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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
217/231

5章 第28話H 完全に血迷ってるな

 死体だけが転がる無人の帝都での一泊目。

 義体に入ってると目立つから仕方ないとはいえ、こんなに長くスライム状態で活動するのは初めてだな。

 しかも話し相手というか動いている人間がキンバリーしかいないので、話し込むのも仕方のないことだよね。


「嫁と子供が三人ずつだあ? しかもその上で女神様とも恋仲だと? ……殺す。今ここで殺してやる」

「ま、まてキンバリー! 本体は駄目だってマジで!」


 スライム体を殴るキンバリーの拳から本体の魔石を遠ざけるため、人と同じぐらいの大きさになるまでスライムを出して防御だ。ていうかマジ殴りするな!

 痛みは無いけど衝撃で全身揺れて気持ち悪いんだよ!


「ちっ。そんでてめえは、幸せなのかよ」

「ああ、もちろん。これで幸せじゃないなんて言ったら、嫁さん達とナナに殺されちゃうよ。それと一つ訂正しておくと、ナナとは将来の約束ってだけだ。俺もナナも歳をとらない体なんでな、何百年かして俺が一人に戻ってからの話なんだ」

「正直俺様には色恋なんざわからねえが、なんとなくムカつくぜクソが」


 サンドバッグのように俺の体を殴るんじゃない!

 反撃に触手パンチを繰り出しても、うまい具合に避けやがる。

 ちくしょー。


「キンバリーはどうなんだよ。……つーかそもそも、何でヴァンと一緒にいるんだ?」

「……わかんねんよ。そもそも俺様には、これしか生きる道を知らなかったんだよ。誰かを殺せば飯が食える。俺様が最初に覚えた、この世界の決まりごとだ」


 それから聞いたキンバリーの身の上話は、聞いているこっちが怒りと哀しさでどうにかなりそうな話だった。


 たった数人の光人族の生き残りが野人族との間に子供を作り、その子供達の中でも光人族の血を濃く受け継いでいる者だけが施設で育てられ、キンバリーはその一人だったそうだ。

 少ない食料しか与えられず、より多く食べるためには他の子供を殺して食料を奪うしかなかったという。

 そして自分以外の全ての子供達を殺しても得られた食事は少なく、さらに施設の職員も皆殺しにしようとして光人族の老人達に殺されかけたが、命令を聞くことを条件に生かされ食事を与えられたそうだ。

 それが5~6歳で、それ以来人を殺すことを何とも思わず、ただ飯を食うための手段としか思っていなかったという。


「ヴァンに会ったのも爺共の命令で、あいつを世界樹の近くに連れて行って殺すのが目的だったんだよ。そういや『狂刃』なんて呼ばれるようになった俺様が始めて敗北したのが、てめえだったな……思い出すとムカついてくるぜ」

「あはは……でもな、キンバリー。だからって俺のスライム体を殴るんじゃない。目が回ってそろそろ吐きそうだ」


 キンバリーに覆いかぶさるように少し前かがみになったら、ズザザッと音を立てて逃げやがった。

 ……育ちに対して同情はする。

 でもそんな態度を、たぶんこいつは嫌がるんだろうな。だから俺はいつもどおり話すだけだ。


「よく考えりゃ、スライムは何吐くんだよ……ちっ。とにかく、俺様はてめえを倒すために修行しているときに、女神様に会ったんだよ。そこで『はんばーがー』とかいうこの世の物とは思えねえ美味いもん貰って、幸せについて考えさせられて……だが答の出ねえまま爺共の命令に従ってたら蘇ったヴァンに見つかり、気付いたらぶっ殺されてこの有様だぜ」

「ハンバーガーか、プディング行けば屋台で売ってるよ」

「……おい。それマジで言ってんのか? あんなウメエもんが、その辺の屋台で買えるだと!?」


 詰め寄るんじゃない、襟首掴むようにスライムを握るんじゃない、顔を近づけるんじゃないっ!

