4章 第39話N 理解できない
どれだけ泣いただろう。
ヒデオの体は生きていても、魂は死んで体から離れてる。
新しい魔石に移せたと思っていたのに、レイアスと一緒に死者の魂として世界樹にいた。
あそこにはバービーに、ヒルダもノーラもいた。
でも、受け入れられない。受け入れたくない。嫌だ。
心臓も動いているし呼吸もしている。ただ、魂がないだけだ。
エリーが目覚めたら、なんて説明すればいい。
子供が生まれるまでは、眠っているだけということにすべきだろうか。
いずれは悲しくて厳しい決断を迫ることになるけど、逃げちゃ駄目だ。
離れがたいけどヒデオの体から離れて、エリー達の様子を見ることにする。
ピーちゃん、何か問題は?
―――胎児の成長が遅延。原因は栄養不足です。
……はあああああああああああああああ!?
待ってだめそれ絶対ダメなやつ!!
えーと、栄養……食事?
エリー達に摂らせる? どうやって?
点滴? そんなもんこの世界にあるかあああ!
点滴の成分? そんなもん知るかあああ!
困った時のキューちゃん!
―――成分についての知識はありません。
だと思ったよもおおおお!
ヒデオが残した子、絶対守るんだ!
えーと、えーと、食事を消化吸収して栄養を流してやればいいんだから、擬似的にその器官を作って三人の血液に、って血液だけに流すんで良いのかな、他に何かあったら……ああ、もう! わからないから全部やれば良いんだ!!
キューちゃんピーちゃん、私の義体を改造! 全ての内臓器官を人体に準拠し構築、腹部の魔石を心臓横に移動!
―――承知しました。
全身をスライムで包み、全裸になって胸から腹までを開く。
どんどん作られていく内臓器官なんて見てもわからないけど、きっと合ってる!
次はエリー、サラ、シンディの子宮より胎児摘出!
羊水ごと私の子宮内に移植して接続!
―――承知しました。
う、お……四ヶ月の胎児とは言え、三人分だと中々のサイズだ……でもこれ以外思いつかないんだから仕方ない!
これで骨格以外は……あれ、骨髄も何か大事な物作ってたような気がするよ?
ああもう! わからないから背骨も生体と完全交換!!
―――承知しました。
……ふう。とりあえず飯!
ハンバーガーでいい、食べてみて……と。ごくん。
キューちゃんピーちゃんどう? 胎児に栄養行ってる!?
―――まだ胃で消化されていないため確認できません。
お、おう……焦り過ぎだな、私。
ちょっと深呼吸だ。すー、はー。すー。はー。
肺も作ったから、呼吸が今までと違うなあ。
生命維持と今後の成長に問題が発生する可能性は?
―――生命維持に問題なし。成長に関してはマスター・ナナの肉体が小さすぎるため、八ヶ月以降の成長に問題が発生する可能性あり。
今は八月だから、年内にエリー達が目覚めなかったら、別の体で育てなきゃいけないのね。
きっとそれまでに目覚めるよね?
まず開いた体を閉じて……う、わあ……下っ腹が出て、スイカでも入ってるみたい……あ。
着れる服無いじゃん!
マタニティ服も作らなきゃ!!
