5章 第41話N 千年の重み
千年ってなに。
冗談キツすぎだよ?
ねえ……。
悲しくて、何も考えられなくて……。
気付いたらヒデオに抱きついて、号泣してたみたい。
でも……。
だんだん、腹が立ってきたぞ……。
「あ……あ……あの……ジジイがあああああああああ!!」
まんまと乗せられた!?
……いや……はぁ……これも私の判断の結果か……。
「ナ、ナナ? ジジイって誰のこと?」
「……天之御中主神……様、じゃ。なんぞいろんな国や世界で呼び名が違うらしいがの、わしらがいた地球の、それも日本での呼び名らしいのじゃ」
「……ごめん、聞いたこと無いけど……神様、なのか?」
「わしもよく知らんかったのじゃが、わしらが知っておる神様の殆どは、天之御中主神様が創られたと思っておればよい。それに地球だけではなく、数多の世界をお創りになられた神様なのじゃ」
今となってはクソジジイという想いが強いけど……はぁ……。
本当はクソジジイって叫びたかったけど、流石に不敬という気がしないでもないから我慢だ。
「その偉い神様が、ナナに一体何の用が?」
「うむ……わし、この世界を任されてしもうたのじゃ……」
まずはヒデオにざっくりと経緯を説明しておこうか。
天之御中主神様の話では、ここのように地球に似た環境の世界はたくさんあるそうで、その殆どで様々な命が生まれ、育ち、滅んでいるという。
そういった新しい世界には『魂』を吹き込んで生命を生み出し、産まれた知性ある者の中から自分に代わって魂の輪廻を管理する者を選び、その世界の神に任じてたそうだ。
しかしこの世界の神に任じられた世界樹は、話し相手欲しさから魂の扱いを誤り暴走し、自我を保てなくなってしまった。
それでも最低限の仕事だけは出来ていたため問題はなかったそうだけど、ある時期を境に急激に力が衰えたことに加え、強引に天之御中主神様へ現状の報告なんかしちゃったもんだから、自身が枯れかけるほど悪化。
その結果、あと数年で魂の輪廻が止まり、新しい命が生まれにくくなっていくという事実を、天之御中主神様から聞かされた。
そう。
世界樹の力が弱まった、最大の原因。
……私が、四本も食べちゃったからだった。
それ話したらヒデオの顔が引きつって面白い顔になってるけど、それ気付いた瞬間の私は本当に修羅場だったんだからね。
世界樹の望みを叶えてあげたら、世界が滅びかけてしまいました。
ほんと冗談じゃないよ。
そして天之御中主神様に報告するため最後の力を振り絞って花を咲かせたとか、もしその時目の前にシュウちゃんがいたら、泣きながら殴っていた自信がある。
この世界を滅ぼしかねない最大の敵が、私自信と私の身内でした。
ほんと……どうしてこうなった。
「トドメは、天之御中主神様の一言じゃ。あの方にとっては数多ある世界の一つに過ぎず、滅ぶとしても手出しすることなく、ただ見守るだけじゃと言いきりおった。じゃがわしが神として管理するなら好きにすればよいと、のう……承諾したあとはいろいろ教えてくれたのじゃが、今思えばまるで悪魔の囁きに等しいのう……」
「じゃあ……ナナは本当にこの世界の神様になっちゃったってこと!?」
「そうらしいのじゃ……しかもわしは死んで神になるものと思っておったら、そこで初めて死んでおらぬと聞かされてのう……魂破壊の術式はヒルダにノーラ、トロイにバービーなど、多くの者が少しずつ肩代わりしてくれたおかげで、無事だったのじゃ。それに……」
隣に座るヒデオの肩に頭を乗せ、手を……握ってみたり。
「ヒデオが庇ってくれなんだら、わしも他の魂も、ただでは済まなかったのじゃ。ありがとう、ヒデオ……」
「あ、ああ……でも千年も眠らせちゃったんだから、守れなかったのと同じだよ……」
