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英雄とスライム  作者: ソマリ
世界樹編
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4章 第17話N キューちゃんは変な事を教えすぎなのじゃ

 砂浜で魔狼ゴーレムから降りて待ち受けるダグ・アルト・リオ・セレスの前に、海竜がのそのそと近付いてくるのを、少し離れた森と砂浜の境から眺める。

 全員既に身体強化術を発動し、臨戦態勢だ。


 海竜はアネモイより一回り小さいが、以前風竜山脈で金ボッチを助けた際に倒した風の上位竜より少し大きいかな。

 ブレスを吐くことなくダグ達を睨みつけながら近寄って行った海竜だが、あと10メートル位という辺りで立ち止まると大きく息を吸い込み、口を開けようとした。


『ドゴンッ!』


 その海竜の顎をリオが思いっきり蹴り上げた鈍い音が、こっちまではっきりと聞こえてきた。

 今のは海竜が周囲の魔素を乱す叫びをあげようとして、瞬時に間合いを詰めたリオがそれを阻止した形だな。


「おうコラ、今のはさっきてめえが吐いたブレスの分だ。空飛ぶでけえカメ、俺達はあれに乗ってたんだよ。話、通じんだろ?」

「GUAAAAAA!!」


 返事代わりの海竜の普通の叫びと同時に、海面からいくつもの水の槍が放たれて四人へ襲いかかった。

 リオとダグはそれを軽々と避け、アルトとセレスは空間障壁で全て防いでいる。

 今の叫びにリオが反応しなかったところを見ると、どうやら魔素の動きを視ているようだ。

 ブレスや魔素を乱す叫びの時は、喉元から口にかけてわずかに魔素が揺らいで見えるんだよね。

 私でも集中して視ていないとわからない。リオ……恐ろしい子。

 そういえば私の転移もリオにはバレバレだものね。


「どうやら話が通じないのではなく、話す気が無さそうですね。一応言っておきますが会話で済むのであれば、僕達は討つ理由が無い相手とは無理に戦うつもりはありません。話し合いに応じるかこの場から立ち去らなければ、僕達は貴方を倒します」


 おや、問答無用で倒すのかと思ったけど……なんか嬉しいな。

 私が戦うことになったなら風の上級竜と同様、まず話し合いをするつもりだったけれど、それは私の流儀であって皆に押し付ける気は無く、特に指示したわけでもない。

 全員同じ意見らしく、アルトを睨みつけている海竜の出方を伺っているようだ。

 今のうちに魔狼ゴーレムのお腹に張り付いてるミニスライム達を、こっそり海に移動させよう。


 にらみ合いが続く中、波打ち際へとミニスライム達を移動させていたが……あれ。海が、遠くなっていくよ?

 何だか海に混じる魔素が、岸から海水を遠ざけているような感じだ。

 早く海に入らないと、見つかって……あ。リオに見られた。


「ダグ!」

「ああっ!? てめえコソコソと舐めたマネしてんじゃねえええ!!」


 リオの声でダグ達も私のミニスライムを見て、海竜へと攻撃を開始した。

 あれ? コソコソしてた私を怒ったわけじゃない?


