4章 第10話Q? 建国式典だよ
四月に入ると間もなく、魔王城建築予定地に造られた会場にて、プディング魔王国の建国式典が開催された。
式典ではナナは終始ヴァルキリーで過ごす事になっているが、ヒルダとノーラにも見せたいという希望で、ノーマル義体をリオ達側近と一緒に並ばせている。
そのノーマル義体の中に残された俺は、二万人を超える観衆の前で演説を始めようとしている、ナナの後ろ姿を見ていた。
今日のナナはスカートではなく、真っ白なパンツスーツの上にいつもの軍服風コート姿だ。
そのナナの頭の上では、緊張のためかスライムが微妙にぷるぷる震えている。
ナナの姿はビデオゴーレムを使って撮影し、観衆の後ろの方でも見えるよう、魔術で作り出した巨大モニターに映してある。
それが一番の緊張の原因だが、問題ないのはわかっている。
ナナが観衆を見ながら大きく深呼吸をすると、スライムの震えが止まった。
そうそう、始める前は逃げ出したいほど緊張していても、いったん腹をくくってしまえばいつも通りのパフォーマンスを出せるのが、俺の自慢の一つだよ。
がんばれー。
「今日は集まってくれてありがとうなのじゃ。まずはわしのこの姿を知らぬ者も少なくないと思うでの、自己紹介をさせてもらうのじゃ。わしの名はナナ、正体はスライムじゃ。いつも少女の姿で行動しておるが、この体もその少女の体も、わし自身が作り出したゴーレムの体じゃ」
そう言うとナナは振り返り、俺というか、義体に視線を向けてきた。
ナナから挨拶をするよう指示が来ると、キューが操作する義体が一歩前に出て、無表情のまま住民たちに向けて手を振った。
「わしは元人間として一度死に、スライムとして生まれ変わった。じゃが新たな生をくれた恩人を殺されたわしは、ケジメとして恩人を殺した男であるヴァンを殺すため旅に出たのじゃ。そして異界を彷徨い様々な出会いを経て、わしは魔王となった」
そう言ってナナは後ろに並ぶ、リオやアルトら異界時代からの側近を見渡した。
「わしはここにおる者達の力を借り、地上界へ逃げたヴァンを追い打ち倒した。そして異界へと戻ったのち、異界に閉じ込められた者達の全てを、地上界へと移住させることにしたのじゃ」
ナナが言おうとしていることはだいたいわかるからね、ここからで良いだろう。昨夜のうちにこっそりと分けておいた、俺のスライム体の分体を取り付かせたビデオゴーレムを操作する。
ここまでの話が変に広まって、ナナが復讐の女神だなんて呼ばれちゃ困るからね。
さあ、ティニオンとフォルカヌスにも放送開始だ。くすくす。
「わしは魔王ナナじゃ。元々は魔人族の王としての『魔王』ではあったが、魔人族のみならず光人族や亜人種アラクネ族等、異界に住んでおる者全ての王となった。そして世界樹に何かあったら消えてしまうような世界に、わしの国の民をいつまでも住まわせておくわけにはいかんからのう、わしらは安住の地を求めこの地へとたどり着いたのじゃ」
感覚転移を使って、ティニオンとフォルカヌスの各主要都市に建てられた女神教神殿の様子を確認する。そこには聖堂に設置された大型スクリーンに、ナナの姿がデカデカと映し出されている姿が確認できた。声も問題なく届いているようだ。
「更に皆が作り上げたこの都市には、既に野人族・森人族・地人族に様々な亜人種も暮らしておる。皆がいがみ合うことなく暮らしておることに、わしはとても嬉しく思うぞ」
それほとんどアルトとセレスとファビアンの成果だけどね。特に元プロセニア奴隷の、野人族と光人族に対する憎しみは深かったからねえ。
女神教の神殿でナナの素晴らしさを説いたアルトとファビアン、新たに建てた孤児院で保護した子供たちの面倒を見たり、女性たちに孤児院での仕事を斡旋したセレス。
