5章 第30話A+ 例えこの身が朽ちようとも
ダグ率いるゴレーム部隊と正規軍は、吸血鬼の数に押されて世界樹基地まで下がって来ました。
ゴーレム部隊は約半数が行動不能、正規軍も四割ほどが戦線離脱と、ひどい有様です。
ぶぞー・とーごー・ビリーの活躍とマリエル・ヨーゼフ、そしてピーさんとナナさんの治療がなければ、間違いなく死者が出ていたでしょう。
なんせ即死でない限りはどんな重傷でも蘇生させてしまうのですから。
今もまた時間停止型の空間庫に重傷者を入れたヨーゼフが戻り、ピーさんの分体スライムに次々と兵士を沈めています。
『畜生! まとまって下がりやがれ!! 深追いしたら相手の思うつぼだ!!』
殿で戦っているダグの怒声が、通信機から聞こえてきていますね。
ダグは強い。それも人族というくくりの中では、間違いなく最強でしょう。
ですがそれは、一対一での話です。
「ダグ、戻ったらそのままあなたはテテュスさんと一緒にナナさんの守りを。広範囲に散らばった敵が相手なら、僕の方が有効です」
『くっ……仕方ねえ……』
前線に出たニ千人の正規兵と百六十五体の軍用ゴーレムだけで、およそ五~六万ほどの吸血鬼を仕留めたのですから、戦果としては誇ってもいいと思いますよ。
「ゴーレム兵部隊はタカファイターを残し全軍基地まで後退、タカファイターは指揮権を一時僕に全て回して下さい」
『おう。……リオ! セレス! てめえらも一旦戻れ!』
一つの水晶玉をモニター代わりにし、全てのタカファイターからの映像を集中して映すように術式を構築……ゲンマ、お願いします。
空間庫からナナさんがくれた白黒のぬいぐるみを出し、水晶玉を持たせます。
「術式構築補助を開始……構築を完了しました」
「ありがとうございます、ゲンマ。ではこれを使って……おや?」
『リオ! セレス!! 返事しやがれ!!』
……ナナさんには、気付かれていませんね?
「ダグ、ナナさんに気付かれますから声を落としてすぐ戻って下さい。僕が行きます」
『……くそっ!』
タカファイターからの映像の一つに、ゲオルギウス達と交戦中のリオくんとセレスくんが映っていました。
リオくんもセレスくんも簡単にやられるわけがありませんが、先程一度戻ってきたリオくんから聞いたところかなりの強敵らしいですからね、ヴァンが来る前に片付けたいところです。
そうなると、散らばった吸血鬼の始末は……。
「ゲンマ。高高度からタカファイターによる吸血鬼殲滅の指揮をお願いできますか?」
「承知しました」
「ありがとうございます、よろしくおねがいします」
本当は僕が飛んでタカファイターを指揮するつもりでしたが、ゲンマがいてくれて助かりました。ゲンマを僕に与えてくれたナナさんに感謝です。
水晶玉を持ったゲンマを指揮官機であるツノ付きタカファイターに乗せ、飛び立つのを見送ります。高高度まで攻撃を届かせるような敵はいませんからね、高度にさえ気をつければゲンマに何かあるはずもありません、安心して送り出せます。
では僕は、リオくんの援護に向かうとしましょうか。
―――――
「やあ! たあ! はああああ!!」
下段・中段・上段の三連蹴りは、アデルのガードを破れなかった。右足を上げたままのオレを掴もうと伸びてきた左腕を逆に掴み、右足を戻す反動を使ってアデルの左肘に左膝を叩き込む。
ゴキッ! という骨を砕いた感触が蹴帝越しに伝わってきたけど、アデルは左手で拳を作りオレごとを地面に振り下ろした。
『ドゴンッ!』
「がはっ!」
空気を操って衝撃を和らげはしたけれど、お腹に穴が空くんじゃないかと思うほどの一撃と背中の痛みに耐え、砕けているはずのアデルの左肘に拳帝を叩き込む。
「む、ぐうっ」
アデルの力が抜けた瞬間に跳ね上げた脚を左腕に絡ませて手首を掴み、体をひねって肘から先を思いっきりねじ切る。
そのままアデルの左腕を捨て体をひねった勢いを使って両手を地面につき、馬のように両足でアデルの顎を蹴り上げる。
でも顎の骨を砕いた感触と同時に、アデルの右拳が私に迫っているのが見えた。
『ドスッ!』
「がはっ!」
逆さまになっていたオレの胸にめり込んだアデルの拳で吹っ飛ばされ、近くの木に背中から叩きつけられた。
くっ、今ので肋骨やっちゃったかな。
あまり上手じゃないけど、治療魔術で痛みを和らげておく。
追撃が来ないのは、わかってる。
アデルも傷を治すため、後ろに控えていた吸血鬼を呼び寄せて血を吸ってる。
まさか吸血鬼を援軍としてじゃなく、回復手段として使うなんてね。
先にあっちやっつけたいんだけど、グレゴリーの張った障壁がどうしても破れない。
それに認めたくないけど身体強化術を限界まで使ったオレより、アデルの方が力が強い。
でもそれ以外は、オレの方が上だ。
純粋な一対一の戦いなら負けないんだけど、あんな回復手段を取られて持久戦になると分が悪いなあ。
でもアルトやダグに手間はかけさせたくない、二人には姉御を守ってもらわなきゃいけないんだ。さっきから通信機が鳴ってるけど、こいつらの事を話したらどっちかが来るかもしれない。
オレも早くこいつらを倒して、姉御の盾になりに戻るんだ!
