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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
140/231

3章 第76話N 実質はわしの負けなのじゃ

 突如乱入してきた人型竜と、高速で空を飛びながら単純な殴り合いが続いている。高速機動格闘戦とでもいうのだろうか、人型竜は私のように足場を作っているわけではなく、本当に飛行している。

 人型竜の格闘戦技量は明らかにリオよりも低いが、いかんせん身体能力が高すぎる。それに加えて飛行による変幻自在の動きに私の方がついて行けず、良い打撃を何発も貰ってしまった。


 だがもう十分に『視た』ぞ。


 人型竜が翼に纏っているのは闇系統の魔素、そしてその効果は恐らく重力操作だ。私も人型竜と同様に翼に闇の魔素を纏わせ、見様見真似で飛行する。

 更に追加したミニスライム達の制御をキューに任せて飛行させ、光線魔術を人型竜に向け撃ち続けて貰う。当たる度に体表部が焼けて融けてきており、貫通するまでには至らないが有効打はそれなりに与えているはずだ。

 しかし人型竜は私がさっき使った、拳に土の魔素を纏わせた攻撃を仕掛けてきた。私同様、魔素の動きを見て真似ることができるようだ。


 長引けば私の方が不利だ。しかも――

―――警告。マスター・ナナの戦闘継続可能時間が残り三分を切りました。


 勝負を急がなきゃいけないが怒りも焦りも抑え込み、自分の翼とミニスライムから放つ光線で人型竜の退路を限定させて懐に飛び込む。


「はああっ!」

『バガァン!!』

「ガアアッ!」


 心臓があるだろう胸をトンファーで殴りつけると同時に散弾銃魔道具を発動した。


「ぬうっ!!」


 しかし人型竜は寸前で横に避け、そのまま放たれた反撃の右拳を左トンファーで受けるも、大きく弾き飛ばされてしまった。


「じゃがまずはリオの分、と言った所かの。左腕一本、貰ったのじゃ」


 散弾を完全に避け切れずに上腕部から吹き飛んだ人型竜の左腕が、くるくると回りながら地面へと落下していく。

 あちこちにミニスライムの光線を浴びて外皮が脆くなった今なら、トンファーによる近接散弾も十分に有効打となる。

 一気に片をつけるつもりで飛び込もうとしたとき、人型竜の口から明後日の方角に光線が放たれた。その光線の先は……皇都だと!


「ふざけおって!!」


 転移で光線を追い越し、障壁を張って光線を打ち消した。しかし今度は連続で光線が放たれ、ミニスライムたちも使って何十発もの光線全てを防ぎきる。

 皇国側の戦力ではないと思っていたが、まさか皇都に向けて攻撃を放つとは完全に予想外だった。

 皇都から外れた攻撃は無視していたが、着弾時の威力を見るとレールガンに近いものがあるな。

 ちょうど私の真下にいる皇国守備軍の本陣も、驚きにざわついているようだ。

 その守備軍にも人型竜からの光線が放たれたが、ミニスライムで張った障壁で防いでやる。


 このままでは時間切れになる、防御をキューとミニスライムに任せてヴァルキリーで人型竜を叩きに行かなければと思ったその時、人型竜の口に光の魔素が集まり圧縮されていくのが見えた。

 あのクレーターから撃って来たやつだ、あれは並みの障壁では防げない。

 背中の翼を大きく広げて魔力を流し、こちらも圧縮した空間障壁を展開して正面から受けきるべく身構える。

 角度をつけて受け流そうにも、さっきの威力からすると逆に私の方が弾かれる危険がある。

 そして人型竜の口から、極太の光線が放たれた。


『ギュイイイイイン!!』

『バリバリバリバリ!!』

「ぬううううううう!!」


 極太光線を受けた障壁が、徐々に破壊されていく音が響く。押し流されないよう両手で障壁を支えるようにイメージを強め、こちらも翼を介して次々と障壁を継ぎ足していく。

 余波を受けて皇国守備軍の人たちが何十人も転がって行くのが見えるが、そこまで気にしている余裕は無い。

 この極太光線が皇都に直撃したら、下手をすれば何万もの死者が出る。

―――警告。マスター・ナナの戦闘継続可能時間が残り一分を切りました。


 こうなったら仕方がない、ノーマル義体とカメタンク達を出して……え?


