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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
226/231

5章 第37話N 悔しくて、嬉しくて

 なんということでしょう。

 私は今、とんでもない辱めを受けています。

 あろうことか、魔術が一切使えません。

 どうやら私の中で、シュウちゃんが邪魔をしているようです。

 手足も動かせません。

 それはダグとアルトとセレスの三人がかりで押さえられているからです。


「もごー! もごごごーー!!」

「姉御、もう少し静かにしていようね!」


 喋れません。

 それはリオに口を押さえられているからです。


『今度のタイトル戦、勝ったら自分へのご褒美にスイーツ注文しようっと』

『なんか最近、いつもの痛みが酷くなってるなー』

『先生から大事な話があるって言われたけど、なんだろ』

『何だよ、癌って……嘘だよね……』

『あーあ……俺、死んじゃうのかー……』


「これは……ナナさんの前世での最期ですか……」


 スクリーンにはやせ細った私が、ぬいぐるみに囲まれてベッドに横たわっている姿が映っている。

 ねえ何で? 何してくれてんのシュウちゃん……ううう……。

 しかもご丁寧にこっちの言葉に翻訳までしてくれちゃって……。


『もっと、もっと、生きていたかったんだけどねー……』

『俺の体……どこ? ……すらい、む?』

『……ごはんどこーーーーー!』


「姉御はこうやってこの世界に生まれたんだね……」

「ね、ねえ……いいの? 一応、戦闘中だよね……?」


 セレスの胸元に押し込まれたスライムのグレゴリーだけが、良識を持っているようです。

 でも私を助ける気があるのなら、まずはセレスの胸の間から出ろ。


『うわあああああ可愛いいいいいいいいい……天使だ。マジ天使』

『性別の無いスライムなら、他人の目を気にせず好きなことしていいよね!』

『もきゅっ』


 あははー、もうどうにでもなれー。

 ……ヒルダ綺麗だなー。

 ノーラ可愛いなー。

 あー、そういやこの頃だっけ、私が初めてヴァンと会ったの。


『何でノーラ怯えてるんだろ』

『この青い髪の男、ヴァン? ヴァレリアン? ヒルダの旦那さんかぁ……何か気に入らない』

『ノーラに何する気だ! よくわかんないけど邪魔しなきゃ!!』


 あははー、ヴァンがこっち見てる。スライムヴァンも。

 こっち見んな。


『ヒルダ! ノーラは花畑じゃ! 狼に囲まれておるぞ!!』


 ああ、()が作られる場面じゃないか。

 魔狼にやられた私に対して、ヒルダが魔石間の魂複製術式使ってるところが映ってる。

 ……ねえシュウちゃん、何で魔法陣にモザイク入れてんのさ。


 あれ。なんだか魔石にズームインして、画像が分割したよ。

 元々私だった、欠けた魔石にズームした画像がワイプみたいに端っこに寄って、新しい魔石に入った方が画面の大半を占めた。


「これは……ナナさんとロックさんが別れたという演出でしょうか」

「凝ってるね!」


 へー、言われてみれば確かにそうだねー。


『はっ! ノーラは! ノーラは無事か!?』

『元の魔石を増設したHDDとして認識させれば……』

『旧魔石よ、わしの記憶を読み取り、わしの知らぬ情報と大事な情報だけ……』


「えいちでぃーでぃー、ってのは何だ?」

「記憶装置の一種と推測できますね」


 ここで割れた魔石が、ズームされた。


『……体が、動かない……何があった? 思い出せない……俺はいったい……』

『な、何だ? 記憶が流れ込んで……俺は……そうだ……思い出した。俺は、ナナだ』

『何だよ! 誰だよお前は!! ナナは俺なのに!! うあ……あ……ああああ!!』


 ……この時既に、目覚めていたんだ……。

 ああ、そうか。

 割れた部分から流れ落ち失われた記憶を、この時私が補完したってことか。


『何だよこれ……頭がおかしくなりそうだ』

『キューちゃんって俺……じゃない、な。俺の中に作られた、疑似人格?』

『身体も動かないし、もういいや。寝よ』


 軽いな元の私! というか現ロック!!