「セレス!」
「は~い!」
声のした方へ大きくバックステップし、セレスの真後ろに着地した。
「準備できてるわ~」
「ありがとうセレス! 気をつけてね!!」
「リオちゃんもね~」
その場でセレスと位置を交換し、後ろからセレスの魔術がアデルに向けて放たれたのを感じながら、オレはゲオルギウスへと一気に間合いを詰める。
「くっ! だが小娘、貴様程度ではこの俺の障壁を破ることなど……はっ!?」
拳帝に若干の土の魔素を集めて砂を作り、風の魔素で思いっきりかき回す。
正直仕組みはよくわからないんだけど、姉御がこうやって雷作ってたんだ!
「ゲオルギウス、びしょびしょだね!」
地面もゲオルギウスも、さっきまで戦ってたセレスのおかげでびしょ濡れだ。
少し離れて障壁に守られてる吸血鬼もね。
「くっ、させるか!!」
オレ目掛けて撃たれた光線を拳帝で弾き、避け、雷撃の準備をする。
でも撃とうとした瞬間、ゲオルギウスの口元が釣り上がったのが見えた。
何か策がありそうだから正面から行くのをやめて、ゲオルギウスの真上に跳んで障壁を足場にし拳を全力で振り下ろした。
ちょうどゲオルギウスが飛び上がろうとしていたのと同時だったようで、オレの拳でミシミシ言ってる障壁のせいで、飛べなくなったみたい。
その足元、ナイフが突き立てられてるけど何だろ?
まあいいや、どーん!
『バリバリバリバリッ!!』
「ぐああああああああああ!!」
障壁を避けて地面に落ちたオレの雷が……あれ?
少し離れた吸血鬼にも届くはずだったんだけどなあ、何でか全部地面のナイフに集まって、これもまた何でか知らないけど、全部近くにいたゲオルギウスに飛んでいっちゃったよ?
「……何をしたかったのかわからないけど、黒焦げだね!」
返事がない。吸血鬼守ってた障壁も消えたし、倒したかな?
後ろの方からアデルの悲鳴も聞こえてきた。
あっちも勝負が着い……転移反応っ! セレス!!
全力でセレスに向かって走り、その体を突き飛ばす。間に合った!
『ザクッ』
「おや、私は光人族の小娘を斬るはずだったのですが、不思議ですねえ」
「私なんて危うくゲオルギウスにとどめを刺す寸前でしたよ」
セレスを突き飛ばした勢いを殺して体勢を立て直し……あれ、踏ん張りが効かない?
あれ、転んじゃった? それに立ち上がれないよ?
……何でオレの左脚、そんなところに転がって……。
「ぐ、あ、あああああああ!!」
「リオちゃん!? ……あ、ああ……まさか……ヴァン!!」
オレに突き飛ばされて尻餅をついていたセレスの視線の先、黒い人型竜のゴーレム……ヴァン!
何でここに!? しかも……二体……。
「セーナンでも思いましたが、やはりそこの魔人族の小娘は転移の察知能力が高いようですねえ」
「ですが脚を失っては、もはや何の驚異もありませんねえ。そうそう、これは貴方達の仲間でしょう? 返しておきますよ」
ヴァンの片方……尻尾が無いヴァンがオレの脚の側に放り投げたのは……グレゴリーの、上半身……。
「グレちゃん!? あ……ああああああ!! ヴァン!!」
セレスが振った槍の先から一条の水刃が放たれ、ヴァンへと向かった。
尻尾の無いヴァンが余裕たっぷりに火矢を当てて相殺しようとしたけど、失敗して肩の外装に深い傷が付いた。
セレスの水刃の中には隠された光刃が入ってるんだ、ざまあみろ!
