4章 第8話E 見習わないといけないわね
「建国式典ではのう、婚姻する者達への祝福も行おうと思っておる。さて、あとは自分達で話すのじゃな」
ナナがそう言ったあと、あたし達のほうに視線を動かした。オーウェンが小さな声で「ちょ、ここでかよ……」と呟いたのが聞こえたけど、いい機会じゃない。
ヒデオはというと、あたしとサラとシンディを見てからオーウェンを見て、苦笑しながら立ち上がり深く頭を下げたわ。
「失礼致します、イゼルバード陛下。わたくしレイアス・ヒデオ・クロードは、このたびエリーシア・ライノ、サラ・ロット、シンディ・クルスの三名を妻とし、結婚いたしますことを報告致します」
「ほう、ティニオンの英雄もとうとう結婚か。ヒデオ子爵に取り次ぎを求める、年頃の娘を抱えた貴族家が煩かったからな。これで少しは静かになろう」
ヒデオと一緒に立ち上がり、私達も揃って頭を下げる。
それにしてもヒデオは貴族令嬢にはモテないものと思っていたけれど、陛下が止めていて下さったのかしら。
そしてオーウェンは覚悟を決めたようね、ジルを呼んで並んで立ってるわ。ジルも緊張してるようね。
「親父……いや、陛下。オレも……結婚する。相手はこの、ジルフィールだ」
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。ナナ様の側近として外交を担当しております、ジルフィールと申しますわ」
ジルが陛下に深く一礼したあと、上げた顔は真っ青で体もかすかに震えていた。
その手をオーウェンが握り、二人見つめ合ったわ。いいわね、ああいうの。羨ましいわ。
「陛下、私はフォルカヌス神皇国の生まれで……元、男性にございます」
「……なんだと?」
「ナナ様に出会い、ナナ様のお力にて女性の体を手に入れることが出来ました。そしてオーウェン様に見初められたのでございます」
ぽかーんとした顔の陛下がナナの方を向くと、ナナは笑顔で頷いている。
なんというか、この「どうだ!」って言いたそうなナナの顔、ちょっとだけイラっとするのよね。どうしてかしら。
「オレはジルが以前どんなだったのかは知らねえし、今のジルに惚れただけだからどうでもいい。どうか、結婚を許して欲しい」
「……ちょっと待て馬鹿息子。頭が追いつかん。……ジルフィール殿。失礼だがその身体、子を成すことはできるのだろうか?」
「ナナ様は、問題は無いだろうとおっしゃいましたわ」
ナナはまた「どうだ!」って言いたそうな顔で頷いてるわ。
それを見て陛下が大きく息を吐いた。
「オーウェン。お前にはプティング魔王国の許可が下り次第、ブランシェに外交官としての常駐を命ずる。嫌とは言わせぬぞ」
「おう! ありがてえ!!」
「ジルフィール殿。見ての通り脳まで筋肉でできているような、考え無しの愚か者だ。まずは儂から一つ頼みがある……この馬鹿に、礼儀作法を叩き込んでやってもらえんだろうか。よろしく頼むぞ」
「はい……はい! ありがとうございます、お任せ下さいませ!」
そのまま二人はきつく抱き合い……ちょっと、キスまでするなんで大胆すぎるんじゃないかしら? それにしてもオーウェンって女の前だとこんな感じなのね、何か新鮮だわ。
最後はステーシア様とレーネハイトね。
二人とももう準備万端で、ヴィシー陛下の前に立ってたわ。
「お父様、私もナナ様に結婚の祝福を授けて頂こうと思いますの。お相手はこのレーネですわ」
「ヴィシー様、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。ステーシア様との結婚をお許しいただきたく――」
「おめでとう、シア。レーネハイト、娘を頼んだよ」
え、軽くない!?
シアもぽかんとしているし、レーネなんかお辞儀したまま顔だけ上げて、変な体勢で変な顔になってるわよ!?
「シアの顔を見れば幸せなのはわかるし、ナナ様の様子を見るに何の問題も無いのだろう?」
「え、ええ。確かに幸せなのは間違いありませんわ」
「孫の顔を見られないのは残念だけどね」
そう言って肩をすくめるヴィシー陛下は、優しそうな笑顔を浮かべていた。
「ヴィシーよ。孫もなんとかなるやもしれんでの、そう気を落とすでない。二人がその気になったら、子を授かれるようにしてやることになっておる」
「なんともはや……ではその時を期待するとしましょう。ありがとうございます、ナナ様」
「ふふふ、任されたのじゃ。しかしみな丸く収まったようで良かったのう、一安心なのじゃ」
あら、ナナってばもしかして気付いてないのかしら?
