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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
228/231

5章 第39話N ひとつになるということ

「ヒデオ。誰かの想いを背負っておるのは、わしも同じじゃ。じゃから、その……わしと一緒に、戦ってくれぬかのう……」


 何だか滅茶苦茶恥ずかしいぞ!

 告白してるわけじゃないのに、何だこの恥ずかしさは!

 しかもヒデオはずっと私の背中を追い続けてきたとか、おかしなこと考えてるし!

 全くもう……。


 でも、想いを背負っているのは本当だ。

 私が負けたら、ヴァンは本気で人類を皆殺しにするだろう。

 ぶっちゃけ、世界の人類を守るとかどーでもいい。

 私の大好きなエリーが、サラが、シンディが、産まれたばかりのノーラが、ハルトが、ティナが、元気に幸せに暮らせる世界を守りたい。

 リオにセレスにダグにアルト、リューンにイライザにジュリアにニース。ミーシャにペトラにジルにオーウェン。シアにレーネにアネモイにテテュス。ついでにロック。

 それだけじゃない、私を信じて異界から一緒に来た人達。

 私がプロセニアから半ば無理やり連れてきた人達。

 街作りのためアトリオンから移住してきてくれた人達。

 他にも沢山の人達が、幸せに暮らす未来を夢見ているはずだ。


 その人達の幸せのために……とか、思わないぞ!

 私も一緒に、幸せになるために、戦うんだ!!


 それに一緒に戦えるのが嬉しいのは、ヒデオだけじゃないんだからね!


「ナナ……一緒にヴァンを倒して、ブランシェに戻るぞ! ヴァンの気配は……世界樹の方から――」

「ヒデオ!!」


 私の声に反応して、ヒデオが慌てて体をよじる。

 地上からの熱線がヒデオの肩と頭をかすめ、空へと伸びた。

 気配は無かったはずなのに、何だ!?

 撃ってきたのは……赤黒いスライム片にくっついた、ヴァンの頭。

 ……違う、一つだけじゃない。

 よく見るとヴァンの頭を生やしたスライム片が、そこら中に!


「ナナ、避けろ!!」

「ヒデオ、避けるのじゃ!!」


 無数の熱線ブレスがヴァンの頭を生やすスライム片から放たれ、私達は揃って飛行し回避する。

 私よりヒデオの方に飛んでいく熱線が多く、ヒデオはその殆どを回避できていたけれども、幾つかが当たり翼に穴を空けられ、直撃を受けたヘルメットが壊された。

 だけど私もヒデオもただやられているだけじゃないと、魔術の槍や刃で対抗しているんだけど……キリがない!!

 燃えないし下手に切れば増えるし穴を空けても意味がないしで、凍らせて動きを止めるしか無い!


「ナナ!」

「わかったのじゃ、任せよ!!」


 ヒデオがやろうとしていることが伝わり、氷で作った巨大な円錐状の鏡面障壁で私とヒデオを覆う。

 熱線で表面が溶かされるが、貫通する前にほとんど弾ける。当たりどころが悪く貫通する数条の光線くらいなら、私の魔術で相殺できる。

 それに防御に徹する時間は、そう長く必要ない。

 私を覆い隠す巨大な影が、準備完了の合図だ。


「ぶちかますのじゃ、ヒデオ!!」

『GYSHAAAAAAAA!!』


 障壁の解除と同時に、私の横を冷気の塊が通り過ぎた。

 着弾した地点から広がる冷気が幾つもの氷柱を作りながら、辺り一面を覆い隠す。

 ヴァンの墓標には相応しくないけど、綺麗な氷の華みたいだ。


「とりあえず動きは止めたけど……多分まだ……生きてるな」

「吹き飛ばしたスライムヴァンの破片全てで、ヴァンの頭部を構築しおったか……厄介じゃのう……」


 私の作るミニスラは斬られたり燃やされたりして体積が一定以下になると、形を保てなくなって消滅する。

 スライムヴァンも同じで小さくしてやれば倒せるみたいだけど、タチが悪いことに火古竜の魔力のせいで燃えないんだよね。


「おまけにムカつくことに、わしよりも一度に操る数が多いのじゃ……」

「俺なんて、まだ5つくらいが限界だよ……。とりあえずこれ、どうしよ?」

「吸収しておいたほうが良いじゃろうの、砕いても活動できるサイズのものが残っておったら厄介じゃ」


 ドラゴン化したヒデオが、私の横に巨大な顔を近づけてきた。

 鱗がきれいな水色で、私のスライム体と同じ色だ。ふふふ、ちょっと嬉しいな。

 でもこうしている場合じゃないや、世界樹の方にいるヴァンの気配を追わないと……ん?

