになるんだ。せっかく会議に混ぜてくれたのに、本当に申し訳ない」


 えー……


 えー…………


 せっかくまたヒデオと会えたのにもうお別れかー。いっその事、アトリオンから魔導通信機で会議に参加しようかなー、わっしーの中に水晶型の通信機もあるし。そう思っていたところで、残念そうな表情を浮かべるエリー達三人娘が視界に入り、唐突に我に返る。



 自分は今、『誰』との別れを残念に思った?



 自分は『誰』と一緒に居たいと思ったのか。『誰』と離れたくないと思ったのか。


 それはヒデオ『達』ではなかった。


 ヒデオと一緒だから面倒でも会議に参加したのだし、ヒデオともっと一緒にいたいからここに残ろうと考えていたのだ。


 ヒデオの事を考えると、様々な感情が胸に渦巻く。ヒデオに嫌がれはしないかと不安になり、ヒデオが死ぬかもしれないと思った時は慌てふためき、またもヒデオと別行動になる事が決まると、寂しさで胸が苦しくなる。


 ダグとオーウェンが固い握手をしているのを見て、キモいなどと思ってしまった自分こそ、おかしなことになっているじゃないか、と呆れてしまう。


 向こうの世界では、確かに可愛いものが好きではあったし、羨ましいと思ったことはあるけれど、女そのものになりたいと思ったことは一度もない。


 当然恋愛対象も女性だったし、こっちの世界に来てからも、ヒルダこそが好みのタイプであった。



 犬のように懐いてくるリオが好きだ。真性の変態だが思慮深いセレスが好きだ。勝ち気なエリーも無口なサラも明るいシンディも好きだ。


 しかしいつからその『好き』が、異性に対する『好き』ではなくなっていたのだろうか。


 いつから心まで完全に女になってしまったのだろうか。


 いつから自分は――




「どうしたの、ナナ?」


 エリーの声で、我に返る。そうだ、ヒデオにはエリー達がいるのだ。自分が入る余地なんて無い。

 それに――自分は、元男性だ。今思えば、自分が元男性であることは、ヒデオ達には伝えていない。伝え忘れていたのではなく、意図的に伝えていなかった。


 ヒデオに気持ち悪がられるのが怖かったのだ。


「何でもないのじゃ、エリー。ではわしらは……そうじゃのう、旧小都市国家群の瘴気でも片付けてこようかの」


 今すぐヒデオの側から離れなければいけない。今の自分では、きっと友人関係すら壊してしまう。

 ただの同士、友人で良い。そんな繋がりだけは壊したくない。


「ナナさん、あの……会議は……」

「わっしーの中から通信で会議に参加すればいいじゃろ。別に危険なところに行くわけではないしのう」

「今の小都市国家郡跡を危険じゃないって言えるのは、ナナくらいのものだよ……」


 呆れた様子の声をあげるヒデオの顔が、まともに見られない。


「待ってくれ嬢ちゃん、アトリオンに代わりの領主が着いたら、オレ達と一緒にアイオンの王宮に行って欲しいんだが……」

「機会があればの。それと魔道具屋からドルツが奪った金は返しておくのじゃぞ。ではエリー、サラ、シンディ、また一緒に遊ぼうではないか」


 落胆するオーウェンを一瞥してエリー達と抱擁を交わし、互いに楽しい時間を過ごせたことのお礼を言いあい、笑顔を作ってヒデオ邸を後にする。その間ヒデオがどんな表情だったのか、一度も見ることができなかった。



 ヒデオ邸を出ると、寂しさは顔に出ていなかっただろうか、うまく笑えていただろうかと不安を抱えながら、足取り重く歩みを進める。すると突然わきの下から手が伸びてきて、義体をひょいっと持ち上げられた。


「なんじゃリオ、どうしたのじゃ?」

「屋敷まで抱っこしていきたい!」

「じゃあ私はこっちね~。……リオちゃん、交換しない?」


 義体のを持ち上げたのはリオであり、その両手で抱えられぷらーんぷらーんと運ばれ、セレスには頭上のスライム体を掴まれて、胸の谷間に押し込められた。

 義体の後頭部にはリオの双丘が、スライム体には全身を包む双球の柔らかさが伝わり、二人の優しさと柔らかな幸福感が、心に生じた大きな隙間を僅かだが埋めてくれるのを感じる。

 恐らく二人は元気付けようとしてくれているのだろう、そう判断して好意に甘えることにする。


 その夜は二人に抱かれたまま眠りにつき、翌朝早くにわっしーに乗り込んで北へと向かった。

 時たまダグが白狼ゴーレムに乗って地上の魔物を狩りに降りていたようだが、特に感心を向けることもなく、キューに瘴気の吸収を任せてぼーっと考える。



 確かに自分は女としてこの身体で生きる決意はしているし、女子に混じっている自分に違和感もなくなっていた。でもヒデオに対して抱いてしまった、抱いていたことに気付いてしまった今の想いを、どう自分で処理し、どう折り合いをつければいいのかわからず持て余していた。



 自分はいつから、ヒデオのことを好きになっていたんだろう。



 わっしーの窓に反射して映る自分の義体の顔を見ると、我ながら呆れて物も言えなくなる。



 まるで恋する乙女ではないか。



 深い溜め息と共に、頭上のスライムもでろーんと垂れた。

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