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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第27話O 稼ぎが酒代で消えていきそうだぜ

「この地で決まり、じゃのう。……問題ないのう?」


 何かを我慢するようにアルトに問いかけた嬢ちゃんだが、多分寂しいんだろうな。流石にオレ達もそろそろ戻る頃合だ。


「はい、最高の立地条件と思われますね。都市の場所はここから少し北の平原が良いと思います」

「ではその場所と異界を繋ぎに行くとしようかのう!」


 嬢ちゃんが出した白いゲートゴーレムの門を潜って平原に出ると、嬢ちゃんはそこで通信魔道具で誰かと話しながらまたゲートゴーレムに飛び込み、しばらくしてアルトやダグ達と同じ、白コートの男女を連れて出てきた。

 その二人は辺りをキョロキョロと見渡し深呼吸をしたり、夕陽や月を見て涙を流してたが、恐らく地上に来るのが初めての魔人族なんだろう。お揃いのコートを見る限り側近と言うやつだろうが、どっちもオレより強いのがわかるのが悔しいぜ。


 二人はリューンとイライザという名で、実質的に異界の都市運営をしてるのがこの二人だそうだ。そいつはちゃんと挨拶しておかないとマズいな。

 自己紹介が終わった頃、アルトがこっちに近付いてきた。この男が一番の曲者だ。だが嬢ちゃんに心酔しているのは間違いなく、その点だけは信用に値する。嬢ちゃんに惚れているような素振りを見せながらも、嬢ちゃんの幸せを考えてヒデオとなるべく一緒に居られるよう、この数日嬢ちゃんをなるべくわっしーの中から出さないようにしてたくらいだしな。

 端から見てりゃ、ヒデオも嬢ちゃんもバレバレなんだよ。二人共、特に嬢ちゃんなんか、事あるごとにチラチラとヒデオの様子を窺ってるしな。ま、エリー達も協力してるくらいだからオレは何も言う気はないがな。人の恋路にどうこう言える立場じゃねえし。

 んで、そのアルトがヒデオを見てるが何か用があんのかね。


「ナナさん、都市の計画について図面などを見て打ち合わせをしたいので、一度魔王都市へ戻りませんか? もちろんヒデオ君達も一緒に」

「ふえ?」

「ええ!?」


 嬢ちゃんとヒデオの変な声を聞いて、回りの皆がニヤニヤしてやがる。側近側と三人娘は知ってたな。


「いや、でも、地上人を異界に招くのは、身体にどんな影響があるか調べておらんし……」

「ナナさんの魔力を貰って平気な人が、魔素が多少濃いくらいでどうにかなるわけがありませんね。杞憂です。それにナナさんと同じ世界から来たヒデオ君にも意見を頂きたいので、魔王邸に滞在してもらいましょう。良いですね? ヒデオ君」

「え、あ、はい! 大丈夫です!」


 返事をしてからしまった、って顔でこっちを見たヒデオに頷きを返してやる。ったく、嬉しそうな顔しやがって。戻るのはまだ先だな。


 その後は狐獣人族の集落とゲートを繋ぎ、異界にも中継地点を作るらしい。確か異界の都市からこの辺りに直接ゲートを開けないとか言っていたが、そのせいか。


 狐獣人族の集落で顔合わせの済んだリューン達が、大きなズタ袋をニースに差し出した。ありゃアイテムバッグか、ニースの驚きようを見ると食料か。

 嬢ちゃんがへたり込んだニースの尻尾についた土を払ってるが、あの顔はやる気だな。ニタアって音が聞こえてきそうだぜ。


「ナナ?」

「ひうっ!? ま、まだ何もしてないのじゃ! ただ土を払い落としただけじゃ!」


 やっぱりやる気だったんじゃねぇか。ヒデオもよく見てるもんだ、全く感心するぜ。しかし調査中も思ったが、嬢ちゃんに強く言えるのはヒデオだけみてえだな。側近連中は甘やかしすぎじゃねえかと心配になるぜ。