――………………


 シュウちゃんどうかしたの? シュウちゃん?

 何か様子がおかしい……原因は、あれか。

 桃色の花びらを光らせていた小型世界樹が、輝きを失って根本から傾き、倒れていく様子が見える。


「世界樹が……なあナナ、あれまさか……」

「……ヴァンめ……世界樹を、喰らいおったな……」




 私は辺りの氷漬けスライムヴァンを凍った地面ごと吸収し、ヒデオはドラゴン状態のまま世界樹へと飛んだ。

 世界樹を吸収し終える前にヴァンを倒したいのと、スライムヴァンを放って置くわけにいかないため、手分けするしか無かった。


 そして今食べたヴァンのスライム体を構成する魔素の濃度が、私に一つの事実を伝えてきた。

 正確には、これまでスライムとして過ごし、世界樹を吸収し、風古竜アネモイと一緒に暮らし、ヒデオと繋がって地古竜の記憶を覗き、そして火古竜の力を手に入れたスライムヴァンを吸収したことで、すべてが繋がったんだ。


 ……全部、同じものだ。


(ヒデオ、気をつけるのじゃ……。奴はもう、古竜の力を手に入れたゴーレムやスライムではない。液状魔石生命体……ヒデオと同じ古竜そのものじゃ)

――ここに来て古竜の力を理解してきてるってのかよ……厄介だな。


 今吸収したスライムヴァンの魔素濃度は、魔石ほどではないがスライムのものとしては異常に高い。


 魔素が濃密に圧縮され固められたものが魔石であり、世界樹だ。

 その密度が魔石に比べて若干薄く流動的なものが、古竜。

 魔石を核とし、大気中の魔素より密度が高い液状の肉体を持つものが、スライム。


 固体と液体と、その劣化ハイブリッド。


 私も古竜とほぼ同じ力を使えるようになっていたと思ったけれど、根本的に違ったんだ。

 私自身が魔素そのもの、力そのものにならなければいけない。

 ……私も古竜のように流体魔石の体になれば……だめだ。

 ヴァンの古竜の欠片を吸収した程度じゃ、何かが足りない。

 もう一押し……。


『GYSHAAAAAAAA!!』


 おっと、こうしている場合じゃないな。

 ヒデオのブレスが世界樹に向かっている。

 私も行かないと……っ!?


『『『VAAAAAAAAAAA!!』』』


 世界樹から熱線ブレス!?

 ヒデオのブレスとぶつかって相殺……いや、熱線が他に二本も!!


――ぐああああああ!!


 ヒデオ!!

 腹と右足をえぐられてる、次食らったらやばい!

 ヒデオの前に転移し、障壁展開!

 氷と空間で、可能な限り分厚く!!


『『『VAAAAAAAAAAA!!』』』

「ぬああああああああああああ!!」


 防ぎきれないし、逸らせるような威力じゃない!?

 やばい、私の魔石に……負荷が……。

(ヒデオ、距離を取る! 緊急転移じゃっ!!)

――わかった!


 私のすぐ後ろに来たヒデオの大きな手が私に触れて転移したのと、三本の極太熱線が障壁を破ったのは、ほぼ同じタイミングだった。

 氷漬けのスライム辺を吸収した辺りに出て振り返ると、熱線のうち一本が……水色のドラゴンの胸を、貫いていた。


 え? ……ヒデオ!!

――ぐっ……大丈夫……すぐそっちに行く……。


 びっくりさせないでよ!!

