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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
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5章 第29話K 幸せって奴は愛なのか

「私はナナを愛しています」

「勘違いだろ」


 ヴァンは何をトチ狂ってやがんだ?

 ヒデオの返しが早えのは良いんだけどよ、もう少し時間を稼ぎやがれ。


「お前は記憶を失ったせいで自分自身を見失い、過去の記憶をナナに求めているだけだ。断じて言う。それは愛じゃない」

「おや、それでは愛とは何でしょうか。自分に無いものを相手に求める。相手に無いものは自分が与える。そうやって互いに補い合うのが愛というものではありませんか?」

「……そこは合ってるけど、お前がナナに何を与えられるっていうんだ?」

「平和を。ナナと私以外の全ての命をこの世界から消し去り、敵も味方も無い、完全なる平和を。私はナナのために、この世界の全てを用意しようじゃあないか!」


 それは平和って言わねえことくらい、俺様でもわかる話だぜ。

 完全に頭イカレちまったらしいな。


「そんなもん、ナナが望むわけ無いだろ。愛ってのはな、相手の幸せを願うことから始まるんだよ。そしてどうやったらお互いが幸せになれるかを考え、話し合い、歩み寄り、時にはぶつかったりしながら、一緒に育むものが愛なんだよ。ヴァン、お前が言う平和で、ナナが喜ぶとでも思っているのか? それがナナの幸せだとでも思っているのか? ……お前、ナナのことなんもわかってないな」


 幸せ、だと?

 相手の幸せを願う?

 俺様には、幸せってのがなんなのかわかってねえ。

 だがそいつが、とても大切なこと、嬉しいことだってのはわかってきたつもりだ。

 だから俺様は、女神様の幸せを願っている。

 砂漠の連中やガキどもの幸せを願っている。

 それが愛の始まり?

 ……愛って何だ?


「そんなもの、これから知れば良いんじゃあないか。私はね、気付いてしまったと言ったでしょう? 私は永遠の時を生きる、神にも等しき存在となりました。ナナもまた、同じ存在なのですよ。さらに私は実はヴァンではなく、ヴァンの複製体なのです。そしてナナもまた、私と同じ複製だというではありませんか! 因縁の相手だとばかり思っていましたがここまで共通点があると、運命というものを感じてしまいましてねえ。しかも必要に迫られやむを得ずのことでしたが、結果として私もナナと同じスライムへと進化したのですよ!!」


 ……クソっ、今は考えている場合じゃねえ。

 幸せについて考えるのは後回しだ、それよりヴァンもスライムだと?

 よく見りゃヴァンが自分の腹を引き裂いて、中に手を突っ込んでるじゃねえか。

 そっからヴァンが引きずり出したのは、真っ黒なドロッとした……スライムか?


「以前はスライムなど下等な存在だと思っていましたが、これはまた存外に便利でしてねえ。こうして他者を体に取り込んだり、斬られた腕も一瞬でくっつけられるしと、いい事ずくめでしてねえ。何よりナナと同じであることに、喜びすら感じているのです!!」


『ギィンッ!』


 ヴァンの野郎がそう言い終わると同時に、ヒデオの胸めがけて剣を突き出しやがった。

 ヒデオは何とか防いだみてえだが……クソッ。俺様じゃあんなの、避けられるかどうかだぜ。


「ナナも私も、既に本物と呼べる存在はいない。作られた存在、永遠の命を持つスライム。私こそが、ナナの相手として相応しい! 決して……決して、お前ではない!!」


 とんでもねえ速度で振るヴァンの剣を、ヒデオは全部ギリギリで受けてやがる。

 だがよ、ちらちらこっち見んじゃねえよ、ヒデオ。

 てめえが幸せについて語り出したのが悪いんだぜ、じゃなきゃもう少し早く、装置本体にたどり着いてたってのによ!


 狙いは馬鹿でけえ魔素入れの根元、よくわからねえ金属の塊だ。

 剣を両手で握り、吸血鬼として馬鹿みてえな力を出せるようになった腕に限界まで力を入れ、全力で剣を振り下ろす。


『ガギインッ!!』


 んだとっ!?

 俺様は全力だったってえのに、装置のだいぶ手前で目に見えねえ壁に阻まれちまった。

 なんだよ、クソッ! 光線魔術も弾きやがる!!


「ちいいっ!!」

「キィィンバリィィィ、こそこそしても無駄ですよ? それには私が障壁を張り巡らせていますからねええ」


 振り返るとニヤついたようなツラのヴァンと目が合い、その向こうではヒデオが、傷こそ少ねえが肩で息してやがる。

 そしてヴァンの胸に埋められた二人、ヒデオが斬りつけたせいか頬や額が切れてやがる。


 クソが、クソがクソがクソが!