二人ともナナがいるからこそ、あっさり許可したんじゃない。
わざと今話させたとばかり思ってたわ、ナナってばたまに天然でボケるのよね。
「しかし結婚式が楽しみじゃのう。皆のドレスもできておるでの、近いうち衣装合わせをしたいところじゃ」
「ナナは自分の衣装を用意したのか? やっぱ神父っぽい奴?」
「ん? 何を言っておるのじゃ、ヒデオ」
きょとん、とした顔で首を傾げるナナ。
ほんと、仕草の一つ一つが可愛いわね。これで元男っていうんだから、世の中間違ってるわ。
「え、ナナが祝福してくれるんだろ? 指輪の交換やら誓いの言葉やら……」
「……あ」
ナナがポカーンと口を開けて呆けたあと、がっくりと項垂れちゃったわね。あたしも結婚式というのがどういうものかよく解っていないけど、ナナの祝福ってなんか良いことありそうよね。
同じ男を好きな相手からの祝福っていっても、ナナだからね。
あたし達は一足先に幸せになるだけで、ナナはあたし達のあとで幸せになるか、もしかしたら加わるかもしれないし。
「しかしじゃな、わしが直接祝福というのも、その……」
ナナがちらちらとあたし達を気にするように視線を送ってるけど、何を気にしてるのかしらね。
「あら、あたしはナナに祝福してもらいたいわよ? ナナがあたし達を心から祝福できないというのなら、諦めるわ」
「そ、そんなことは無いのじゃ! わしはヒデオとエリー、サラ、シンディの幸せを心から喜んでおる!」
「なら決まりね。よろしく頼むわね、ナナ」
何のことかわかっていない両陛下とステーシア様達に、ジルがこっそり説明しているのが見えたわ。
しかしこのおろおろしてるナナも、小動物みたいで可愛いのよね。こういうときはちょっとだけいじめたくなっちゃうわ。
「何ならナナもこっち側で、一緒にドレスを着てヒデオのお嫁さんになる?」
「んなっ!? わ、わ、わしは、その……あとで、の……。今回の主役は、譲るのじゃ……ふんっ」
ナナってば真っ赤になってそっぽ向いちゃった。
「頑固ねえ。それでナナに祝福される立場になるんだけど、ヒデオはそれでいいの?」
「もちろんだよ。俺はエリー、サラ、シンディだけじゃなく、ナナも幸せにする。ただ、今はまだその時期じゃないってだけだ」
「そ、そうなのじゃ。わしはわしだけを見てくれる相手じゃないと嫌じゃから、順番を待つのじゃ。ヒデオの言う通り、今はその時期ではない」
前の世界の価値観ってやつかしらね。それにしてもナナとヒデオがいた世界って、どうも理解できないわね。
性転換や同性婚を推奨してみたり、あたし達のような一夫多妻にも寛容かと思えば、ナナ自信は一夫一妻に頑なだし。
そしてその二人は、なにやら頬を染めて見つめ合っているわね、あたし達を差し置いていい度胸じゃない。
でもこれはいい観察の機会かもしれないわ。あとでアルトにも教えてあげないとね、きっと見れなかったことを悔しがるでしょうけど。
「わ、わしと一緒になったら、浮気は許さんからの……その覚悟はあるんじゃろうな?」
「もちろんだ。ナナ……待っていてくれよ?」
「うむ……じゃが、決して急ぐでないぞ? 皆と過ごす幸せな時間を、大切にして欲しいのじゃ」
何かしら、この甘い空間は。ヒデオもあたしたちにあまり見せない、照れたような表情だし……。
あたし達とナナとの違い……そっか、恥じらいね!