 全くもう……。

 そして次のブレスが来る前にと慌てて人の姿に戻ったヒデオが、私の正面に転移してきて地面に膝をついた。


「何があったのじゃ?」

「そもそも俺ってナナほど転移得意じゃないからな……竜化したサイズだと、体一つ分位しか転移できなかった……」

「だからって、わしだけ先に転移させるなどと……ばかものぉ……」


 今度は間に合った、とか思ってるんじゃない。ばか。

 それにしても……ヘルメットが無くなったから、ヒデオの顔を久しぶりに見た気がする。膝をついてるから、今の私と視線が同じ高さだ。

 何だかずいぶん凛々しくて、男らしい雰囲気が出てるし……金髪も意外と似合うじゃないか。

 って、見とれてる場合じゃないよね。


「ナナ、顔赤いよ? 大丈夫か? 体痛いんじゃないのか?」

「だ、大丈夫じゃ! それより見よ!!」


 本気で勘違いしてるけど訂正なんかしてやるものか。格好良くなってても、鈍いのは相変わらずだね。ふふふ。


 それよりも、だ。


「世界樹を吸収し終わったようじゃの……しかも……竜化、じゃな……」

「赤黒い三本首のドラゴン? ……昔の特撮映画であんなのいたな。あれが金色だったら……確かキングギ――」

「ヒデオ、それ以上はいけないのじゃ」


 慌ててヒデオの口を両手で塞ぐ。

 それに私もそいつは知っているけど、あれと違って竜化したヴァンには二本の腕がある。

 あれを倒すには、どうすれば……って、ヒデオの口を押さえてるせいで、顔がめちゃくちゃ近いことに今更気がついたよ!

 意外と柔らかい唇に、サラサラの金髪が……キンバリーの、金髪?

 ヒデオの記憶から、キンバリーへ芽生えかけてた友情やら感謝やら失った悲しみが、読み取れてしまった。

 ……そっか……ありがとう、キンバリー。


「んー! ……ぷはあ! ……ナナ……意外かもしれないけど、古竜でも息を止められると苦しいらしい」

「す、すまんのじゃ、勢い余って鼻まで塞いでおったわ」

「それにしても……ヴァン、叩けば叩くほど強くなって復活するとか、反則すぎだろ」


 殺しそこねると耐性を得るとか、まるで黒い害虫みたいだ。

 一匹見たら三十匹はいると思えとか、ほんとそっくりじゃないか。


 そして赤黒いキングギ……ヴァンが、翼を大きく広げて飛び上がった。

 三つの頭を振りながら、こっちに向かって飛んで……ん? 進路がずれてる?

 ……あの頭、私達を探しているみたいだけど、見失っているのならどこへ……南西……ブランシェか!


「ヴァンを止めるぞ、ヒデオ! あの方向はまずい、ブランシェの方角じゃ!」


 ミニ……いや、大型スライム召喚! ヴァンのブレスを打ち消すか、それ以上の――

『ピシッ!』


「わかった! 作戦は……ナナ? ……ナナ! ナナ!!」



 ……一瞬、あまりの激痛に意識が飛びかけた。

 薄く開けたまぶたの向こう、私をお姫様抱っこするヒデオの、泣きそうな顔が見える。


 魔石の、私本体の、限界らしい。

 鈍い痛みと鋭い痛みが、交互に私の全身を駆け回っている。


「ヒデ、オ……もう……ダメ、みたい……最期の……わし、に……」

「ナナ! ナナ!! だめだ、逝くな!! 最期とか言うなよ!!」


 違、う……痛みで上手く、喋れないだけで……。


「……キ、ス――」


 私の唇に……ヒデオの……ああ、温かいなぁ……。

 私のほっぺに落ちてくる涙が……唇に感じるヒデオよりも熱い。

 まつげ、近くで見ると結構長いんだね。ふふふ、こっちは元の色のまんまだ。

 そのヒデオの顔が、どんどん見えなくなっていく。

 でも……ばか……舌まで、絡め……やがって……こ、の……。


「ばかもんがあああああああ! うぎゃああああああ!!」

――えっ!?


「わしは、最後の手段を取ると言いたかっただけじゃ!! キス以外で、おぬしを竜の力をわしに渡して欲しいと言うつもりじゃったのに!! ぎゃあああああああああ!!」

――えっ? あ、あれ? ナナ、どこへ行った?


「ここにおるわ! よいかヒデオ、今おぬしは()()()()じゃ! おぬしの持っておった竜の力をわしと同化させておる!」

――……あ、ほんとだ……ああ! ロックとアネモイみたいな奴か!


「そういうことじゃ、バカタレ! ううう……全世界に放送されておるやもしれぬというのに……ヒデオのばか……」

――あああごめん、でも両手どけてくれ、何も見えないよ!


「やかましいわ! うう……顔が熱い……しかも、し、舌まで……ぐぬぬ……」

――いや、あの……ごめん。じゃなくて! 体は平気なのか!?


「竜の力で、魔石をコーティングしたのじゃ。長くは耐えられぬじゃろうが、それより大事なことがあるのじゃ」

――大事なことって?