みんながそれぞれナナのために、そしてこのプディングのために何かしたいと独自に頑張ってる成果だよ。
それでも憎しみを捨てきれない一部の者はブランシェを出たが、それは仕方ないよね。
「今から話すことは、異界から一緒におる者には二度目となるが、改めて聞いて欲しいのじゃ。おぬしら、美味しいものは好きか? 綺麗な服や可愛い服、格好良い服で着飾るのは好きか?」
ナナは一度言葉を切って、辺りを見渡した。全ての観衆が真剣に耳を傾け、次の言葉を待っている様子だ。
「歌は好きかのう? 絵は好きかのう? 踊りは好きかのう? おぬしらが楽しいと思えることは何じゃ? それぞれが考える楽しいことを、皆で楽しめることを、それぞれが追求して欲しいのじゃ。生きるためだけの生活ではなく、人生を楽しんで欲しいのじゃ。そのために必要な平和は、わしらが全力で維持すると誓おう」
そう言ってナナは翼を広げ、ふわりと空中に浮かび上がった。
「わしは楽しいことが好きじゃ。平和が好きじゃ。幸せを追うのが好きじゃ。そして争いも差別も好きではない。じゃがの、わしの求める平和を乱そうという者は全力で叩き潰す。わしの仲間が大事に思うものは、全力で守る。わしの力はそのためのものじゃ」
ナナが右手を高く上げて、空に向けた手の平に魔素を集め始めた。可視化されるほど集められた魔素の制御にキューの処理能力も要求されたので、引き続き俺は自我だけを残して全てをキューに委ねる。
「今ここに、わしの守護する国家――プディング魔王国の建国を、宣言するのじゃ!」
ナナの手から空へと放たれた魔素の塊は、上空高くまで打ち上がり――
『ドォオン!!』
ほぼ真上から陽の光が降り注ぐ青空に、赤青黄色の炎で出来た大輪の花火が咲いた直後、轟音とともにビリビリと軽い衝撃が伝わってきた。
……しまった。夜に見たら綺麗な花火だろうけど、真っ昼間だと綺麗というよりも威嚇とか示威行為にしか見えないなこれ。
ナナが何をするのか見当つくが、ナナが間違うことは俺も間違うんだった。
今度からなるべく前もってアルトに相談するようにしよう……。
しかし観衆のほぼ全員がひきつった顔をしてる中、フォルカヌスの外交使節団だけが感嘆の声を上げていた。
そういや実際にナナが全力で戦ってる姿を見聞きしているのは、フォルカヌスの人の方が多いのか。
「……こほん。今のは攻撃魔術ではないが、このようなことも出来るのじゃ。じゃからプディング魔王国の国民は、安心して暮らして欲しいのじゃ」
引きつった顔を無理矢理笑顔にしたナナが地上に降り、演説を終わらせてそそくさと下がっていった。
これくらいのやらかしなら問題ないだろ。
次いで壇上に上がったのはティニオンの国王ゼルだ。
ゼルは隣国として同盟関係を結び、プディングと協力して街道を整備、交易を通して良好な関係を築きたいと宣言した。
また千年前の光魔大戦について伝わっている話は、勝者側に都合の良い事実とは異なる内容であるとし、これを正し魔人族に対しての偏見を払拭していきたいと語ってくれた。
次にフォルカヌスの神皇ヴィシーが壇上に上がり、演説を行った。
ヴィシーは国土は離れているものの、プディングの北に広がる内海を渡れる船の建造を計画しており、ティニオン同様に交易を通して良好な関係を築きたいと宣言した。
またこれまでの皇国がどれだけ腐敗し滅亡寸前だったのかを悲しげに話し、その問題全てが解決するきっかけを作ったのがナナ『様』だと言いやがった。
おいヴィシー、公の場では様付けやめろってアルトに言われてたよね……
アルトも頭抱えてるじゃないか……
それと全力で頷くんじゃないよ、フォルカヌスの外交使節団。