それとエリー達の服は全部脱がせたままだけど、このまま全身をピーちゃんで包んで、上からシーツをかけておく。
ピーちゃん、三人の体を清潔に保っておいてね。
……ヒデオの体も、お願い。
―――承知しました。
「それで、わざわざ自分の体に胎児を移植したのか……大人の生体ボディ作って入れてもよかったんじゃない?」
「そこまで考えつかなかったんじゃもん……」
廊下で私を見つけたロックの呆れ顔を見ながら、移動椅子に深く背中を埋める。
歩き難いので久しぶりに登場させた自走式車椅子だ。
異界で銀猿と戦って、魔石が割れかけた時以来だね。
車輪が無いからただのリクライニングチェアにしか見えないけど、床に面したスライムがちゃんと移動させてくれるもんね。
それにしてもヴァルキリーはおっぱいで足元が見えなかったけど、今みたいにお腹が大きくて足元が見えないのとは別物だって初めて知ったよ。
体の重心はズレてるしお腹がつかえて屈み難いし、万が一転んだらって考えると怖くて無理はできない。
「ところでアネモイはどうしておる?」
「ぐっすり寝てるよ。ああそうだ、ドラゴンを何頭か分けて欲しいな。起きたらアネモイはお腹空いてると思うから、今のうち焼いておくよ」
「構わんぞ、消費しきれないほどあるからのう……ところで、そろそろ説明してもよかろう? どうもおぬし、アネモイの……竜の力を使っておるが、どういうことじゃ?」
移動椅子のままロックと一緒に食堂に入り、私を見て驚くメイドに食事を出してもらえるよう頼む。
さっきのアネモイの話で思い出したけど、お腹が空いたという感覚も久しぶりだなあ。
「簡単に説明すると……ヴァンが作った異空間を壊す際に、アネモイから「ナナを助けて」って、竜の力の一部を貰ったんだ。そして世界樹でアネモイが気絶したから……一時的に俺に融合させた」
「……はい?」
「魔石ってのは、魔素を高圧縮して密度を上げて固めたもの。そして古竜は体そのものが密度の薄い魔石、つまり高圧縮された魔素がアネモイの体であり、竜の力だ。ここまではおっけい?」
そういえばヴァンの頭を取ってきてと頼んだときも言ってけど、オッケイなんて言葉こっちの世界で通用しないぞ。
私かヒデオのように、日本から来た者だけだ。
頷きを返しておくけど、兄、ねえ……。
「俺はその竜の力の一部を譲られて使えるようになってたから、竜の力そのものであるアネモイと俺の中にある力とを融合させ、アネモイを圧縮して一時的にでも俺の中に避難させられないかと思ってたんだ」
「何とも突拍子もない事を思いつくのう」
アネモイ自身が純粋な生命体ではなく、魔石生命体でもあり竜の力の塊でもあることを知らなければ、思いつくことはできないだろうな。
やれやれ、キューちゃんとして私と一緒にいた記憶は、全て持っていると思って良さそうだね。
「空間庫だとアネモイからの魔力供給が切れるし、他に安全に匿う方法思いつかなかったんだ。でもまさか、あんな形で融合するとは思わなかったよ……でもおかげでとんでもない魔力を得られて、魔力線からの防御がかなり楽になった」
「それで、あのツノか。くくく、随分と懐かれておるようじゃし、ますますアネモイと離れられんようになったのではないかの?」
「……ノーコメントで。それよりナナ、異界融合の処理はみんなに任せてるから時間あるだろ。できることやっておこうよ」
メイドが持ってきてくれた食事を食べながら、酒も、と言いかけた。
お腹の子に悪いじゃん!
ロックも気付いたようで、代わりに果実水を頼んでくれた。
気が利くなあ。
そのロックが言う、後回しにしていることのあれこれ。
大事なことは二つ。
まずはロックについて。
そしてグレゴリーについて。
それを聞いて思い出した。グレゴリーの魔石、空間庫に入れたままだよ!
急ごしらえで私のくまのぬいぐるみゴーレムの一つに視覚聴覚嗅覚と声帯を構築し、グレゴリーの魔石を入れ、テーブルの上に乗せてみた。
そしたら普通に動くことができたので、あとは忘れていたことを平謝りだよ。
「いえ、本当に大丈夫ですから。それどころか仮とはいえ体まで用意してもらってすみません」
「本当にすまんのじゃー……それでグレゴリー、おぬしの魔石じゃが直すことは可能じゃ。しかしとんでもない激痛で数日は気を失うじゃろうが、それでもよいかのう?」
「痛いのは、ちょっと苦手です……でも今ある痛みが治るなら、我慢します。それにしてもゴーレム生成魔術はここまで進化していたんですね、正直驚いてます」
そう言えばゴーレム生成魔術もグレゴリーが開発したんだっけ。他の生命魔術関連も、ほとんどグレゴリーが開発したような記憶がある。