 その嬢ちゃんはニースから卵を大量に受け取っているみてえだが、養鶏、っていったか。もっと早く狐獣人族と交流してりゃうちの国でも広められたのにな、オレも後で譲ってもらうよう交渉しておかねえと。




 そんで日も暮れたしって事で、今夜はここで宴会してから異界に行くそうだ。

 嬢ちゃんはまたマリエルさんとヨーゼフを呼び出して料理を手伝わせてるが、マリエルさんを見るたびに悲しくなるぜ。一目惚れかと思った直後にゴーレムだと明かされた、あん時の気持ちは忘れられねえよ。

 嬢ちゃんはまた出鱈目にでかい鍋作って大物を茹でてるみてえだが、障壁魔術のそんな使い方見たことねえよ。

 しかしめちゃくちゃいい匂いしてんな、エビとかカニって言ったか。魚にしたって泥臭い川魚しか食ったことねえからな、ちょっと楽しみだぜ。

 こないだのドラゴン肉といい今回といい、それどころか調査中に嬢ちゃんが空間庫から出してくれた料理といい、間違いなく食に関してはティニオン王家より良いもの食ってるな。国交が始まったら魔道具だけじゃねえ、料理関係も何とか貿易の項目にねじ込むよう兄貴達に言っておかないとな。



『『いただきます』』


 自然と生産者と料理人への感謝の言葉とか考えたこともなかったが、悪くねえ。今回は茹でたカニ、エビ汁、焼き魚が並んだが、どれも溜息が出るほどうめえ。特にマリエルさんが作ったエビ汁、野菜に染み込んだエビらしき味と香り、ぷりっとしたエビの食感、汁そのものの複雑な深い味、ドラゴン肉の料理に匹敵するほど言葉が出ねえ。

 何やらヒデオが嬢ちゃんと「ダシが利いてる」「ショウユが欲しい」とか「大豆が見つからない」とか話してるが、何のことやら。そんでそっからエリー達がコソコソと離れていくのが見えるが、露骨すぎだろ。って、二人共気付いてねえな。

 あっという間に食いもんの半分近くが無くなった辺りで、前回より大分早えが宴会はお開きだ。


『『ごちそうさまでした』』


 マリエルさん達を片付けに残して俺達は先に行くみてえだ。残りは狐獣人族で食えってか、こりゃ完全にうちの国民は集落ごと減ったな。



 異界へのゲートをくぐってすぐ、異界の明るさに本気で驚いたぜ。まさか夜が存在しないのかとも思ったが、単にとんでもねえ数の魔術の明かりが浮かんでいるせいだった。

 よく見ると何十人もの魔人族や光人族、そんで恐らくアラクネ族らしい、下半身が蜘蛛の女たちが土木・建築の作業をしているじゃねえか。岩ゴーレムで地盤固めたり資材運んだり、水を出す魔道具みてえなもんで撒いた水を魔術で凍らせて、その上を滑らせて資材を運んでる奴や、風や金魔術で資材を切ってる奴、木魔術でツタを操って木材同士を縛り付けてる奴もいる。何だこれ、異界ってのは魔術で土木工事するのが常識なのか?

 って、何で嬢ちゃんまでぽかーんとしてんだよ。


「魔術建築もナナさんあっての発展ですよ」

「はい? わしが何かしたかのう?」

「これまで魔術は戦いのための技術という意味合いが強く、農作業には使われていましたが、それは生きるために仕方なく、という理由です。魔力を使い切っては万が一の際に戦えない、だから必要以上の魔力は使わず戦いに備える、というのが一般的でした。しかしナナさんが平和をもたらし、魔力を温存する意味が無くなりました。それにナナさんが調理をする際、よく魔術を使いますよね。穴を掘って地下室を作るのもそうです。それで皆、戦闘以外にも魔術を使っても良いんだ、という空気になったんですよ」