「GUAAAAAA!!」


 ダグが空を駆け海竜の顔面に殴りかかり、アルトとセレスは雷撃や岩の槍、光の矢や光線を放ち、リオは空中で足を止め海竜の観察に集中しているようだ。

 海竜は空中に作り出した氷の槍や水の刃で応戦しつつ、ダグの攻撃を首を上げて避け、そのまま振り下ろすようにしてダグを叩き落とした。

 その隙に海竜はまた喉に魔素を集め始めたが、すぐさま飛び込んできたリオに横っ面を蹴られて魔素を散らした。


 リオはダグが体制立て直し戻るまでの間は主攻を勤め、ダグが戻るとまた少し下がり、様子をうかがっている。

 たまにダグに声を掛けると、ダグは海竜の口や顎辺りにきつい一撃を入れている。

 リオはブレスや魔素を乱す叫びを封じるために集中しているようだね。


 アルトは首の付け根に魔術の集中砲火を浴びせ、セレスは空間障壁でアルトを守り攻撃に集中させている。

 セレスは自分の攻撃では海竜の鱗を傷つけられないと気付くと、すぐにアルトの援護に回ったようだ。


 なかなかいい連携が取れているじゃないか。


 問題は、コソコソするのを止めて堂々と海に飛び込ませたミニスライム達が、ものすごい勢いで沖に流されていることぐらいかな。


 魔力視で見てみるとどうやら海竜が海水を操っているようで、沖の方で海水がどんどん盛り上がっている。リオが気付いてダグが怒ったのはこのせいだね。

 ていうかこれ、ダメな奴だ。

 ミニスライム達を海上へ飛び立たせ、以前ドラゴンから奪った器官の一つを内部で再構築させる。

 そして盛り上がる海面に沿って一列に配置し、足場として特に頑丈に作った空間障壁を展開、それに乗せてスライム体の中に大量の空気を取り込む。


『『『『くわっ!!』』』』


 ミニスライムの魔素を乱す叫びが響くと、盛り上がっていた水面が重力に従って落ちていった。

 落ちた海水は大波となり、ダグ達が戦っている砂浜、つまり私達の方へ向かって押し寄せてきた。


「ねえナナ、何だか大きな波がこっちに向かってきているわよ?」

「あれはのう、アネモイ。ただの波ではなくて、津波というものじゃ。ダグがすっぽり浸かるくらいの高さのようじゃがここまでは届かぬし、あの程度なら海竜が泳げるほどの深さもあるまい」


 ほっといたら一体どれだけ大きな津波を起こされたのか、考えたくもない。

 砂浜ではアルトとセレスも空中へと移動済みだし、問題はない。


 むしろ問題は私のスライム達だ。魔素を乱す叫びを全力でぶちかましたせいで、念入りに作ったはずの足場が壊れ、四体とも津波に流されてこっちに向かってきている。

 もう少し浜に近づかないと、乱れた魔素の影響範囲から出られない。

 いっそここまで戻して回収してしまおうかな、もうリオたちにバレてるし。


「GUAAAAAA!!」


 ダグ達に視線を戻すと、順調に海竜にダメージを与えていた。だが全員無傷とはいえず、ダグもリオも前足のヒレで殴られたり頭突きを受けたり、回避しきれなかった水の刃や氷の槍を食らったりしている。

