4章 第2話N 鑑定魔術の活用なのじゃ
シア達が訪ねてきて、皇国の現状についていろいろと話を聞けた。
国皇ヴィシーは退位を撤回、四大貴族派の主だった面々を排除後に新たに任命した宰相と共に、辣腕を振るっているという。
そして四大貴族の屋敷を家宅捜索し、プロセニア及び光天教と太い繋がりを持っていたことが判明したそうだ。しかも帝国との繋がりも示す証拠もわずかではあるが見つかっているらしい。
これを受けて光天教神殿の強制捜査を行い神殿最奥の部屋に突入した際、何らかの魔道具によるものと思われる火災が発生し、司教や司祭と何人もの兵士が一瞬にして炎に包まれたという。
自爆用の魔道具を所持している可能性は伝えてあったのだが、被害を防げなかったと言ってシアは悔しさに顔を歪ませていた。
しかし光天教神殿からは魔獣操者の杖を発見、またシーウェルトはプロセニアから来た者だということが判明したそうだ。
これにより傭兵団『風の乙女』への疑惑が冤罪であると公表され、レーネは汚名をそそぐことが出来たと言って安堵の表情を浮かべていた。
さらに四大貴族の屋敷からは様々な犯罪の証拠に加え、ちょっと信じがたいことが書かれた古い羊皮紙が見つかったという。
その古い羊皮紙を見せてもらうと、四大貴族の始祖が冒険の末に古竜から鱗を譲り受けたと記されており、それを売って財を成し貴族の仲間入りをしたとあった。
「嘘だね!」
「レイナを殺して奪ったのは、この人達ということかしら……」
恐らくそういうことだろう。私の両側にぴったりくっついているリオとアネモイの言葉に頷き、続きを読む。
その後四大貴族は領地で兵力を蓄えるが、そもそも兵力を蓄えた理由は古竜からの報復を恐れてのことだったらしい。それが時が経ち、古竜の報復が無いことがわかると、その兵力は皇国の首都へ向けられるようになったそうだ。
だいたい鱗を譲り受けたと記載しておきながら古竜からの報復を恐れるとか、誰か一人くらい突っ込みを入れなかったんだろうか。
「当時このことを知っていたら、人間に幻滅して皇国の都市全て焼き払っていたかもしれないわ」
「わしもそれに近いことをするかもしれんのう」
「アネモイさん、それとナナ……二人が言うとほんと洒落にならないからやめてくれ……」
ヒデオの声に顔を上げたら、ほぼ全員の顔が引き攣っていた。アルト・ダグ・リオ・セレスの四人は当然だろうと言わんばかりの表情だが、完全に少数派だ。
「……こほん。ともあれ、調査ご苦労様なのじゃ」
「ありがとうございます、ナナ様。迎賓館より皆様の姿が消えたと大騒ぎになってからこっち、寝る間も惜しんで働いた甲斐がございますわ」
あ。
わーすれーてたー。しかもアルト達は大分遅く来たから何か伝言とか残してるだろうと思ってたんだけど、どうも私の作った料理をその場にいた全員で平らげてすぐにゲートゴーレムで転移したらしい。おい。
「す、すまんのじゃー、その、忘れておったのじゃ……」
「うふふ、構いませんわよ、ナナ様。こちらこそ申し訳ありません、勇気を出してほんの少し意地悪を言ってみました」
うろたえる私を見るシアの笑顔が、いたずらが成功した子供みたいだ。怒っていたり嫌味で言ったわけではなくほっとしたが、一本取られたかな。
「……ふふふ、わしも構わんのじゃ。改めて、これからもよろしく頼むのじゃ、シア。そしてレーネ」
二人と改めて握手をしながら急にどうしたと聞いてみたら、私とティニオンの王族オーウェンとのやり取りを見て、その距離感の近さから対抗意識が芽生えたのだという。
国家としての友好的な付き合いも当然として、個人としても友好的に付き合って行きたいと笑顔で言うシアに、当然だと笑顔を返してやる。
あーほんと笑顔が可愛いなあこの子は。今まではあんまり遊びに付き合わせるのもどうかと思ってたから控えてたけど、今後はレーネと一緒に少しくらい連れまわしてもいいよね。
まずジュリアのとこから服を持ってきて着せ替え人形にしてしまえー、ふふふふふ。
「嬢ちゃん、国家としての友好的な付き合いって、皇国とはもうそこまで話が進んでるのか?」
「昨日おぬしらのところに転移する前に、皇国の王ヴィシーと話しをしておったのじゃ」
「うおマジかよ、うちの親父との面会は面倒って言って逃げたくせに」
オーウェンは相当慌てているようだけど、私に貢ぐ酒を増やせば面会くらいするよ、ふふふ。