「今わしは、完全に古竜の力を把握したのじゃ! これでわしも……ヒデオ同様、魔石という核が無くとも生きられるのじゃ。わしも古竜の仲間入りなのじゃ!」

――……ああ! そういうことか!! 良かった……これで何の心配も……あ、でも魔石が完全に不要になるまで、時間がかかるからな! 無茶するんじゃないぞ!!


「うむ! ヴァンはわしらを見つけられないまま、飛んで行きおったな。追うのじゃ!」


 こうしている間にも、ヴァンの背中が豆粒くらいまで小さくなっていた。

 ブランシェまでは十分距離があるけど、急いだほうが良さそうだ。

 でもどうやって戦う?


 ……私も竜化してやろうか。


 それに私のほうがスライム歴が長いし、世界樹だって巨大なやつを四本も吸収している。

 本気出せば、ヴァンよりも大きな竜になれるんじゃないか?

――無茶するなって言ったばかりだろ……。


 あれ、ヒデオ。なんで私の考えてることが? 思考も記憶もブロックしてるはず、だけど……あ……。

――ブロックしてるのは魔力線を通した場合だけみたいだな。同化してると意味がないらしい。


 ぎゃあああああああああ!! き、記憶を覗いたら、ただでは済まさぬぞ!! このスケベ!!

――ま、まだやってない! 無罪だ!


 まだ……だと……?

――あ、いや、違う! そんな事しないから!!


 ……くっ……今更ポイするわけにもいかぬし、わしの力が完全に古竜と馴染むまで、力を借りるのじゃ。

 ところで竜化は……イメージすればよいのじゃな?

――ああ、自分の強く持ったイメージ通りの姿を取れる。属性も形も思い通り、それが竜化だ。……ナナばっかり、俺の記憶読みまくってないか……?


 気のせいじゃ。わしの……乙女の記憶を覗いたら極刑じゃからの、覚悟せい。

――さっきの思考だと自分のこと『私』って言ってたのに、いつもの話し言葉に合わせなくてもいいんじゃない?


 ……ヒデオ、覚えてろ。ちくしょう。ヴァンを倒し終わったら折檻だな!

 さて、竜化してさっさとヴァンをぶっ飛ばそう。

 イメージ……強く、イメージ。

 強い姿。

 最強の自分。


 ……竜化!


 私の義体を核として、竜の力――濃密な魔素が私を覆う。

 その力を集め纏めて固めて纏い、私自身の肉体とする。

 さらに、追加だ。

 私のスライム体も放出、濃密な魔素と混ぜ合わせ固めて纏う。

 スライム体の魔素濃度が急激に上昇、古竜の体――流体魔石へと変質していく。

 やはり慣れた体だけあってこっちの方が扱いやすい。


 全身が、私のイメージに従って形を固定化させていく。


 羽毛の生えた、巨大な翼。

 虹色に輝く体は、おそらく全ての属性を均一に混ぜたからだろう。

 そして流線型、いや……涙滴型のフォルム。


 これこそが!


 最・強・生・物!!


 名付けて、レインボー・ドラゴン!!

――ドラゴンじゃねえええええ!!


 ドラゴン!

――どっからどう見てもスライムだよこれ!! 感覚転移で外から自分の姿見てみろ! 完全にスライムだよこれ! 羽根は生えてるけど、仲間になりたそうな目でこっちを見てるような奴と同じ形だよ!!


 ……ぷるん。

 最強生物イメージしてる途中で、スライムいじってたらこうなった。

――ナナの中だと、最強生物ってドラゴンじゃないんだな……ある意味納得だけど……。


 まあいいじゃないか。

 さあ……ヴァンの前に転移して、ぶっ飛ばすよ!

――俺の竜化したサイズよりでかいけど、大丈夫なのか?


 やったこと無いけど、行けるっぽい!

――なんか……ナナと一緒に戦えるって喜んでたけど……思ってたのと違うな……。


 私もこうなるとは思ってなかったよ!

 ふふふ……一緒に、ヴァンを倒そうね。

――ああ。俺の力も、俺の中にいるイグやキンバリーの力も、全部ナナに預ける。ヴァンをぶっ飛ばせ、ナナ!


 わかった! ヴァンの位置は……ちっ! 速度上げてるっぽい!!

 ヴァンとブランシェの中間、ブランシェがかろうじて見える辺りに転移し、ヴァン目掛けて飛行する。

 途中からヴァンは私を探すの諦めて、ブランシェに真っ直ぐ向かっていたようだ。


「ナァ……ナァ……」


 目の前に立ちふさがったのに、速度落とす気がない!?

