5章 第31話R あれ?
「さあて……俺の将来の義弟に手を出したんだ。楽に死ねると思うなよ、ヴァン」
魔石だけ残して全身磨り潰すか、それともスライムでじわじわ吸収するか……おっと、アネモイが怯えちゃうから怒りを静めなきゃ。
――これくらい平気よ! ナナの方が怖い時があるくらいだわ!
あーそれわかるわ。でも少し控えておくね。
何はともあれヒデオが無事でよかった。耳が聞こえるようになるまで思ったより時間がかかったのと、ヴァンがヒデオの居場所を吐かないせいで手間取っちゃった。
結界が消えたから急いで来てみれば、まさか別のヴァンと戦闘中だとは思わなかったけどね。
でもこのヴァン、戦力値が低いな。
おかげでヒデオでも戦えたんだろうけど……ひどいなこいつ。
胸に埋め込まれてるのはレイアスの遺体か? 他の赤い瞳の吸血鬼二人は知らないけど、何だろあれ。
「ロックっつったか、頼む……あの二人は俺様の部下なんだ……俺様がヴァンを裏切ったせいで、あんなことになっちまって……」
「あれ、キンバリー? そっかお前、裏切ってたのばれちゃってたか。ヒデオと一緒にいるってことは、信じていいんだよね?」
「ああ、ロック。キンバリーは俺の仲間だ」
おやおやヒデオ、いっちょまえの男の顔してるねえ。
お姫様体質をいじるのは、もう少し後にしておいてあげよう。
キンバリーの顔はなんか刺が無くなったというか、以前に比べて丸くなったねえ。
「わかった、よろしくねキンバリー。ヴァンに埋め込まれた奴は任せてくれていいけど、後で聞きたいことたくさんあるから説明よろしくねー」
「俺様に答えられることなら、何だって答えてやるぜ」
そのキンバリーは、傷はあるけど再生してるみたいだからほっといても平気だね。
ヒデオの方は義体の右足以外大きなダメージは無さそうだね、ミニスライム出してヒデオの足にくっつけて治しておこうっと。
次は確認だね、結界は消えたけど空間魔素の乱れが落ち着かないなあ、長距離転移はまだ無理かな? じゃあ空間庫から通信魔道具取り出してっと。
「お、通信はギリいけそう? あーあー、こちらロック。ナナー聞こえるー?」
『何ザザッ……ザッ……、ロックか!?』
おー繋がった。向こうは日付変わったくらいの時間のはずだけど、反応早いな。
もう地竜道から吸血鬼が攻め込んでるのかもしれないな、早く片付けて戻らないとね。
「ヒデオ確保したよー。もう少ししたら連れて帰るねー」
『そうか、良かっザザッ……礼を言うのじゃ、ロック。ヒデオもザザッ……おるんじゃな? おぬし、戻ったらザザッ……じゃからな!』
「何言ってるかよく聞こえないけど、俺は大丈夫。心配かけてごめん、ナナ」
「ヴァンはこっちで二体ぶっ飛ばすけど、グレゴリーが引きつけてくれた残り二体がそっち行くかもー。そんじゃぱぱっと片付けて帰るよー。ぷちっ」
突然通信魔道具切ったから、ヒデオがちょっと不満げな顔したけど、俺の視線の先を追って表情を引き締めた。
何このヴァン、手足の外装の隙間から、真っ黒な粘液……スライムだよね?
もしかしてヴァンもスライムになったの?
