5章 第35話N 私はお前を許さない
朝焼けに照らされた世界樹が、桃色の光りに包まれていた。
それはよく見ると全ての枝葉に狂い咲く花びらが放つ光で、私の記憶にある桜の花にそっくりだった。
そして全身を包む甘い香り。
こんな時でなければ、この幻想的な光と優しい香りに、いつまでも包まれていたいと思っただろうね。
「五百年に一度、世界樹の花が咲くと聞いておったが……前回咲いたのはわしがこの世界に来た、二十年前ではなかったかのう」
シュウちゃんへの問いかけのつもりだったんだけど、返事がない。
急激に高まる周辺の魔素のせいで魔力視も役に立たない。
何なのかわからないけど、今はやることがある。
ヴァルキリーゴーレムに指示を出し、私の本体に意識を戻す。
広げた両腕をゆっくり下ろし目を開けると、簡易ベッドで眠るリオとその手を握ったまま寝落ちしたセレスが見えた。
そして私の周りには何百人ものプディング軍の兵士が、祈りを捧げるようにして取り囲んでいた。
癒しの光を出しっぱなしだったんだけど、どうやら術の威力も上がっているようで、ピーちゃんの分体スライムの中にいる重傷者を除き、負傷者の治療は終えていたようだ。
私は一番近くにいた兵士長らしい男に顔を向ける。
「……全軍の撤退は済んでおるな?」
「はっ! 兵士は全員世界樹の結界内へ退避、現在結界の外で戦闘を継続しているのは、ぶぞー様、とーごー様、そしてアルト様が出撃させたタカファイターのみとなっております!」
周りを見渡すと、私の横に半壊したビリーとヨーゼフとマリエルが控えていた。
戦力不足で前線に出していないキーパーとこの三体は、ヒルダの遺品とも言えるゴーレムだ。
三体に手を伸ばし、空間庫へとしまう。
よく頑張ったね。戻ったらみんな直してあげるから、もう少し待っててね。
徒歩で到着したヴァルキリーゴーレムの中に本体を移し、魔力を増幅する翼のコントロールだけ貰い、その場で憑依術を発動する。
思ったとおり、普通にヴァルキリーを動かすより体の負担は小さい。
「あとはわしのゴーレムに任せ、全兵士はゲートゴーレムを使用しブランシェまで撤退、態勢を整えよ」
兵士のリーダーらしき者にヴァルキリーで話しかけ、通常義体を空間庫に入れる。
またヴァルキリーを囮にして、通常義体を使うかもしれないからね。
そして私の手持ちのゲートゴーレムを全て出し、その兵士に一時的な命令権を付与しておく。
「ブランシェまで通すつもりは無いがの、万が一のためじゃ。急ぐのじゃぞ」
翼を広げ桃色の光を背に飛び立ち、北へ向かう。
少し飛ぶとまだ世界樹の桃色の光がはっきり見える辺りで、地上の吸血鬼たちに魔術の矢を降らせるタカファイターを見つけた。近付くと、ツノ付きの指揮官機にパンダのぬいぐるみが乗っているのが見えた。
というか私が以前、アルトにあげたゴーレムのゲンマじゃないか。
どうやらアルトはゲンマをタカファイター部隊の指揮官にして、高々度から一方的な魔術攻撃をしていたようだ。
「だいぶ押し込まれておるようじゃが、この辺りはゲンマに任せるのじゃ」
「承知しました」
この辺りはまだ吸血鬼も少なく、少々まとまった集団相手にはぶぞーととーごーが襲いかかり、殲滅している。ゴーレムだけで十分に対処可能だろう。
だけどあとほんの少し北に行った辺りに、数万の吸血鬼がいるのを感じる。
敵の本隊だろうか。あの数は流石に抑え切れないだろうから、私が叩こう。
近付くと地上から私目掛けて、幾つかの魔術の矢や光線が飛んできた。
ヴァンのものには程遠い、薄い障壁一枚で止められる程度の光線だ。
だが術を撃ってきた者の中に、見覚えのある男がいた。