しかし仕方ないのかもしれないな、皇国での女神教の広がり方って半端ないもの。
口止めはしてるけどヴィシーもシアもレーネも既に女神教の信者だし、各地で情報収集のためばらまいたスライムのふーすけは次々捕まり、もとい保護され、神獣だとか地方の神殿の御神体だとかそんな扱いで大事にされてるし。
皇国でナナの映像を流しすぎたかな、ちょっと想定外だよ。
本当はこの式典の映像を流してから、急激に広がるだろうと思ってたんだけどねえ。
ナナには捕まったスライムはペット化されてるって嘘教えてあるけど、バレるのも時間の問題かな。
演説の最後はプディングの国家運営全般を担うリューンとイライザで、ブランシェ東の海に面した集落を『ヴェール』と命名し、漁業と将来的にはフォルカヌスとの海運が行えるよう発展させたいと話した。
外洋は馬鹿でかい魔物が多いけど、内海はそれほどでもないからね。頑張って欲しいものだ。
それとこの後は五組の結婚式が行われること、魔道具の展示会とファッションショーが開催されることを全員に改めて伝えると、最後に一つだけ伝えたい事があると言って、二人揃ってナナの方を見て片膝を付き頭を下げた。
「初めてナナ様とお会いしたときは、異界は争いの絶えない世界でした。しかしナナ様はお一人で各勢力の旗頭を打ち倒し、時には保護し、異界を一つにまとめあげて下さいました。更には異界に閉じ込められた我らを、陽の光を浴びられる世界へと導いてくださいました」
「地上に出てからもお出かけになる度に、野人族の難民や虐げられていた森人族・地人族・亜人種獣人族など、次々と連れて帰っておられます。その者達は傷を癒やし、家と食事と仕事を与えられ、今では皆人としての生活を送っておりますわ」
「「この平和は全て、ナナ様の慈愛あってこそにございます! すべての国民に代わり、改めて今ここに、魔王ナナ様へ感謝と忠誠を捧げます!」」
そのリューンとイライザの言葉に合わせ、ナナの側近全員が一斉にナナの方を向いて跪いた。
「「魔王様に感謝を!」」
「「魔王様に忠誠を!」」
アルトやダグ達の声に合わせ、観衆からも割れんばかりの歓声が湧き上がった。
愛されてるねえ。自分のことのように嬉しいよ。
そしてナナはというと、おろおろしながら観衆に答え手を振っている。
しまった。俺とキューがナナから離れてるから、ナナの顔を真っ赤にして遊べない。ちっ。
それと僅かに遅れてアネモイまで膝をつこうとしたが、お前は側近じゃないだろ。
無表情で立ったままの俺を見て膝をつくのは止めたようだけど、こっち見んな。
さーて次は結婚式だ。ここからは複数のビデオゴーレムを使い、アルトが録画をする手はずになっている。
ナナだけを撮りそうな気がして釘を刺したら、ナナ専属のビデオゴーレムが別で一体いるため問題ないのだそうだ。
それはそれで別の問題だと思うけど、性的な目的での盗撮じゃないし放っておくことにした。
俺は引き続き女神教神殿への映像送信だけど、今のうちにこっそり魔素を集めて魔力を回復させておこう。結構魔力使うから、多方面への同時送信は俺しかできないんだよねえ。
改善策も考えなきゃね。
それにしても本来ならナナと一緒に会場横の待機室で、新婦にドレスを着せる手伝いをするはずだったんだけどなぁ……俺というか、キューは男性陣の着替え手伝いに回されたよ……。フィッティングの時に散々見たけどさー、残念。
ある程度ならキューを別行動させられることにナナが気づいた時点で、こうなる予感はしていたよ。
といっても一人を除いてタキシードだから、たいした手伝いじゃないんだけど……問題はその一人だ。
むしろこの一人のためだけに、キューがこっちに回されたんだよ。
ちくしょう。八つ当たりに尻尾軽くモフってやる。