 アルトとセレスも障壁を貫通してくるほどの魔術を受け、あちこち傷だらけだ。


 そこに海竜が作り出そうとしていた大波が押し寄せ、空中で戦っている四人の下を、海水がさらって行く。私のいる高台近くまで波が迫り、水しぶきが散った。


「GUAAAAAA!!」

『バシャアアアアッ!』


 リオの浴びせ蹴りを額に、ダグの振り下ろしの拳を鼻先に同時に受けた海竜が、その頭を豪快に海面へと叩きつけ大量の海水を巻き上げた。


 ダグがニヤリと、勝利を確信したような笑みを浮かべた瞬間だった。

 周囲に散った海水が空中で動きを止め、大量の水弾に姿を変えて四人へと殺到した。


「ぐううっ!」

「きゃああああ!!」


 悲鳴はとっさにリオを庇ったダグと、アルトに庇われたセレスのものだった。

 ダグは急所を完全に守りきったようだが酷い傷を受けて体中に小さな穴が空いており、アルトも同様に決して浅くはない傷を負っている。

 ダグに庇われたリオは無傷ではないものの明らかにやせ我慢で、セレスに至っては戦闘継続が厳しい傷だ。

 これはアルトが庇いきれなかったのではなく、アルトがセレスの急所を確実に守ったからこそ、あの程度で済んでいるのだ。


「……セレス君、ダグ……まだやれますね?」

「はぁ、はぁ……まだ、やれますよ~……」

「くっ……ああ? 誰に向かって言ってんだてめえ……ちくしょうが! 舐めんじゃ、ねええ!!」


 ダグの身体強化術が、更に強化の倍率を上げていく。

 そこに海竜がゆっくりと水面から顔を持ち上げ、ニヤリと口の端を上げた。


 その余裕が、命取りだよ。


「リオ!」

「うん!」


 ダグの合図で前に出たリオが、海竜の鼻先に拳の連打を入れる。軽く素早い攻撃だが拳には風の魔素を纏わせており、海竜の鼻をズタズタに切り裂いている。


「GUAAAAAA!!」


 たまらず下がろうとした海竜だが、アルトとセレスによって手足を砂に埋められ下がることが出来ず、バランスを崩して尻餅をついた。

 追い打ちとばかりにリオの蹴りが海竜の顎を蹴り上げ、無防備に喉元を大きく晒した。


「うおらあああああああ!!」

『ドゴオオオンッ!!』


 前衛をリオに任せて魔素を集めていたダグの左腕が炎に包まれ、渾身の左ストレートが海竜の喉に突き刺さった。


 喉を包み込んだ爆炎が海竜の顔面にまで届き、バックステップで距離をとったダグが再度左拳を振り上げる。


「うおらあああああああ!!」

『ドゴオオオンッ!!』


 次の一撃は海竜の首の付け根へと見舞われ、力を失った頭部がゆっくりと海面へ落ちていった。




「……白い方が勝つわ」

「アネモイ、あまりキューちゃんから変なものを聞くでない……。それと、決着がついてから言うセリフではないのじゃ」


 海中に潜んでいたミニスライム達を飛び立たせ、質量を増やして四人それぞれを包みこむ。

 スライム達で四人の穴の空いた体の再生を行いつつ、私は水の魔素を操って海水を砂浜から押し返す。

 砂浜に高さ1メートル位の水の壁が出来てしまったが、すぐに波も引くだろう。


 高台から降りスライムに包まれ微妙な顔をしたダグと、嬉しそうなリオ、そして恍惚の表情を浮かべるアルトとセレスの元へと向かう。


「ちっ、なんだかんだ言っても、てめえが一番過保護なんだよ、ナナ」

「あはは、ホントだね!」

「何じゃ、わしは直接手を出しておらぬぞ?」


 心外だなあ。


「海の方でナナさんの、というかスライムの叫びが聞こえましたよ? それが無ければもっと大きな波が押し寄せ、僕達は海中にいる海竜と戦わなければいけなくなったのではないでしょうか」

「そうなったら、勝ち目は薄かったかもしれないわね~。何とか海水を操ろうとしたけど、海竜の魔力に押し負けてたのよ~」

「じゃがそれでも勝利したのはみなの実力じゃよ。よくやったのじゃ」


 治療を終えてついでに服やコートの穴も補修し、ひと仕事終えたスライム達をミニ化させて四人の頭上に乗せる。

 そのまま頭を撫でるようにふよふよと動かすと、ダグは何か照れたようにぷいっとそっぽを向いてしまった。


「それと、海竜の慢心じゃの。水飛沫の水弾を使った後にそのまま攻撃を畳み掛けておったなら、結果は別のものじゃったろうのう」


 薄っすらと開けた目でこちらを睨む、瀕死の海竜の目を見て話す。喉近くの皮膚は焦げ、首の付根はかろうじて繋がっているだけに過ぎない海竜は、私を睨みながらゆっくりと口を開けた。


「エサ、ゴトキニ……ホンキナド、ダセル……モノカ……」

「人を餌としか見れぬのが、おぬしの敗因じゃ。ところで隣の島に人が住んでおったような廃墟が見えたのじゃが、おぬし何か知らんかのう?」

「ゼンブナガシテ、クロウテヤッタ……クウタメニ、コロス。ナニガワルイ……」


 隣の島の海沿いにあった廃墟、大半が不自然な更地だったんだよね。それこそ波にさらわれたような……やはりこいつが犯人か。


「生きるため、食うために殺すことを否定はせぬ。じゃがわしは人側の存在じゃからのう、人に害を及ぼすなら排除する。そして……おぬしはわしが食ろうてやるでの、安心して逝くがよい」


 スライム体を放出し、海竜を包み込む。驚いた目をした海竜だったがすぐに自分の運命を理解したのか、静かに目を閉じた。


 海竜の吸収を済ませて少ししんみりしていると、何者かに後ろから体をひょいっと持ち上げられ、私の足の間からぬっと見覚えのある緑の髪とツノが出てきた。


「のうアネモイ、何故わしは突然肩車をされておるのじゃ」

「それはね、ナナ。私にだけスライムを乗せてくれないから、仲間外れみたいで頭が寂し――ああ、ツノはだめ、ツノはだめなのおおおお!」


 両手でアネモイのツノを掴み、左右に広げたり内側に押し込んだりしたのち前後にガクガクと振る。

 弱点を私の目の前に晒して何がしたいのだこのポンコツは。


 しんみりした気分が吹き飛んだよ。全くもう。

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