4章 第4話N 実験は慎重にすべきなのじゃ
年が明けて一月、新年を祝う風習のないこの世界に寂しさを感じながら、ヴァルキリーとぶぞー・とーごーの生体部品交換を行った。
アネモイが寝坊した日の朝を見計らい、空間庫に入れっぱなしだった風の上位竜は吸収・解析を済ませてある。
アネモイは気にしないとは言っていたが、流石にほぼ同種の存在が溶かされ吸収されていく様を見るのは嫌だろう。
ヴァルキリーとぶぞー達は上位竜素材との交換によって、肉体強度・筋力・耐久度だけでなく、魔素の操作能力も向上した。
魔素の操作能力向上は神経の全てを魔銀で作ったことと、上位竜の肉体が魔素との融和性が高かったおかげである。
欠点としては、風の上位竜だからなのか、風系統の魔素操作能力は大幅に向上したが、他の系統はそれほど大きな上昇ではなかったことくらいだろう。
全体的に戦闘能力は25%ほど上昇し、これなら例の嫌な奴を思い出させる人型竜ゴーレムとも、もう少し余裕のある戦いができるだろう。
かといって安心はできない。こちらが強くなったのと同様に、相手も強くなる可能性だってあるのだ。
念には念を入れておかなければいけない。
次の強化は、私の武装だ。イメージは、人型竜ゴーレムとアネモイが見せたブレス。魔素の圧縮だ。私も空間障壁には圧縮魔素を使っていたけれど、それを攻撃に使おうという考えがなかった。
これまではそこまでする必要性を感じる相手がいなかった、というのもある。
そうして作った武装を持ち、ヴァルキリーに換装して異界へと繋がるゲートをくぐる。今日の同行者はダグとリオとアネモイだ。
リオとアネモイは普段から私のそばを離れることがあまりないし、ダグは話があるからついでにと付いてきた。
ゲートから少し離れ、前にダグが軍用ゴーレムで森の大半をふっ飛ばした広いスペースで、武装の実験を行うことにした。
地上界ではちょうどブランシェがある辺りだ。
そこで私の作った新しい武装、ハチの特殊弾丸の効果を目の当たりにし、ダグとアネモイは並んで表情を失っている。
というか私も多分同じような無表情になっている気がするな。眼前に広がる惨状に目をキラキラさせているのはリオだけだ。
「……おいナナ。これ地上でぶっ放そうってんじゃねえだろうな……」
「……」
「何か言えよ……おい……」
私達の前には一面の焼け野原というか、地表が高熱で溶けて一部ガラス化している広い空間がある。私が撃った弾丸に圧縮して詰め込まれた火の魔素が、着弾と同時に荒れ狂った結果だ。
私達の立っている狭い範囲だけ、反射的に張った障壁のおかげで元のままの地面が残っている。
「正直、ここまでとは思わんかったのじゃ……」
完全に都市一つ分以上の範囲を平地に変えている。自然破壊とかそんなレベルの話じゃないなこれ。
「火矢にして1万発分の魔素を詰めたんじゃがのう……」
「ねえナナ、わたし桁が二つほどおかしいと思うの」
「それはのう、アネモイ。おぬしのブレスに対抗しようと思った結果なのじゃ。これでもアネモイのブレスの半分ほどなのじゃ」
アネモイはブレス発射準備の段階で魔素を圧縮していたが、弾丸にして予め圧縮しておけば、即座に使用可能となる。そう思っての特殊弾丸だが、着弾地点でまるで爆発するかのように一瞬で炎が広がった。
中長距離弾道弾ならともかく、アサルトライフルの弾丸でこの破壊範囲はただの自爆じゃないか。
「とりあえず改良しようかの……」
私の作るハチの弾丸は本物のライフル弾と違い、本来火薬を入れる薬莢部分ごと射出されるようになっている。その薬莢に魔素を詰めているのだが、薬莢に使う魔鋼の厚みを増やして詰める魔素量を減らす。
本当は弱く作ってある弾頭部分から一気に魔素を放出し、着弾部分から先だけを破壊するようにしたかったのだが、この惨状を見る限り薬莢ごと破裂したとしか思えない。
本当に、暴発しなくてよかった。
レールガン方式で撃ってたら暴発し、きっとこの場にいた全員こんがりと焼けてる。
とりあえず薬莢の厚みを三倍にし内部に込める魔素を火矢2千発分に抑えたら、期待通りの特殊弾丸が完成した。これは通常弾に混ぜて撃てるだけでなく、レールガン方式でも撃てることを確認できたので、いろいろな使い道がありそうだ。
ついでに弾頭部分をワニガメの甲羅にした障壁貫通弾と、トンファーの散弾の替わりに詰める弾丸もそれぞれ作っておく。
どれも使わないのが一番だけど、備えは大事だからね。
さて、武装の確認はひとまず終了だ。
ハチをしまい、マヌケ顔でハチの着弾地点を見ていたダグへと向き直る。
「それで話があると言うておったが、何じゃろうの?」
「お、おう……」
マヌケ顔を改め、ダグも真面目な顔でこっちを見た。
決意と言うか思い詰めたような顔だな
「ナナ、俺もジルみてえに体を取り替えろ」
「なんじゃダグ、女になりたかったのかの」