 ああ、何か納得しちまうぜ。嬢ちゃんはアトリオンでも風呂にシャワーつけたりスライム作ったりしてたが、攻撃系の魔術を使ってる姿を見た記憶がねえ。

 嬢ちゃんは最初驚いた顔で聞いてたが、段々と嬉しそうににやけてきたな。ほんと顔に出やすいな、嬢ちゃんは。


「皆の者、ありがとうなのじゃ!」


 作業者が手ぇ止めて「魔王様」「ナナ様」「今日も可愛いです」等と手を振りながら叫び返してるが、人望あるな。うちの親父が同じ事をしたら、きっとただ跪いて頭を下げるだけじゃねえかな。あの作業者みてえな真似したら「無礼」ってクソ貴族どもに斬られかねねえ。

 嬢ちゃんも負けじと両手を上げてブンブンと振り回してるが、ああいうのが愛される統治者ってんだろうか。


「怪我には気をつけて作業するのじゃぞ!!」

『『はい!!』』


 この様子なら何年もかからずに都市ができるんじゃねぇか? 余裕こいてる場合じゃねえかも、なるべく早く親父や兄貴に報告しねえと。



 そっからまたゲートをくぐった先の地下室は、『魔王邸』という嬢ちゃんの屋敷で、地図上はアイオンの側にあたるらしい。もし異界人がこの場所にこだわり地上でも同じ場所に国を作るとか言い出してたら、戦争まっしぐらだと思うと血の気が引くぜ。

 それにしてもあっちにもこっちにも魔道具の光を贅沢に使ってやがるぜ。しかもまぶしくないよう、壁や天井を照らすように設置してやがる。建物の作りは古いが、恐らくその辺りの設備は嬢ちゃんの手が入ってるんだろうな。


「ナナすげえな、ほんとに王様やってんだな」

「ん? 何のことじゃ?」


 地下室から会議室に向かう途中で、ヒデオの言葉に嬢ちゃんが首を傾げてる。ありゃ本気でわかってないな。


「皆ナナに声をかけられて嬉しそうにしてたじゃん。何かそれ見て、ナナってほんとにこっちだと偉い人なんだなーって実感した」

「ほんとに、とは何じゃ失礼な。わしは偉いのじゃ、ふふん」


 嬢ちゃんがどや顔で頭上のスライムを跳ねさせてるが、あざといな。オレですら可愛らしいと思っちまうじゃねぇか、あのスライム。


「あたしからすると、『ぎゃあああ』って悲鳴あげたり、オーウェン脅して酒持ってこさせたり、何かやらかして凹んでる姿の印象が強すぎるのよ? 驚いて当然よ」

「あといろんなもの作ってニヤニヤしたり、ぱんたろーに抱きついてデレデレしてる姿」

「皆酷いかも? あとナナちゃん出鱈目に強い印象もあるかも! あと、アタシ達の裸見てにやにやしてる印象かな?」

「シンディ、フォローなのかトドメなのかはっきりせい……」


 嬢ちゃんが凹むとスライムも凹むんだな、器用っつーか何つーか。


「しかしこれで正式に国を興すんだな。隣国になるが、友好的に頼むぜ嬢ちゃん」

「それはオーウェンの貢ぐ酒次第じゃのう」

「待て! オレの責任重すぎねえか!?」


 無茶過ぎるだろ、相変わらずオレには容赦ねえんだな。オレの肩を叩いたダグは、無言で首を振っている。諦めろ、という意味と、慰めだろう。ダグとオレは何かあると嬢ちゃんに弄り倒されることが多いが、一体何が原因なんだか。



 会議室ではまずオレ達の体に不調が無いが聞かれたが、旧都市国家郡領域の瘴気に近付いた時より全然マシだぜ。あん時は安酒がぶ飲みしたような気分の悪さがずっと続いていたからな。

 それを話すと安心したのか、嬢ちゃんが笑顔を向けてきた。ダグもたまに向けられるあの笑顔にやられて、抵抗できないんだろうな。


 その後始まった会議は嬢ちゃんが作ったという菓子類や酒のつまみ等を食べながら、和気藹々と近くに座ってる奴と話をしながら……ってこれ会議じゃねえ、完全に雑談だろ。つーか全部うめえ。


「おい、アルト……」

「わかってますよ。今日はもう遅いですからね、本格的な会議は明日の午後からにします。午前中は皆さんで異界の状況を見て回るといいんじゃないでしょうか。興味もあるでしょう? オーウェン第三王子」