 田舎のヤンキーみたいだな、やれやれ。


「食いたきゃ魔素集積装置破壊して、ついでにヴァンも倒してプディング行かないとな。もっと美味いものたくさんあるから、期待してろよ?」

「マジかよ……」

「女神教神殿の周りは屋台だらけだし、ナナが作った食料や料理関連の研究所もあるからな」


 こうして俺が連れ去られて一日目の夜は、キンバリーの身の上話やプディングの食糧事情などを話して時間を潰した。


 そして二日目、昼過ぎになると魔素集積装置から二体のヴァンが飛び立った。

 この時点で魔素集積装置を破壊するため忍び込もうか話し合ったんだが、もう一晩様子を見る事にした。


 二泊目の夜はキンバリーが聞きたがったため、俺のことを話すことになった。


「俺様のことを怖がらず見下しもせず、まともに会話ができる相手なんて今までいなかったからよ……てめえのことなんざどうでもいいんだが、時間もあるしな」


 そんなツンデレキンバリーには、いきなり爆弾を落とすことにしよう。


「俺とナナはこの世界とは別の場所で生まれ、育ち、死に、そしてこの世界に生まれ変わった存在なんだ」

「……昨夜殴りすぎたか?」

「違うよ!」


 まあ信じられないのが普通だよな。

 とりあえず信じるかどうかは別として、俺はここまでの道のりをざっと簡単に説明する。

 といっても主に、レイアスの体に入り、レイアスが意識を失い、レイアスとして生きて、レイアスと一緒に死んだ、もう一人の俺の話だけどね。


「……ああ? じゃあてめえもヴァンと同じ、複製って奴なのか?」

「あれと一緒にするなよ……。俺もナナも意図的じゃなく、事故みたいなもんなんだ。それに普通は自分が自分の目の前にいたら、自我が崩壊して狂うって言われてるんだよ。俺も目の前に俺じゃない俺がいたら、頭おかしくなる自信はある」


 キンバリーも俺に言われて納得し、ヴァンはとっくに狂っているという結論になった。

 その後は嫌がるキンバリーに、ローラとハルトとティナがどれだけ可愛いのか力説してやったら殴られた。仕方なく今日のところは勘弁してやるけど、プディングに戻れたら会わせてやろう。うちの子達の可愛さにメロメロになってもらおうか。



 そして三日目の早朝、南からの爆発音に気付き、近くで休んでいたキンバリーにぷるんぷるんの体で体当たりして起こす。

 嫌そうな顔で俺を見たキンバリーはほっといて、半壊した建物の入り口から外の様子を覗った。

 問題ないのを確認して郊外にある魔素集積装置が見える位置に移動しようとしたら、キンバリーが俺を鷲掴みにして懐に入れ走り出した。


「今の爆発音で、ヴァンがもう一体でも様子見に出てくれれば……」

「ああ、そうなりゃまたとねえ機会だぜ」


 走るキンバリーの懐から落ちないよう胴体にべっとり張り付いてたら、いきなりキンバリーが足を止めた。


「……おい見ろ。もう一体出てきたぜ」

「よっしゃ! これで残ってるのは一番弱いヴァンだけか?」


 物陰に隠れているキンバリーの懐からスライム体の一部出すと、むぎゅっと押し込められた。なぜに。


「うるせえ出てくるんじゃねえ、それとヌルヌル動くんじゃねえよ気持ちわりい」

「お前が見ろって言ったんじゃないか! それに俺だって男の懐に入れられて運ばれるなんて嫌なんだからな、お互い様なんだから我慢しろよ」

「てめえ……捨てんぞコラ……」


 ちくしょう。ここで捨てられても困るし不毛な言い争いをしても仕方ないから、大人しくキンバリーの懐に戻る。


「さっきの音が何なのか確認しに行くみてえだな……姿が見えなくなったら、行くぜ」


 こっそりスライムで触手を作ってその先に目玉を構築、服の裾から出してキンバリーの視線を追うと、魔素集積装置前に黒い人型竜のゴーレムがいて、ちょうど飛び上がった直後だった。

 さっきの爆発音はロックだと思うけど、できれば来る前に逃げ出しておきたかったんだけどなあ。

 でもただ待ってるだけじゃ駄目だ。


 出来ることがあるのにそれをやらないのは、ただの甘えだ。


「これで、装置の中には……」

「ああ。今あの中にいるのは、ヴァン一体だけと見て間違いねえ」


 南に飛んでいったヴァンの姿が見えなくなると同時に、装置へ向かってキンバリーが走り出した。

 それにしてもドーム球場くらいある建物がまるごと装置だなんて、今でも不思議な感じだよ。その大きさだから外側を壊しても意味がなく、ここの地下深くにある心臓部を壊さないといけないらしい。

 ちなみに俺が目覚めた牢屋は、実はここの地下一階だったりする。


 作戦としては、キンバリーがヴァンの気を引いている間に、俺がこっそり装置心臓部に近付いて一気に壊す。

 作戦とも言えない行き当たりばったり感があるけど、他にいい手が思いつかなかっ――


『ドゴオオオオオオオオオオン!!』


「「はあっ!?」」


 後ろからの爆風に軽く吹き飛ばされ、驚いて振り返ると……俺達がさっきまでいた帝都が……何かにえぐられるように、吹っ飛んでる。

 南から北へ、一直線。

 北の外れに落ちたようで、でかいキノコみたいな物凄い土煙が上がってるんだけど!?