考えてみればあたしもサラもヒデオに迫ってばかりで、ヒデオに迫られたことが無いわ。
シンディは唯一控えめだからかしら、シンディと一緒に添い寝した翌朝のヒデオは、たまに辛そうにしているときがあったわね。
「(サラ、シンディ。ナナにあってあたし達に足りないものがわかったわ。恥じらいよ!)」
「(ん。頑張って身につける)」
「(アタシ達も恥じらって見せたら、ナナちゃんみたいに甘い雰囲気出せるかも!?)」
その時ナナの体がぴくっと反応して、ゆっくりと顔をこちらに向けた。その顔はさっきよりも赤く、またおろおろしているのがすっごく可愛い。
そこにニヤニヤしながらアネモイさんが近付いていったわ。
「ねえナナ、エリー達の前でいちゃいちゃしすぎだと思うの。いくら正妻とはいえ――」
『ドスッ!』
そのアネモイさんのお腹にナナの拳がめり込んで、膝から崩れ落ちて行ったわ。アネモイさんには言葉だけじゃなく肉体的にも容赦ないのね。少しだけ羨ましいけれど、あの拳を受けて生きていられる自信は無いわ。
「ナナ、悪いけど『今』の正妻の座は譲れないわ。正妻争いに加わるのなら受けて立つけど?」
「ううう、すまんのじゃあ、そんなつもりはないのじゃあ……」
真っ赤な顔を手で覆いながらも、足元ではアネモイさんをげしげし踏み続けているのは、照れ隠しなのよね、きっと。
「エリーシアよ、その……ナナ殿は、いつもこのような感じなのか?」
ここまで静かに経緯を見守っていたイゼルバード陛下が、そっと近付いて声をかけてきた。
「その通りにございます、陛下。いかに強大な力を持ち、エンシェントドラゴンすら足蹴にする規格外の存在とはいえど、中身は私達と何の変わりもございませんわ。甘い物と可愛い物が大好きで、友情に厚く、恋に悩む普通の女の子ですのよ」
「ふむ……ナナ殿を交え、儂と初めて会ったときの事を覚えておるか? レイアスに公爵家との婚姻を勧めたときだ。おぬしらが屋敷を出た直後に再度ナナ殿が一人で現れてな……そこでおぬしらがナナ殿の親友であると話し、『見ず知らずの数万の命より、身内の一滴の涙の方がずっと重い』と言って、レイアスの婚姻話を潰せと儂を脅しおった。情に厚い性格は変わっておらぬようだな」
え。あの時ナナは、先に帰って一人宿で待ってたわよ。知らない振りして、もう……ナナの馬鹿。
「……すると貴族のご令嬢を、ヒデオ子爵へ取り次がなかったというのは……」
「そうだ。その約束を儂らが守ったからこそ、ナナ殿はこうして身内にしか見せないような顔を見せてくれているのだろうな。こちらとしても偽魔王を秒殺するような相手と事を構えたくないからな、必死だったのだよ」
あたしはいったい、いつから、そしてどれだけナナに守られてきたんだろう。
ナナがいなかったら、あたしはきっとヒデオとの仲を進展させることが出来なかったと思う。それ以前に、とっくに死んでいたでしょうね。
今のナナが女の子で、本当によかったわ。
じゃないと、こんなにもナナが大好きだってことに、ヒデオが嫉妬しちゃうもの。……する、わよね?
そのあとはアネモイさんから白いコートを剥ぎ取り終えたナナも含め、改めて皆でお茶会となった。
よく考えたらあたし、ナナも含めて王様が三人もいるような空間で一緒にお茶を飲んでるのよね。
本当は一番偉いはずのエンシェントドラゴンはあんなだし、気にしたら負けかしら。
話題の多くはナナのことで、あたし達からはナナが初めて地上に出てきてからの事を話したり、リオからは異界でのナナの話をたくさん聞けたわ。
両陛下も興味津々だったわね。ナナだけは恥ずかしそうにもじもじしてたけど。
他にも食材や料理、歌や踊りや祭りの話など、話は尽きなかった。
その間ずっとナナにくっついていたかったんだけど、サラやシンディだけじゃなく、ステーシア様やレーネハイトまで羨ましそうに見てくるので、仕方なく順番に席を替わることにした。
それとステーシア様とは名前が似てるってこともあり、少し仲良くなれたわ。
結婚式の衣装合わせも一緒にやるらしいから、楽しみね。
「ナナ、ありがとう。ナナのおかげであたし、幸せよ?」
「と、突然なんじゃ、エリー。熱でも出たかのう?」
「もう。感謝の言葉は素直に受け取るものよ?」
ありがとう、私の大好きな、友達。
ナナと出会えて、本当によかったわ。
それに今の憎まれ口も、照れ隠しなのよね。
どんどん見習って、あたしもヒデオと甘い空間を作ってやるんだから!




