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英雄とスライム  作者: ソマリ
最終章 大戦編
212/231

5章 第23話G 僕はただ、僕に出来ることをするだけなんだ

 子供に悲しそうな顔をされて無視なんかしたら、絶対ナナさんに嫌われる。

 だから仕方なく助けに来たんだ。

 君達も家族や子供に会いたいよね?

 大丈夫、君達の体のことならきっとなんとかなる。

 僕は世界最高の魔術師で、ナナさんは生命の女神様なんだ。

 僕の体だって、ナナさんと女神の片割れであるロックさんに作ってもらったんだから。

 だからみんな、一度オアシスに戻るんだ。

 ナナさんの国へ行く手段は必ず用意するから、それまでオアシスで待っていて欲しい。

 え、僕?

 僕の名前はグレゴリー。

 人類最初の魔術師と言えばわかるかな?


 なんてことを、どす黒い目のアンデッドたちをなぎ倒しながら大声で叫ぶ。

 この体で戦う練習に、このアンデッドたちはちょうどいい強さだからね。

 魔術はほぼ使わずに、魔素で作った剣だけで斬り倒す。

 剣なんて千年ぶりで最初のうちは何度か攻撃を受けちゃったけど、ナナさんから貰ったコートは傷一つつかない。

 これ、下手な金属鎧より丈夫だよ……。


 僕が助けに来た砂漠の人たちも一緒に戦うって言ってくれたけど、自我の無いアンデッドに比べると数段弱いのは明らかだからね、僕の練習の邪魔でもあるしとっとと下がってもらった。


 何万というアンデッドが兵士として集められているようだけど、本隊と合流前に見つけられてよかった。

 さすがの僕も、一度に何万も相手じゃ魔術なしじゃ無理。

 それじゃ練習にならないもん。

 やっぱり実戦が一番だ。


 今度は遅れを取らないぞ、ヴァン。


 少し時間はかかったけど、転移無し・魔術無しで、5千体くらいのアンデッドを葬ったかな。

 義体に魔力を通すというのも、完全に把握した。

 本体の魔石に結構な負担がかかるけど、身体強化術と合わせると数十倍の力を出せる。

 ロックさんとダグの人間離れした組み手の理由、やっと理解したよ。

 剣を魔素に戻し、砂漠の人たちの代表のところへ向かおう。


「さあ、オアシスまで戻ろうか。大丈夫、あとでキンバリーも連れて行くから」


 一万人近くいるらしいけど、僕も彼らも食事を取らなくていい体だから、都合がいい。

 水だけは必要だけど、魔術で何とかなるし。


 それにしてもキンバリー。

 彼が協力的で、本当に良かった。




――――




「ス、スライムがしゃべった!? 何だてめえ……女神様の眷属か?」


 これが深夜キンバリーの部屋に忍び込んで声をかけたときの第一声だった。


「似たようなものかな? 僕はグレゴリー。始まりの魔術師グレゴリーといえばわかるかな? 今はナナさんの国にお世話になってるんだけどね」

「グレゴリーって……あのグレゴリー様か? ヴァンにやられたって聞いたけどよ、無事だったのか……よかったぜ」

「ああ、ナナさんに助けてもらったんだよ。ところでキンバリー、君ってナナさんの味方? それともヴァンの味方?」


 そう聞くとキンバリーは少し考え込んでから、ポケットから布切れを取り出してそれを眺めた。

 少し汚れてたけどそれは、ナナさんがいつも持ってるハンカチとそっくりだった。


「……わかんねえんだよ。何で俺様が、ヴァンを殺す手段を探してんだか……。なあ、グレゴリー様。幸せって、何だ?」

「ずいぶん哲学的な質問してくるね? ……少し前まで、僕には魔力視以外にものを見る手段がなかったんだ。でもナナさんが、僕に視力をくれた。だから僕は今、幸せだよ。でもキンバリーはもともと目が見えないわけじゃないだろ? それなら僕の幸せとキンバリーの幸せは別のものだってわかるよね?」

「別だと……じゃあ幸せってのは……人の数ほどあるとでも言うのかよ」


 このときキンバリーは疲れきった顔だったけど、かなり前のめりになって僕の話を聞いてたっけ。


「あるんじゃない? 興味があるならいろんな人を見て、自分の頭で良く考えなよ。でもそんな事を聞くってことは、他者の幸せを生み出すナナさんにつくのか、他者の幸せを壊すヴァンにつくのか、もう答えは出てるんじゃないの?」