通信魔道具をいつもどおり腰に下げ、深いため息を漏らす。気分悪いなあもう。
「俺と色かぶってる……ショックだ」
「そこ!?」
「いや、大事なとこじゃん? ヒデオもグレゴリーもスライムになったし、かぶる色選びたくないじゃないか。しかもヴァンとかぶるとか最悪。俺緑に変えようっと」
ヴァンと同系統というのが我慢ならないからこの場で色を変えてやろう。
ちなみにナナは水色ヒデオは橙色グレゴリーは茶色で、三人共俺と同じ半透明スライムだ。
「ぐ……ロック、とか言いましたか……貴方は、どこまで私をコケに……ぐああっ!」
「スライム勝負なら年季が違うんだよねー」
黒いヴァンスライムを包むように、半透明な緑色スライムをどんどん広げ拘束していく。
最初に投げたヴァンの中に、ヴァンを吸収するためのスライム入れてあったんだよね。こっちのヴァンがスライム出したから、急遽ターゲット変更して動いてるヴァンの外装の隙間から進入させたんだ。スライム同士の吸収合戦なんて初めてだけど、相棒キューちゃんの補助がある俺には、負ける余地なんて無い。
「ところでロック、よく俺の居場所がわかったな」
ヴァンの全身が俺のスライムに包まれ安心したのか、ヒデオがこっちに向かって歩いてきた。でも刀は構えたままヴァンから目を離してないから、気までは抜いてないようだね。
「うん? あー、実はそのー……結婚指輪、持ってるだろ?」
「ああ、ここにしまってあるけど、それがどうかしたのか?」
「それ作る時に、こっそり追跡魔術埋め込んでたんだ」
「……はああ!?」
ヒデオこっち見んな。一応まだ戦闘中だよ。
「当時ヴァンがナナの周囲の人を拐う可能性もあるなーって思って、細工してたんだよねー。でも安心して! 居場所追えるのキューちゃんだけだし、最近まで俺も存在忘れてたくらい使ってないから! ……てへ」
「てへ、じゃないよ……怒ってないし、そもそも助けられた身で文句を言える立場じゃないけどさ……せめて教えておいて欲しかった……」
複雑な表情してるけど、そりゃ知らない間に自分にGPS付けられてたって知ったらそうなるよねー。
ついでだから追い打ちかけておこうっと。
「ヒデオはお姫様体質だからねー、万が一に備えておいてよかったよ!」
「……何だよロック、そのお姫様体質ってのは……」
「ピンチに陥ったり拐われたり? そして王子様に助けられる的な?」
ヒデオがガックリと両手両膝地面についてうなだれちゃったけど、戦闘中だってば。
――それはロックが悪いと思うの。
ですよねー。
「お、おい……何してんだよコラ、それにヴァンはどうなってんだ? 二人は無事なんだろうな?」
「ちょうど良いやキンバリー、二人とレイアスの体を受け止めてくれないかな?」
「はあ? ……ちょ、ちょ待てよ!」
ヴァンの胴体を包むスライムで、ヴァンと融合している三人の体を引っ張り出す。レイアスは既に死体だから申し訳ないけど後回しにして、残る二人……目が赤いしこれも死体の部類だけど、人の体を構築しながらヴァンから切り離す。
最初の段階で二人の脳には麻痺毒ぶち込んで気絶させてあるから、多分大丈夫だと思うけど……ちっ、構築した人の体が、徐々に吸血鬼のそれに変質してるよ。
赤目も黒目と同じで、完全に人に戻すのは無理かもしれないね。
「エイブラハム! フローレンス!」
「うわっ、レイアス!!」
状況に気付いたヒデオがキンバリーと一緒に直立不動のヴァンに駆け寄り、吸血鬼二人とレイアスの身体を回収してヴァンから離れた。
ヴァンは忌々しそうに俺のこと睨んでるね、全身をスライムにじわじわ食われてるから激痛だろうに。
それにしても……いくらヴァンとは言え、抵抗する相手を躍り食いするのは滅茶苦茶気持ち悪い。
しかも融合してた境目はすんなり吸収できたけど、抵抗する意志があるからなのか、ヴァンの体の吸収は思うように進まない。
あー気持ち悪い。
「おい、二人は大丈夫なんだろうな! 脈がねえぞ!!」
「キンバリー落ち着け、その二人はアンデッドだ。脈は無い」
「ああ!? ……お、おう……そういや、そうだった……」
レイアスを空間庫にしまいつつ冷静にツッコんだヒデオの言葉に、キンバリーが恥ずかしそうに顔を背けた。くすくす。って……あれ?
よく見るとキンバリーに結構な太さの魔力線が二本繋がってるな。
一本はヒデオと繋がってるけど、もう一本は……ヒデオ同じ方角に伸びてる。もしかしてナナ?
