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英雄とスライム  作者: ソマリ
世界樹編
162/231

4章 第15話N わからないことだらけなのじゃ

 世界樹の枝を吸収し終えたキューによると、それは間違いなく魔石と同一の物だという。


 あれが丸ごと巨大な魔石だとでもいうのだろうか。


 私やゴーレムの魔石同様に何らかの記憶が蓄えられていて、アネモイはそれを読もうとしてしまったということか。

 それにしても数千という魔力線の数は尋常じゃなかった。


 魔素を放出する世界樹。


 魔素の濃い地域で変異し強化されていく生物。


 魔物や人々の体内にある魔石。


 それに私自身、魔石に宿る存在だ。


 未だに納得できていない部分も少なくない。


 そもそも魔素とは何だ。


 魔術に必要不可欠な存在で、しかも技術や能力も魔素として存在している。


 だが私やゴーレムのような魔石にインストールできる技術や能力の魔素量に限界があるが、人などの生命体となると現在のところ限界は見つかっていない。


 ……いや、違うな。


 アネモイは以前、逆だと言っていた。


 魔素が現象を引き起こすのではなく、現象に対して魔素が集まり色を変える。

 だとすればそもそも技能や能力の魔素ではなく、技能や能力に魔素がくっついている?

 私やゴーレムは、その技能や能力にくっついている魔素を複製し、代用しているだけに過ぎない?

 人や生物に関しては、魔素の濃度が上がると能力についている魔素が増え、それに引っ張られるように本来の能力も上がる?


 ……そう考えれば、いろいろと辻褄が合う、か。



 そして……アネモイ。

 体全体が魔素で作られていると言っていたな。……そのアネモイには、魔石はあるのだろうか。


「あれ? 久しぶりだね、姉御がその仮面つけるの!」

「うむ、少々気になることがあってのう。……お、ダグもアルトも魔石のサイズが成長しておるのう。リオとセレスも大きくなっておるが、まだアルト達には及ばぬのう」

「うふふ、空間庫の容量が増えたから、そうじゃないかと思ってたわ~」

「えへへー。でもいつか追い越してやるんだ!」


 魔石視の仮面をつけ四人を視ると、頬に手を当て嬉しそうにしているセレスと、ダグに拳を向けて挑発しているリオの魔石は、いつの間にか7センチ近くまで大きくなっていた。アルトとダグも8センチ近くまで成長していた。

 私が魔力線を繋いでいるせいなのだろうけど、よくもまあ順調に成長……ん?


 何か引っかかるな。


 ……とりあえず、アネモイの魔石を先に見てしまおう。なんて思って横になっているアネモイへと顔を向けると……薄っすらと体の輪郭が見えるだけで、体内にあるはずの魔石が見当たらなかった。


「アネモイには、魔石が無いというのか……いや、これはおかしいのじゃ……『魔石しか視えない』はずの仮面を通して、なぜアネモイの……輪郭が、視えておるのじゃ……」


 またわからないことが増えてしまった。


 だが魔石のことにしても世界樹のことにしても、知らなくてはいけないことなのか、それとも知らなくてもいいことなのか。

 世界樹って一本じゃなかったんだ、へー。で済まして良い問題じゃない気がするのだが、その具体的な理由が思いつかない。

 その時私の顔を覗き込む人影があった。


「ナナさん、また一人で考えていますね?」

「アルトか……すまんのう、わしの悪い癖じゃ」


 アルトに声をかけられて気がついた。また私は一人でやろうとしていたよ。


「世界樹はこの世界に、少なくとも三本あるようじゃ。そしてアトリオンの世界樹が出しておる魔素は、この世界樹の半分以下じゃ。もしアトリオンの世界樹がここと同量の魔素を湧出したら、恐らくアトリオン周辺の生物が変異するじゃろう。魔物は当然……人も、じゃ」