「……ああ……そう、だな……俺様は幸せってのが何なのか知りてえ。それなのに知る前に壊されたんじゃ、たまんねえよな……」


 こうしてキンバリーがヴァンの敵だと確信した僕は、情報交換をすることにした。

 その結果ヴァンが皇帝として名乗りを上げること、ゲオルギウスが使者としてプディングに挨拶に行くということを知った。


 この時点で僕の目的は、一刻も早くナナさんにヴァンの存在を知らせることではなく、少しでも多くの情報を集めることに変わったんだ。

 ヴァンが自分から存在を明かすというのなら、僕は僕にできることをやるべきだと思ったからだ。

 でもキンバリーは帝都の守りを任されることになっていて、朝には帝都へ行かなければならなかった。

 それも、僕の体を持って。


「悪いなグレゴリー様、持ってかねえと怪しまれちまう。なんせヴァンがてめえでトドメ刺した相手だからな」

「良いんだ、それに使者がナナさんに義体を返すんだよね? どこかにメッセージ忍ばせたいから、知ってる限りのこと教えてくれないかな」

「俺様が確実にヴァンだと認識して会話もしたのは六体だ。それ以上増やす前に魔素収集装置から必要な魔力が取り出せなくなったから、それ以上はいねえはずだ。それと本当に、ここの女子供を任せていいんだな?」

「ああ、任せてよ。キンバリーはヴァンが何をしようとしているのか探って、僕に知らせて欲しい。僕はその間にスライムの体のままでも戦えるよう、訓練しておくからさ」


 ナナさんとロックさんなら猫を絡めたメッセージをポケットにでも入れておけば、きっと目を留めるだろうと思ってのことだったんだよね。



 その後キンバリーと別れ僕は隔離施設で子供達の面倒を見ながら、夜になるたび外に出てスライムのまま戦闘訓練を積んでいた。


 しばらくしてキンバリーの部下が来て、僕にヴァンの計画を教えてくれた。

 西に兵士や戦えそうな吸血鬼を集め、ナナさんのプディングに攻め込むというものだった。


 集結する前に叩くべきか否かしばらく考えたけど、答えが出ないうちに多くの人が出兵していった。


 悩んでしまった理由は、子供達に懐かれ事情を聞くうちに、僕は何とかこの民を救いたいと思うようになってたからだ。

 元はと言えば帝国の民、つまり僕が作った国の民だ。

 今までは無関心だったけど、ナナさんのおかげで僕は変わったようだ。

 僕は『視力』を得て、初めて笑顔というものを見た。最初はナナさんの、そしてナナさんの国の人達の笑顔を見るうちに、僕が蔑ろにしてきたものが何なのか気付いてしまった。


 砂漠の民の子供達の笑顔や、父親に会えなくて悲しむ顔を見て、僕がすべきことが決まった。

 まずは砂漠の民を救うこと。

 そして何とかしてナナさんに連絡を取り、ヴァンの動向を知らせること。


 だけどどうやってと悩んでいると、まるで僕の心の変化をわかっていたようなタイミングで、ロックさんが現れた。

 何匹もの足の黒い小さな猫を抱えたまま、満面の笑みで。


 実はちょっと、イラッとした。


 でもおかげで街に残ってる砂漠の民はロックさんに任せることができたし、しかも僕の義体まで持って来てくれてた。

 こうして僕は義体の慣熟訓練ついでに、砂漠の民を助けに行ったんだ。




――――




「で。どうしてまだここにロックさんがいるのさ? 子供達はどうしたの?」

「さっき着いたばかりだよ? それに俺だけじゃなくアネモイもいるんだけどな」

『ミャーミャー……フーッ!』


 砂漠の民を連れてオアシスのある街に戻ると、ロックさんが出迎えてくれた。

 アネモイさんは見ない。見えない。今僕の目には映さない。


「任された女子供は異空間経由して、プディングに送り届けたよ。そんで後ろの人達が、吸血鬼になったっていう砂漠の民だね」

「うん、そうなんだけど……ねえ、ロックさん。彼らを人間に戻せないかな?」

『シャーッ!』

「うひーっ!」


 もう駄目だこれ以上無視できない。

 真面目な話をしたいんだ。

 お願いだからそこで猫まみれになって引っ掻かれたり噛みつかれたりしてるアネモイさんを何とかしてよロックさん。

 ていうかロックさんも両手に抱いた猫たちを離せ。


「ぐすっ。ねえロック、猫ちゃんが私をいじめるの……」

「……」

「……や、やだなあグレゴ。そんな冷たい目で見なくてもいいじゃないか。ほらアネモイ、お遊びはここまで。真面目な話するよ?」


 とりあえずロックさんが開放した猫たちが走って物陰に隠れたのを確認してから、アネモイさんの方は一度も見ずに、もう一度ロックさんに顔を向ける。


「グレゴ。残念だけど一度アンデッドになった者を、完全に元に戻す手段はない。でも瞳の色が変化していない者に限り、ある程度は戻せる可能性をナナが見つけてある」

「ほんと!?」

「ただピーちゃんか俺かナナによる肉体修復が必要なのと、止まった心臓を動かす魔道具を開発しなきゃいけない」


 さすがナナさん!