「僕もゴーレムの体に入っていたんですが、死体をそのまま流用したフレッシュゴーレムしか作れなかったんです。ですが……やはり、視力はどうにもならないんですね……」
「ん? そのゴーレム、視覚も正常に動くように視神経も作っておるぞ?」
「……え? そんな、じゃあ何で僕の目は……」
グレゴリーから詳しく話を聞くと、彼は生まれつき目が無く、その代わりに魔力視を扱えたそうだ。
魔力視だけで生き、様々な魔術を開発し、ゴーレムやアンデッドの体に入ることで視力を得ようとしたのだがことごとく失敗したと言う。
そしていつか見えるようになる技術が開発されることを信じて眠りにつき、五百年に一度目覚めては世界と技術レベルの確認をし、絶望しては眠ることを繰り返していたそうだ。
「のう、グレゴリー。魔力視でどこまで視えておる?」
「ええと……何て説明していいんだろ、その辺りに漂う……」
「魂が、視えておるのじゃな」
「っ! まさかナナさんも、そこまで視えているんですか!? 僕以外に、そこまで視えている人に会ったのは初めてですよ……」
あー。なんとなくグレゴリーの目が見えない理由がわかった。
「グレゴリー、魔力視を切るんじゃ」
「魔力視を……切る?」
「おぬしは魔力視を常に高出力で発動しておるじゃろ。魔力視に送る魔力を遮断するだけじゃ、やってみよ」
ロックはグレゴリーから目を逸らし、プルプルと震えている。
確かにその気持ちはわからなくはない。
だから少しの間、思考領域の遮断を解除しておく。
怪訝そうな顔というか、クマのぬいぐるみの眉間に寄ったシワがやばい。
短くて丸々した手を、考え込むように口元に当てる姿がやばい。
「ぶはっ!?」
こらえきれずに吹き出したか、馬鹿め。
というか恨めしそうにこっち見るな、ロック。
「あ……見え、る……これが、世界……これが、本当の、色……眩しすぎてわからなかったけど、ナナさんの顔も……これが、みんなが見えてる世界なんですね……」
「魔力視を一定以上の出力で使うと、通常の視力を完全に上書きしてしまうのじゃ。グレゴリーは常にその出力で魔力視を発動させておったから、見えなかったんじゃろうの」
「……え? ……えええ!! そ……そんな、ことで……じゃあ、今までの僕の努力は……」
がっくりと肩を落とし、両手をテーブルに付くグレゴリー。もとい、くまのぬいぐるみ。
手足が短いからうなだれているというより、普通に四足で立ってるくまにしか見えない。
「ぶほっ!」
ロックが追加で吹き出した音が、食堂に響いた。
なんで笑っちゃいけない状況って、笑いたくなるんだろうね。
「すまんのうグレゴリー。このアホを許してやってくれんかのう」
「ごめんグレゴリー。そのぬいぐるみゴーレムの動きがあまりに可愛くて面白くて笑っただけで、視力についてのドジに笑ったわけじゃないんだ。あとでちゃんとした人の姿をした義体作るから、それまで我慢してくれ……」
「いいんだ……こんな簡単なことに今まで気付けなかった、僕が悪いんだから……」
ロック。険しい顔で反省してるフリして、笑うの我慢してるな。
それにしても体育座りで背中を向けるくまのぬいぐるみ。もとい、グレゴリー。
背中にファスナーでも付けておけばよかったかな。
「ぶはっ!」
――やめろおおナナああああ!!
これくらいにしておいてやるか、思考領域遮断。
一緒になって笑ったほうが良いのかもしれないけれど、流石にまだそんな気にはなれないよ。
「しかしナナさんはとても可愛らしい姿だったんだね。さっきまでは眩しすぎて、まともに見られなかったんだ。でも世界樹の下で話したときよりもナナさんの周りの魔素が増えてるけど、あれからどうなったの? 二人共落ち着いてるから、解決したんだろうけど」
「おお、そうじゃったの。術式を発見し、今も異空間生成魔術の解除を遅延化させておる最中じゃ」
グレゴリーが子供っぽい口調になったけど、くまのぬいぐるみ姿に似合うなぁ。
もうこのままで良いんじゃないかな。
「世界樹で作られた異空間って、大陸規模だったよね。それを遅延化って……どれだけ魔力があるのさ」
「世界樹の魔力を使わせてもらっておる。どうも世界樹は寂しがり屋らしくての、話し相手が欲しくて人や古竜といった他の知的生命体を作ったり、死者の魂を集めたりしとったらしいのじゃが、逆に飲み込まれて自我を失いかけておったのじゃ。それを引っ張り出して飲み込んで、今はわしと一緒になっておる」
「「は?」」
なんだいグレゴリーだけじゃなくロックまで変な声出して。
「ナナ、今さらっととんでもないこと言った自覚無いのか!?」
「竜種や人類誕生の謎を、軽く流すように話すなんて……」
そう言えば何で私こんなこと知ってるの。
……世界樹の、記憶?
