4章 第6話N 三国会談の準備なのじゃ
一月の終わりに訪れたシアによって、皇国は四大貴族の領地全てを押さえ、四大貴族派の貴族の排除に成功したと聞く。
抵抗や暗殺騒ぎも少なくなかったが、ジルから伝えられた毒発見魔術とペトラ・ミーシャの活躍もあって、概ね順調に進んだそうだ。
残念ながら新たな情報は得られなかったが、溜め込んでいた財産を没収したことで国庫が潤ったとホクホク顔である。
しかし光天教神殿への強制捜査はことごとく失敗に終わり、証拠隠滅と逃亡を許してしまったそうだ。
「そう悲しむでない、シアよ。おかげで一つわかったことがあるじゃろ」
「ええ、そうですわね。光天教は間違いなく、遠距離通信の手段を所持しておりますわ」
ゲートゴーレムで移動するペトラたちより早く逃げるなど、そうでもなければ考えられないからね。
大きな都市の神殿は最奥に当たる部屋が全て破壊されるか火をつけられていたそうなので、そこに魔道具とか設置していたんだろうな。
そしてティーカップから紅茶を一口飲んで、シアが少し困ったような顔を向けてきた。
「それと皇国内でスライムの目撃情報が多数上がっているのですが……いずれも無害で生物を襲うことが無く、しかも普通のスライムと違ってナナ様のようにぷるぷるの姿だと……」
「なん……じゃと……?」
―――鑑定対象の増加を目的とし、アルトの指示でふーすけの分裂体がばら撒かれています。しかしプロセニア王国とローマン帝国では見つかり次第排除されているため、活動が困難となっています。なお
お、おう。キューちゃん説明ありがとうなのじゃ。で、続きは? 何か言いかけて止まってるよ?
―――なお、皇国では相当数のふーすけスライムが一般人に捕獲され、ペット化しています。
お、おう……。ペットにされてるのね……。
「今キューちゃんから聞いたのじゃが、そのスライムはアルトがばら撒かせた鑑定スライムの情報収集端末じゃ。何やら結構な数が捕まっておるらしいのう」
「やはりナナ様の関係でしたのね。それで、その……保護したスライムは大事に扱われているそうですが、全て開放したほうがよろしいですか?」
「大事にされておるなら別に構わんのじゃ、ふーすけはいくらでも増やせるでのう」
その後は今度こそシアの着せ替えを楽しみたかったが、三国会談も近いということでレーネとあわせてサイズの計測だけに留めておいた。
エリー達とジルのドレスは夜な夜な作って完成しているからね。あと半分だー。
先に私と側近用にお揃いの白いコートを新調したため、ちょっと予定より時間がかかってしまったが、十分に間に合うだろう。
二月に入るとプディングの迎賓館が完成したらしく、三国会談の日取りが確定した。
というかティニオン・フォルカヌス両国とも待ちかねていたようで、迎賓館完成の翌週の開催となった。
なお魔王国の王城建設が後回しになっているのは、私の意見によるものが大きい。だって広いだけで不便だし、権威とか他国に舐められないようにとか特に気にしていないし。
今後必要になるかもしれないが、今は実用性重視だ。
それとアトリオンへ一度飛び、旧ヒルダ邸を改装した私の家を回収、土地を処分しヒデオの家の地下にゲートゴーレムを設置してきた。
何というか、その、ニアミスを期待して近くに住むとか、そんな事しなくてもよくなったし。
もちろん無断じゃないよ? ちゃんとエリー達に許可を取ったもん。番犬ゴーレムのラッシュも可愛がられているようで安心した。
ヒルダの遺作である四体のゴーレムも回収、ビリーは軍の指導教官としてダグに預け、キーパーとマリエルとヨーゼフはそれぞれ、迎賓館及び魔王邸の警備指導・調理指導・業務全般指導の教官を任せた。
皇国から新しい調味料が手に入ったからね。今はまだ身内で楽しむ分しか買ってないけど、貿易が始まったらどんどん輸入したい。
そうなると料理を広める人も必要だから、マリエルには頑張ってもらおう。
三国会談の主目的としては友好関係を築くためにお互いを知ることが第一で、次いでゲートゴーレムによる貿易とその設置場所についてである。