「まあな。料理とか服とか、ティニオンとの暮らしぶりの違いとか気になるしよ」


 そう、今食べてるめちゃくちゃ美味い酒のつまみは、嬢ちゃんじゃなく使用人が作ったものらしく、その使用人もやたらと上質な服を着ていたのだ。この国の生活水準が気になるぜ。あちこち見て回って、親父と兄貴に報告しなきゃいけねえな。




 なんて思ってたけどよ、無理だわこれ。後で親父に言って外交視察団、だっけか。それを編成してもらおう。


 何だよあの巨大なヒツジとそれを追う巨大オオカミ。キラービーの亜種飼いならしてるってどういうことだ。食肉として飼われてるでかい鳥も見た事ねえよ。

 畑に行けば見た事のある野菜が、見た事のねえサイズに成長してやがる。それになんだよ魔術農業って。土や微生物に生命魔術で力を与えて木魔術や光魔術で成長促進だと? もうどっから突っ込めば良いのかわかんねえよ。

 そんでその辺歩いてる農作業してる連中、スパイダーシルクのシャツ着てるじゃねえか。庶民に出回ってるとかありえねえ。

 その庶民が食べてる料理も、ティニオンの中級貴族並みか、下手すりゃそれ以上だぜ。

 トドメにはこの町の綺麗さだ。建物は古くせえが、清潔感が半端ねえ。


「どうしたんじゃオーウェン、お疲れのようじゃのう?」

「ああ、ちょっと頭が追いつかねえ。何でこんな町並みが綺麗なんだ?」

「転移門を作っておるときにのう、気分転換に作ったお掃除スライムを大量に街に放したのじゃ。最初はスライムが綺麗した街にみんな喜んでおったのじゃが、一度綺麗になると汚したくない気持ちが出るのかのう、そのうち住民達が自発的に掃除をするようになったのじゃ。それにアルトが設置した殺菌ブルーライト街灯の効果もあって、いつの間にか清潔な街になったのじゃ」


 開いた口がふさがらねえ。住民が自発的に、だと……ティニオンでは絶対に真似できねえな。午前中かけて魔王都市を回った結果、ほぼオレには理解不能って事がわかったぜ、すまねえ兄貴。


 しかもナナの部屋に泊まったエリー達からも、とんでもねえ話を聞かされるしよぉ。ネコって何だ。新しい生命体作ったとか意味わからん。ヒデオまで頭抱えてたじゃねえか、同じ世界から来たお前がその状態って事は、おかしいのは嬢ちゃんで、理解が追いつかないオレが悪いんじゃないよな?

 それにぬいぐるみゴーレムの集団ってなんだ。ザイゼンみてえなやつがたくさんいるってえのか。


 だがまあ、頭の痛いことばかりじゃねえ。昼飯はやっぱり美味かったし、デザートに出された『プリン』とかいうものも半端なくうめえ。嬢ちゃんの大好物らしく、えらく上機嫌になってるな。

 正直こんな美味い物毎日食えるってんなら、オレもこっちに住みたくなってきたぜ。



 会議が始まって最初のお題は新国家名と新都市名だったが、流石にオレが口出しするもんじゃねえと思ったから黙ってたけどよ、一向に決まる様子がなくてぼーっとしてたら意見を求められちまった。

 国王の家名をそのまま国家名にするのが一般的だが、何なら好きなもんとか嬢ちゃんや国民のイメージで決めても良いんじゃねえか? っつったら、嬢ちゃんのネコに関する案は全部ヒデオに却下され、何だかんだで嬢ちゃん本体のスライムにも似た好物のプリンと、イメージカラーの白で決まりそうだ。

 しかし逆に嬢ちゃんがそのまんまは嫌だって反対して、この問題は棚上げされちまった。

 その後は『法律』についてティニオンの物を参考に大まかな部分を決め、嬢ちゃんとヒデオが向こうの世界での常識も意見した上で、あれこれ改変してるな。

 それにしても上下水道なんて、完全にアイオンの貴族街どころか王宮越えてるぜ。しかも市街地全域だと?