「ちげえよ! 前に言っただろうが、俺の体をドラゴンのものと取り替えろって言ってんだよ!!」
いやーわかってるけどさー。そうなるとダグのアソコ見て作ることになるんだよな。何かやだ。
「俺はナナの敵全部ぶっ飛ばすって決めてんだよ。でもよ、こないだみてえな奴が出てきたら足止めにもならねえ。情けねえぜ、畜生」
「姉御、オレも強くなりたいな。ダグが姉御の敵を斬る剣なら、オレは姉御を守る盾になるんだ」
「むう。本気、なのじゃな?」
真剣に頷く二人の表情を見た限り、こちらも腹をくくるしか無さそうだ。
「つーか何でジル達は良くて俺達の入れ替えは悩むんだよ」
「あの時は実験的な意味もあったからのう。三人共まだわしの身内とは思って無かったからできたが、今あらためて身内にやれと言われると、やっぱり何らかの副作用など出ないか心配になるのじゃ」
「三人共問題無さそうだよ? ジルなんて『ちゃんと最後までできた』って感動してたし」
その情報は必要ないぞリオ。
問題としては、上位竜の肉体と個人の魔力との融和性だろうか。上位竜の筋組織ともなると、筋肉内に溜め込める魔素量が桁違いだ。その魔素を魔力でコントロールするにあたって、風の魔素操作に適性が無いと思ったほどの効果が無いと思う。
中位竜の筋組織までなら何の問題もないのだが、ダグもリオも上位竜の素材との交換を希望してきた。
それなら、まずは適性を見る実験から始めようかな。
「はぁ。二人とも、帰ったら早速やってみようかのう」
「おう」「うん!」
ブランシェに戻り二人の両腕を上位竜素材の肉体と交換し、組手をさせる。
話を聞いたアルトとセレスも交換を希望してきたが、ダグとリオの実験結果が出るまで保留にさせた。
リオは多分大丈夫、風の適性が四人の中で一番高いからね。
そしてダグは風の適性が低く、火の適性が一番高い。適性の有無で強化度合いに変化があるなら、ダグの全身交換も保留かな。
そうなると他の上位竜を狩りに行くことになるかもしれないな。
プロセニアも気になるし潰しておきたいが、戦力増強も急務だ。
それに知らない土地に行くのはわくわくするしね。ゆっくり観光という状況じゃないのが残念だけど。
そんな事を考えながらダグとリオの組手を見ていると、徐々にダグが押される機会が増えてきた。
どうもリオには強化の効果が現れたようだが、ダグの方は逆に弱体化してしまったようだ。素材との相性は大事らしい。
「ちっくしょう! 何だってこんな腕が重てえんだよ!」
「えっへへー、負けちゃったけどいいところまで行ったよ!」
「リオは大丈夫そうじゃが、ダグは風竜との相性が悪そうじゃの。恐らく相性がよいのは火竜だと思うのじゃが、火の上位竜を見つけるまで保留でよいかの? それとも一度中位竜に交換しておくかの?」
組手を終えて戻ってきた二人をねぎらい、キューちゃんにリオとダグの変動した戦力値を計算してもらう。やはりリオは相当上昇しており、逆にダグは両腕に身体強化術がほぼ発動できていなかったため低下していたということだった。
「どれくらい違うんだ?」
「キューちゃんによる予想値じゃがの、中位竜との交換で今より2~3倍の強化、上位竜なら6~8倍の強化見込みだそうじゃ」
少しも考える事無く、リオ以外の三人は上位竜の素材が入手できるまでの繋ぎとして、中位竜素材との交換を希望してきた。
リオはいきなり風の上位竜と交換しても良さそうだからね。
予想通り知らない土地に上位竜を狩りに行くことになったが、ちょっと楽しいかも。
ところでなぜリオは悲しそうな顔なんだろう。
「オレだけ一回しかしてもらえないの? もっとして欲しいよぅ、姉御ぉ……」
「そんな悩まし気な声で言っても無駄じゃぞリオ」
そっちかー。
「ねえナナ、ここは私も一回くらい参加しておくべきかしら」
「そうかアネモイも体を交換したいのか、じゃったらおぬしの体はトカゲのものと入れ替えてやろうかの」
ややこしくなるから黙れポンコツ。
トカゲ扱いに涙目のアネモイはほっといて、その日のうちに四人の体を竜の素材と交換した。
というかダグとアルトの交換は、ほぼキューちゃん任せだけどね。
アルトは私のスライムに包まれて多少興奮気味だったが、キューちゃんに任せたことを伝えると一気に冷めるどころか悲しげな顔になっていた。そんなに私にして欲しかったのだろうか、それともキューちゃんが嫌なのだろうか。
交換から数日ほど様子を見て、問題無しと判断できた。結果として戦力値がおよそ6万だったダグとアルトが16万まで上昇、そしてセレスが2万から5万に、リオに至っては2万から16万に上昇、数値の上ではダグと並ぶ強さとなった。
しかし早速四人がかりでぶぞー・とーごーに戦いを挑むも、あっさり返り討ちにあって涙目の四人でした。
強化前のぶぞー達になら勝てたかもしれないけど、タイミング悪かったね。