「確かゲオルギウスと言ったかのう? ヴァンはどこにおるのじゃ」
返事代わりにまた光線が飛んできた。
答えないならそれでもいいや。
ミニスライム展開。
ブレス器官を備えた百体を超えるミニスライムを一列に並ばせると、流石に全身に激痛が走る。
でも、構わない。
滅べ。
一斉に放ったブレスが轟音の奔流となり、吸血鬼たちに降り注ぐ。
岩の塊が吸血鬼の集団を押し潰し、風の刃が切り刻み、火炎が灰も残さず焼き払い、水流が全てを押し流す。
あとにはただ、荒野だけが広がっていた。
一斉に攻め込むつもりだったのか、密集していてくれたのが私にとっては運が良かった。
それでも全滅とまではいかなかったし、空間障壁を張って生き延びていたやつも僅かにいた。
そのうちの一人。障壁ごと水流に流され泥に埋まりかけていた、ゲオルギウスの元へと降下する。
「もう一度だけ聞くのじゃ。ヴァンはどこにおる」
「……化物め……」
近寄ろうとしたら、空間障壁に阻まれた。
確かになかなかの強度で、これならブレスを防いでもおかしくはない。
障壁の前で左足を前に出し、構えた右の拳を引く。
「は、ははは! いくら魔王といえど、この私の障壁を素手で破れるものか! 思い上がりも甚だしいわ!!」
空間障壁で作った足場を右足で蹴り、その力を腰から肩、肩から右腕と伝え、体重を乗せた右の拳をげルギウスの障壁へと突き出す。
『ドゴン!!』
障壁を特に抵抗もなく突き破った私の右拳は、発生させた衝撃波によってゲオルギウスの左半身を吹き飛ばした。
思ってたよりは、硬かったかな。
「……ば、ばか……な……」
「思い上がっておるのはおぬしの方じゃ。わしは魔王じゃぞ?」
べちゃっと汚い音を立て、泥沼のようになっている地面に倒れ込んだゲオルギウスにトドメを刺そうと、ミニスライムを一体手元に召喚する。
そのミニスライムから火炎のブレスを放ったその瞬間、ゲオルギウスと私の間に一体の吸血鬼が飛び込んできた。
「アデル!」
ゴウッ! という音と同時に、ゲオルギウスを庇うように立った巨漢の吸血鬼が、一瞬にして火達磨になり、炭と化し、灰となって崩れ落ちた。
来てるのは気付いてたけど、滅ぼす順番が変わるだけだから無視しただけだ。
もう一度ミニスライムでブレスを吐けば終わりだ。
『ゴオオオオオウッ!!』
……何だ、真上から聞こえたこの音は。
真上を走った一条の火線が、私のミニスライムを焼き払っていた。
同時に感じる、背後からの威圧感。
「……毎度のことじゃが、人の後ろに現れるのが好きじゃのう……ヴァンよ」
「知っていて慌てもしないとは、随分と余裕を見せてくれるじゃあないか……ナナよ」
ゆっくりと振り返った私の目には、私の知らないヴァンが立っていた。
これまで倒してきた人型竜のフォルムは酷似しているが、その色は赤黒く染まり、外装もこれまでのヴァンより厚く全体的に一回り大きい。
そしてこれまでと決定的に違うのは、ヴァンの体から溢れる魔力。
その力の正体は、魔力視が教えてくれた。
「……火古竜を喰らいおったか」
「やはり私のことを誰よりも理解していますね、ナナ」
「視たらわかるじゃろうが。理解などではないわ、たわけ」
口の端が上がったのは、もしかして笑ったんだろうか。ああ、気持ち悪い。
そしてやっぱりこいつからも、敵意が感じられない。
変な寒気に耐えていると言動がおかしいヴァンの姿が消え、また私の後ろに現れた気配がした。
そこで泥の中に倒れるゲオルギウスの首根っこを掴み、立たせ……いや、持ち上げた。
「ゲオルギウスよ、私の魔石を持っていますね?」
しまった、こいつに渡しちゃいけない!