 ……でも、心臓が止まったままってことは、アンデッドのままなのかな?

 とにかく魔道具の開発には僕も協力、いや僕が作ってみせる!


「ひとまず詳しい話はあと。全員集めてくれ、異空間に入れるよ」

「はい……って何その空間の裂け目!?」

「転移使わずに出入りできるよう、異空間に穴空けちゃった。ただそのせいで座標情報が狂ったらしくて、ゲートゴーレムが再度座標情報を解析中なんだよね。でも明日の夜にはブランシェへのゲートがつなげられるよ」


 相変わらずやることが出鱈目すぎてついていけない。

 とりあえず砂漠の民の代表者をロックさんに紹介し、ゲートが開いたあとのことなどを話し合う。

 すると砂漠の民の代表者は、自分達はここに残ると言い出した。


 自分達の同類と戦うプディングに身を寄せることに対する不安もあるが、それ以上に自分達の誰かが正気を失うことを危惧していると話してくれた。


「そっか、下手したら自分達もやられちゃうかもって思っちゃうよね。じゃあこの異空間はそのまま維持しておくよ。事が済んだら誰か迎えに来させるから、それまで我慢しててね。んで、グレゴ。俺はヴァンを釣るけど、グレゴはどうする?」

「え?」


 突然振られても意味がわからないよ。

 それにヴァンを釣るって何する気なんだ。


「まずはグレゴに情報を渡すところからだな。六体いるヴァンのうち、一体はナナたちがセーナンで討ち取ったから、残り五体になった。だが今から12時間ほど前にアイオンでヒデオが殺られ、ヴァンに魔石ごと連れ去られた」

「ヒデオが!? ……じゃあ今、ヴァンは全員またはほとんどが帝都にいて、それを釣り出そうってことだね?」

「そういうこと。ヒデオを拐ったヴァンの他、二体が帝国内に飛び去ったのが目撃されてる。それでヴァンの釣り方なんだけど、スライムでナナたちのダミー作って、真正面からまっすぐに中距離の転移をしながら、帝都に向かおうと思うんだ」


 真正面からって……そういうことか。


「ヴァン自身が出てくる可能性が……高い」

「そういうこと。ヴァンの目的はナナを苦しめることだからね。全員で待ち伏せじゃなく、最低でも一体は別行動すると思うんだよね。あいつ自分以外信じてないから、部下に任せっきりも無いだろうし。それに今のヴァンってそれぞれの局面で目的さえ果たせれば、死んでもいいって思っていそうなのが厄介なんだけど、そのせいで分断させやすいと思うんだ」


 集団での転移を感知したヴァンは、必ずその転移した集団を確認しに来る。そしてその後ブランシェに向かうか帝都に戻るかをすると予想できる。

 その判断材料は、恐らくナナさんがいるかどうか。


 転移魔術が阻害されているこの状態ではこちらの転移を感知したところで、ヴァンだってまともに転移できないはずだ。

 飛んでくるっていうなら、僕の魔力視ならヴァンより先に見つける自信がある。

 借りを返させてもらうよ、ヴァン!


「で、質問に戻るけどグレゴはどーすんの? 俺は出てきたヴァンを叩いてそのまま帝都に殴りこみかけるつもりなんだけど」

「……え? ……僕もヴァンと戦うつもりで考えてたんだけど……」


 ロックさんの気遣いなのかな、勝手にやる気出してたのが恥ずかしいし寂しいじゃないか。


「じゃあグレゴの戦力も当てにして良いんだな? 助かるなあ、これで勝率がぐんと上がったよ」

「僕だってナナさんから白コートを貰った仲間だよ。だから……ロックさんは、まっすぐヒデオを助けに行って」


 二手に分かれた方が、ヒデオを助けられる確率が上がると思う。

 僕はヒデオが大嫌いだから、助けに行くのはごめんだ。

 だからこれが最善なんだ。


「ヴァンは僕が釣るよ」

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