「う、がああああ!! オレ、だって! 片足でも!!」
風の魔素で体を支え、立ち上がる。
……そうだ、姉御に……いや、ダグに知らせなきゃ!!
腰の通信機に手を伸ばし、掴んだその瞬間。
もう一体のヴァンの剣が、オレの首に迫っていた。
―――――
リオくんたちはゲオルギウスたちと戦っていたはずなのに、なぜヴァンと戦っているのでしょう。
それも二体。
ダグに知らせなければと思ったのですが、片足を失ったリオくんにヴァンの刃が迫っているのを見た瞬間、僕の体が勝手に動いてしまいました。
『ギィンッ!』
何とかヴァンとリオくんの間に体を割り込ませ、ナナさんから貰った杖で受け止めます。
この杖のおかげで、僕もリオくんも命拾いしたようですね。
「アルト……」
「リオくん、危ないところでしたね。セレスくんはリオくんを連れてナナさんのところへ」
「……ええ! 気をつけてくださいね、アルトさん」
一瞬間があったのは、グレゴリーさんをやられた怒りからでしょうか。
ですがそれを抑えて何を優先すべきか理解できるからこそ、僕も信頼しているんですよ。
こちらに駆け寄ってくるセレスくんの気配を背に、周辺の状況や気配の把握を急ぎ、ここで今僕にできることすべきこと、そしてその優先度を考えます。
通信はナナさんに聞かれかねません。ダグとテテュスさんだけを連れてくる可能性が最も高いのは、セレスさんを戻すことしかありません。
「行かせませんよ!」
「ナナと私の邪魔をする者は、ここで全て片付けようじゃあないか!」
正面のヴァンの剣に入る力が増しましたね、残念ですが僕にそれを防げる膂力はありません。
ですから、こうします。
「リオくん、耐えてくださいね」
魔素の動きをヴァンに見られないよう乱しつつ、僕とヴァンの間の空間に、火と風の魔素を集めて圧縮します。
これくらい真似されても問題ありませんが、ヴァンが取れる手段を一つたりとも増やしてやる気はありませんからね。
「むうっ!?」
『ドパンッ!』
僕とヴァンの間で破裂した中型の火球が、僕とヴァンの体を弾き飛ばします。
もちろん爆発そのものは障壁でほぼ防ぎましたし、僕の真後ろにいたリオくんも連れて来ています。
一点不満を上げるなら、障壁を貼った様子も無いのに、ヴァンは完全に無傷ということくらいですね。
「うあぁ……ア、アルト……無茶して……」
「あのままではリオくんと一緒に真っ二つですからね」
ゆっくり話している暇はありません。衝撃でリオくんの脚の出血が増してしまったので、急いで止血をしなければ。
治癒魔術でリオくんの止血をしていると、爆炎の向こうから尻尾がない方のヴァンが放った光線が、セレス君に向かっているのがわかります。
僕はそれを敢えて無視し、ヴァンの足止めとなり得る術を発動します。
圧縮した土の魔素と金の魔素で作った、二体のエレメンタルゴーレム。
初めてナナさんに見せた時はあっさりと真似されてしまいましたが、あれから改良を加え強化してあります。
「っ! セレス!!」
「大丈夫ですよ、リオくん」
僕たちの真横から飛んできたヴァンとは別の光線が、セレス君に当たる寸前の光線を相殺しました。
その間に僕はリオくんの止血を終え、ちょうど近くに転がってきたリオくんの斬られた脚も拾い、抱き上げたリオくんと一緒にセレスくんへ渡します。
「い、今のは……?」
「僕ではありませんよ。援軍が到着したようですね」
そこに一体のスライムが飛び込んできました。
おや? 予想と違いましたね。
「よかった、間に合った!」
僕が近くに感じた気配、飛行するスライム。
僕の隣に着地してプルンプルンしている、茶色のスライム。
……彼なら間違いなく、セレスくんの防御を任せてもいいと思ったのですが……。
「ロックさんではありませんね。もしかしてグレゴリーさんですか?」
「そうだよ! 僕にとどめを刺したと勘違いしたヴァンを追ってきたんだけど、追いつけなかったんだ!!」
高速で飛行するような常識外のスライムは、ナナさんとロックさんくらいだと思っていました。
「グレちゃん! 無事だったのね~!!」
「義体はボロボロにされちゃったけどね、本体は無事だよ!」
「グレゴリーさん、その姿のままでも戦闘は可能ですか?」