とっさに間合いを詰めゲオルギウスにトドメを刺そうとした私の足元に、ヴァンの口からブレスが放たれた。
『ゴウッ!!』
私の接近を阻むように横薙ぎにされたブレスによって、地面から炎が吹き上がった。
泥が一瞬で蒸発し、乾いた土が燃えて溶ける。
いつもの光線ブレスじゃない。
上にいた私のミニスライムを焼いたのと同じ、超高熱のブレス。
炎で向こう側が見えない。
でもそれは、ヴァンも同じだ。
私はハチを取り出し、両手で構える。
スイッチは、レールガン。
弾丸は圧縮した魔素を詰めた、特殊弾頭。
ヴァンがいるであろう場所目掛け、引き金を引く。
『ズバアン!』『ドゴオオオオン!』
発射音と爆発音が重なり、衝撃波で炎が散っていく。
直撃だ。
一撃で木っ端微塵になったはず。
……そう、思っていた。
爆炎が晴れたその場所には、右手に持ったゲオルギウスを後ろにかばい、左腕を掲げたヴァンが立っていた。
初手で私の最大火力を撃ったつもりだけど……弾頭に圧縮させた魔素が、炎だったのがまずかったか。
「……左腕の鱗が壊れてしまったじゃあないですか。貴女のお兄さんという方が持っていた武器より、遥かに威力が高いようですねえ」
「……ロックのことかのう?」
「ええ、確かそんな名前でしたねえ。貴女よりロックの方が強い力を感じたのですが、やはりナナは侮れませんねえ」
そう言ってヴァンは、右手に持っていたゲオルギウスを後ろに放り投げ、左手に持っていた二個の魔石を口元へ運び……飲み込んだ。
私の魔力視は、その二つの魔石とヴァンをつなぐ魔力線を捉えていた。
やはりさっき私が倒したヴァンからも、ダグを巻き込んで自爆したヴァンからも、ヴァン入りの魔石が一つずつ逃げ出していたようだ。
「……ほう。アルトだけでなく、ダグまで戦線離脱ですか。しかもダグは、私やロックと同じ力を持っていたようですが……自画自賛になりますが、やるじゃあないか」
「自分が入っておる魔石同士で情報交換とはのう、相変わらず寂しい奴じゃ。自分以外の何者をも信用せず、戦力として使う駒は自分の複製とアンデッドのみ。いくら複製を増やそうとも、おぬしはどこまで行っても一人っきりなのじゃな」
「……今は、そうかもしれません。ですがこれからは、共に過ごす相手がいます」
そんな物好き、いたら見てみたいものだ。
「ところでナナ、私と戦ったロックがどうなったと思いますか?」
「おぬしがここにおるということは、負けて逃げたんじゃろうのう」
あれが簡単にやられるわけがない。
よく見るとヴァンの胸に大きなヒビが入っている。
おそらくはロックの仕業だろう。
「逃げた、ですか……くくく、ずいぶんと楽観的ですねえ?」
そう言ってヴァンは空間庫から黒くて丸いものを取り出し、私の足元に放り投げた。
……ロックの、義体の頭だ。
「そうそう、その場にはヒデオもいましてねえ……つい勢いで殺してしまいましたが、貴女の恋仲にあったとは驚きです。先に記憶の共有を済ませておけば、ここに連れてきて貴女の目の前で殺す事ができたというのに、とても残念でなりません」
「……挑発しても無駄じゃよ。おぬしのことじゃ、余裕ぶってトドメを刺し損ねておるじゃろうからのう」
私から伸びる魔力線が、二人だけじゃなくアネモイの無事も知らせてくれている。
ヴァンが詰めの甘い間抜けで良かった。
「強がりですか? くくく……そんな顔も可愛らしいですね」
「っ! ……こ……これまでおぬしから受けた攻撃の中で、最も大きなダメージを受けたのじゃ……。キモ過ぎて悪寒が止まらぬ……」
「……」
「……」
何で固まってるのか知らないけど、今のうちにロックの頭を拾って、空間庫に入れておく。
「……話はそれだけかのう?」
さっき倒した二体のヴァンといい、こいつといい、まさかとは思うけど……。
いや……考えたくも無い。