 こうなったら……どすこーい!

 ぷるんとした体で突進を受け止めつつ、極太触手で殴る! 殴る! ぶん殴る!

 ボディーにめり込み右の頭を仰け反らせ、左の長い首をぽっきりへし折る。

 スライム最強!

――いや、押されてるぞ!


 大丈夫! 飛行魔術解除! そんでヴァンを掴んだまま落下して……巴投げ!


『ズズゥゥゥン……』


 くるんと回った私の体は着地時に軽くバウンドしちゃったけど、物凄い揺れだ。

 でも地面に叩きつけられたヴァンは翼や尻尾が折れて酷いことになってるけど、ダメージはあんまり無さそう? それに起き上がったヴァンの、折れた左の首がこっちを向いてブレスを吐いた。

 でも私の虹色の表面に当たって大半が拡散し、貫通するほどじゃない穴を空けた程度だ。これなら核になっている私本体までは届くまい。


 いける!


 背中を向けたままのヴァンへ飛びかかり、折れた翼と尻尾を引き千切って吸収する。

 もう一度至近距離から撃たれたブレスも、私の体にちょっと深めの穴を空けただけで、すぐに周りのスライム体で埋めて元通りだ。

 左首も折れた部分から千切り取り、吸収。

 右首と真ん中の首がブランシェに向けてブレスを吐こうとしているけど、やらせるわけがないだろう、触手で確保だ。

 このまま押し潰して、全部吸収してやる。

――ナナ! ヴァンを引っ張れ!!


 え? ぐいっと――

『VAAAAAAAAAAA!!』


 何だと!? ブレスが、どこから……腹に、でかい顔が!!

 今までの非じゃないくらい太い熱線が、ブランシェの……上空、世界樹の桃色の葉をかすめて、空へ消えていった。

 危なっ!

 ヒデオ助かっ――

――ヴァンから離れろ!


 ヒデオの声に従い、一歩離れる。

 同時にヴァンの背中から生えた刃が、スライムに深く深く突き刺さった。

 一瞬でも迷っていたら、間違いなく核になっている義体まで到達していた。

 こいつ、魔素で作った刃を自分の腹に刺して、真後ろの私を狙ったのか。

 体を回転させながら広げた翼でヴァンを殴り飛ばし、お返しにブレスを発射だ。

 スライムのど真ん中に穴を作り、ブレス発射器官構築。

 喰らえ!


『FUSYAAAAA!!』


 七色のブレスが、ヴァンの剣を持つ手と腹にある顔を貫いた。

 びくとりー!

――何で怒った猫みたいな音なのかは突っ込まないからな!


 いやそれが既にツッコミだし。ふふふ。

 もうヴァンの力もだいぶ減ったようだし、さくっと吸収して戻ろうか。

 膝から崩れ落ちたヴァンに全身で覆いかぶさって…………首が、一本足りない。

 右首どこ行った!

――あそこだ! ブランシェに向かってる!!


 ヒデオが見ている方向に感覚を向けると、木々の隙間を縫うように、低空で飛ぶヴァンの頭があった。

 胴体が千切れた蛇みたいでキモい。


 体の一部を転移させて、ブレス器官構築。

 逃げるヴァンに向かって……なんだ、この下から感じる嫌な感じ。

 穴の空いたドラゴンヴァンの体の一点に力が集まって……魔石を、作った? それに急激に、魔力が……やばい! 転移!!


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!』


 気付くのが遅かったか! ちくしょう!!

 ……ドラゴンヴァンの体から上がる火柱が、私の竜化した体の半分以上を消し炭に変えた。

 ……ダグを倒したときみたいに、自分の魂を破壊して自爆しやがったな!!

 ぐ、うああああああああ!!

 また、全身が痛い……魔石をコーティングした竜の力が弱くなってる……。

 この激痛は、魔石と流体魔石化した肉体との同化が、まだ終わってないせいか……。

 ヒデオ……あ、れ? 力が、抜けて……う、うあああああ!!