「……」

「……」

「ど……どうせ、生きてる人間はいねえ……いい機会だ、行くぜヒデオ!」

「お、おう!」


 たぶん、ロック。次点でナナ……いや、きっとロックだ。

 あと少し遅かったら、俺達も巻き込まれてたよ……むちゃくちゃだな。


「この装置を壊せば、ヴァン同士も通信ができなくなるんだよな?」

「何度も言わせんじゃねえよ。どのみち今は阻害されてるみてえだが、こいつさえ壊せばこの世界で使える魔道通信機は女神様の作ったもんだけになるぜ」


 情報戦で優位に立てばみんながいるブランシェを守りやすくなるし、ヴァンを倒しやすくなる。

 ついでにここでヴァンを一体でも倒せれば最高なんだけど、それは甘い考えかな?


「おっとキンバリー、少し寄り道頼む。先にレイアスの体を回収してくれ」

「ああ? ……ちっ、わあったよ」


 でも地下一階の牢屋に寄ると、そこには乾いてどす黒くなった血の跡と、手足だった肉片が転がってるだけ、だった。


 ……ちくしょう。


 一瞬何も考えられなくなり、気付いたらキンバリーの体から離れて体を広く伸ばし、血の跡全体をスライムで覆っていた。


「頭と胴体がねえな……おい、何してんだよ」


 仕方ないからスライムで全部……吸収してんだよ……。

 こうしなきゃ持ち帰れないんだ。

 一緒に帰るんだ。

 小さな肉片も、乾いて硬くなった血も、一つ残らず吸収する。

 ごめん、レイアス。一緒に帰ろう。


 できる限り急いで牢屋内の何もかもを吸収し、無言でキンバリーの懐に戻る。

 キンバリーは舌打ちを一つしただけで、無言で牢を出て階段へ向かってくれた。

 外に出た三体のどれかが持っていったのか、それとも下にあるのか。

 レイアスの体も、絶対取り戻すぞ。


 壁に囲まれた狭い階段を駆け下りるキンバリーの懐の中で、魔力視を強めに発動する。

 ヴァンを見つけるためだったんだが、ヴァンとその部屋にある装置本体の他に、かなり深いところにとんでもない魔力の塊が視える。

 アネモイやテテュスさんに似た雰囲気があるんだけど……まさか?


「なあキンバリー、ここの最下層って何があるんだ」

「……ちっ。古竜の死骸が二つ転がってんだよ。いいか、ヴァンが使ってるゴーレムの体はな、そいつを素材にして作られてんだよ」

「……マジか……」

「つっても途中で魔力不足になったおかげで作りかけのやつもいるし、二体の古竜のうち若い方しか加工できなかったらしいがな。……そろそろ着くぜ、おとなしくしてろ」


 おっと、ぼけっとしてる場合じゃない。魔力視だけじゃ不安だから、服の裾からスライムの端っこを出して様子を見よう。

 階段は行き止まりになっていて、大きな扉がある。

 反応は、間違いなく一体だ。


 キンバリーがその扉を開けると、開けた空間のど真ん中に、奴がいた。

 こっちに背中を向けてるけど、こいつが一番弱いヴァンか。

 確かに今まで見たヴァンに比べて、装甲が薄くて少ないか?

 腰や手足なんかは黒くて硬そうな外装、たぶん古竜素材の鎧に守られてるけど、あちこちから赤黒い肉が見えちゃってるし胴体なんてむき出しだ。


「キンバリー、ナナでも来ましたか?」


 ……声を聞くだけで、怒りがこみ上げてくる。

 でも抑えるんだ。

 今は、思い出すな。


 エリー達も無事、レイアスの仇はナナがとってくれた。

 あいつはヴァンだけど、俺が憎むヴァンじゃない。


「わかんねえが、帝都が吹っ飛んじまったぜ」

「そうですか。それでキンバリーはここに、何をしに来たのですか?」


 こっちを見てないな、好都合だ。

 キンバリーの脚を伝って床に降り、ささっと右側から回り込む。

 俺とは逆にヴァンの左後ろから近寄るキンバリー。

 何よりまずは装置だ。

 ヴァンがキンバリー側に振り向いた瞬間、俺がヴァン正面にある装置本体をぶっ壊す。

 って……装置本体、でかすぎないか。

 10メートル位ありそうな水晶みたいな形で、中に魔素が詰まってて魔力視で視ると眩しくて頭が痛くなる。


「ああ、ヴァンが一人しかいねえところに敵が来たらなんだからよ、護衛だよ護衛」

「おやおや、面白いことを言うじゃあないか」


 ヴァンがキンバリーに向かって振り向いた、今がチャンスか!?