「ヒデオ! 本当にこいつら戻せるんだろうなあ!!」

「間違いない! 俺を、いや……ナナを信じろ!!」


 それを言われたら信じねえわけにいかねえんだよ!!


「エイブラハム、フローレンス! 痛えだろうが、もう少し辛抱してやがれ!!」


 一歩でヴァンとの間合いを詰め、足目掛けて剣を振る。

 二人とも、びっくりした顔で俺様を見るんじゃねえよ。

 同時にヴァンの後ろから斬りかかったヒデオが、カタナとかいう剣でヴァンの首を落としにかかったが、ヴァンは剣を立てて防ぎやがった。

 だがそのおかげで、俺の剣はヴァンの硬い鎧がねえ膝上に深い傷をつけられた。


「キンバリー、畳み掛けるぞ!」

「言われなくてもやってやるよ!!」


 装置を壊すのも、二人を助け出すのも、ヴァンを倒さなきゃいけなくなっちまった。

 勝てるわけねえ、そう思ってたのによ。


「うおおおおお!!」

「おらああああ!!」


 今まで感じたことのねえ、強い力が体に漲りやがる。

 ヴァンの剣筋も、さっきまでよりよく見える。

 これなら、いけるか? いや、やってやるよ!


 だが半端な傷じゃ腕や自分でえぐった腹みてえに、すぐに治されちまう。しかも鎧が付いてる部分は剣が通らねえし胸には二人がいるから、攻撃できる部分も限られちまう。

 ヒデオは集中的にヴァンの首と胸の中心を狙って斬ったり突いたりしちゃいるが、ほとんどヴァンの剣で防がれてやがる。一発だけヴァンの頭に当てられたみてえだが、ダメージが通った様子もねえ。

 ちっ、さっきつけた脚の傷も、もう塞がってやがるじゃねえか。


「二人がかりでもこの程度ですか、拍子抜けですねえ」


 ヒデオがカタナに炎を纏わせたのをきっかけに、俺もヴァンも光線魔術を織り交ぜながら剣を振る。

 エイブラハムとフローレンスが痛々しいツラしてやがるが、もう少し辛抱してくれ。


 鎧には術でも焦げ跡一つ付けられねえが、こいつが作りかけらしくて良かったぜ。

 なんせ隙間だらけだからな!

 隣でヒデオがヴァンの左肩を貫いて燃やし、俺様はヴァンの右脚を切りつけながら光線魔術で穴を空ける。

 だがヴァンの剣はヒデオの右足を深く切り裂き、光線は俺様の腹に大穴を空けやがった。


「ぐっ……」

「が、はっ……」


 くそう、痛てえが二人に比べりゃたいしたことはねえ!

 つーか悲しそうな顔で、こっち見んじゃねえ。

 

「キン、バリー様……もう、いいのです……」

「私達は……キンバリー様に、名を知って頂いていたというだけで、幸せでございます……。ですから、もう……殺して、ください」

「私の魔石は……顔の真後ろに、あるようです。これ以上、キンバリー様の足を引っ張りたくはないのです! お願いします、キンバリー様!!」


 うる、せえ。

 邪魔、すんじゃねえ。


「俺様が、助けてやるって言ってんだからよ……黙って助けられてりゃいいんだよ!! 女神様の幸せも、砂漠のガキどもの幸せも、てめえらの幸せも、今の俺様は願ってんだよ!」


 腹の痛みが引いていく。


「幸せを願うのが愛の始まりだあ? 上等じゃねえか! 愛してるぜ、エイブラハム、フローレンス!」


 何でか知らねえが、力が湧いてきやがる。


「愛してるぜ、ヒデオ!!」


 体が、ますます軽くなった。

 腹に穴をあけられたせい……じゃ、ねえ。

 いつの間にか、塞がってやがる。


 間合いを詰めヴァンの首に剣を一閃。

 防がれたが構わねえ、湧いてきた力を全部込めて振り切る!