この話をアルトやリューン達とある程度詰めていると、アルトから提案があった。それは様々な研究所を改めて国営とし、規模を大きくしたいというものだった。
「現在ある農業と畜産の試験場を研究所として改め、他に服飾・魔導の他、製造技術・医療技術の研究所を国営として正式に設立、各国から人材を集めたいと思います」
「ほほう。構わぬが、管理できる者が不足しておるのではないかの?」
「それも両国からの人材派遣で可能と考えています。また資金については研究結果の売却または、貸し出し料金を毎月徴収することでまかないます」
つまり特許や著作権のように、知的財産として権利を保有するということか。
更に続いたアルトの話によると、基礎的な技術や知識に関しては無条件で開示するが、それ以外の技術や知識などは三年間は権利を保持し料金を徴収するが、以後は無料で開示するつもりだという。
それぞれの責任者として、農業研究所に森人族の元族長ジョシュアが内定している他、服飾研究所にジュリア、魔導研究所にニースが配属される予定とのこと。
更に現在農場を全て国営としているのと同様に、服飾や魔道具等の生産も人を雇って一括で行うようにしたいと言う。
工場を作って大量生産まで始めようというのか。
凄いなあアルト。どちらもやりたいと思っていたのだが、人も足りないしまだ早いだろうと思って何も言わなかったんだ。
アルトが大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。
「よく思いついたのう、アルト。頼んだのじゃ」
そう言って笑顔を向けたんだけど、アルトは苦笑いのような微妙な笑みを返してきた。何だろ?
そして二月十日。プディング魔王国の迎賓館にて、プディング魔王国・ティニオン王国・フォルカヌス神皇国の三国による、非公式会談が開催される。
「で、アルト。これはどういうつもりじゃ」
派手過ぎない落ち着いた作りの迎賓館に足を踏み入れた直後、私の足は止まった。
広いエントランスホールだとか天井が高いとか床の一枚岩が綺麗だとか、全ての感想が一瞬にして全て吹き飛んだ。
エントランスホールの中心にでかでかと飾られた、一体の彫像が原因だ。
細部まで丁寧に作られ、周囲に飾られた油絵のような人物画も相まって、美術館の一角のような錯覚さえ覚える。
その彫像は台座の上に乗せられた腰から上だけの人物像で、目を閉じて両手を胸の前で祈るように組み、背中の翼を大きく広げている全裸の少女だ。
というか、私だ。
ハチの銃口を彫像に向け、新調した軍服風の白いコートに身を包むアルトへと、冷たい眼差しを送る。
「ナナさんの美しさ素晴らしさを国賓に対しあまねく伝えたいと思いまして、気がついたら作っていました。他にもヴァルキリー姿のナナさんや、スライム姿の彫像も飾ってありますよ」
「姉御、これ綺麗……」
「アルトさん、これ私も欲しいわ~」
開き直るんじゃないアルト、ちくしょう出来が良いだけに壊せないじゃないか。
うっとりしてるけどリオ、いつもお風呂で見てるじゃないか。
セレスの手には決して渡らないようアルトに言い聞かせる必要があるな。
慌てて別の彫像も見に行くと、スライムはもちろん全裸だけどヴァルキリーの方は格好いい鎧を着ていて安心した。
「……アルト。わしの裸像は今後一切作ってはならぬ。作った事を知った時点で過去の作品も含め全て破壊してやるでの……今回だけは特別なのじゃ……」
これがもし乳首や尻や股間などが見えていた場合、問答無用で破壊していたところだ。というかアルトにレールガンぶっ放してたな。
レールガンを突きつけられているアルトが、引きつった笑顔で頷くのを見てハチをしまう。
全く、もう。
ブランシェに午前の鐘が響く頃、出迎えのためジルを除いた私の側近が、ゲートゴーレムを設置した迎賓館のエントランスホールに勢揃いした。
全員が真新しい白い軍服風のコートに身を包み、誇らしげに胸を張っている。私だけ幼すぎてコスプレにしか見えないけど、他は全員似合ってるな、えっへん。