「……降伏する気はありませんか? そうすれば私は、貴女のために全ての争いを止めさせて差し上げましょう。もちろん貴女のお仲間にも、今後一切の手出しはしません。その条件は一つだけです」
「……言うてみよ」
「私と一緒に来なさい。私はこの体となり、永遠の命を手に入れました。貴方もそうなのでしょう? ……その永遠を、私と共に過ごすのです!」
……まさかとは、思ったけど……。
「ナナ! この世界で唯一の、私の理解者!! 私はナナ……貴女を愛しています!!」
「全身全霊で拒否するのじゃ」
即答。
嫌悪感しか無い。ほんと無理。
というかそもそも何でそんな結論に至ったんだとか、そういう興味すら湧かない。
「この先何があろうとも、貴女だけは殺しません。断るというのでしたら、貴女以外の生きる者を皆殺しにするだけです。そうすれば嫌でも貴女は、私と二人きりでこの世界に生きる事になりますからねえ」
「万が一そうなったら、わしは自分で自分の命を絶つのじゃ。じゃが死なずに生きて帰ると皆に約束しておるからのう、おぬしを滅ぼし帰ることにするのじゃ」
ヴァンが阿呆な妄想を語っている間に、準備は整った。
ハチを構え、引き金を引く。
『タタタンッ』
ただの通常弾だけど、ヴァンはそれを軽々避けた。
当たってもダメージなんか無いだろうけど、これでハチを警戒しているのはわかった。
ブレス器官搭載ミニスラ群召喚、ブレスは水と雷。
痛みを無視して動き回りながら操作できる限界は、ミニスラ二十体が限界。
「どうしても、戦うというのですか……ナァナァ……」
「降伏したとしても、これ以上わしの仲間に手を出さぬというおぬしの言葉は信用できぬ」
万が一私が降伏してヴァンの元へ行ったとして、ロックもヒデオもダグもアルトもリオもセレスも、みーんな私を助け出すためにヴァンへ挑むだろう。
私が来るなと言っても、それを真に受けて引き下がる連中じゃない。
つまり単純に、降伏する意味がない。
「おぬしと決着を付けずに済む機会はあったのじゃ。それを尽く踏みにじったのは、他ならぬおぬし自身じゃ。おぬしはわしの大事な人を傷付け過ぎたのじゃ。わしはおぬしを絶対に許さぬ。おぬしの魔石の一欠片も残さず、二度とわしの前に現れぬよう滅ぼしてやるのじゃ」
ミニスラブレス一斉掃射、同時にヴァンの頭上に転移し真上へハチを向け引き金を引く。
タタタンッと音を立ててハチから放たれた通常弾は、私の真上へと転移してきたヴァンをのけ反らせた。
避けられたけど予想通りの出現位置だ。そこへ更にミニスラを特攻させ、至近距離でブレスを放つ。
水刃のブレスがヴァンの鱗を浅く傷つけ、転移して逃げたヴァンを更にミニスラで追う。
避けようと動くヴァンにハチの三連射で退路を塞ぎ、ブレスを撃ちながらミニスラをぶつけていく。
雷ブレスはヴァンの動きを一瞬止め、水刃ブレスは鱗を傷つける。
でも決定的なダメージを与えられないまま、ヴァンの剣が、尻尾が、私のミニスラを次々破壊していく。
「……尻尾は飾りではなかったかのう」
「くくく、尻尾も翼も火古竜の記憶から、使い方を学んだのですよ。おかげで……ハアッ!」
ヴァンの気合とともに口から出た広範囲の爆炎が、ミニスラの大半を包み焼き尽くす。しかもその炎はヴァンをも巻き込み、ヴァンの体や剣に張り付き吸収しようとしていた、私のスライム諸共に炎に包まれる。
「小細工も無駄ですよ? くっくっく。だが、やはり貴女は一筋縄ではいきませんねえ。貴女の心を折るには……少しばかり痛い目を見てもらう他、なさそうじゃあないか!」
来る。
竜の翼を広げたヴァンに、召喚し直したミニスラのブレスを放つ。
同時にハチの銃口を向けると、その姿がかき消えた。
また後ろ、そう思ったが気配がない。
……見つけた。
私からだいぶ離れたところに現れたヴァンが、桃色の光に向けて飛び去ろうとしていた。
「させぬよ!」
ヴァンの言う痛い目というのは、私への攻撃じゃない。
私の仲間を攻撃するという意味か!