「そんなことはないのじゃ。……本当に、感謝しておるぞ……」
ヒデオの目をしっかり見て微笑んだら、耳まで真っ赤にしてやんの。
今はからかう気は起きないから、何も言わないでおくけどさ……。
「話を戻すのじゃが、わしは全身を古竜――流体魔石化させる途中で魔石が砕けたのじゃが、全身の流体魔石化が終わりさえすれば復活できるはずじゃった。じゃがそれは早くても世界樹が枯れて死ぬよりも後じゃと言われ、復活に必要な魔力をシュウちゃんに回し、輪廻の管理など神としての役割をそのまま任せたのじゃ」
「そうだったのか……それにしても、千年って……」
「……これが、原因じゃ」
座ったまま足を少し上げ、床になっている木の枝をどんどん踏み鳴らす。
首を傾げたところを見ると、やっぱりヒデオはわかってないか。
「この世界樹……恐ろしくでかいじゃろう? 元の世界樹四本分じゃからのう」
「ああ……って……まさか!」
「そうなのじゃ……この世界樹全てが、流体魔石化したわしの肉体じゃ」
そりゃこれだけの質量を変質させるとか、時間がかかるはずだよ。
最期のヴァンへの攻撃で全スライムを出したのがまずかったらしい。
「深く考えずに選択したわしが悪いのじゃが……ままならぬもんじゃのう……」
「流石にそこまでは予測できなかっただろ……ほんと、思い通りにならないもんだな……」
「それもまた、人生というやつかのう……天之御中主神様が力を貸して下されば、恐らくわしはすぐに復活できたじゃろうが……そうなれば、また何か困った際には、わしは天之御中主神様を頼るやもしれぬ。手を貸さぬのは天之御中主神様なりの、親心のようなものだと思って……受け入れるしかないのじゃ……」
見守るだけって言うけど、きっと天之御中主神様は私達自身が成長することを望んでいる。だから手を出さないだけで、本当は手を出したいのかもしれない。
というか、そう思わないとやってられない。
「それと新たに神となるには条件があってのう。生命を創り出す力を持つことと、世界に生きる者達への一定数の周知と、信仰を受けることじゃ。わしだけではなくヴァンもまた、条件を満たしておったらしいがのう、ヴァンは自ら望んで成仏していきおったわ」
周知と信仰は、主にシュウちゃんの仕業だけどね。
自分が孤独な存在である神を辞め、私に全部押し付けようと画策した結果だ。
それなのに結局また千年も孤独な神様やってるとか、申し訳ない気持ちよりも自業自得だと思っちゃうかな。
はぁ。お互い思い通りに行かないもんだね。
今度シュウちゃんの体作ってあげるから、あとで一緒に遊ぼうか。
――期待しています。
「のう……ヒデオ……次はわしが教えて欲しいのじゃ。……あの戦いのあと……どうなったのじゃ?」
「ああ……みんなひどい怪我だったけど、ピーちゃんのおかげでかろうじて一命は取り留めた。戦場になったこの辺りから地竜道まではナナのスライムで覆われたあと、この巨大世界樹と大きな森になった。この森って『白狼とスライムの大森林』って呼ばれてるんだぜ」
「何じゃその組み合わせは」
戦いが終わったらこの辺りの森を復元させようと思ってたけど、シュウちゃんが気を利かせてくれたのか、私が無意識にやったのか、どっちなんだろうね。
「保護区指定されてるから狩りも禁止されてるし、ジェヴォーダンとシャストル、それとナナの魔狼ゴーレム達の子孫であるフェンリル種っていう新種の狼が、スライムと一緒に森を守ってる。森には熊や虎なんかもたくさん住んでるけど、みんな友好的で人懐っこい動物達ばかりだよ」
「それは……ぜひ会いにゆかねばのう……」
ジェヴォーダンたちの子孫かぁ……ぜひ会いに行かないと。
ていうかゴーレム達の子孫……ねえ。
ロックの仕業かな?