 って、なんだ?

 キンバリーの顔が歪んで……絶望? いや、怒り??


「敵でしたら、すでに私の目の前にいるじゃあありませんか」

「ヴァン……てめえ……何してくれてんだゴラア!!」


 腰の剣を抜いた勢いそのままで、ヴァンの首にキンバリーの剣が迫る。

 だがヴァンはそれを右腕の鎧部分で軽々弾き、キンバリーに前蹴りを食らわせた。


「がはっ……て、めえ……殺す、殺してやる!」

『キンバリー、様……いけません、お逃げ……ください……』

『逃げ、て……どう、か……我らの、民、を……』


 キンバリーの声のあと、別の誰かの声が聞こえた。

 ヴァンじゃない、でもこの声は……ヴァンの方から、聞こえてくる。


「ふはははは! 良い! その顔ですよ、私が見たかった顔は!! キィンバリィィィィ、私はねえ……貴方が裏切っていることなど、お見通しだったのですよ? ですが砂漠の民を篭絡し、女子供の命を救っているとは、さすがの私も予想外でしたよ! ですがそのおかげで、良い表情が見れましたよ!!」

「殺す! 殺す、殺す、殺す!! ぶっ殺す!!」

「ふはははは、良いんですか? 真ん中のはともかく、他の二人はまだ生きて……ああ、アンデッドでしたねえ、言い方を変えましょう。意識が、あるんですよ?」


 アンデッド? 真ん中とか二人とか何のことだ。

 キンバリーの視線はヴァンの胸辺りに向いてるようだけど、こっちからじゃぜんぜん見えない。

 でもバックステップを繰り返してキンバリーの剣を避けていたヴァンだけど、キンバリーの剣が止まったのに合わせ、キンバリーを中心に反時計回りに歩き始めた。


「キィィンバリィィィ、貴方はこの男の血しか吸っていないそうですねぇ? しかも、貴方やこの男の血を他のアンデッドに飲ませることで、アンデッド共の正気を取り戻したとか? いやあ、そんなことでアンデッドの凶暴性を制御できるとは驚きましたよ」


 でもヴァンが装置側に歩いているせいで、今度はうかつに飛び出せなくなってしまった。

 せっかくキンバリーが豪快にヴァンの気を引いてくれているんだから、何とか回り込もうとずりずり這ってたら、ヴァンの横顔が見えた。

 だがその体の、胸の辺りで何か動いている。

 

 ……何でそこに、人の横顔が見えるんだよ……何だよ、あれ……何なんだよ!


「そうそう、先に出た二人の私ですが、ナナかナナの配下を迎えに行くついでに、砂漠の街を焼き払うことになっています。せっかく救ったのに、全部無駄になりますねええ、キィィンバリィィィ?」


 また一歩、ヴァンが横へ歩く。

 今度は、はっきり見えた。

 鎧が無く剥き出しになった、ヴァンの体前面。その右胸と左胸に、知らない男女の顔が張り付いてる。

 そしてその真ん中、みぞおち辺りにもう一つ。

 半分に潰された、見知った顔。


「一か八か、私と戦いますか? ですがこの三人の魔石は私の中です! 万が一これの魔石を壊しでもしたら、貴方はナナの敵になってしまいますねえ!!」


 ヴァンはそう言って、真ん中の顔に左手を乗せた。

 やめろ。

 汚い手で、触るな。

 ヴァンの指が、頭にめりめりと音を立てて埋まっていく。

 ……う……うあああっ!!


「俺の弟に気安く触るんじゃねえええええ!!」


 一気に飛び出し振った俺の刀が、ヴァンの左肘から先を斬り飛ばす。

 気付けば義体に入ってしまっていたけど、ヴァンがレイアスの頭を握りつぶそうとしているのを見たら、我慢できるわけなんだろ!!


「があっ!? な、何で、貴方がそこに!?」

「そいつは俺の弟の体だ! 返してもらうぞ、ヴァン!!」


 正面から見ると、醜いなんて言葉じゃ済まないおぞましさだ。

 ヴァンの胸にくっつけられた二人は、キンバリーの仲間なんだろうな。

 あいつが激怒するのもよくわかるよ。

 俺も同じ気持ちだからな! もう少し待ってろ、レイアス!!