ヴァンの進行方向に転移し、何重にも空間障壁を貼ってヴァンを止める。
『ゴンッ!!』
更に転移を防ぐためヴァン周辺の空間魔素を乱し、その後ろにミニスラを召喚しブレスを放つ。
「ぬう……なん、じゃと……っ!」
障壁などお構いなしに加速を始めたヴァンに、障壁ごと押されていく。
しかも空間障壁を乱したせいで脆くなった障壁が次々と破られていくが、構わずミニスラブレスを連射する。
ヴァンの背に、尾に、翼に、水刃は浅く傷をつけ、雷球は小さくない焦げ跡を作っていくが、ダメージを与えている様子がない。
ドドドドドとブレスが着弾する音に紛れ、バリン、バリンと障壁の割れる音がする。
『バリンッ!』
「ぬうううっ!」
最後の障壁が割られ、飛び出してきたヴァンの左手が私の首に伸びる。
その左腕を迎撃するつもりで、右の拳を横から振り抜く。
『バキッ!』
「がはっ!」
しかし私の一撃は、ヴァンの左腕の軌道を逸らすことすら出来なかった。
首を掴まれるがヴァンはそれ以上何をするでもなく、ただ加速した。
「があああ! 離せ、離さぬか!!」
左手に持ったハチの銃口を向けようとした瞬間。
ヴァンの右腕が動き、ハチを持つ左手が軽くなった。
「貴女の身体も私と同じ、ゴーレムなのでしょう? 作り直せばいいとわかっていても、愛する女性の身体を切り刻むのは心が痛みますねえ」
ハチを持つ私の左腕が、眼下の森へと落ちていく。
左腕を見ると上腕部の鎧がスッパリと斬られ、そこから先が無くなっていた。
私の腕を斬った剣……白く輝く刃が、光の魔素を纏っている。
「これはヒデオという者の技だったかな? 貴女の元恋人の技を真似するのも業腹ですが、これからは私がこの剣で、貴女を一生守って差し上げようじゃあないか!」
「ぐっ……元、恋人ではないわ……わしの未来の、旦那様じゃ!」
憑依状態じゃ身体強化術が使えない。
憑依術解除、義体のコントロールを全て通常通りに。
全身が、痛い。
斬られた左腕が、痛い。
でも、こんな痛み、何だ!!
右の拳帝に水の魔素を圧縮、冷やし、氷刃を顕現! 身体強化術、発動!!
狙いはヴァンの左腕、鱗の剥がれた一点のみ!
「うあああああああああああ!!」
『バキッ!!』
私の右拳が、ヴァンの左腕に突き刺さる。
圧縮魔素、開放!