「アトリオンの世界樹って~、異界を維持しているのよね~? そのせいなのかしら~?」

「もし異界の維持機能が失われたら、周辺に住む人の方が駆逐される可能性が高いですね。……ここで考えていても答えは出ないでしょう。アネモイさんが目を覚ましたら、もう一本の世界樹も見に行きませんか? そちらの魔素湧出量を確かめてみましょう」


 セレスとアルトの言う通り異界維持機能が失われ、もしここの世界樹と同じくらいの魔素を放出し始めたら危険だ。

 だがアルトの言う通り、これが世界樹の本来の力とは限らない。


「そうじゃの……ではひとまず東へと移動するのじゃ。上空から見たらこの北は海で、東にまだまだ雪原が続いておる。アネモイが目を覚ますまで、地図作りの続きじゃ」


 魔石視の仮面を空間庫にしまってわっしーに指示を出し、東の空へ向けて飛び立たせる。わっしーの中から後ろに見える世界樹を眺めていると、真っ白な雪原に一本だけ生えた世界樹の存在が、どことなく淋しげに見えた。


「この世界樹のてっぺんにも登ってみたかったのじゃがのう、きっといい景色なんじゃろうのう……そのうち転移で来て登るとするかの」

「そんときゃナナ、一人で来るんじゃねえぞ。俺たちにも声かけろよコラ」


 過保護だなあ、もう。


 そして世界樹から飛び立ってから半日が過ぎた頃、ようやくアネモイが目を覚ました。

 しかし本人は、何が起こったのか全く覚えていなかった。


 このポンコツめ。


 とりあえずアネモイの言う三本目の世界樹は、風竜山脈から南南東へおよそ四時間半ほど飛んだ辺りらしい。

 アネモイは風竜山脈から北の世界樹まで最高速度で飛んだ場合、ニ時間ちょっとで着くそうだ。


 直線距離にして八千キロメートルなので、だいたいマッハ3……って地球の戦闘機並じゃないか、改めて聞くとポンコツのくせに桁外れだな。


 そしてもう一本の世界樹への距離を計算すると、だいたい一万六千キロメートル。

 わっしーの移動距離は休憩込みで一日約六千キロメートル。ここからまっすぐ飛べばおよそ四日だが、ここまで来たなら今のように地図作りの寄り道もしておきたい。

 今できることは今のうちにやっておこう。



 地図作成のため東に二日半ほど行くと、上空からイルム大陸の北東端が見えてきた。

 地球で言うユーラシア大陸と同様に東の海に向けて徐々に細くなっていくような地形で、周囲を海に囲まれている。

 今度は陸地沿いに西南西へとわっしーを飛ばし雪原を抜けた辺りで、一旦地上に降りて休憩とする。

 ついでにここなら凍る心配もないため、みんなが倒してきてくれた魔物の吸収を済ませておこうと思う。


 白いフレスベルグからは異界で会ったフレスベルグより一回り大きい、7センチ級の魔石が手に入った。羽根の魔力増幅能力も、完全に上位互換だ。

 他のトドや氷の塊で覆われた狼や虎にミミズのような魔物は、概ね8センチ級の魔石だった。


「それにしても……この辺りの魔物もなかなか強い個体がおるのう、異界でもここまで酷くなかったと思うのじゃが」


 異界にいたワニガメで下位竜より少し上、ヒュドラと銀猿ボスで中位竜より少し下くらいの強さで、雪原の世界樹周辺の魔物と同様8センチ級の魔石だ。

 そして雪原の世界樹周辺ほどではないが、この辺りもそれに匹敵する個体がちらほら見える。

 道中の雪原にいたサイとマンモスをかけ合わせたような巨大な生物はそれほど強くなかったが、この周辺には異様に大きな角を持つ猫科っぽい魔獣や、下位竜ほども大きなライオンの頭をした熊のような魔獣とか、巨大なアルマジロっぽい魔獣がこの辺りでは幅を利かせているようで、どれも8センチ級魔石の魔物並の戦力値だ。