「……世界樹を取り込んでから時間と共に、段々と世界樹の記憶も覗けるようになっておるようじゃの……どうも世界樹は元々一本だけの存在だったらしいのう。話し相手が欲しくて自分の体を五つに分けたものの、自分との会話にしかならぬためすぐに飽きたようじゃ」
世界樹の記憶を、深く覗いてみよう。
会話する相手を欲した世界樹は、自身が自我を持つ要因となった魔素の存在を突き止めると、それを自分で作り出せるように体を変質させ周囲にばら撒き始めた。
自分と同じように知能を持つ存在を生み出したかった世界樹だが、ここで誤算が生じた。
まず自身の周りには弱肉強食の世界が広がり、知能を持ちそうな存在が生まれてもすぐに魔物に襲われ、種として定着することができなかったのだ。
そして五つに分けた世界樹の中心、始まりの世界樹があった場所には異常な量の魔素が集まることになり、そこでは自身の周囲以上に新たな種が生まれては絶える魔境と化した。
だがそこでようやく知性を持つ存在が発生した。
それが古竜だ。
高い知能だけではなく強靭な肉体も持ち合わせた、初めて会話が成り立つであろう生命体。
生存戦争に負けた古竜の魂を呼び寄せてみると、やっと会話ができた。意思の疎通ができた。
それから世界樹は亡くなった者の魂を集めては会話を楽しみ、寂しさを紛らわせていたそうだ。
もっと話がしたい。そう思った世界樹は魔素に言葉を乗せ、古竜達に魔境から立ち去り移動するよう伝える。
その場に留まっては、古竜以上に強い存在が生まれた場合、せっかくの話し相手が全て失われるかもしれないからだ。
そして世界樹の目論見通り、古竜は魔境から離れた。中には世界樹を直接訪れて話をしてくれる古竜までいた。
会話ができる相手ができたことに喜んだ世界樹だが、間もなく何体もの古竜達の魂が、世界樹へと呼び寄せられるようになった。
古竜の次の世代として生まれた竜種が、集団で古竜を襲うようになったのだ。
そして同じ頃、別の魂が世界樹へと呼び寄せられるようになった。
それが、初めて人という種の存在に気付いた瞬間だった。
始めのうちは古竜ほどではないが会話ができると喜んだ世界樹だが、亡くなった人の魂はみるみるうちに増え始め、あっという間に世界樹の意識をも飲み込む程となったらしい。
そして世界樹のはっきりとした記憶は、そこで途絶えていた。
ここまで話し顔をあげると、くまのぬいぐるみがぽかーんと口を開けて固まっていた。
ロックも同じような顔をしているけど、グレゴリーと違って可愛くないな。
「そ、そうだったんだ……じゃあ良い機会だから、僕が知る限りの人類の歩みも教えておくよ。多分だけど、始まりの世界樹の跡地……魔境を僕は知っている。それに、そこを鎮めたのは僕だからね」
グレゴリーの話によると人族は魔素濃度が異常に高い地域、魔境の外周近くで生まれた存在ということだった。
魔境近くでは住む場所によって人族の外見に偏りができたり、中には魔物や獣と融合し種として定着した者達もいたそうだ。
またグレゴリーが生まれた頃の人族は今よりもずっと強靭な肉体を持っていたが、魔素を操る術は持ってはいなかったらしい。
グレゴリーが初めて魔力視を持つ存在として、魔素を操る術である『魔術』を開発し、魔術を伝えるのに有用な言葉と文字を仲間と作り、他の人族に伝えた。
僅かな期間で多くの人族が魔術を習得し、多くの魔物と対等以上に戦えるようになった頃、グレゴリーは魔素を集めて魔石や魔力へ変える魔術装置の開発に成功する。
仲間を募り、それを持って魔境の中心に辿り着いたグレゴリーは、魔素を薄めることで魔物の弱体化に成功し、そこに人族の村を作ったという。
この頃には人族の変異もだいぶ落ち着き、今の光人族や魔人族、森人族や地人族に亜人種などの原種が生まれていたそうだ。
そしてグレゴリーは魔素を集める装置から得た魔石と魔力を使い、更に様々な魔術を開発した。
しかしここで、予期しなかった事態が発生する。
魔素が薄まってしばらくして、変異しなかった人族、今の野人族の平均寿命がみるみる下がっていったのだ。
そして全ての人族が肉体的に弱体化しただけでなく、学習能力も著しく低下していった。