「ただ……ティニオンは権力争いの果てに国が分裂し、今はもう国自体が残ってない。フォルカヌスはシアの弟が王位を継いだあと、八代くらいまではいい統治を送っていたけど……内乱で三つに割れ、こっちも国が無くなった。プディングは世界に先駆けて民主主義に完全移行後、三百年で国が衰退。一度民主主義を廃止して国を立て直したけど、まだ混乱が続いてるかな」
「なんと……」
「プロセニアは旧体制派と差別撤廃派の二つに割れ、旧体制派は野人族至上主義を唱え今も他種族を排除してる。ジースは王族を暗殺した貴族を軍が排除、新王を擁立しプディングとも友好的な関係を築いた。ただ男性の間に女装や同性愛に性転換が流行って、女性がそれに対抗して開放的になり、性に関しては世界で最も混沌とした国になったよ」
……ジースがそうなったのは、多分ニースが原因だな……。
「他にもいろいろあるんだ。銃の魔道具が開発されてドラゴンが絶滅の危機に陥ったり、少し知能が高めの魔物が魔道具で武装して旅人や村を襲ったり……国家間で戦争が起きたり。とりあえず絶滅危機にあった魔物や動物は、ダンジョンのフロアを増やして一通り移住させてある。それと元吸血鬼たちだな」
「元吸血鬼、じゃと?」
「グレゴリーが開発したペースメーカーで心臓はなんとかなって、ほとんど人と変わらない生活はできてたんだけど……吸血衝動を押さえられずに、人を襲う個体もでてきた。俺が吸血鬼の王みたいになってるから、人と吸血鬼の両方を守るため吸血鬼は新しく作ったダンジョンに連れてって、そこで街を作って生活してるよ」
ヒデオが吸血鬼の王って……キンバリーの遺志を継いでってことなのかな……。
「未だに何でか知らないんだけど、その件でグレゴリーが拗ねちゃってさあ……。しかも俺のとことは別のルートで生き延びた吸血鬼が暴れたことがあって、一時期子供や孫達に避けられてたし……はぁ……」
「なんというか……ままならぬもんじゃのう……」
「ほんとだな……でも……結構楽しかったよ。ナナが起きたらあれも見せよう、これも教えようなんて考えて生きてきたからかな……」
「ふふふ……そう、じゃな……世界がどのように変わったのか、楽しみじゃ」
それに……まだ知りたい事がたくさんある。
わざと話題に上げないようにしてるのかな……。
ロックにアネモイ、それとテテュス。
寿命は無いから、何も無ければ今も生きているはずだ。
そして……まだヒデオの口から語られてない、私の大事な家族。
どうなったのか……聞くのは怖いけど、受け止めなきゃ。
「のう……他の皆は、どうなったのじゃ?」
「……映像を、残してある。たくさんあるんだ……一緒に見よう」
長く……なりそうだね。
シュウちゃん、私が寝ている間ありがとう。もう少し、このまま世界の管理お願いね。
――承知しました。
「どうかしたのか?」
返事をする前にシュウちゃんに話しかけてたせいか、ヒデオが訝しげに私を見てた。
「ふふ……シュウちゃんにあとの事を頼んでおっただけじゃ。わしは神に任ぜられたといっても、全てシュウちゃんに丸投げしておるからの。今わしがやっておるのは、シュウちゃんへの魔力の供給と、緊急時の判断だけじゃ」
「駄女神ってやつか」
「失礼な。と、言いたいところじゃが……わしは神に任ぜられたとはいえ、自己中心的で我侭なことは自覚しておるからのう。本来ならシュウちゃんのように中立の立場で考えられる者こそが、適任なのじゃ」
このあと時間ができたら、シュウちゃんから千年分の報告も聞かなきゃ。
あとはシュウちゃんの義体を作るとき一緒に、シュウちゃんを手伝ってくれるゴーレムでも作ろうかな。
さて、そろそろヒデオの所在なさげに伸ばしたままの手を取ってあげようか。
それにしても……ヒデオの手、あったかいなぁ……。
「……ところでわしが神になったというのに、驚かぬのう?」
「ああ……既にナナって、この世界じゃ神として認知されてるからな」
「はぁ……女神教じゃな……」
「似たようなもんかな? ……行くよ」
いきなりの浮遊感は、ヒデオの転移術だ。
着いた先は、感覚的にそう遠くない。
……ダンジョンの上空?
なんか下に、ものっすごい豪華な建物があるんだけど。
しかも周りにもビルがいくつか……ビル??