 た、確かにあのまま自分の複製を見せられ続けたら……狂ってたかもしれないし、私もそうするかもしれないけどさ……だからって、速攻で寝るか……。


『ここでスライムとして目覚める前は、人として二十九年生きておった』

『わしの住んでおった世界は「ピー」といっての、そこには魔法も魔獣も存在せんし、スライムなぞ空想上の存在じゃ』


「あら、今のピーって音は何かしら?」


 何で地球という名前伏せたのシュウちゃん。


『ノーラに渡したいものがあるんじゃが、よいかの?』

『ヒルダ、おぬしにも渡したいものがあるんじゃが。……これ、着てみんか?』


 ああ、懐かしいなあ。

 ノーラにぬいぐるみやリボンを作ったり、ヒルダに下着を作ったりして渡してたよね。

 ……幸せ、だったなぁ……。


 その後しばらくの間、スクリーンには私の幸せな姿が映し出されていた。

 ……たまにロックが起きて、キューちゃんを通して言葉で私をからかっているところも、バッチリ映し出されていたけどな。

 あんにゃろう。

 でも、この後は……あの日だ。


 ノーラ十歳の誕生日。

 そして……ヒルダとノーラが、ヴァンに殺された日だ。


『うむ。とても綺麗じゃぞ、ノーラよ』


 ノーラのためにハンバーグとプリンを作り、うきうきで向かえた運命の日。

 そして……忘れることの出来ない、私の人生ならぬスライム生が変えられた瞬間。


『ヒルダ……ヒルダ……ああ……』

『ノーラ? ノーラ??』


 ヒルダの遺体を見て絶望する私。

 フォレストタイガーに変身してヴァンを追い、ノーラの遺体を見つけた私。


『あ……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 そして……追い詰めたヴァンに逃げられ、ヒルダとノーラの遺体を前にして、叫ぶだけしかできなかった私とロック。

 場面は変わり、ヒルダとノーラの残した手紙が映し出された。

 私のためにゴーレムボディを用意したこと、いつか世界樹を見に三人で旅に出たいということなどが書かれた手紙だ。


『キュー。二人の遺体を……吸収しろ』

『右眼球はヒルダ、左眼球はノーラの物を再構築』

『すぐにでも世界を見せてやりたいのじゃが、しばしわしの我侭に時間を貰えんかのう』

『わしはこれからヴァンを追い、殺す』


 少女の姿となり、ノーラの魔石を自分の魔石と融合させ、ヴァンを追う私。

 そしてリオと出会い、リューンとダグに出会い、アルトとイライザに出会い、セレスに出会うまでが流れるように映し出される。

 そして魔王となった私はヴァンの足跡を追い、アラクネのジュリアと出会った後一時は行動不能になりながらも、ヴァンが逃げた地上を目指し、たどり着いた。


 ヒデオとの、初めての出会いだ。


『ふ、ふぇぇ……ふええええ……ひっく……ふええええええ……』


 ノーラに食べさせたかった、ハンバーグ。

 ノーラとヒルダの笑顔を見たいただ一心で、この世界に来て初めて作った本格的な料理。

 それを見た瞬間、いろいろ思い出して緊張の糸が切れたんだっけ。


 場面は変わり、ヒデオやオーウェン、エリー達を鍛える私が映される。

 一緒にお風呂に入って嬉し恥ずかしな映像は、全面にモザイクがかけられた。

 ほんと無駄に凝ってるけど、そもそも何でこの場面チョイスしたシュウちゃん。


 そして決戦。


『おぬしを追って来たに決まっておろう、ヴァレリアンよ』


 ヴァンの上空からレールガンを乱射し、ヴァンを斬る。

 バカ猫の邪魔が入ったせいで、気がついたらヴァンが死んでいたんだっけ。


『……何か……終わっちゃったのじゃ……』


 ヴァンの死体を前にしょぼーんとする私が映されたあと、また画面が切り替わった。

 異界に戻ってヒルダの魔石を私の魔石と融合させ、ヴァルキリーに換装するシーンが映される。

 そのあとはニースと出会いヒデオをドラゴンから助けるシーン、旧小都市国家群跡の瘴気を浄化するシーン、ミーシャ・ジル・ペトラの三人を助け出すシーンが流される。

 その後もシアとレーネに力を貸したり、セーナンでの戦争に介入したり、風竜山脈で難民を助けたついでに道を変えて竜の巣へ繋げたりしたシーンがちょいちょい映し出され、キンバリーと出会い、アネモイと出会った場面に至る。