「ここで初めて気付いたんだ、魔素が薄まると人族が弱くなるって。早い段階で魔境から離れて住む事を選んだ人達は、もっと弱くなっていたからね。かといって魔素集積装置を止めると、弱くなっちゃった人族じゃ魔物に対抗できない。仕方なく装置の守りを厳重にした僕達は、装置を守るために村を大きくしていった。それが現在の、帝都ロシュフィールだよ」
やっぱりそうだったか。
五本の世界樹の中心、帝都ロシュフィール。
元々一本だった世界樹があった場所。
「その後は魔素によって変異する人族は生まれなかったみたいだね」
野人族・森人族・地人族・光人族・魔人族、そして亜人種。
全て世界樹が作り、変質させ、グレゴリーが定着させたということか。
それとこの世界の人類が、単一言語かつ文字まで同じものを使っている理由が、これか。
人類が発祥してからたかだかニ千年程度だ。
濃過ぎた魔素が、恐ろしく速い速度で進化を促したということなんだろうな。
「あとは僕の個人的な事情だね、目が見えるようにするためいろんな術を作ったよ。自分の記憶や感情を魔石に複製する魔術を作って肉体を捨て、ゴーレムやアンデッドの体に入ってみたり、生命力を高めて視力を得ようとしたりね」
「記憶や感情を魔石に複製、じゃと?」
「うん、流石にその時点で数百年生きてたからね、もう肉体が年を取りすぎてボロボロだったんだ。だから魔石に自分を複製して、元の体は自分で処分したよ」
移動ならともかく複製なのか。それじゃ元の体に残る意識は……何とも怖いことを、さらっと言うなあ。
自分で自分を殺すようなものじゃないか。
「放っといても老衰で死んじゃうような状態だったんだ。それに僕にとっては、移動したのと変わらないからね」
私の考えを見透かしたようなグレゴリーの言葉にも驚いたが、それ以上にロックが何か言いたげにこっちを見ているのが気になる。
「ナナ。ちょうどいいから大事なことを話しておく……。ヒデオは多分目を覚ますよ」
「ロック……話の流れが読めんのじゃが、今の話と何の関係があるのじゃ?」
「結論から言うけど、ヒデオは死んだ。世界樹で会ったのは本物だ。でもナナ、ヒデオの魔石に魂魄移動術式使っただろ? あれ、な……実は移動させる術式じゃなくて、その……複製を作る術式、らしい」
え。
ええ?
待って。
何を言ってるの、ロック。
じゃあ私は、ヒデオのコピーを作ってしまったってこと?
「グレゴリーならわかるだろ、この術式なんだけど」
「えーと……うん、魔石情報の複製術式だね。同じゴーレムを作るのに重宝したよ……って、これをその、ヒデオって人に使ったの? 残念だけどこれ、人に使っても意味は……」
「そういやグレゴリーに言ってなかったな。ヒデオも俺達と同じ、魔石生命体だ」
ヒデオのことをグレゴリーに説明するロックの声が、やけに遠くに聞こえる。
私はヒデオに、いったいなんて事をしてしまったんだ。
いや、でも……待って。
そしたら私は……え?
「ロック。まさか……おぬしが本物のナナで、わしが……コピーじゃと、いうことか?」
「そういうこと。魔狼にやられた俺を助けるためにヒルダが使った術式は、実は俺を複製する術式だったらしいね」
ロックはそのまま話を続け、受けたダメージから半分眠っていたとか、たまにキューちゃんにほんの少し干渉することしかできなかったとか、いろいろ教えてくれている気がするけれど、ほとんど頭に入ってこなかった。
私が、作られた、偽物?
「むしろ意識がはっきりしてたら、狂ってたかもしれないね。なんせ、自分ではない他の自分が、自分として振る舞って生活してるのを見せられてたんだから」
体の震えが止まらない。
「でもね、元々は同一人物だから考えることも同じはずなんだけど、ナナがヴァンを殺すために旅に出た時からかな、少しずつ俺と思考がズレ始めたんだ。はっきり言って今のナナは俺とは別の存在だよ。俺も可愛いのは好きだけど、女になろうとまでは思わないからね。……俺が自分のことを『ナナの兄』と言った意味がわかったかな?」
何を言ってるのかよくわからない。
一つだけわかった事は、ヒデオは多分目を覚ますってことだけだ。
ただそれが、本当にヒデオと呼んでいい存在なのか、私にはわからない。
そして私は……ナナ、なのか?
わからない。
わからないよ……。