「ナナさん、その件なのですが三国で会談を行うことを提案します。プロセニアの情報が集まるまでもう少し時間も必要ですし、年明けに三国で友好関係を結ぶ為の会談、そして建国の式典と宣戦布告は四月に行うことにすれば、十分に準備が間に合います」
「そうですわね、父ヴィシー・フォルカヌスも、再度お会いしてお礼申し上げたいと言っております」
「親父も最優先で動くはずだ。……ただ、ゲートは使わせてもらえるのか?」
「そうじゃの、どこで集まるにしてもゲートゴーレムか転移術が無いと無理じゃろ」
ゲートゴーレムはもう隠せないだろうけど、この辺りの今後の扱いについて考えないとなあ。
「ゲートゴーレムは両国に各一体設置しようと思っておるのじゃが、それについて相談があるのじゃ。ゲートはたしかに便利じゃが、わしはそれをあまり民間に広めたくないと思っておる」
不便さを克服するために知恵を使い技術を発展させ、より良い暮らしを求めるために試行錯誤するのもまた、文化の発展に必要なことだと私は思っている。
交通網や手段など、今の世界にはまだまだ改善の余地がある部分がたくさんある。移動手段や運搬手段にゲートが多用されることになればそれらの発展だけではなく、衣食住あらゆる地域特有の文化的なものの発展が阻害され、均一化されてしまうのではないかと危惧しているのだ。
もちろん緊急時の援助や国家間のやり取りなど、必要なことに使うのは反対しないし、むしろ積極的に使う気ではある。
国民を守る義務がある側にとっては、文化よりも国民の生命と財産が大事だからね。
その辺りの事を話すと渋々といった感じで了承してくれた。
もちろん自分達で開発できたなら止める気はないよ? ゲートの術式自体は簡単に作れると思うし。ただ数千キロメートルの距離を転移させられるゲートを作る魔力の調達が厳しいと思うけどね。
何にせよこの辺の突っ込んだ話は、会談の時にでもすればいいだろう。
「ジル、おぬしにゲートゴーレムを預け、外交関連の業務を任せようと思っておるがどうじゃろ? 皇国出身で英雄レーネの親友であり、ティニオン第三熊王子の婚約者でわしの側近ともなれば、三国間のバランス調整にふさわしいと思うのじゃがの」
「ワ、ワタシにそこのような大役を……」
「僕もジル君が適任だと思います。皇国から派遣される文官の件も含めて任せますよ」
感動に打ち震えているジルを横目に、隣にいるオーウェンが眉をひそめた。何か文句でもあるのか熊。
「なあ、皇国から派遣される文官って何だ?」
「算術や読み書きのできる者をナナ様のお手伝いに派遣することを、皇国平定のお返しとしてわたくしが約束いたしましたの」
「……ティニオンからも派遣させたい。まだ枠は空いているのか?」
ああ、そういうことか。シアも悪い笑みを浮かべてるなー、オーウェンも変なところで張り合うんじゃない。
「そのあたりは互いに話し合って決めるとよいじゃろ。それに三国会談というからには、ティニオン王国とフォルカヌス神皇国の間にも友好関係は築けるのじゃろうの?」
「もちろんだ!」「もちろんですわ!」
オーウェンとシアから同時に返ってきた返事を聞く限り、仲良く出来そうじゃないかと一安心だよ。
「念のために言うておくが、自国へのあからさまな利益供与を行うような文官じゃったら、リューンやイライザ、そしてアルト辺りが容赦なく排除にかかると思うでのう、心しておいて欲しいのじゃ」
みんな仲良くするのが一番だよね。二人とも石造みたいに固まっちゃったけど、信じてるよ。くすくす。
シアとレーネは夕方には皇国へ戻り、明日もまた戦後処理に追われるそうだ。まだ四大貴族の領地への捜索も残っているというので、ゲートゴーレムを預けたペトラとミーシャも同行させた。数日中には片付くだろう。
ヒデオ達も明日にはいったんティニオンへ戻り国王に直接事の顛末を報告するそうなので、また少しの間お別れである。
夕食後まったりとお互いの近況などを話していると、ヒデオ達が旧小都市国家群の調査に向かった後に私が作ったスライム達の話を聞いて、ヒデオとオーウェンがぽかーんと口を開けて固まってしまった。
「ナナ……鑑定魔術を作ったって、何」
「さっきも言うたが、魚やキノコなど毒のある物を食う阿呆が後を絶たなくての、わしのスライムで吸収して記憶した情報に対して、問い合わせを行う術を作ったのじゃ」
ボケーっとするヒデオに鑑定魔術と解析魔術、さらに二つを組み合わせた上位鑑定魔術を教えてやると、早速食器やお酒やおつまみの木の実などあちこちに向けて鑑定魔術を使いまくり、「出鱈目すぎだろ」と呟いて頭を抱えている。おかしいな、予想外の反応だよ?