『キュインッ』


 私から少し離れた所にいたミニスライム達が放った光線が、人型竜の顔面を直撃した。あれ? そういえば私はいつの間にミニスライムを二十体に増やしていたんだ?

 しかも人型竜の真下から、緑色のでかいのが跳んでった!


『GUAAAAAAA!!』

『ドゴッ!』


 人型竜が怯んだその瞬間、人型竜を下から殴り飛ばしたのは緑色の巨大なドラゴン、アネモイだった。昇龍、いや昇竜拳か、いいタイミングだアネモイ。

 人型竜は砕けた外皮を飛び散らせながらふっ飛ばされたが、遙か上空で態勢を整えるとアネモイを無視してこちらに向かって飛んで来た。


 しぶとい奴だ。


 アネモイの口に尋常じゃない量の魔素が集まっていくのを感じながら、人型竜を迎撃すべく空間障壁を全て解除し空間庫から直刀を取り出す。

 その直刀を逆手に持ち、槍投げのように人型竜の顔目掛けて全力で投擲する。どう考えても、悪あがきにしか見えないだろうな。

 人型竜は余裕を持って射線上から僅かに体を横にずらした。かかったな、その余裕が命取りだよ。

 風の魔素を操って軌道を変える、深緑の副団長とかいう人の技だったかな。


「グガァッ!」


 勢いをそのままに軌道を変えた直刀が、回避した先にいた人型竜の左目へと迫り後頭部まで突き抜ける。

 さらにその瞬間を狙い済ましたようにアネモイの口から光の粒子が放たれ、人型竜を包み込み天へと続く光の回廊を作り出した。

 次の瞬間、光の回廊を一条の光が走った。


『ジュイイン!!』


 強烈な光に目が眩んだ後、きな臭い匂いが辺り一体を包み込む。

 目を開けると光の回廊は消え残滓がキラキラと大量を反射して輝き、まるで天の川のような光景が広がっていた。

 ビーム砲というか……荷電粒子砲? 電気エネルギーの塊らしいと言うことだけはわかったが、とんでもない威力のブレスだ。


「やったかのう?」


 人型竜の気配を探るが、周辺のどこにも人型竜の存在は確認できない。


 蒸発……したのか? それにたとえ回避されたとしても、私の投げた直刀は頭部を貫通したのだ。あれでは生きていられないだろう。ともあれ決着はついたようだ。


「やれやれ、酷い目にあったのじゃ」


 身体強化術を解除し、スライム達を戻してやっと一息。

 足は数カ所大きく切られて流血しているし、骨は全身数箇所にヒビどころか折れているものもある。痛みも無く動けたのはキューちゃんのおかげだろう、本当にいつもすまないねえ。

―――どういたしまして。


 タイツも破けて生足が出ているけど、下着が露出していなくて良かった。というか戦闘に集中していてすっかり忘れていたが、私は今皇都守備軍の真上を飛んでるんだった。スカート姿で。

 下着は見えていないとはいえ何か急に恥ずかしくなったので、急いで戻るとしよう。


 いろいろと腑に落ちないことはあったが、まずは無事を喜ぼう。




 人型竜の左腕を拾い、古竜アネモイに向かって飛ぶ。今回は本当に、皆に助けられた。アネモイのおかげで奥の手を使わずに済んだことだし、これはご馳走を用意してやらないといけないな。

