4章 第34話N 死なせてたまるか
私の目は、どうかしてしまったんだろうか。
なんで、エリーの上半身がちぎれてるの。
なんで、サラの頭が胴体から離れてるの。
なんで、シンディの体が上下に別れてるの。
なんで、なんで、ヒデオの背中に、短剣が刺さっているの。
なんで、なんで、なんで……エリーしか、心臓が動いてない、の?
「あ、あ、ああああああああ!! キュー! 蘇生じゃ!!」
――それどころじゃない! 避けろ!!
何!?
転移してきた場所から反射的に避けたところを、剣が素通りしていった。
剣を持っているのは……人型竜の、ゴーレム。
こいつは……っ!!
「ヴァァァァン! 貴様かあああああ!!」
――ピーを転移召喚、ナナと直接接続! スライム体放出、ピーは四人の血液を集めてそれぞれに循環! ナナはピーと一緒にヒデオ達の蘇生に専念だ!
でも、キュー!
――ヴァンは俺に任せるんだ!
「ははは! また会いましたねぇ、ナァナァ? ……む?」
『ドゴン!』
私の、いやキューの空間庫から出てきた何かが、ヴァンを殴り飛ばした。
けれど、何これ。ロボット?
「急げナナ、今ならきっと間に合う。ここは俺に任せるんだ!」
「キュー……かの? うむ、頼んだのじゃ!」
いきなり普通に喋ったことも、どう見てもアニメに出てくるような戦闘用ロボにしか見えないことも、背中に背負ったでかい砲身やフルフェイスのヘルメットみたいな頭も気になるけれど、あれこれ聞きたいことは山ほどあるけれども、今は信じて任せて地面に降りる。
ピーの魔石が入ったスライムが四人の体を集めて、治療を始めてくれている。
キューの代わりということか。頼んだよピー!
まず血液の不足分を精製、酸素とともに脳への供給を最優先!
頭へのダメージがなくて良かった、脳は流石に再生できない。
あああそれとヒデオ以外は下腹部、子宮への供給も優先!
切断面の洗浄、接続と再生、魔石と心臓は……エリー達は無事、でも……ヒデオの魔石と心臓に、短剣が刺さって……くっ!
でも魔石は割れたりしていない、これなら命には別状ないはず!
魔力は漏れてるけど、まずは心臓の治療!
短剣を抜いて再生、血液が足りなければどんどん複製して送り込むんだ!
―――承知しました。
「ぐっ、何ですか貴方は。おかしな格好ですね、私とナナの戦いの邪魔をするのでしたら、貴方から破壊して差し上げますよ?」
「俺はナナの兄みたいなもんでね、代わりに相手してやるよ。それとヒルダとノーラの分も、直接お礼をしたいしな!」
頭上から金属がぶつかりあう音が響いた後、突然二人の気配が消えた。
キューが異空間生成の術を使ったようだ。ありがとうキュー、頼んだよ。
おかげで治療に集中できる。
エリー以外、心臓は動いていないし呼吸もしていない。
肺と心臓を強制的に動かしてでも、酸素と血液を循環させて!
――承知しました。
ってエリー、何で頭を上げようとしてるの!
「ナ、ナ……げほっ……」
「エリー起きてはだめじゃ! 今治してやるでの、そのまま待っておれ」
「みん、な……は……?」
「喋るでない……大丈夫じゃ、誰も死にはせん。蘇生は済んでおる!」
嘘ついてごめん。だってエリー、こっちに顔を向けてるけど視線がおかしい。
多分……見えてない。
「ナ、ナ……あたしね、最初ナナの、こと……嫌い、だったのよ……?」
「知っておるわ……だからもう、喋るでない……頼むのじゃ……」
「でも、ナナ、が……ヒデオの、手の傷跡を治して……くれたから……げほ、げほっ! ……ヒデオとの、関係が……一歩、前進できたわ……」
首から下をスライムで包んだエリーの体を、強く、強く、抱きしめる。
懺悔だなんて別れの言葉みたいじゃないか、お願いだからやめてくれ!
って……心臓の鼓動が、弱くなっている!?
ピー、強制的に心臓を動かして、エリーの血液も体に循環させろ!
―――承知しました。
「ナナ……ありがとう……本当に、楽しかった……ヒデオに抱かれて、幸せ、だったわ……ヒデオ……ヒデオ、は……」
「ああ、ここにおるぞ……ほれ、ここじゃ!」
エリーの左手に、ヒデオの右手を重ねる。
それを一瞬強く握って、微笑んだエリーの体から……力が、抜けた。
心臓も、ピーが動かさないと止まってしまうほど動きが弱い。
死なせるもんか、死なせるもんか、死なせるもんか!!