 巨大な下水浄化スライム使って汚水を浄化しないと、川や海にそのまま流すことを禁止するとか、何の意味があるのかと思ったけどよ、確かに汚水まみれのとこを泳ぐ魚なんて食いたくねえわな。


 そもそも他国の王族の俺に聞かせても良い内容じゃねえと思ったんだが、嬢ちゃんがこともなげに「良いものがあったらそっちでも取り入れると良いのじゃ」だとよ。懐深えのか考えてねえのか判断つかねえな。だがよ、そもそもこんなもん真似できるか。


 そんなこんなで夜はまた美味い飯を食いダグ達と飲んで風呂に入って、翌日も朝から会議室集まってあーだのこーだの話してたら、突然嬢ちゃんの腰のポーチに入った魔導通信機から、マリエルさんの声が聞こえてきた。


『マスター・ナナに緊急通信。現在アトリオンの邸宅が軍兵士による襲撃を受けております。キーパーが交戦中……敵勢力の撤退を確認しました。追撃せず敷地内の防衛を継続します』


「……なんで軍の兵士がわしの屋敷に?」


 軍兵士、だと? 何してんだドルツ伯爵は。あのクソ無能、ティニオンを滅ぼす気か、頭痛てえ。


「えーと……一緒にアトリオンに戻るかのう?」

「……頼む、嬢ちゃん……」


 嬢ちゃんが怒ってねえみてえで安心したが、こいつは対応を間違うと国の利益を損なうどころか、国そのものが無くなるぞ。本気でやべえのは嬢ちゃんじゃねえ。側近の四人、特に笑顔でこっちを見ている、アルトだ。




 その日の昼には嬢ちゃんと嬢ちゃんのゲートゴーレムのおかげで、自分達の竜車を回収してダグサオンに到着できた。

 そのままヒデオ達はギルドに報告に行かせ、オレはダグサオンの領主に面会し、親父への魔導通信を取り次いでもらう。


『なんだバカ息子め、要件はナナ殿のことか』

「話が早え、単刀直入に言うぞ、嬢ちゃんがアトリオンに家を建ててたんだが、そこを軍の兵士が襲撃した」

『……理由は』

「それは今から調べに行く。だが恐らくドルツ伯爵の暴走だ」


 親父にはヴァン討伐後の、王命を無視するようなドルツ伯爵とのやり取りも報告してある。親父はクーリオンのビュルシンク伯爵から嬢ちゃんが来てることを知らされていたそうで、今回の事も想定内という。慌てたオレが馬鹿みてえじゃねぇかと一瞬思ったが、親父の声から感じる緊張感が、洒落にならない事態だってことをオレに改めて認識させた。

 略式ではあるがこの場で王位継承権を返上、公爵位を授爵する。これで王にもなれねえ貴族でもねえ、気楽ではあるが微妙な立場とはおさらばだ。


『ドルツ伯爵の件はお前に任せる。速やかに解決せよ』


 おう、と返事を返したらちゃんと返事をしろと怒鳴られたが、良いじゃねえかどうせ公爵になってもオレは執務や領地経営なんて無理だ、まだ当分冒険者だぜ。

 にしてもこれでお墨付きを貰えたも同然だな、伯爵より上位の公爵なんだ、ドルツをぶん殴っても罪に問われねえ。

 証拠を隠されたりしないよう、親父からはドルツへ連絡をしないというのも都合がいい。

 国のため、ってのもあるが、恩人である嬢ちゃんに迷惑かける馬鹿貴族にムカついてしょうがねえ。

 万が一『ナナ』という名を知った上での襲撃であったなら、王命に背いた反逆者として、この手で叩き斬る。

 さあてドルツよ、覚悟しやがれ。

 ただ面倒なのは、新しい領主が派遣されるまで領主代行をしなきゃいけねえことか。まあヒデオも貴族の端くれだから、手伝わせりゃなんとかなるか。そんな事を考えながら、通信を切ろうとした時だ。


『事が済んだなら、ナナ殿を王宮にお連れしろ』


 そっちはなんとかなる気がしねえわ。

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