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英雄とスライム  作者: ソマリ
世界樹編
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4章 第14話N 世界樹とは何なのじゃ

「ねえナナ、私はあれが世界樹という名前だと知らなかったの。さっきキューちゃんから聞いて知ったばかりなのだから、私は何も悪くないわ。だからお願い、コートを……返して……」


 着用者の周囲に薄い空気の層を作って外気を遮断する、温度調節機能付きの白いコート。

 私が作って側近のみんなに着せているもので、今私の手にはさっきまでアネモイが着ていたコートが握られている。


「アネモイは自力でも何とか出来るじゃろうが、トカゲと違って変温動物でもあるまいし」

「できるけど……私だけコート無しだなんて、心が……寒いわ……」


 私に縋り付き涙目でプルプル震える姿が、どう見ても竜ではなく犬だ。しかも小型犬。威厳もへったくれもない世界最強生物に、仕方なくコートを渡してやる。

 そもそも軽い八つ当たりなので、あまり引っ張るつもりはない。


 そこにわっしーの奥で魔導通信機を使っていたアルトが近付いてきた。


「先ほどティニオンの宰相に確認しましたが、少なくとも五百年ほど前に花が咲いた記録は無いとのことです。ただしフォルカヌスの宰相によると、五百年ほど前と二十年ほど前は魔物が多く発生し、各地で少なくない被害が出た記録が残っているそうです」

「ご苦労なのじゃ。それで……リオとダグは何をしておるのじゃ」


 世界樹を目前にして、魔狼型ゴーレムの乗ってわっしーから飛び出そうとして二人に声をかけると、揃って満面の笑みで振り向いた。


「ナナが世界樹を調べてる間に、その辺の魔物を狩ってくるぜ」

「姉御、お土産たくさん持ってくるね!」

「じゃあ今日はわたしがナナちゃんに付いてるわ~」


 後ろから抱きついてきたセレスの胸の感触に気を取られた隙に、ダグとリオはさっさと外に飛び出してしまった。

 今の二人なら上位竜とも五角以上に戦えるけど、無茶しなければいいなあ。


 見ると二人は世界樹へと向かっていき、世界樹の枝々から飛び出してきた巨大な鳥型魔物の一団と早速戦闘を始めた。

 フレスベルグを大きくして真っ白にしたような鳥型魔物だが、二人には余裕の相手なので任せておこう。



 雪原に入ってからは吹雪と厚い雲のせいで、上空に感覚転移しても何も見えなかったから確認していなかったが、吹雪を越えた今なら見えるだろう。感覚を空高く飛ばし、俯瞰視点で周辺を確認する。

 雲で見えないところも少なくないが、世界樹があるのはこの大陸の北の外れ、北緯にして七十度辺りだろうか。地球で言うところの北極圏だな。


 魔力視で見てみると、世界樹から天に昇った魔素は大気圏にまで達し、そこから世界中に散っているようだ。

 しかし昇りきれずにこぼれ落ちた魔素も多く、それがこの周辺の魔素が濃い理由だろう。



 世界樹の根本付近にわっしーを降ろし、そこからはぱんたろーに乗って外に出ることにする。

 今は自前で飛べるけど、ぱんたろーが居た方が戦力にもなるからね。

 しかし飛び立とうとしたその瞬間。


「んなっ!?」


 突然後ろから何者かに胸を揉まれて飛び上がってしまった。


「ナナちゃ~ん、その小さな体で外に出るつもりかしら~?」

「だ、だからといっていきなり何をするんじゃセレス! 口で注意せぬか……全くもう。……せっかくの世界樹、ヒルダとノーラにも見せたいのじゃ。それにアルトとセレスが一緒じゃからの、心配も無いわ」


 キューによると周辺にいる魔物は、最大で上位竜並の戦力値十二万程度がせいぜいで、アルト・ダグや今のリオなら十分に勝てる。当然、私もだ。

 仕方ないといった顔で自分の魔狼ゴーレムにまたがったセレスに代わり、私の後ろにアネモイがたたっと駆け寄ってしがみついてきた。


「後頭部に乳を押し付けるでない。何をしておるのじゃアネモイ」

「それはね、ナナ。私だけ魔狼ゴーレムを貰っていないからよ?」

「アネモイさ~ん? 私の魔狼ゴーレム貸しますから、場所を替わりませんか~?」


 それは危険すぎるから却下だ。私の貞操が危ない。


「仕方ないのう、しっかり捕まっておれよアネモイ」


 悲しげな顔を向けるセレスを置き去りに、さっさと世界樹を登るとしよう。

 といっても一番低い枝の先に行くだけなんだが、それでも数百メートルは登らないといけない。


「すごいわね、私こんなに近くまで来たのは初めてよ」

「なんじゃ、花が咲いたら見に来ておったのじゃろう?」

「こんなに近付いたら花が全部見えないじゃない。遠くから、それも空から眺めていただけよ」


 それもそうだけど、真下で花吹雪を浴びながら呑む酒も良いんだよなぁ。何て思っていると、突然アネモイが「ひいっ!」と小さく悲鳴を上げて、私を掴んでいる手を離し落下していった。

 慌てて引き返し空中で捕まえると、アネモイは白目を剥いて気絶していた。


「どうしたんですか、ナナさん!」

「わからぬ! 突然アネモイが気を失いおった!!」

「敵……の気配は無いわ~。攻撃されたのではないわね~」


 一体何があった? 前に突然気絶したときは、人型竜のゴーレムと魔力線が繋がって……まさか?