 へー。ロックはこの頃から、私の身体から抜け出して、アルトに会いに行って悪巧みしてたのか。

 それに皇国でのヴァンとの戦いで、ミニスライムが私が操れる限界数以上飛んでると思ったけど、あれはロックが操ってたのか。


 ほんと、いろいろやってるなあ。


 このあとは一気に映像が流れ、世界樹の下でヴァンと戦い、ロックが姿を表してヴァンを撃破し、映像が終わった。


 ……長い回想編だったなー……。

 あ。やっとみんなが私を自由にしてくれた。


 でも……立てない。

 顔を上げたくない。

 ああ……このまま現実逃避を続けたい。

 体育座りをしたまま、タンスの隙間にでも挟まりたい気分だよ……。


「はい……はい……ええ、わかりました。……ナナさん、ブランシェから通信です」

「……なんじゃ……」

「先程のヴァンの映像とナナさんの映像ですが、ティニオン及びフォルカヌスの全都市にて放送されたそうです」


 ……なん……だと……。


「それとジースとプロセニアの都市でも確認されていますので、恐らく世界全都市に今の映像が流れたかと思われます」

「ぎゃあああああああああ!! 道理でスクリーン作った時に、異常に魔力が減ったはずじゃよ!! シュウちゃん何してくれとんのじゃああああああああああ!!!!」

「「ナナよ……」」

「やかましい! 今それどころではないわ!!」


 ああもう、放っといてよ。

 ううう……。


「「……私の母を異界に追いやったのがゲオルギウスというのは、どういうことですか?」」

「そんなもん、少し考えればわかるじゃろうが! 光魔大戦の首謀者だからじゃ! このたわけ!!」


 はあ。

 何でこうなった。

 さっきまでヴァンを倒す気満々だったのに、やる気がなくなった。

 もうどっか行ってくれないかな。

 てゆーか何で黙ってんのさ。

 あとなんか近付いてきてるけどどうでもいいや。


「ナナ! 貴様が……貴様が我らの計画を、全て邪魔していたのだな!!」

「ああ?」


 何だ、ゲオルギウスか。

 顔真っ赤にして何の用だよ。

 どうでもいいから、また膝の間に顔を埋める。

 けっ。


「瘴気増加計画も、セーナンや風竜山脈を越えようとした軍も、果ては行方不明になったプロセニアの英雄も! あれもこれも全て、全て貴様が!!」

「知らんわボケ」

「あ……姉御が、やさぐれてる……」


 そりゃそうだろ。皆で寄ってたかって私を押さえつけて……。

 ヴァンまで見て見ぬふりしてやがったし。

 けっ。


「す、すみません、ナナさん……ヴァンは何とか出来る可能性があるとしても、ナナさんの生い立ちなんてこの機会を逃したら、二度と見れないと思ったものですから……」

「わ、わりいナナ……なんかこうしなきゃいけねえような気がして……」

「調子に乗りすぎちゃったわ~、許してナナちゃ~ん……」


 けっ。


「人の……話を、聞けええええええぼはっ!?」


 ゲオルギウスの方から、べちゃっという何かが潰れる音が二回した。

 嫌な音だと思って顔を上げたら、スライムヴァンと竜型ヴァンが、元は人の形をしてたらしい血肉の上に立っていた。


「……復讐はもう済んだじゃろ。吸血鬼を連れて帰り、二度とわしに関わるでない」

「「そうは、いきません……全て、思い出しましたよ。私はかあさんのためにも、全ての人族を滅ぼします。そして私を理解し、私と同じく人族の枠を外れた貴女と共に、永遠を生きるという想いは変わりません」」