スライムだと魔石が丸見えで見てるほうが怖いのですが、今は贅沢を言っていられません。
僕一人なら悔しいですが、持って数分が良いところでしょう。
「魔術戦闘だけなら問題無いよ! アルトこそひどい火傷だけど、平気なの?」
「こちらも問題ありません」
言われてみれば前髪も少し焦げているようですね。
「グレちゃんも気をつけるのよ!」
「うん、任せてよ!」
「アルト、ごめん……頼んだよ……」
リオくんの悔しそうな顔を見るのは嫌な気分ですね。
野性的で活発な印象を与えるリオくんの髪の上に手を乗せ、一度だけ微笑んでおきます。
セレスくんを見てうなずくと二人の姿が消え、同時に僕のエレメンタルゴーレムを潰したヴァンからの光線魔術が飛んできました。
確かに威力は並外れていますが、変わり映えしませんね。
直撃しそうな光線は地と金と若干の水属性魔素を組み合わせた鏡面障壁で弾き――
「駄目だよアルトっ!!」
『バリンッ!』
……これはいけませんね。
グレゴリーさんのおかげで鏡面障壁の手前に空間障壁も張り直しましたが、二枚まとめて破壊されてしまいました。
「アールートー……面白い術を使うじゃあないか」
「あなたほどではありませんよ。光線の中に火や風等の別属性を混ぜるとは、面白い真似をしますね」
いくつか直撃しましたが、ナナさんのくれたコートでなければ死んでいたかもしれません。
障壁で威力が弱まったとはいえ、今度同じのを食らったら貫通してしまいそうです。
「くっくっく、今度はセーナンのようにはいきませんよ?」
「アルト気をつけて! このヴァン、セーナンでみんなが戦ったヴァンの記憶を持ってる! それだけじゃない、ヴァンの体の中に、何人ものヴァンの魔石が入ってる!!」
厄介ですね。以前使った攻撃手段は対策済みと思って良さそうです。
それに複数属性の混じった魔術ですが、複数人で術を使っていると思えば納得です。
斬りかかってきた尻尾の無いヴァンを再度作ったエレメンタルゴーレムで止め、同時に僕の周りを空間障壁で囲み飛翔します。
バリンッという障壁の割れる音の直後、一瞬前まで僕がいた場所をヴァンの剣が通り過ぎました。
僕の真後ろに転移してきた尻尾付きヴァン……よく見ると顔の半分が溶けていますね。
それにどちらも結構ボロボロで、胸や腹にいくつも穴が空いています。
その顔無しに対し、グレゴリーさんが複数属性の混じった槍を飛ばしましたが、顔無しはそれを回避するとお返しとばかりに複数属性の矢を飛ばしました。
そして飛翔する僕の進行方向、次はここに出てくるでしょう。金の魔素で細い金属糸を作ってそこへばらまきます。
「ふはは! 貰ったぞ、アルト!」
予想通り転移してきた尾無しの剣を、何とか杖で防ぎ……きれません、ねえ。
「ぐはっ……」
「いくら杖が硬くても、非力過ぎて何の意味もありませんねえ、アールートー?」
コートのおかげで斬られずに済みましたが、衝撃で右腕がへし折られてしまったようです。
ですが構わず、周囲に土と風の魔素を集めます。
パチッ、パチッ、という音がし始めて間もなく、ヴァンに絡んだ無数の金属糸が光り始めました。
ヴァンは僕へ光線魔術を連続で撃っているせいか、気付いていないようです。
「いくら強靭な肉体を手に入れても、頭脳が以前と変わらないのであれば僕の敵ではありませんよ、ヴァン」
光線を弾き返せないのなら逸せばいいだけです。鏡面障壁と空間障壁を合わせて斜めに軌道を変えつつ挑発しましょう。しかもよく視ると、全ての光線には別属性を混ぜてはいないようです。光線20本のうち一本くらいの割合でしょうか。それに曲がる光線に関しては別の属性を混ぜられないようですから、これは鏡面障壁だけで十分です。
「ほう、減らず口もそこまで叩けるなら立派じゃあないか……何っ!?」
風の魔素を一気に加速。僕と尾無しを包む巨大な砂混じりの竜巻を作ります。
これはセーナンでも使っていませんからね、回避できないでしょう。
「今僕が使える最高威力の魔術です。喰らいなさい、ヴァン! サンダー・ストーム!!」
『バリバリバリバリッ!!』
「ぐああああああああああ!!」
砂嵐から発生した高威力の静電気が、ヴァンの体にまとわりついた金属糸に向かって一斉に伸びていきます。