サラの首もシンディの胴体も繋がったし、ヒデオの心臓の穴も塞いだ。
でも誰の心臓も自力で動いてない。
お腹の子は!
……魔力視で視る限り、三人共心臓が動いてる……。
よかった……。本当に、よかった……。
でもこのままじゃ駄目だ、どうする、どうすればいい、四人の蘇生はどうすれば!
心臓マッサージで駄目なら……電気ショック、は胎児に危険かも……いや、心臓に直接なら!
ピー!
―――極小の電流を生成、四名の心臓に流します。・・・エリー、サラ、シンディの心臓の活動及び自発呼吸を確認。ヒデオの心臓は反応なし。再度電流を流します・・・失敗。反応がありません。
まずは三人! よくやったピー!!
でもヒデオは何で心臓が動かないんだよ!
それならもっと強力な電気ショックで――ん?
「ナナ……レイアスはもう、駄目だ……。魂破壊の術が込められた短剣を、ヴァンに……」
「魂破壊じゃと!?」
左腕を押さえて立っているこの男、確か以前アネモイがいた山で会った、光人族の青年だ。
「世界樹が作った異界を解除するための術だ……。レイアスの魂は、ヴァンに生贄として使われたんだ……」
金ボッチが何をどこまで知っているのか聞きたいが後回しだ。
ヒデオから抜いた短剣を視ると、二つの魔法陣……一つは、転移術に似てる?
二つ目は……つい最近、同じのを見た。
間違いなく……魂の、破壊術式……。
では、ヒデオの魂は、もう……。
いや、だ……嫌だ。嫌だ!
認めてたまるか!!
どうする、どうすればいい、どうすればヒデオを蘇生できる!
魂の蘇生なんてできるのか!?
魔力視!
……なんてことだ、ヒデオの魔力回路がズタズタじゃないか!
魂は……ヒデオの体には、魂の魔素が視えない。
……視え、ない……?
くっ! ピー! ヒデオの魂はまだ魔石に残っているか!
―――魔石内に記憶や感情を内包する、魂の魔素と推測される存在を確認。また、破損部から極微量の流出を確認、流出量は増加中です。
あった! まだヒデオはそこにいる!!
でも、このままじゃ魔石から全部外に……待てよ、魔石に残っているのなら……魔石から、移動させる?
私がヒルダに命を救われた、魂魄移動術式。
ヒルダとノーラが亡くなった際に試したが、あれは人から魔石への魂移動はできなかった。
でも私もヒデオも、魂は魔石にある。
私が移動できたんだから、ヒデオもできるはず!
空間庫から魔石を一つ取り出し、ヒデオの胸の上に置く。
魂魄移動術式、発動!
それとヒデオの体の、魔力回路を修復だ!
……ピー、新しい魔石に、ヒデオの魂は入っているか?
―――現在ヒデオの肉体にある魔石と同一の、記憶や感情を内包する、魂の魔素と推測される存在を確認しました。
ではヒデオの体の魔石を抜いて、新しい魔石を埋め込み……魔力回路接続……ピー、電気ショック! 強めに!!
―――承知しました。・・・『バチン!』失敗。反応がありません。
もう一回! もっと強く!
―――承知しました。・・・『バチン!!』成功。ヒデオの心臓活動及び自発呼吸を確認。
よ……よかった……あとは、四人が目を覚ましてさえ、くれれば……。
でも改めて四人をちゃんと診ると、心臓の鼓動は弱々しいし、呼吸も浅い。
ピーの補助がないと、いつ止まってもおかしくない。
だけどエリー達三人の魂らしき魔素は、ちゃんと体に残っている。
間に合って良かった……。
お願いだから……目を覚まして……。
「ナナさん!」
「姉御!」
「ナナ!」
声に振り向くと、ゲートから次々に皆が出てきていた。
ゲートゴーレムが来たのに気付かなかった、それに金ボッチがいなくなってる。
聞きたいことがあったんだけどな。
立ち位置は敵だと思うんだけど、ヒデオのことを教えてくれたり、攻撃を仕掛けて来なかったりと、行動が不自然な奴だ。
ガッソーみたいに敵の中に居る味方?
