4章 第23話N 竜の真実なのじゃ(地図あり)
水古竜のいる地底湖で、アネモイが食べたがった事もあるが、とある期待を込めて料理をした。
そうしたら案の定、水古竜も人化してくれた。
竜のままだと発声器官の違いで会話が聞き取りづらいんだよね。
しかしヒルダに似ているのは、私の記憶を覗いたせいかな。髪と瞳の色が青い点を除いて、顔つきもスタイルもヒルダそのものだ。
そしてアネモイ同様、そこはかとなく漂うポンコツ臭。
だがアネモイよりマシだろう。いや、そう思いたい。その外見は反則だよ……。
ナイトドレス風の服がとても似合いそうだが、なんとなく着せたくないので他の服を探す。ジュリアの作ったニットのワンピースを見つけたので、下着一式と一緒にリオとセレスに渡すと、二人がかりで水古竜に着せていった。
水古竜は下着に興味津々のようで、自分の姿を見ながら口を開いた。
「まずは異空間生成について教えてやろう。だがそこの風古竜も使えるはずだが……話していなかったのか」
「わしの記憶を覗いたじゃろう? そのとおりじゃよ。じゃからアネモイから聞くよりも、おぬしから聞いたほうが良さそうでのう。それともう一つ。アネモイは無意識にわしの魔石と魔力線を繋ぎ情報を得ておったが、おぬしは意図して魔力線を繋ぎ情報を得よったのではないか? その力についても教えて欲しいのじゃ」
リオとセレスの手でワンピースを着せられた水古竜が、満足気にニット生地を摘んで伸ばしてニコニコしたあと、アネモイを見て……いや、睨んでいる?
「一つ条件がある。……ワシにも名を寄越せ」
「……はい?」
「名前とは個体を識別するためのものだろう。ワシは世界で唯一の水古竜だが、水古竜というのは種を現すものであって個を示すものではない。よってワシはワシという個を示す、ワシの名が欲しいのだ!」
アネモイを睨んでいたというか、もしかして羨ましかったのだろうか。
今もどんどん私やキューちゃんから知識が水古竜に流れてるようだし、名前についてもそれで知ったのかな。
「うーむ。水関係の名、のう……」
ネプチューン、ポセイドン、オーケアノス、テーテュース、トリトーン、クタアト、ダゴン、三平、バッグ。
最初三つはこの姿のイメージに合わないなぁ。トリトーンは白イルカ思い出すしクタアトとダゴンはキモいから却下、三平とバッグはカッパだからバレたらやばいな。うーん。
「テーテュース……では長いのう。テテュスでどうじゃ? アネモイ同様、わしのいた世界の神の名じゃ」
「いいだろう。これよりワシの事はテテュスと呼ぶがいい。ではテテュスが答えてやろう。まずは異空間生成だが、テテュスの魔力で空間ごと複製したものだ」
よっぽど名前が気に入ったのか、自分のことをワシではなくテテュスと呼び始めた残念水古竜は、意外と丁寧に教えてくれた。
異界と同じ異空間は魔素で作り出したコピー品で、そこに指定した相手を閉じ込めて逃さないようにするものらしい。
空間の広さと指定する対象の数次第で、消費する魔力と必要な魔素が増加するという。
話を聞き実際にテテュスが起動させるのを見て思ったことは、空間庫と似たような仕組みであるということだった。
しかも異空間を作る際にコピーした地形等は、いくら破壊されようとも現実世界への影響は一切なく、異空間の解除と同時に魔素に戻って消え去るという。
「むう。わしではこの地底湖一帯を異界化させるので精一杯じゃな……」
もう一度発動させるところを見せてもらい試しに使ってみたが、野球場ぐらいの範囲しか異界化できなかった。テテュスはこの島まるごと異界化していたし、世界樹なんて大陸一つ丸ごとだ。
世界樹が魔石だとわかった今、世界樹が桁外れの魔力を内包していても不思議ではないと思うけれど、それでも想像するだけで気が遠くなりそうな魔力量だ。
「ね、ねえナナ、不満そうな顔してるけどね、人で異空間生成できる存在なんて二千年前にもいなかったわよ?」
「あ、ああ……テテュスも初めて見たぞ。いや、この場合人ではなくスライムだが……そもそもスライムというのも信じ難いがな……」
仕方ないなあ。本当にスライムだと示すため、一度義体を空間庫にしまってスライムだけの姿になる。
骨と皮膚を擬態で再構築、服も擬態で創り出す。髪の毛や目鼻も整えて、久しぶりに完全擬態化を使い人の姿をとってみる。
といってもモデルはヴァルキリーで、いつもと違って翼がないだけなのだが。
「ほれ、見ての通りスライムじゃろう? スライムのままでも喋れるがの、普段から人の姿をとっておるのでこっちのほうが落ち着くのじゃ」
「た、確かにスライムだな……疑って悪かった。ではもう一つ、ヌシらが魔力線と呼んでおる感応線についてだったな。風の――アネモイは、無意識かつ無差別に使っていたそうだが、それこそ意味がわからぬ」