キンバリーとナナって二度しか会ってないはずだよね、何なんだろ。
……ま、いっか。
「とりあえず、さっさとこのヴァンを倒してグレゴ助けに行かないと。グレゴがヴァンを二体引きつけてくれてるんだよねー」
「最初に二体飛んでいったのはそれか。一体どうやったんだ?」
「グレゴが砂漠でわざと転移すれば、ヴァンが何体か釣られるだろうと予想してね。そんでヴァンが減った隙に俺が南からぐるっと迂回して帝都に侵入し、ヒデオを助け出す予定だったんだよねー」
話しながらヴァンの吸収を進めてるんだけど、これ一回魔石ぶち壊してから吸収したほうが早いな。
「……なあ、ロック。一つ聞きたいんだけどさ。ここ来る時に帝都見たよな?」
「……あー、跡形もなく派手に吹き飛んでたねー……」
ほんと……後少しずれてたら、俺がナナに殺されてたかもしれない。
ヒデオが無事で本当に良かった。
「……ロック、何で今顔逸した? やっぱりあれロックか! あとちょっと俺達が動き出すの遅かったら、一緒に木っ端微塵だぞ!!」
「わざとじゃないんだ。ヴァンが中途半端に当たってレールキャノンの軌道がずれたのが悪いんだ」
「レールキャノン!? またデタラメ武器作ったのか!! ……あ、そういやロックはナナと元が一緒だからな……はぁ……」
ヒデオなんでそこで諦めた顔してるの。
ちょっと納得できないんだけど。
――私は納得よ! ぷーくすくす!!
少し黙ろうかアネモイ、ここでほっ放り出すよ?
――……。
心外だなあ、全くもう。
とりあえず……腰のレールガンをヴァンに向け、威力を最小にして、と。
えい。
『ズヒュン!』
『ドパァン!』
「……きたねえ花火だ」
「う、撃つ前に一声かけろよ! びっくりしたじゃないか!! それにそのセリフ覚えてるぞ! 確かドラゴンボ――」
「ヒデオ、それ以上はいけない」
慌ててヒデオの言葉を遮り口をふさぐ。
言葉に出すのはダメ、ぜったい。
「な、何だよ今の……ヴァンの胴体が吹っ飛んで、反対側の壁に肉片が……」
……確かに室内でこれはきついな、グロ過ぎる。
そこで芋虫になってるヴァン撃った時は外だったから気付かなかったよーあははー。
「と、とにかくこれでヴァンは倒したし、あとはグレゴと合流して残り二体倒すだけだね!」
「明るく喋ってごまかそうとするなよ……ちょっと待ってロック。セーナンで一体、ここで二体倒して、グレゴリーが今二体引きつけてるんだよな。全部で六体じゃなかったっけ? 一体足りないぞ?」
「俺とグレゴリーが出発する前に、何かセーナンにもう一体出たらしいってナナから聞いたんだよね。レーネが戦ってたらしいけど、多分もう倒されてるんじゃないかな?」
ヴァンの残骸吸収して、さっさとグレゴんとこ行って終わらせ……ん?
吸収が遅いよ?
スライムヴァンだけじゃなく、俺が手足もいだ芋虫ヴァンにも……抵抗、されてる?
「おいロックさんよ、今セーナンにいるのは確かに似たようなゴーレムだが、中身は全くの別人だ。残ってるもう一体ってのは一番強え奴で、いつの間にかどっかに行――っ!?」
「っ!?」
『ゴスッ!』
「がはっ!?」
俺の背中からの衝撃に、一瞬息が詰まる。
正面に跳び振り返ると……赤い、人型竜のゴーレム?
「おや? 随分と硬い鎧ですねえ。ところで予定より戻るのが遅くなりましたが、このネズミは何者ですか? それにレイアス、キンバリーまで、ここで何をしているのですか? 説明してもらおうじゃあないか、なあ、私よ」
……まさか、ヴァンか!?
「いいところに来てくれましたね、反撃の機会を待っていた甲斐がありましたよ」
「形勢、逆転ですねえ……ロックウウウ……」
それに……二体のヴァンの残骸も、動いた、だと……!?
さっきの衝撃は背中にヴァンが手刀を突き立てたのか、鎧がなかったら魔石に直撃……ぐ……があああああああ! この、全身に走る痛み……まさか魔石に届いていた!?
――きゃあああ! ……あ……。
くそっ、どうしたアネモイ!? ……返事をしろ、アネモイ!!