 ポン! という音と共に、竜化していた力が自分の体へと戻り、ヒデオとの融合が解除された。

 そして目の前に倒れているヒデオ……ヒデオ? 若返って……十歳位になってる。

 義体を完全に流体魔石化させたからか。


 私の力は……大丈夫。義体もスライム体も、流体魔石化しかけてる。

 ツノも耳の後ろに、小さいのが生えてきてる。

 もう少し時間が必要だけど……それまで魔石を、濃密な魔素で再度コーティング。

 自爆したヴァンは……魔石視で見ると、砕けた魔石が一つあった。

 竜の力は感じられない。

 ただの死骸。

 それも……直前で、自爆させるためだけに作られた、複製ヴァンの死骸だ。


 ……ごめん、ヒデオ。

 ありがとう。

 愛してるよ。

 ここに置いていくけど、許してね。


 ヴァン。

 いい加減、決着を付けるよ。



 ブランシェ間近まで迫っていたヴァン頭部の真上に転移し、拳を叩きつける。

 5メートルくらいあるヴァンの頭が、ドゴン! と派手な音を立てて地面にめり込み、そこへ翼から虹色の槍を二十本振らせ串刺しにする。

 だが追撃をする前にヴァンの体がかき消え、私の後ろに現れた。

 後ろから放たれた光線と熱線を相殺すると同時に私も転移し、ヴァンの真横から左右の拳を叩き込んで蹴り上げる。

 ミニスラを召喚し浮いたヴァンに虹色ブレスを放ち、穴の空いたヴァンの真上に転移して蹴り下ろす。

 竜の力による魔石のコーティングと身体強化は、この体でも十分にヴァンを圧倒できている。

 また派手な音を立てて地面にめり込んだヴァンに、追撃の虹色槍を降らせたその瞬間、土煙の中から剣を持ったヴァンが飛び出してきた。

 不格好なサンショウウオのような姿だけど、ヴァンの剣は脅威だ。

 左拳に圧縮した虹の魔素で障壁を作り、首を狙ってきた剣の腹を下から殴って軌道を逸らす。


「とうとうわしを殺す気になったようじゃの?」

「ナァ……ナァ……」


 開いた口からブレスが放たれる気配を感じ、下から蹴り上げてそのまま宙返りし、真後ろに作った障壁を足場にしてヴァンの顎に拳を突き出す。


『VOM!!』


 口を閉じたまま吐いたブレスがヴァンの口を突き破り、そのまま真上へ放たれた。

 だがヴァンは上を向いたまま剣を振り、それは的確に私を真っ二つにする軌道を描いていた。

 転移して下がったその更に後ろに転移したヴァンの剣を、受け、流し、時には浅く斬られながらも、カウンターを叩き込む。

 一撃ごとにヴァンの力というか存在が希薄になる感触があり、逆に私に竜の力がみなぎっていく。

 だがそれはヴァンも同じで、私にヴァンの攻撃が当たるたびに、その傷の度合いに応じて竜の力が抜けていく。

 ミニスラが一体斬られた際も、力がごっそり持っていかれた。一度全部しまって、身一つでやるしか無い。


 5メートルあったヴァンの体が4メートル、3メートルと徐々に小さくなり、最初の半分くらいのサイズになると、動きもだんだん鈍くなってきた。

 甘く入った剣をへし折り懐へ飛び込み、左右の連打を浴びせる。

 するとびちゃっ! という音と共に、私の右拳がヴァンの体に飲み込まれた。

 転移……阻害か!

 ヴァンが全身で覆いかぶさって来ようとしたので、体内に埋まる右手から虹槍を放つ。

 パン! という音と共に弾け飛んだヴァンの胴体だったが、それどころじゃない。

 ヴァンの頭部が、両腕が、足が、胴体が粘液状に垂れ下がり、私を包み込んで退路を完全に塞いでいる。

 それだけじゃない。

 スライム化したヴァンドームの内側一面に、私に向かって口を開けるヴァンの顔が……。


『『『『『VAAAA!!』』』』』


 全方位からのヴァンのブレスが、とっさに張った私の虹色障壁とぶつかり合ってメリメリと音を立てる。

 私の魔石のコーティングに回している竜の力が薄れ、魔石がぱきっ、ぴきっと音を立てる。


 だけど、耐え切った。


 逆に全方位へ虹槍をぶっ放してやろう。


 そう思った瞬間。


 私の障壁が切り裂かれ、魔素で……いや、竜の力で作られたヴァンの剣が、私の腹に突き刺さった。


『パキンッ』


 嫌な音が、私の真ん中から聞こえた気がした。


 ……何も、見えない。


 何も、聞こえない。


 あれほど私を悩ませていた、全身の痛みも無い。


 わずかに感じるのは、私の体が生ぬるいものに嘗め回されているような、嫌悪感だけだ。

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