 一体何者でどういった存在なのかわからないが、もしあんなのが何体もいるとするならば、本気で戦力強化を考えなければいけないかもしれない。


 古竜アネモイは最初に出現した位置に戻っていて、近付いてくる私をじっと見つめて待っているようだ。

 ゴゴゴゴゴという地鳴りのような音を立てているアネモイの鼻先に近付き、両手を広げで抱きつく。


「アネモイのおかげで助かったのじゃ。ありがとうなのじゃ、アネモイ」


 突然気絶したと思ってたら復活していきなり人型竜を殴り飛ばすとか、アネモイにも聞きたいことはあるが後回しだ。

 それよりこの地鳴り音、また震えているのだろう。少しずつ治まってきているが、無理をして私を助けてくれたのだろう、何かお礼をしたいな。


「ナナ。オナカガスイテ、ヒトニナレナイ」

「おお、そうじゃったか。まだ解体しておらん地の下級ドラゴンがあるのじゃが、それでも食べるかのう?」

「ナマハ、イヤ」

「くくくっ、では一頭丸ごと焼いてやろう。少し待っておれ」


 ぶぞーに地竜の腹をかっさばいて臓物を取り除かせ、スライム体で包んで血抜きと表皮の吸収を行う。そのまま空間障壁で丸ごと包み火の魔素を集めて表面に焼きを入れ、地竜の内部にも百℃未満に調節した火の魔素を充満させ、少し放置する。このサイズじゃ工夫しないと中まで火が通らないからね。


 ちょうどリオとダグもこちらに近付いてきた。二人ともあらかた治療は済んでいるようだが、切断されたリオの左腕は神経接続をちゃんとやっていないから早めにやってしまおう。

 リオに駆け寄り抱きしめながら、スライム体でリオの左腕を治療する。ヴァルキリーだとリオの顔がちょうど私の胸に埋まってしまうのがちょっと新鮮だが、今はそれどころではない。


「えへへー。姉御、かっこよかったね!」

「じゃがのう、アネモイがおらなんだら、負けておったのじゃ。それにリオがおらなんだら最初の一撃で負けておったし、ダグがおらなんだら追撃の刃を受けておったじゃろうの。リオ、そしてダグ。ありがとうなのじゃ」

「ああ。……つーか、何だったんださっきの奴は……」

「わしにもわからん。ところで……アルト達は何をしておるんじゃ?」


 ぽかーんとした顔で棒立ちのアルト、セレス、そしてシア。その視線の先には……ああ、そういえばアネモイの本当の姿を見たことがあるのは、私とダグとリオだけだったっけ。

 それに今気付いたけど、レーネ達も後方に行ったノワモルの軍司令も戦闘を終えてこっちに向かって来ているな。レーネ達四人は無事にドラゴン・ゾンビを倒していたようで何よりだ。

 それと皇国守備軍の本陣も何やら動いているようだな。

 まあ、この惨状で戦争を続けようという者は流石にいないよね、人型竜が撃った光線が平原のあちこちに大穴空けてるし。


 ひとやすみひとやすみー。


 土の魔素を集めて巨大なテーブルを作ってやり、その上に乗せた下級地竜の丸焼きをアネモイに見せると嬉しそうにかぶりついていた。

 その間にもう一頭アネモイ用に焼こうと思い、ぶぞーに内蔵を出してもらおうとして気がついた。アネモイ、ぶぞーととーごーにも魔力線が繋がってる? どういうこと?

 ……とりあえず、あとで聞こう。


 立ち直ったアルト達とレーネ達、そしてノワモルの軍司令と深緑の団長らも合流し、二頭目の地竜丸焼きにかぶりつく古竜アネモイの足元に集まった。

 なんでも私と人型竜との戦闘決着後、私がアネモイの鼻先に抱きついたのを全員遠くから見ていたため、危険は無いと判断して来たそうだ。それでも若干一名を除いて、恐る恐るという感じだが。