「やはりおぬしには、他者の心を理解するなど無理な話じゃったか」


 はあ。

 結局……やるしかないのか。


『「「ナナ……私と共に、新しい世界を築こうじゃあないか」」』

『「全身全霊でお断りするのじゃ」』


 モニターがまた映像を映し始めた。

 今度は今の私とヴァン達が、四分割した画面にそれぞれ映ってる。

 シュウちゃんが何をしたいのかよくわからないけど、話はあとだ。

 一つ、私達ではない映像が混じっている。

 槍を持った赤髪の女性が、メイスを持った黒髪の女性が、弓を引く緑髪の女性が、迫り来る吸血鬼に対して術や矢を放っている映像だ。

 近くには九本の尾を揺らす女装した狐獣人が立ち、前線で戦う猫獣人の女性や地人族の女性も映っている。


「ヴァン。最後の警告じゃ。吸血鬼を連れ、帝国へ帰るのじゃ」

「「お断りします。さあ、まずは……力ずくで貴女を屈服させて差し上げましょう! そして貴女以外の全てを殺し尽くし、二人きりで生きようじゃあないか!」」


 あっそ。


「ならばわしはこれより、一切の慈悲を捨て、ヴァンを滅ぼす。アルト、ダグ、リオ、セレス、グレゴリー。おぬしらは全員で、ブランシェへと迫る吸血鬼を殲滅せよ」

「嫌だ! オレは最後まで姉御を守るんだ!!」

「リオ……これは、わしの願いなのじゃ。わしの帰る場所を、守ってくれぬかのう……頼むのじゃ」


 エリーやサラにシンディの三人までもが、ブランシェを守るために戦っている。

 戦いが苦手なニースも、炎の壁を作って吸血鬼の進軍を止めている。

 前線にはペトラとミーシャがいるけれど、吸血鬼の数が多くて仕留め切れていない。

 ここから撤退させた兵士達も、必死にしのいでいる。


「ずるいよ、姉御……絶対……絶対に、戻ってきてよ……」

「約束するのじゃ。安心して待っておれ」


 全員の不安そうな顔を一通り見て、信用が無いんだなぁと地味に凹む。

 でも当然か。

 いつも私、ぼろぼろだもんね。


「では……頼んだのじゃ」


 少しでも安心できるようにと笑顔を向けて、全員を転移させる。


「「最後の別れは済みましたか?」」


 もう一つやらなきゃ。

 ゲートゴーレム、全機に命令。私に近付くような転移を、全て禁止だ。

 今ここに来られたら、巻き添え食らっちゃうもんね。


「おぬしこそよいのか? ほれ、全世界へ向けてお別れを言うのなら、今が最後の機会じゃぞ?」

「「く、くく……その生意気な態度がどう変わるのか、楽しみですねえ!!」」


 翼を広げて私に向かってくるヴァンと、赤黒い触手を伸ばすスライムヴァン。


 もうとっくにこっちの準備は整ってるんだ。

 撃て!