「な、なにぃっ!?」


 体勢を崩したヴァンの腹を返す刃で斬りつつ、至近距離から顔面に光線魔術をぶち当てる。

 顔面も硬えから術が通らねえのはわかってるが、目くらましには十分だ。

 ヴァンの左掌から出た光線を避け、ヴァンの体重がかかった左脚へ全力で剣を振り下ろす。


「貴様あああ! 私を、舐めるんじゃあない!!」


 切り落としたと思ったヴァンの左脚が黒い粘液でつながり、体制を立て直したヴァンの剣が俺様の首に迫る。

 だが、見えてるぜ。何でかは知らねえが、今の俺様には避けられない速さじゃねえ。

 首の皮一枚斬られるギリギリで避け、反撃に腹をかっさばいてやったんだが、こっちも腹を蹴られて少しばかり吹っ飛んじまった。


「クソッ! おいコラ何してやんがヒデオ! ボケっと突っ立ってんじゃねえ!!」

「……お前まで血迷ったかと思って……ガチでドン引きしてた」

「ああ!? 何が変だってんだゴラァ!」

「お前いろいろ間違ってるからな、終わったら一般常識について勉強な。……でもおかげで必要な時間は稼げたよ」


 何のことかと思って一瞬ヒデオを見ると、剣を上段に構えて……何だ、あの馬鹿でけえ剣は。

 真っ赤に炎を上げてやがるが……魔素で作ったのか?


「避けろよ! キンバリー!! うおおおおおおおお!!」


 真っ直ぐ俺とヴァンに振り下ろされた剣を、俺様は軽々と避け……馬鹿か!?

 こんな攻撃、ヴァンが避けれねえわけがねえだろ!

 いや、そんなことよりこんなもん食らったら、エイブラハムとフローレンスは――


『ゴウッ!!』


 ヒデオの燃える剣が、避けようともしねえヴァンに迫り、寸前で軌道を逸らした。

 クソッ! 二人が無事だったのは良いが、結局ヴァンも無傷かよ!

 それに結構離れたってのに、クソ熱いじゃねえか!!


「……何の真似ですか、ヒデオォォ? ……いくら威力が高くても、私を斬れないのでは意味がありませんねえ? それともその右足では、踏ん張りが利きませんでしたか?」

「いいや、俺達の勝ちだ」


 何言って……ハハハッ! そういうことかよ!!


「ヴァン、今の俺達ならお前を倒すことはできるかもしれない。でもそれはお前が人質をとっていなければ、の話だ。悔しいけど人質がいる以上、俺達にはこれ以上打つ手がない。だから、助けを呼ぶことにする」


 ヴァンの後ろにあった装置の心臓部が、真っ二つになって燃えてやがるぜ!


「……たかが装置の一つ程度破壊したところで、勝ったつもりですか? おめでたい頭をしているじゃあないか! 逃げて助けを呼ぶつもりでしょうが、そうはいきませんよ!!」


 確かに今なら転移できるかも知れねえが……って、何だ?


『ドゴン……ドゴン! ドゴン!!』


「な、何ですかこの音は! 上から?!」


『ドゴン!!!!』


 高い天井を突き破って、何かがこの部屋に突っ込んできやがった。

 瓦礫が巻き上げる土煙でよく見えねえが……黒い、竜の顔……ヴァン!?

 畜生、外に出たやつじゃねえか! 戻ってきたのかよ!!


「ヒデオ生きてる? 迎えに来たよー」


 ……は?


 何だよこの脳天気な声は。


 ヴァンの後ろに……黒髪の、ツノの生えた男?


 誰だ?


「やっぱり近くにいたのかロック。ごめん、助かったよ」


 ロックだと? ……そういやあの変な鎧、アトリオンでそっくりなの見た記憶があるぜ。ってことは女神様の仲間か?

 だが一緒に入ってきたヴァンは……?


「結界消えたからね、探すの楽だったよ。ところでこっちにいるヴァンは何体?」

「今は一体だけだ。昨夜の昼過ぎに二体飛んでいって、まだ戻ってきてない」

「そっか、グレゴ頑張ってれたんだねー。あ、そこのヴァン。こっちのヴァン返すよ」


 土煙の中から、今入ってきたヴァンが……ロックとか言う奴に放り投げられ、俺様達が戦っていたヴァンの足元に、転がった。

 ……両肩が根本からもがれ腰から下も無く、芋虫みてえになっていやがる。それどころか胸から腹にかけて、バカでけえ穴が空いてるじゃねえか。

 ヴァンをこんなあっさり倒すような奴がいるなんて、一体何の冗談だよ。


「……ロック、と言いましたか。貴方は何者ですか?」

「ナナの兄みたいなもんかな?」


 女神様の兄?


「さあて……俺の将来の義弟に手を出したんだ。楽に死ねると思うなよ、ヴァン」


 ヴァンを睨むロックの視線に、とんでもねえ殺意が溢れてやがる。

 こっちまで変な汗が出てきやがるぜ。

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