 その若干一名は自分のご先祖様の真の姿に興奮しっぱなしで、シアに怒られていた。ふふふ。


 アネモイが食事をしている間に、人型竜が現れたせいで見られなかったレーネ達の対ドラゴン・ゾンビ戦の様子などを聞いた。

 意外なことに一番早く倒したのはジルで、操った木の根と魔狼ゴーレムでドラゴンの動きを封じ、一点集中攻撃で魔石を破壊したそうだ。

 逆に一番時間がかかったのがミーシャで、短い小剣でドラゴンの首を切り落とすのが大変だったらしい。試しに一度蹴ったら痛かったにゃ、と涙目で訴えていた。

 ペトラとレーネは空中戦に持ち込まれたがどちらも難なく撃墜し、あとは私の戦いを呆然と眺めていたそうだ。

 四人とも多少の切り傷擦り傷や打撲はあるがいずれも軽傷で、予想通りとは言えとてもではないが数千の兵士とドラゴン・ゾンビ相手に戦闘を終えてきたとは思えない様子だ。


 満足の行く結果に安堵していると、食事を終えたアネモイが鼻先をこちらに近付けてきた。


「ゴチソウサマ、ナナ。モウヒトツ、オネガイ」


 そう言って古竜アネモイが、そーっと右後ろ足をどかした。その足の下にあった布切れはアネモイが着ていた服、ってそういうことか。

 古竜アネモイの足元に闇の魔素で目隠しのカーテンを作り、その中にアネモイを人化させる。案の定全裸で恥ずかしそうにしていたので用意した新しい服を渡すが、尻尾持ち用のスカートや下着の替えを持っていなかったので、代わりにその場で超ローライズなパンツを作って渡してやる。

 顔を真っ赤にしてパンツを広げたアネモイは、軽く涙目でそれをはき終えると私の腕に強くしがみついた。


 その体はまだ小刻みに震えていて、空いた手でアネモイを撫でてやると徐々に震えが治まってきた。

 なおドラゴン時に片言なのは、単に喋りにくいのだという。多分発声器官に違いがあるんだろうな。


 闇のカーテンを解除すると、その場にいた全員の目がこっちに向いた。そこには皇国の鎧を着た知らない人も混じっているが、誰。


「ナナさん、皇都守備軍の使者が皇国の降伏を知らせてきました。それと四大貴族家の当主四名が、行方不明とのことです」

「そうじゃったか。で、ステーシアよ、ここからはおぬしの仕事じゃ。どうするのじゃ?」

「ええ、もちろん父様……神皇陛下とお会いして――」


 シアの言葉を聞いている最中、北の森の奥から突然大きな火柱が上がり、私も含めた全員の視線がそちらに集中した。何事かと感覚を転移させると半径5メートルほどの範囲で高く火柱が上がっていて、近くには大火傷を負った一人の男がうずくまっていた。


「すまんのアネモイ、ちょっと行ってくるのじゃ」

「姉御っ!」


 アネモイを引き剥がそうとしたが剥がせず、更に抱きついて来たリオにも捕まり仕方なく三人で転移した。

 大火傷を負った男は私たちに気が付くと、慌てて片膝を付いて頭を下げてきた。


「こ、これはナナ様! 申し訳ありません、四大貴族を追跡していたのですが戦闘になり……ぐっ」

「もしかしてアルトの部下かの? ちょっと我慢しておれ、すぐ治してやるでの」


 スライム体を増やして男を包み、焦げた体表を新しいものに取り替えていく。同時に治療魔術も行使し、男を介抱する。


「ああ、これがナナ様の……ありがとうございます! ですがナナ様のお手を煩わせてしまい、真に申し訳ありません!」

「まだ喋るでない」


 何やら感極まった様子だが、まだ相当な痛みがあるはずなのに随分元気だな。

 それより気になることがある。

 治療と同時進行で熱気を防いでいた結界を使ってそのまま炎を包み、炎を吹き上げる元になっているものを特定して結界に閉じ込める。

 火柱を見た瞬間、そうではないかと思っていた。やはり前に見たことのある魔道具だった。

 炎が消えるとそこには焼け焦げた五人の死体が転がっていた。

 治療を終えたアルトの部下に聞くと、四大貴族の護衛についていた者と戦闘になり、倒した途端に炎が上がったのだそうだ。


 はあ。嫌な気分だ。


 死ぬと炎を吹き上げて証拠隠滅を図る魔道具。これはヴァンの協力者が持っていたのと同じ魔道具じゃないか。


 そして……人型竜が見せた剣技。


 私の見たことのある……ヴァンと同じ、剣筋。


 何だ。一体裏に何がいる。それにあの人形竜……まさか、ヴァン、なのか?


「……ありえん、な。肉体は灰にし、魔石も砕いた。あるわけがないのじゃ……」


 それにもしヴァンだったとしても、さっきアネモイが消し去ったのだ。


 とはいえ心の中に不安が重く広がっていくのを感じる。


 嫌な予感が、頭から消えない。


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