 魔力視の出力を上げる。するとアネモイからキューに伸びる魔力線以外に、何百何千という魔力線が――世界樹へと、繋がっていた。


「ちいっ! これが原因か!!」


 アネモイから伸びる魔力線を全て手刀で断ち切り、一度わっしーへと引き返すことにする。

 このまま連れて行くわけにもいかないし、かといって私がアネモイから離れたら、またアネモイと世界樹の魔力線が繋がったら対処できない。


「ナナさんはセレス君と一緒にわっしーでお待ち下さい、僕が世界樹の枝を取ってきます!」

「うむ、すまぬがわしはアネモイを連れ、世界樹より距離を取る! 頼んだのじゃ、アルト!」


 アルトの案に乗り、わっしーには遠隔で移動するよう指示を出し、私も急いで世界樹から距離を取る。

 ダグとリオが魔物を狩っている辺りなら、世界樹からも数キロ離れているしちょうど良いだろう。




「おうナナ、もう調査終わったのか?」

「少しばかり予期せぬ自体が起こってのう、一時中断じゃ。今はアルトに世界樹の枝を取りに行って貰っておる」


 周辺で倒した魔物を集めていたダグとリオにアネモイが気絶した経緯を伝え、少し遅れて飛んでいるわっしーの到着を待つ間に、周囲にミニスライムを飛ばして魔物の死体を回収することにした。


 ダグとリオによると結構な数の動物型魔物が生息しており、中には全身が氷の塊で覆われた狼や虎に、足下の氷の中を移動して襲ってきたミミズのような魔物もいたそうだ。

 大きなペンギンやダグの五倍近い背丈の熊もいたらしいが、ヒナがいたり仔熊がいたりしたため手を出さず、基本的に襲ってきた相手だけを倒していたそうだ。


 それにしても世界樹から飛んできたフレスベルグの一団が二十羽と、他の魔物が十体。短い間によくもまあ狩ったものだと、ミニスライム達で転移させて集めた魔物を数えていると、想定外の問題が発生した。


「あー……これはいかんのじゃ……全滅、じゃのう……」

「あら? ナナちゃんどうしたのかしら~?」

「うーむ……ミニスライムを使って魔物を回収しとったんじゃが……スライム達が全部凍って、砕けてしもうた……」


 だんだんと動かしにくくなっていく感覚はあったんだけど、まさか凍るとは。私もコートを脱いだら……いや、脱がなくてもこのままの戦闘ですら危険かもしれない。

 どれくらい寒いのか興味はあるが、体感するのは嫌だ。頭に乗せたミニスライム以外からの感覚フィードバックを下げていて良かったよ。


「姉御のスライムって……もしかして、寒いのダメ?」

「ミニスライムだからじゃろうのう、巨大サイズで出しておれば平気じゃろうが、表面が凍るかもしれんの……」


 そういった直後に真っ青な顔をしたリオの手で、到着したわっしーの中に押し込まれてしまった。

 事前に内部に火の魔素を集めて温めておけば何の問題も無いと思うが、ダグにまで睨まれたしセレスも泣きそうな顔だしアネモイも抱えているし、仕方ないのでおとなしくしていよう。

 過保護すぎだろみんな。くすん。



 気を失ったままのアネモイの様子を見つつ待っていると、悲しそうな顔をしたアルトが戻ってきた。

 手には折れた杖と、一本の枝……というか、枝の形をした黒い石に見えるものを持っている。


「只今戻りました。世界樹の枝は回収できたのですが、折った途端に変色しこのような姿に……」

「……やはりそうか。魔石、じゃな?」


 アルトが差し出した黒い枝の形をした石――魔石の塊を受け取り、スライム体で吸収しキューちゃんに解析を任せてアルトを見る。


「恐らく。ナナさんは予想していたのですか?」

「アネモイと世界樹との間に魔力線が繋がったのじゃ。わしやキューちゃん、そして人型竜のゴーレムと同様にの。とはいえ、にわかには信じられんがのう……」

「それと……申し訳ありません、ナナさんから頂いた杖を折ってしまいました」

「杖はあとで新しいのを作ってやるでの、そう気にするでない。むしろ使ってもらおうと作ったのに、使われぬままの方が哀しいのじゃ。ありがとうなのじゃ、アルト」


 アルトは私が作ったものを大切にとっておく癖があるからなあ。


 そのアルトによると世界樹の強度が想像以上に硬く、杖に魔力を通し更に魔素をまとわせた一撃でかろうじて枝先を折ることが出来たが、引き換えに杖が折れてしまったそうだ。


 それにして枝を取ってきてくれたことと杖を使ってくれたことに対して礼を言ったら、ほんの一瞬イケメンが完全に崩れてだらしない顔になったように見えたが、私の気のせいだろうか……。

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