……まさか、ね。
「馬鹿野郎、一人で勝手に転移するんじゃねえ! せめて行き先を言えってんだ!!」
「そうよ~、ナナちゃん。アトリオンなのは予想できたけど、正確な位置を掴むのに時間がかかっちゃったわ~」
「一刻を争う事態とはいえ……すまんのじゃ……」
スライムに包まれて目を閉じている四人を見て、アルトが静かに口を開いた。
「……ヴァン、ですね?」
「そうじゃ……気づいておったのか、アルト……?」
「ああ? ヴァンだと!? おいナナ、どういうことだ!」
ダグが私に詰め寄ってきたけど、怒るのも無理ないよね。
確信がないからと、全部話さずにいた私が馬鹿だった。
「皇国で戦った、人型竜ゴーレムの……中身じゃ。ゴーレムの中に、ヴァンが入っておった。剣筋や、わしを執拗に狙うことから、もしやとは思っておったんじゃがの……」
「いないようだけど、姉御が倒したの?」
「今、キューが一人で戦っておる……」
そうだ。まだ終わってない。
……ピー。四人の生命維持、頼んだ。
―――承知しました。
キュー。聞こえるか?
――聞こえてるよ、俺はキューじゃないけどね。
……キューじゃないなら何と呼べばいい?
――ちょっと今、名前考える余裕無いなあ。とりあえずナナの兄だからロク、ロックでいいや。
適当な名付けだなぁ。私に兄なんていないし、いろいろ聞きたいところだけど、まずは終わらせようか。
私も戦う。
――断る。……と、言いたいところだけど……正直、助かる。ヴァンはヴァルキリー状態の、今のナナよりも強い。身体能力は互角っぽいけど、魔力がとんでもなく高くて扱いが上手いし、魔力は俺と一緒にいる時のナナを軽く越えてるよ。
なん……だと……。
――俺とナナよりヴァンの魔力が上だよ。
聞き直したわけでは……あれ?
――やべ。それよりちょっと気になることがあるんだ。さっき大司教の部屋でゴーレムの資料見ただろ。多分ヴァンも複数の魔石が中に入ってて、それが魔力が高い理由だと思う。
どれが本体でどこにあるのかわからないから、ナナが持ってる魔石視の仮面を貸してくれ。どうもゴーレムの中に一つ、ヴァンとは別の生きた魔石が混じってるっぽい。
後で追求させてもらうぞ。しかし生きた魔石だと?
――ちっ。胴体の辺りからだと思うんだけど、助けを求める声が聞こえた。ていうかそのせいもあって、攻めあぐねてる。
わかった。ではロックが異空間化を解いたらすぐに私が異空間化させる。連れて行くのは、アルトとダグだ。
――ああ、それでいい。あとアネモイがうるさいから、大丈夫だってナナからも言っておいてくれ。
わかった。準備が済んだら声をかけるよ。
「リオ、セレス、アネモイ。四人を頼んでも、よいかの?」
「……うん。任せて」
「頼まれたわ~」
「……」
リオ、悔しそうな顔をしても駄目だ。
セレス、いつもどおりの答えで安心できるよ。
アネモイ、そんな泣きそうな顔をするんじゃない。じっと上を見てるけど、キューだかロックだかの居場所がわかるのかな。
「今ヴァンと戦っておるのは、どうもキューではなくロックと名乗る別の存在らしいのじゃ。詳しくは終わってから聞くことになっておるでの、わしにもよくわからん。わしの兄を自称しておるが、味方なのは確かじゃ」
ん。アルトの表情が微妙に動いた?
なにか知ってそうだなぁ、でも追求は後だ。
「アネモイ、すぐ終わらせてロックと戻ってくるから、安心して待っておれ。ダグ、アルト……わしに、付き合え。ヴァンを滅ぼすぞ!」
「はい。今度こそ、ナナさんのお力になります!」
「よっしゃあ! その言葉待ってたぜ!!」
ロック、準備は整った。異空間化の解除を!
――おっけい、異空間化解除!
空間系魔術特有の軽い浮遊感の後、空中でにらみ合うボロボロになった二体のゴーレムが、じわーっと見えてきた。
地面にはロックのものらしい壊れた右足が転がってるし、ヴァンも左手首から先と尻尾が無く、左手がロックの右足近くに転がっている。
完全に実体化する瞬間に合わせて異空間化発動、対象は私と、ヴァン、ロック、アルト、ダグ!
……あ、れ……?
発動、しない?
「ふははははは! この時を待っていましたよ、ナァナァ!!」
ヴァンと、二人きり……まさか、ヴァンの異空間生成魔術!
「これで誰にも邪魔をされず、ゆっくり貴女と戦えますねえ!」
周りにはヴァンの他に誰もいない。
地面にもヴァンの左手が転がっているだけだ。
「くっ……しかしヴァン、おぬしも相当やられたようじゃのう? 左手と尻尾は千切れとるし、顔の形もずいぶん変わっておるではないか。わしの兄はどうじゃった?」
「……本当に、腹立たしいですね……スライム風情が、調子に乗るんじゃあない!!」
剣を構えたヴァンが突っ込んできた。
こうなったら仕方ないけど、ある意味ちょうどいい。
私の手で、お前をボッコボコにしたい気分だったんだからね!!