『キィンッ!』


 不意打ちの勢いのまま首を落としてやるつもりだったのに、一瞬速く抜かれたヴァンの剣が、紙一重で差し込まれた。


「ま、待てヒデオ!」

「何してんだキンバリー! やるぞ!!」


 完全にヴァンが立ち直る前に追撃するべきなのに、ボケッと突っ立ったキンバリーの視線の先に目をやると、レイアスの両隣にある男女の顔が苦痛に歪んでいた。

 かすかだが、うめき声も聞こえてくる。


「おや、気付いたようですねぇ。如何にも、私の痛みは全て彼らに伝わっています。うかつに手を出さない方が、いいんじゃあないかな?」

「きた、ねえぞ……クソがあ!」

「ところで、状況が把握できませんねえ。そこにいるのはヒデオで良いのかな? では私のお腹に埋め込んだこれは、弟と言いましたか? 私は間違いなくアイオンからヒデオの死体を持ってきたはずなのですが、いつの間に入れ替わったのでしょう」


 丁寧に説明なんかしてやる義理は無い、でも人質を何とかしないことには……いや、できる……か?


「キンバリー、二人には悪いけど戦うぞ。ところでアンデッドの『死』って何だ。頭と魔石が残ってれば何とかなるよな? プディングには治す手段がある!」


 恐らくヴァンの魔石は頭か、胸の中心。人質二人の顔と顔の間だ。

 でも今のできっとキンバリーも気付いたはず。

 こいつを倒すことが最優先じゃない。

 プディングに連絡が取れるようになりさえすれば、このヴァンの体から二人を引き剥がすことができる。


 ……元はと言えば俺が我を失って斬りかかったせいで、こっそり行って壊す計画が潰れたんだけどさ。


「戦う? この私と戦うと言うのですか? くくくっ、はあっはっはっはああ!!」


『キィンッ!』


 こいつ、笑いながら俺の首取りに来やがった!

 防ぎはしたけどギリギリだ、少しでも気を抜いたらやられる。


「最初は……ナナの目の前で、ナナと恋仲の相手を殺すつもりだったんです。しかしあっけなく死んでしまったので、代わりに魔石でも目の前で壊してやろうと思ったんですよ。ですが気が変わりましてねえ……貴方は殺しません。手足をもぎ取りあらゆる苦痛は与えるつもりですが、生かしてナナに返して差し上げようと思います」

「嘘つけ、今完全に殺る気だったじゃないか!」

「弱すぎて死んでしまうのは仕方がないじゃあないか?」


 言ってることが滅茶苦茶だよ、昔はもう少しまともだった記憶があるんだけどな。


「弱くて脆い人間の貴方とスライムのナナ、貴方では不釣り合いだということにナナもすぐに気づくでしょう」

「釣り合うかどうか勝手に他人が決めるんじゃねーよ」

「ナナもすぐに気付くでしょう、自分に相応しい相手が誰なのか」


 こいつ俺の話を聞いてねえ、自分の云いたいことだけ一方的に話してるだけじゃん。

 でもいつまた斬りかかってくるかわからないんだ、ヴァンの剣に集中しろ。

 ロックとの、ダグとの訓練を思い出せ。

 いっそ殺せと何度も思ったあの苛烈な拷問に比べたら、ヴァンに首の一本や二本斬られた所でどうってことはない!


「私こそが、ナナの相手に相応しい」

「……はあ?」


 え。


 ……え?


 何言ってんのこいつ。


 は?


「私は一度ナナに殺されて蘇った際、過去の記憶の多くを失っていました。別にそれ自体はどうでもよかったのですが、セーナンで戦った私は気付いてしまったのですよ。……ナナが、ナナだけが、この世界でただ一人、私を深く理解しているのだと」


 それはヴァンを追って殺すために調べたからじゃないか。

 知りたくて知ったんじゃなくて、調べるうちに知ってしまっただけだろ。

 これ以上時間稼ぎに話を聞くのも嫌だから斬りたいんだけど、ヴァンが足元に落ちていた左腕を拾った瞬間すら隙が無く、攻撃を仕掛ける機会がない。

 こいつ血迷ったことを話しながらも、俺から意識を一切逸らしていない。


「セーナンで倒されスライムになって逃げ延びた私は、いえ私達は、ナナに執着する本当の理由に気付いてしまったのです!」


 両腕を広げてオーバーアクション気味に天を仰いで……って、俺が切り落とした左腕がくっついてる。

 治療魔術とか使った様子は無かったぞ。


「私はナナを愛しています」

「勘違いだろ」


 即答どころかかぶせ気味に否定してやる。


 つーかその醜悪な体で、ナナへの愛を口にするな。

次話より土日と火曜・木曜の週四回更新になります。

完結までのラストスパート、最期までお付き合いいただければ幸いです。

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