 それを話したらダグとリオが狩りに行こうとしたが、私の魔物吸収も終わっているので止めといた。


 特に目ぼしい能力も無さそうだしね。


 雪原の世界樹周辺にいた魔物からも、スライムで擬態して使えるようになった能力は、冷たいブレスを吐く能力と、全身を氷で覆う能力程度なのだ。

 しかも使い方を間違えると自分が凍りそうだ。



 全員の食事休憩を終え、出発前に感覚を上空に飛ばして地図を作っていると、南の海に並ぶ三つの島が見えた。


 イルム大陸を西に大きくえぐるような地形の海に浮かぶ、大陸側に最も近い島には人が住んでいるような集落が二箇所と、間の島には東の海沿いに廃墟らしき人の営みの痕跡が見られる。

 集落は細長い島の南端と、大陸側の河口に近いところに一つずつ。

 廃墟は高台に建物が僅かに残るだけの、不自然な更地。


 問題は、最も東にある大きめの島だ。広さはプディング魔王国の領土と同じか、少し広い程度。


 その島に、予想すらしていなかったものの存在を確認した。


 見間違い……では、無いな。


 ここからではまだだいぶ距離があるが、あんな巨大なもの見間違うはずがない。


「アネモイ。念の為確認しておくが、おぬしの知る世界樹はもっとずっと南で間違いないのう?」

「そうよ、ナナ。えーと……キューちゃんによると、ミナミハンキュウの方? らしいわね」

「位置にして、風流山脈からほぼ真東。ここから南南東の島に――」


 一旦言葉を切って深く息を吐き気持ちを落ち着け、ゆっくりと口を開いた。


「四本目の、世界樹じゃ」


 私の言葉に、アルトとセレスの表情が驚きに変わった。他の三人はぽかんとしており、何が問題なのかわかっていないようだ。


 地図と照らし合わせるて世界樹の位置を線で結ぶと、雪原の世界樹を頂点としたアトリオンの世界樹と島の世界樹で、綺麗な二等辺三角形を作り出している。

 南にあるという世界樹も含めると、南とアトリオンの世界樹を底辺とした台形になりそうだ。

 このことを地図を見せながらみんなに伝えると、アルトが苦い顔をしながらブランシェ南方の空白地帯を静かに指さした。


「もし……もし、ですが……ここに五本目の世界樹があれば、五角形……いや、五芒星の配置になりますね。そうなると、その中心は――」

「ローマン帝国の帝都……ロシュフォール、じゃな……」


 何だ、これは。


 誰かが世界樹を意図的に配置したのか?


 それとも中心に帝国が都市を作ったのか?


 だが帝国領内の魔素濃度について、異常があるという報告も聞いていない。

 世界樹から天に昇った魔素は、空中から世界中に散っている。

 そうなると帝都周辺は全ての世界樹から降り注ぐ魔素を受け、結構な魔素濃度だったとしてもおかしくないのだ。


 そもそも、帝国はこれらの世界樹の存在を知っていたのか?


 何か問題があるわけではない。


 だけど……何か、引っかかる。


 上手く説明できないけど、何というか……気持ち悪い。


 それに世界樹が五本もあり、うち四本が雪原の世界樹と同量の魔素を湧出させていたのなら、世界にはもっと魔素が溢れていてもおかしくない。


 その魔素は、どこに消えた?


「帝国の領内に派遣する部下の数を増やします。それと調査スライムのふーすけも、今の倍の数を放とうと思います。よろしいですね、ナナさん?」

「うむ……何もなければ、良いのじゃがのう……」


 プロセニアと帝国に繋がりがあるのもわかっているし、帝国と皇国は現在敵対関係だ。

 それでも帝国がこちらに直接敵対の意思を見せない限り、関係無いと思っていたけれど……


 嫌な予感が、頭から離れない。

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