これなら硬い外装も関係ありませんし、リオくんの雷魔術の十数倍の威力ですからね。ひとたまりもないでしょう。
砂嵐が止むと黒い体のあちこちから白煙を上げた尾無しのヴァンが、力を失って落ちていくのを確認しました。
「アルトっ!」
真下からグレゴリーさんの声が聞こえます。
その瞬間障壁を張りつつ真上へと飛び上がったのですが、遅かったようです。
「くっ……」
パリンッという音と同時に、僕の膝あたりをヴァンの剣が通り過ぎました。
転移してきた顔無し目掛け振り向きざまに岩の刃を繰り出しましたが、魔素を圧縮していない術ではダメージどころか足止めにもなりません。
顔無しヴァンの剣が僕に迫っていますが、折れていない左手一本では受けきれないのは明白です。
『ゴキッ!』
「ぐはっ……」
左腕も折られ、杖が僕の手を離れてしまいました。
これもナナさんのくれたコートを着ていなければ、僕の体は今の一撃で真っ二つだったに違いありません。
しかも杖が手を離れてしまったせいで……ナナさんが僕のために作って下さった、大事な杖を離してしまったせいで! ……杖の補助を失った飛行魔術は効果を失い、ヴァンの一撃を受けた僕の体は大きく吹き飛ばされてしまいました。
顔無しのヴァンを見ると僕の追撃をする様子はなく、切り落とされた僕の両足だけが落下していく真下を睨みつけ、その先にいる上半身だけの義体に入ったグレゴリーさんへ向け光線を連発しています。
両足を失い、両腕も折れていますが、僕は諦める気はありません。
まず空間障壁で体を止めます。
背中から障壁に叩きつけられた衝撃に息がつまりますが、問題ありません。
杖をなくした今の僕の魔力では、出来ることは多くありません。
ですが多くないというだけで、無いわけではありませんよ。
落下していく僕の両足の血液に意識を向けます。
血液には鉄分が含まれていますね。
つまり、金属性魔術でも操れるのです。
落下する二本の足の切断面から溢れる血液を操り、顔無しヴァンに向けて撃ち出します。
光線魔術で迎撃しようとしていますが、魔術で作ったものであればまだしも、それは魔術で操っているだけの血液です。完全に相殺することなんてできませんよ。
転移もさせませんし障壁も張らせません。ほんの僅かな時間ですが、ヴァンの周りの空間魔素を乱して術を阻害するくらい、僕にだってできるんですから。
一滴でもいい、狙いは顔無しヴァンの、残っている方の目玉です!
「むうっ!?」
若干大きめの血球を、顔無しヴァンの顔面に当てることに成功しました。
視界を奪われたヴァンには、魔力視しか周囲の状況を知る手段が無くなります。
そうなれば周囲の魔素さえ乱してしまえば、ヴァンの視界を完全に封じられます。
そこにグレゴリーさんの光線と火槍が殺到し、顔無しヴァン胴体の装甲を溶かし大きな穴を空けました。
ですがここで僕の魔力も、完全に尽きたようです。
障壁を失い、落下する僕の目の前に……真っ黒な塊が、転移して来ました。
「アールートー……やって、くれるじゃあ、ないか……」
僕に向けて振り下ろされる尾無しヴァンの剣を見ながら、僕は大きな過ちに気が付きました。
……僕はセレスくんに「リオくんを連れてナナさんのところへ」と言っていましたね。リオくんの傷を治すことに気を取られたせいでしょうか。
『ドゴンッ!』
「がはっ!?」
「アルト!! このバカ野郎が!!」
ダグがヴァンを殴り飛ばし、落ちていく僕の体はヴァルキリーが受け止めてくれました。
「無茶しおって……大馬鹿者が……」
リオくんの傷を見たら、ナナさんがヴァンの存在に気付かないわけがありませんものね。
そして僕はこの身を引き換えにしてでもヴァンを討つつもりでしたが、僕が死んでもナナさんは悲しむのですね。
どこかにいるナナさんの本体が入った小さな義体も、ヴァルキリーと同じ顔をしているであろうと考えると、胸が苦しいです。
「申し訳、ありません……ナナさん……」
僕の体を抱きしめるヴァルキリーの体温と、紅の瞳から滴る涙の暖かさに身を委ねた瞬間、僕の体は痛みから気を逸らす努力を手放し、一瞬にして意識が闇へと沈んでいきました。