『タタタンッ!』

『キイイイイインッ!!』

「な、にいっ!」


 森から聞こえるアサルトライフルの発射音とほぼ同時にヴァンの翼が凍りつき、乾いた音を立てて砕け散る。

 その後森の中からアサルトライフル型魔道具が一丁、私のミニスラに抱えられて飛んで来た。

 それを受け取りスライムヴァンに照準を合わせ引き金を引く。


『バシュンッ!』

『ドゴオオオオン!!』


 レールガンによって体積の大半を吹き飛ばしたスライムヴァンに、追撃の圧縮氷刃を連続で放つ。

 切り刻まれ氷に包まれたスライムヴァンは一度置いておき、体勢を立て直し私に剣を振り下ろそうとするヴァンに銃口を向ける。


「やってくれますねえ、ナナ!」


 アサルトライフルを切り落とそうとするヴァンの剣を避けたが、銃身を蹴られて銃口が真上を向く。

 撃てれば問題ない。そのまま私は、引き金を引く。


『タタタンッ!』

『キイイイイインッ!!』

「なにっ!?」


 圧縮魔素の超低温弾頭が、今度はヴァンの右足を凍らせた。

 硬い鱗がぼろぼろとはがれる所を見ると、やはり効果は高いようだ。

 そしてもう一度、私のアサルトライフルで逃げ道を誘導されたヴァンの右腕に、超低温弾頭が直撃する。


「……木々に紛れ、誰かが私を狙っていますね? それに貴女のその攻撃は……ただの脅し!」


 騙せたのは二回だけだったか。ちっ。

 でもまだ続くよ。高らかに声を上げるヴァンへ向け、銃口を引く。


『タタタンッ!』


 ヴァンは迫る銃弾を避けようともせず、後方に集中しているようだ。ばーか。


『キイイイイインッ!!』

「ば、ばかな!!」


 私が持つアサルトライフル型魔道具から発射された超低温弾頭が、ヴァンの胸に着弾し巨大な氷の刃を生み出した。

 元々はとーごーに持たせていたアサルトライフル型魔道具に、ヴァンの過去映像が流れている間に作った超低温弾頭を詰め、撃っただけだ。

 映像といえばいつの間にか私達の上にあったスクリーンが消えているけど、私というかシュウちゃんの魔力具合から見ると、ここ以外では映されたままっぽい。

 ほんと、何企んでるのシュウちゃん。


 それからヴァンの読みは半分当たってる。

 さっきからヴァンを後ろから撃っている存在こそが、ゴーレムとして生まれ変わった私の『ハチ』だ。

 単独で飛び回り私に合わせて自動で射撃するハチと、とーごーに持たせていたアサルトライフル型魔道具。ほぼ同じ形だからね、気付かなくて当然だろう。


 そして転移してくるヴァンの剣を避け、ヴァンが放つ魔術の光線と炎の槍と火球を術で打ち消しながら、超低温弾頭の銃撃とレールガンで、距離を取って戦うことに集中する。


 身体強化術をまともに使えない今の私には、ヴァンの剣を回避するのは至難の業だ。

 いつ斬られてもおかしくないギリギリのバランスの中、何度かヴァンに超低温弾頭を当てることが出来て、ダメージこそ少ないけれど鱗はかなり削れたと思う。


 しかしハチの銃弾を避け転移してきたヴァンの剣が、とうとう銃を持つ私の腕ごと切り落とした。

 その背にまたもハチの超低温弾頭が当たり、更に鱗が剥がれ落ちるが、ヴァンは構わず私に剣を振るった。


 横薙ぎに一閃した剣が、私の胸鎧のつなぎ目を切り裂いた。

 しかも肌には傷をつけず下着まで切るとは、最低だこいつ。

 スケベな印象は無かったんだけど、そういや異界でこいつもこいつの手下も、女の子に滅茶苦茶してたな。


 落ちそうな鎧を押さえる腕は無く、このままではおっぱいが丸出しだ。

 ……絶対に、嫌だ!!


『どんっ』


 胸を隠すため、ヴァンの体に体当たりというか、密着する。

 屈辱過ぎる!


「くっくっく、ようやくその気になりましたか?」


 ちょうどヴァンの胸の大きなヒビ辺りに押し付けるようにしていた顔を上げて、ヴァンのドラゴンのような顔を見上げる。


「ならぬわスケベ。死ね」


 斬られたヴァルキリーの両腕からスライムを出し、ヴァンに巻きつけて捕まえる。

 そのヴァルキリーを置いたまま、通常義体に換装!


「くわっ!!」


 魔素を乱しヴァンの転移も飛行も阻害、さらにヴァルキリーの背を蹴ってヴァンに押し付け、その反動で飛びずさり、全身をスライムで包む!

 私の作ったゴーレムたち! 出番だよ、みんな!!

 