間もなくゲートゴーレムが転移門を開き、ジル・シア・レーネに続いて、フォルカヌス神皇国の国皇ヴィシー・フォルカヌスが、五名の側近と共に姿を現した。
「少し顔色が良くなったかの、ヴィシー。この姿で会うのは初めてじゃが、ナナじゃよ」
「迎賓館でそのお姿になられたことは聞いてます。本日はお招きいただき、またお出迎えいただいたこと、心より感謝致します」
そう言ってヴィシーと五人の側近が片膝を付いて頭を下げた。え。
「ナナ様のおかげで皇国は平穏を手に入れることができました。あれ以来お会いすることもままならず、お礼を申し上げることが遅くなったことをお許し下さい」
「そう畏まられるとやりにくいのう。あくまでもわしの望みは『友好的な関係』じゃ。よろしく頼むのじゃ、ヴィシーよ」
ヴィシーに近寄り頭を上げさせ立ち上がらせる。皇国での私の扱いって一体どうなっているんだ。
ヴィシーの側近達なんて、ほとんど祈ってるような感じだし……。
似たような感じで跪いているシアとレーネも立ち上がらせ、軽く挨拶をして待機室へ案内するよう使用人に任せる。
休む間もなくジルはティニオンへと転移門を繋げ、緊張した顔でオーウェンを迎えに行った。
そういえばまだオーウェンの父親に、関係についてちゃんと報告していないって言ってたっけ。頑張れジル。
すぐに再度転移門が起動し、そこからジルとオーウェン、そしてティニオン王国の国王イゼルバード・ティニオンが、堂々とした足取りで現れ、続いて五名ほどの側近が恐る恐るといった様子で姿を表し、最後にヒデオ達も続いて出てきた。
ゼルと側近達は迎賓館の作りにはあまり驚いていないようだったが、一枚岩の床とエントランスの彫像には感嘆のため息を漏らしていた。
私は彫像に見とれるゼルに近付き、笑顔で声をかけた。
「久しいのう、ゼルよ」
「ああ、ナナ殿も変わりないようで……と言うのは、礼を欠く挨拶だったかな?」
ゼルが差し出した右手を握り返す。非公式扱いとは言えフランクすぎる気もするが気にしたら負けだ。
「ふふふ、構わんのじゃ。わしの姿は成長するものではないでの。オーウェンからどこまで聞いておるか知らぬが、わしの正体はスライムじゃからの」
頭上のスライムの翼をパタタと動かし、存在をアピールする。
ゼル達が驚いて目を見開いていたが、こりゃオーウェンあんまり説明してないな。個人的なことだから説明してなかったというのなら、オーウェンの評価をちょっとだけ上げてやろう、ふふふ。
しかしそのオーウェン、何やら口を開きかけては止め、また口を開きかけて考えて、とおかしな動きをしている。何してんだ熊。
「あー……ナナ殿。本日はお招きいただき――」
「うわぁキモいのじゃ。いつも通り話さんか」
何を悩んでいたのかと思えば呼び方か。
「くっ……嬢ちゃん、俺にも立場ってもんが……」
「そんな堅苦しいもん公式の場だけで十分じゃ」
そういえば第三王子で今は公爵だっけ。忘れてたけどまあいいか。
「ジル、ご苦労様なのじゃ。待機室への案内も頼むのじゃ」
「はぁい、ナナ様。お任せくださぁい」
私の熊いじりを見て多少は緊張が解けたのか、少し表情の緩んだジルがオーウェン達を連れて行った。
さて。
「ヒデオ、彫像を見過ぎではないかのう……このロリコンめ……」
「んなっ!? ち、違うって!! あ、いや、ナナは好きだけどそれはナナだからであってロリコンとかじゃなく、その……綺麗だな、って……」
「ど、どさくさに紛れて何を言っておるのじゃ!?」
ああもう、やっぱり撤去させるんだったあああああ。
顔が熱い。しくしく。
両手で顔を覆っていたら、ニヤニヤした顔でエリーとサラとシンディが近寄ってきた。
「あら、あたし達の前でイチャイチャしたいなら、こっち側に来るべきじゃないかしら?」
「無理は良くない」
「いつでも歓迎かも!」
囲まれて四人がかりで突っつかれた。ん? 四人?
「ねえナナ、私もっと素直になっても良いと思うの」
「なんでアネモイも混ざっとるんじゃあ!」
仲間外れが嫌だからとゴネるので作ってやった、お揃いの白いコートを剥ぎ取ってやろうか。泣いて謝ってるが、知るか。