テテュスは深い溜め息をついて、アネモイを見ながら口を開いた。
「大樹によって生み出された我々が、唯一大樹と対話する手段ではないか」
そこから紡がれた言葉に、私は完全に言葉を失った。
テテュスが言う大樹、すなわち世界樹は、一つの巨大な魔石生命体だという。
元々は一本だったらしい世界樹は、体を五つに分けてその中心に力を送り込むことで、様々な生命体を作り出したそうだ。
その結果最初に生まれた知的生命体が、古竜と呼ばれる存在だった。
だが五つの世界樹の中心地は種の誕生と絶滅がいくつも繰り返される不安定な地で、ドラゴンたちは世界樹の声に従い四方に散り、山奥・火山・洞窟・海へと住処を移したという。
しかし移住した地で新たに生まれた竜種は原種ほどの力も知能もなかったが、繁殖力だけは原種より高く、どんどん数を増やしていったそうだ。
そして増加した新種に原種が襲われ力を奪われる事態が相次ぎ、今では古竜と呼ばれる原初の竜は三体しか残っていないという。
さらにテテュスは続けた。
原初の竜である古竜もまた、魔石生命体である、と。
「魔石生命体同士の会話は、言葉などいらぬ。こうして感応線をつなげるだけで伝えたいことは伝わり、知りたいことは知ることが出来るのだからな。それにヌシも魔石生命体の一種であろう? 知能を持ったスライムなど前代未聞だがな」
「で、ではゴーレムも魔石生命体だと?」
ぶぞーととーごーを出し、テテュスに見せてみる。
だがテテュスは二体のゴーレムに魔力線を伸ばしたあと、すぐに繋がりを切って首を横に振った。
「いいや、これはただの記憶装置だな。記憶を読むことが出来る、ただそれだけだ。ヌシとヌシの中にある者のように、意思を持ってテテュスと会話が成り立つ存在ではない」
私と……キューちゃん? やっぱりキューちゃんには意志とか人格がある?
「とはいえ今となっては、大樹も会話が可能な存在ではなくなってしまったがな。あれは今や、何百億という意識の集合体だ。元の大樹の意識がどこにあるのか、テテュスも探すことはできぬ」
「意識の、集合体……アネモイに伸びた大量の魔力線とは、そういう事じゃったか……」
そう言えばアネモイに伸びる魔力線は切断するようキューちゃんにお願いしてあったはずだ。
それなのに繋がっちゃった?
―――マスター・ナナへの防御を優先した結果、防御可能限界を超えていました。
あー、そう言うことだったか。キューちゃん人格があるんだったら、もっと早く教えてくれてもいいじゃないか。哀しいなあ。
――善処します。
その後はアネモイと一緒にテテュスが感応線と呼ぶ能力の接続と切断、そして防御方法について話を聞いた。
テテュスがアネモイに伸ばした感応線が防御されたので、扱いを知っているだろうと言われたアネモイだったが、防御はキューちゃんが自動でやったというと納得していた。
私のはキューちゃんに前もってつなぐよう言ってあったからね。
「これでアネモイも世界樹に行けるのう。ところでなぜテテュスは詳しく知っていたのに、アネモイは何も知らぬのじゃ? 同じ原初の竜じゃろう?」
「そう言えばテテュスや他の原初の竜は、大樹の声に従い生息範囲を広げることにしたが、アネモイは大樹の声が聞こえた後に発生した個体であったな。最後の原初の竜であったゆえに大樹の声を知らぬとは、皮肉なものだ」
竜は、発生するのか。誕生ではなく。魔石生命体ねえ……。
そう言えばと過去を思い出し語りだしたアネモイによると、同種から感応線の使い方を教わっていた途中で、自分を除いた原初の竜が全て殺されてしまい、中途半端に教わっていたことを思い出したそうだ。
原初の竜を殺した竜達だったが原初の竜と相打ちになり、アネモイは全ての竜の遺体を食べ力を増すことで生き延びたらしい。
そうして他の古竜の力も吸収した結果、アネモイはろくな戦闘を経験しないまま体と魔力が急成長し、襲われることが無くなったという。
強いくせにヘタレでポンコツの理由がようやくわかった気がする。
また、アネモイとテテュスの出会いだが、アネモイが飛行中に火の古竜と遭遇し、危ないところを助けたのがテテュスだったそうだ。
テテュスにとって火の古竜は敵であり、共闘できれば勝てるとふんで助けたは良いが、アネモイがまともに戦えずにまんまと火の古竜に逃げられたと悔しそうに教えてくれた。
とりあえずここまででわかったことをまとめよう。
世界樹が魔石生命体で意思があることがわかった。
だが今は何百億という意識に飲まれ、会話ができないらしい。
異界の作り方がわかった。
これでアトリオン世界樹が、どうやって異界を造り維持しているのかが予想できた。
魔力さえあれば異界化の魔術として発動する以上、術式が書ける。
恐らくアトリオンの世界樹を動力に見立てた、巨大な魔道具にしているのだろう。