『グシャッ!!』
「何っ!?」
ヴァンの肘の先に突き刺さった私の拳から一気に放たれた氷刃が、ヴァンの左腕を内側から斬り裂き、吹き飛ばす。
私の首に残っていたヴァンの左手を外し、飛行を止めたヴァンの方へと放り投げる。
「これで、おあいこじゃの……」
「……貴女とお揃いになるのは悪い気はしませんが……これはお仕置きが必要なようですねええええ?」
痛い。
でも、耐える。耐えてみせる。
後ろから感じる桃色の光と甘い香りが、世界樹との近さを感じさせる。
兵士の撤退は済んだだろうか。
リオとセレスも撤退してくれて……る、わけがないよね。
「姉御!」
「リオちゃん!」
下から聞こえてくる二人の声。
私を心配して残ってくれたんだろうけど、涙が出そうなくらい嬉しいんだけど……しかもいるのは、リオとセレスだけじゃない。
手足もまだ満足に動かないだろうに。火傷もまだ治ってないじゃないか。馬鹿……。
『ドゴオン!!』
「ぬうっ!?」
地上から発射されたレールガンが、ヴァンに直撃する。
驚いた様子のヴァンに追撃をかけ、刀を振り下ろすぶぞー。
剣と刀がぶつかり合う音が連続で響き、ぶぞーを前蹴りで吹き飛ばしたヴァンに二発目が直撃する。
『ドゴオン!!』
とーごーの射撃は私よりも正確無比だ。
さらにヴァンの真上から、圧縮魔素で作られた魔術の矢が雨のように降り注いだが、ヴァンの広範囲爆炎ブレスに飲み込まれかき消される。
「「はあああっ!!」」
上を向いていたヴァンに間合いを詰める私に合わせて、体のあちこちに火傷痕を残すダグも間合いを詰め、私の右ストレートがヴァンの右胸に、ダグの左ストレートが左胸を捉えた。
しかし私とダグの魔素を纏う拳はヴァンの胸の装甲を貫けず、そこに元からあったヒビを広げるだけだった。
「ちょこまかと、五月蝿いですねえ!」
ヴァンが振るう白い刃を、魔素を纏わせたままの右拳帝で受け止める。
ぶぞーと打ち合っているのを見てわかった、魔素を纏っていれば簡単には切り裂かれない。
しかし力任せに振り抜かれ、私はダグを巻き込んで吹き飛ばされてしまった。
「まずは邪魔者から、消すことにしましょうか!」
ヴァンの口に魔素が集まり、地上にいた三人の人影目掛けて熱線が放たれた。
その先にいる一人、槍を持ちスライムを抱いたセレスが、槍の先から高圧縮の水流を放出し熱線と拮抗する。
セレス一人の力じゃない、胸に抱いているグレゴリーが力を貸しているようだ。
そしてヴァンの周りの空気が渦を巻き始め、バチバチと静電気が走る。
「邪魔者はあなたの方ですよ、ヴァン」
リオとリオの肩に掴まるアルトの魔力が、ヴァンの周りに充満する。
「「サンダー・ストーム!!」」
『バリバリバリバリ!!』
雷の嵐がヴァンが右手に持つ剣へ向けて殺到し、ブレスを中断させられたヴァンの胸へと、セレスとグレゴリーの高圧縮水刃が突き刺さる。
「……やった、か……?」
体勢を立て直しフラフラのダグに肩を貸す私に、ダグのか細い声が聞こえてきた。
ダグもアルトも……無茶しやがって。
でもこれだけの攻撃を受けたのに、ヴァンは何食わぬ顔で、私の方へと顔を向けてきた。
「……どうやら私は、強くなりすぎてしまったようですねえ」
「無傷、だと……? クソ、が……」
全くの無傷ではない。
効いていないわけじゃない。
胸のヒビは広がり、左腕の先からは白煙が上がり、焦げた匂いが漂っている。
ただ単に、恐ろしく硬いんだ。
しかもヴァンは……まだ全然、本気を出していない。
「全員下がるのじゃ。こやつとの決着は、わしがつける」
ヴァンと二人っきりになるのは嫌だけど、ここにいたら皆を巻き込んじゃう。
こうなったら……二人だけで決着を付けるよ、ヴァン。