「住民登録用スライムだと、なんじゃそりゃ。それがありゃ国民の所在管理や税収管理がどれだけ楽になるか……」
「ふふん、やらんぞ」
「くっ、酒か……あと渡していない種類の酒って何があった、ちくしょう」
オーウェンが交換条件に持ってきた秘蔵の酒の数々には心惹かれたが、ティニオンは百万人規模の国だ。たぶん住民登録用スライムのこーじと同型一体ではカバーしきれないと思う。
代わりに鑑定魔術はいくら広めても構わないと言うと、ヒデオが真剣な顔をこっちに向けた。ちょっとドキッとするじゃないか、もう。
「ナナ、これは提案なんだけど……冒険者ギルドの本部を、プディングに置かないか?」
「本部じゃと? ……つまり、各国で独立した組織ではなく、各国で連携の取れる一つの組織にしたいという事かの?」
「さすがナナ、話が早い。今使ってみて思ったんだけど、これ解析魔術の方で相手の強さもある程度わかるだろ」
「そうじゃの、キューちゃんと同様に戦力値として数値化することもできるのう」
ヒデオの案は、冒険者を上位鑑定で確認してランク付けし、それを記されたカードかドッグタグでも持たせられないかというものだった。
そうすれば魔物との戦力比もわかりやすく、冒険者の事故死が減らせるのではないかと言う。
ジルも参加していろいろ意見交換などをしていると、今いるエスタニア大陸と皇国のあるイルム大陸では、一般的な魔物の強さにも違いがあるらしい事に気付いた。
そう言えば一般的な兵士の戦力値を見ても、一割ほどイルム大陸の方が高いな。魔素の濃い地域の方が人も魔物も強くなることを忘れていたよ。
「うーん、それじゃ今ティニオンの冒険者ギルドで付けてる魔物のランクが無駄になるかなぁ」
「大型動物類やオーガでBランクじゃったかの。イルム大陸でも一般的には人が単独でどうにかできる限界がその辺りじゃろうし、そのままで構わんじゃろ」
「オーガなら傭兵団でもよく狩ってたわよぉ、でもオーガの上位種はレーネ以外単独では無理だったわねえ」
オーガや大イノシシで二千に届かない程度、確かレーネと初めて会った時の戦力値は四千ちょっとだったかな。オーガの上位種がどれほどのものかわからないが、五千には届かない程度だろう。
「そのあたりの話は今度また話すとして、むしろ問題は各国の冒険者ギルドとの協力体制じゃろ。いきなり『プディングに本部を置くから従え』などと言われても、ティニオンも皇国も困るじゃろうが」
「それもそうだな。ちょっとティニオンに戻ったら動いてみるよ」
「皇国には冒険者ギルドは無くてぇ、傭兵ギルドがついでに扱っている程度よぉ。ミーシャに調べさせておくわねぇ。それと思ったんですけどぉ、薬品関係も三国で提携し、プディングに本部を置けないかしらぁ?」
ジルによると怪我や病気の治療に使用する薬草や鉱物類も、鑑定魔術があれば材料の特定や採集が容易だという。
もちろん化粧品や美容液関連もついでにと言っているが、ジルの目的は間違いなく後者だろう。
これも三国で進める方向で決め、調整をジルに任せておく。
方向性を決めたところで、この話はいったん終わり。
ヒデオは鑑定魔術が気に入ったようで、自分の服や装備品なども鑑定していたけれど、鎧を鑑定したところで顔を赤くして固まってしまった。
何だろう、私の作った鎧がどうかしたのだろうか。鑑定っ!
『種別:軽鎧 名称:地竜の軽鎧 概要:ナナがヒデオのためだけに作った軽鎧。中級竜の骨を中級竜の外皮で覆い、軽さと硬さと魔術耐性を兼ね備えている。胸部装甲の内部には心臓を守る魔鋼とともに、ヒデオを守りたいというナナの愛が詰め込められている逸品である』
「うぎゃああああああ!!」
何だこの説明は! うんちょーはどこだ! 今すぐ消してやる!!
うぎゃああああああ!!