そして感応線と呼ばれる魔力線。
テテュスから教わることで、私も声に出さずにアネモイやテテュスと会話が可能になった。
というか日頃からキューちゃんやゴーレムと声に出さない会話をしてたから、ほとんど同じようなことは元々出来ていたんだけどね。
最後に竜について。
残念ながら人の発生についてはテテュスもよく知らないということだったが、古竜はこの世界に初めて発生した知的生命体であり、世界樹と同じ魔石生命体だ。
魔石が見当たらないと思っていたが、全身が密度の薄い魔石のようなものだった。
そしてテテュスによると上位の竜は長く生きるか、古竜を食べることで力をつけて、古竜と同格の存在に進化するという。
「そう言えばここに来るまで上位の海竜に攻撃を受けてのう、倒してしまったのじゃ。北東の孤島にある世界樹の近くなのじゃが、あれも上位竜にしては相当強い力を持っておったのう」
「ああ、以前テテュスに挑んで逃げた子だな。大樹の花が咲く頃を見計らって移動し、近くで傷を癒やしていたのだろう。アネモイを狙ったのだろうけど、問題ないどころか、むしろ礼を言いたい気分だ」
「……ん? アネモイを狙ったじゃと? ……まさかとは思うが、竜は互いの位置を把握できるのかのう?」
おかしいな、アネモイは一言もそんな事言ってないぞ。
「ヌシらが上位竜と呼ぶほどの存在なら、ある程度近付けば感知できるぞ。上位竜でも若く力の弱い竜はテテュスに合わないよう逃げたり、貢物を持ってきて守って貰おうとする者もいるのだがな。あの子もあと千年くらい生きて魔素を体に蓄えられれば、テテュスと同じ存在になれただろうに。若い子は我慢が足りんな」
「ほほう? では上位の海竜も火竜も、アネモイの存在を知った上で襲いかかってきたのじゃな?」
アネモイを見ると……あ、逃げた。
しまった追いかけようにも、今の私は義体ではなくスライムで作ったハリボテヴァルキリーだ。義体ほどの力は出ない。
あ、でも中身ほとんどスライムだから自由度高いわ。
キューちゃん喉にバブルブレス生成器官を再構築だ。
「んぱっ!」
「ふぎゃっ!」
私の口から出た二十体を超すミニスライムが散弾のように飛び、そのままアネモイを巻き込んで洞窟の壁に叩きつけた。
私はゆっくりとアネモイに近付きながら擬態を解き、本物のヴァルキリーに換装する。
「アーネーモーイーー」
「ひっ! ナナ、目が笑ってないわ!! いやああああ!!」
竜型ならゲンコツするところだが、人型にはちょっと気が引ける。
だからツノをつかんで振り回すくらいにしておいてやろう。
「いーーーやーーー!!」
あれ、ダグとアルトが背中向けたけどどうしたんだろう。
「ねえ姉御、アネモイパンツ履いてないけどどうしたのかな?」
「は?」
「え?」
手が滑ってアネモイはくるくる回りながら飛んでいった。顔から地面に落ちてめくれ上がったアネモイのスカートの中は、リオの言う通り本来隠すべき場所を覆うはずの布が無く、丸見えだった。
「うわあああああん! キューちゃんのばかあああああ!!」
起き上がりスカートを押さえながら何故かキューちゃんを責めているアネモイを放置し、何も見なかったことにしてテテュスのところへ戻る。
「仲が良いのだな。古竜と対等な関係を結ぶスライムか。テテュスもヌシに興味が出てきたぞ」
「おぬしまで付いて来たいと言うのではなかろうな……」
「テテュスは庇護下にある若い竜を守る役目もあるからな、そう好きには動けん。だがヌシの国に遊びに行く程度なら良いだろう? 場所と転移魔術はヌシの記憶から読み取ってある」
ま、いっか……。
「頼むから騒ぎだけは起こさんでくれよ……」
その後はテテュスにもう一つの世界樹について聞くと、プディングの南にもう一つ大陸があり、そこに世界樹があると教えてくれた。
やはり陸地があったか。それにしても大陸とは想定外だ。
陸上の地形はわからないけど大陸の形はわかると言うので、私の作った地図に書き込んでもらう。
「では次に向かうのはここじゃの。テテュスよ、有意義な情報ありがとうなのじゃ」
「構わぬ。今後も良き友として頼んだぞ」
またとんでもない友達ができたような。
断るのも無粋だしテテュスが右手を伸ばしてきているから、私もその手を握り返し握手をした。
そこにこれまで黙って話を聞いていたアルトが近寄ってきて、私に顔を近付けた。
「ナナさん、先程リューンから通信が入りました。プロセニアが降伏に応じるとのことです」
「なんじゃと?」
意外というか何というか、ついでに光天教神殿ぶち壊してこようとか思ってたのに、あてが外れたよ?
しかしそうなるとちょっと忙しくなりそうだから、五本目の世界樹確認は後回しだな。
ちょうど地図もほぼ完成したし、プディング魔王国に帰ろうか。
世界地図
イルム大陸
イルム大陸(ナナ移動ルート付き)