『ドドドドドドゴゴゴゴゴゴオオオオオオン!!!!』


 至近距離での爆風が、私の軽い通常義体を吹き飛ばす。

 炎がスライムの表面を焼き、砕け散った石片がスライムに突き刺さる。


「タカちゃん! くまちゃん! かめちゃん!! もういっちょ!!」


『ドドドドドドゴゴゴゴゴゴオオオオオオン!!!!』


 私の切り札その一。ハチの超低温弾頭に加え、ゲンマ率いるタカファイターの氷の槍が、くまキャノンのレールキャノンが、かめタンクの主砲が、再度ヴァンへと降り注ぐ。

 二度の爆風で数百メートルも吹き飛ばされたけど、おかげで魔素を乱した範囲から外れたので、空間障壁を張り空中で姿勢を立て直す。

 ヴァンがいた場所から向こう数キロに渡って、破壊の余波が爪痕を刻んでいる。


 魔石視の仮面はヴァンの影と、その中にある魔石を薄っすらと捉えている。

 古竜と同じで全身が濃密な魔素の塊ということか。

 というか……今ので倒せてないって……。


「しぶといやつじゃっ!!」


 私の切り札その二、20メートル級の氷の巨人、圧縮魔素で作ったエレメンタルゴーレムを三体作り、ヴァンの真上に転移させる。

 二体がヴァンの真横に着地し拳を地面に連続で叩きつけ、もう一体は落下の衝撃をそのまま伝えさせるため、両足でヴァンを踏み潰す。


『ズシイイイイイイイイン!!』


 地形が変わるほどの衝撃で辺り一帯の土砂が舞い上がり、地震のような揺れで世界樹の桃色の光が瞬いている。

 この切り札二つとも、できれば異空間で使いたかったんだけど、そうも言っていられなくなっちゃったからね。


 だけど片足を上げもう一度踏みつけようとしたエレメンタルゴーレムの真下から、突然真っ赤な火線が空へと伸びた。


『キュイイイイン……ゴオオオオオウッ!!』


 エレメンタルゴーレムの股間から真上に貫いた細い火線が、エレメンタルゴーレムを真っ二つにしたあと音が変わり、扇のように広がりながら地上へと向けられる。

 そして広がった火炎がゲンマ達を飲み込み、くまキャノン、かめタンクを押しつぶすように焼き払った。


「ちいいいいいっ! ハチ!!」


 飛んで来たハチを掴み、二十体のミニスライムを出してブレスを連射する。

 ハチには超低温弾頭の生産に集中してもらい、トリガーに指をかける。


「ナナァァアアアアアア! よくも! よくも、やってくれましたねええええ!!」


 翼を広げたヴァンが、私に掴みかかるように両手をこちらに伸ばし、迫って……最悪。

 翼も、左手も……再生してやがる。

 体表の鎧のような鱗は大部分が剥がれ落ちているけれど、むしろスマートになったようにすら見える。

 剣だけでも破壊できたのは、良しとしておくべきか。


 ヴァンから放たれた魔術の光線と炎の槍と火球を打ち消し、ブレスの火線を避けながら、ハチとミニスライムで応戦する。

 さっきまでより、速い!


 打ち消しきれなかった光線や炎槍を受けたり、火線がかすったり、転移してきたヴァンの拳を受け損ねて腕が折れたりしながらも、即座に距離をとり治療しながら、ミニスラとハチでヴァンを削っていく。


 通常義体はヴァルキリーより遥かに弱い。

 けどそれは肉体に限った話で、魔術戦なら関係ないし、飛行速度はこっちが上だ!


 ミニスラのバブルブレスで動きを鈍らせ、レールガンをぶち当てる。

 胸に直撃してヒビが更に広がった。

 もう一押し!


 そう思った瞬間、何かに足を掴まれた。

 赤黒い、触手?

 しまった、スライムヴァン!!

 転移……阻害、されている? この触手か!!


 地上から伸びる何本もの触手が、そのまま私の腕やハチまでも絡め取り、握り潰した。


「がああああああっ! ハチ!? くっ……ミニスラ!」


 ミニスラのブレスが触手を薙ぎ払い、束縛からは逃れたけれど、ハチを失い、手足を潰された。

 ……やばい。切り札は全て失ってしまった。

 そして次の手を考えなきゃと顔を上げた私の視界いっぱいに、ヴァンの拳があった。


『バキッ!!』

「んがっ!」


 魔石視の仮面が砕かれ、吹き飛ばされた私の胴体に、赤黒い触手が巻き付く。

 触手が腹を締め付け、さらにヴァンが迫る。

 しまった、回避できない……くそおおおおおお!!


「はっはっは! 貴女がどんな姿であろうと、もはや関係ありません! 地上に生きる者を皆殺しにしたら愛して差し上げますから、それまで眠っていてもらおうじゃあないか!!」


 自分の娘そっくりなこの姿にまで、欲情してんじゃねえええええ!!

 やっぱり最低だよこの屑!

 ミニスラも間に合わない、ちくしょう私に、この身体に触るなあああああ!!


『ドゴオオオオオン!!』


 え? ……いきなり目の前で、ヴァンが爆発した。

 胴体の締め付けも緩く……ええ?

 爆煙が晴れると爆発したと思っていたヴァンがその場に浮いてたけど、そこに細長い筒を持った誰かが転移してきて、その筒でヴァンを叩き落とすと、その筒先を地面に向けた。


『ドゴオオオオオオオオオオン!!!!』


 さっきより大きな爆発。レールガンの数倍はありそうだけど、それはいい。

 フルフェイスのヘルメットからはみ出る金髪、薄い水色の翼、胴体と両腕のメカ的な鎧に、腰当てに装着された二門のレールガン。


 装備は、多分ロックのもの。

 でも……誰なのか、わかっちゃった。

 ばか。

 ばかばかばかばかばかばか!


「ナナ! 無事か!!」

「ばか、ものぉ……なぜ来たのじゃ……ヒデオ……ばか……ばかぁ……」


 嬉しくて、不甲斐なさが悔しくて、でもやっぱり嬉しくて。

 ヒデオの胸に飛び込んだら、鎧も私の頭を撫でる手も硬くて冷たいのに、それがとても暖かく感じて……。


 確かに、私の愛する人が、ここにいる。


 ばか……。

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