「な、なんじゃ……相当文明が発達しておるようじゃの……」
「魔素濃度が低下して魔術師も減ったけど、代わりに魔石を動力源にした魔道科学が発達したんだ。プディングは世界最大の魔石産出国で……おっと、その話はあとだ。下にでかい建物が見えるだろ? あれが虹色のスライム……ナナを主神とした、多神教の宗教団体『虹色の海』大神殿だ。人類の八割くらいが信仰している世界最大の宗教だよ」
「八割とはまた、極端な数字じゃのう……」
確か地球だと上位三つの宗教合わせても、七割程度って記憶があるんだけど。
「多神教だから、それぞれの神ごとに教義とか違うからね。全部ひっくるめて八割くらいらしいよ。残りは光天教が名前を変えた『至天教』と、その……ヴァンが主神の邪教なんだけど、コロコロ名前変えてるから今の名前はわからないなあ」
「なんぞ聞きたくない名前が出てきおったのう……」
「まあ、そっちの話はおいおい……次行くよ」
次に転移で連れて行かれた先は、広い無人の部屋。
そこには一枚の、巨大な画が飾られている。
……ずっと見ていたいのに、視界が歪んできた。
鼻の頭に力を入れて涙を我慢しなきゃ……。
「さっき言った、虹色の海で崇められている神々を描いた絵画だよ。これ……アルトが書いたんだ」
「ほう……アルトが、のう……」
描かれているのはほとんどが、私がよく知っている顔だ。
私が知っている姿より歳を取っている者もいるけど、見間違うはずがない。
『火神』と足元に書かれているのは、赤い髪を振り乱す私の親友、エリー。
『地神』は小さな体でメイスを担ぐ、黒い髪をした私の親友、サラ。
『弓神』は細腕で巨大な弓を引く、緑色の髪をした私の親友、シンディ。
『農耕神』は鍬を担いだ森人族の元族長、ジョシュア。
『剣神』は白金の鎧に身を包み剣を掲げる騎士、レーネハイト。
『力神』は上半身裸で熊のような体格の熊、オーウェン。
『美神』は長い紫髪で露出の多いドレスをまとう長身の美人、ジル。
『料理神』は巨大な胸を持つメイドで私の作ったゴーレム、マリエル。
『忠義神』はダンディな初老の執事で私の作ったゴーレム、ヨーゼフ。
『政治神』は凛々しい顔をした初老の苦労人、リューン。
『統治神』はリューンに寄り添う知的な初老婦人、イライザ。
『服飾神』は蜘蛛の下半身を持ち綺麗な衣装に身を包むアラクネ、ジュリア。
『自由神』は九尾の尾を広げる狐獣人の男の娘、ニース。
『盗賊神』は四つん這いで尻を上げ獲物を狙う格好をした私のペット、ミーシャ。
『堅牢神』は巨大な盾を構えた重装備の元気娘、ペトラ。
『慈愛神』は金髪で豊かな胸を強調し怪しく微笑む変態お姉さん、セレス。
『魔術神』はセレスに捕まって困り顔の少年、グレゴリー。
『武神』は憤怒の表情をした赤毛で細マッチョ、ガラの悪いお兄さん、ダグ。
『水神』はダグの隣で青い髪をなびかせるグラマーな水の古竜、テテュス。
『断罪神』は黒髪長身で不敵な笑みを浮かべる私の片割れ、ロック。
『風神』はロックの隣で能天気顔した私の親友で風の古竜、アネモイ。
『芸術神』は短杖と筆を手にした紫色のおかっぱ頭、信頼する次兄のような存在、アルト。
『闘神』はアルトをかばうように立つ、私の妹のような存在、リオ。
そして中央には虹色のスライムと、その両隣にヴァルキリーとヒデオがいた。
ヴァルキリーの下には『正義神』、ヒデオの下には『竜神』と書かれ、スライムの下には『生命神』と書かれている。
他にもたくさん並んでいるけど、私が間違いなく知っているのはこれだけだ。
……みんな、幸せな一生を送れたのかな……。
セレスがグレゴリー捕まえてるのって……もしかして二人が結ばれたりしちゃったのかな……。
リオはアルトの前に立ってるし、この二人も怪しかったよね……。
リューンとイライザ、オーウェンとジル、ジュリアとニースは、それぞれいい夫婦として暮らせたのかな……。
子供とか、できたりさ……見たかったなぁ……。
鼻の頭に力を入れて、深呼吸する。
きっと……幸せな一生だったよね……。それなら、泣いちゃ駄目だよね……。
千年、かぁ……。
みんなとっくに寿命過ぎちゃってるよね……。
長いなぁ……。
もう一度……会いたいよう……。




