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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第62話N 酒は飲んでも飲まれてはいかんのじゃ

「だいたいねえ、貴方一体何者なわけ? 人間じゃないわよね?」


 顔を赤く染めた緑髪のお姉さんが、手に持った酒盃をゆらゆらさせながら半目でこちらを睨みつけてきた。その女性、古竜の目の前にある料理の皿は全て綺麗に舐め取られ、着せた服はよだれや食べこぼしや垂れたソースでべとべとになっている。


「わしは元人間、今はスライムなのじゃ。人の体を模したゴーレムを作って、その中に入って操っておるのじゃ」

「ええ? 神の類とかじゃなくて、スライムぅ?」


 ヴァルキリー頭上のスライム体をぱたぱたぴょんぴょんと跳ねさせると、古竜の顔がだらしなくデレた。


「可愛いわね……って、ちょっと待ってそれスライムなの? そんな可愛らしいスライムなんて見た事が無いわよ。スライムって言うのはどろーっとしてねばーっとして、間違って踏みつけるととても嫌な気分になる奴よ?」

「姉御のはぷるんぷるんで気持ちいいよ!」

「鉄球みてえに硬くすることもできたな」


 ぽかーんと口を開ける古竜に向かって、スライム体を定位置から降ろしてぴょんぴょん跳ねさせながら近付いてみる。

 そのままスライム体を増やして義体より一回り小さな人型に姿を変えると、古竜がびくっ! と体を震わせた。そのままぷるぷると体を震わせ、涙目でこちらに視線を向けた。


「ねえ、さっきみたいなのにはならないのよね?」

「ん? さっきとは巨大化したときの事かのう?」

「そう、それよ! 何でスライムが地竜のブレスなんて出そうとしてるのよ! しかもあんなたくさん!! それに何あの動物達! 大きな剣に見たこと無い魔道具に回転する杭! 貴方の岩の拳! 私生まれて初めて、死んじゃうかもって思ったんだから!! うわあああああん!!」


 そのまま古竜は大声で泣き始めてしまった。泣き上戸か。それよりあの時ゴゴゴゴと聞こえていた地鳴りはもしかして、古竜が震えていた音なのか。それにブレスを撃っていないのに気付いたということは、やはり魔力視も使えるなこの古竜。というか最強生物の威厳はどこへ……


「あー、驚かせてすまんかったのじゃ、古竜よ」


 古竜の涙や鼻水を拭いてやりながら、泣き止むまで頭を撫でてやることになってしまった。そしてこっそりお酒を没収しようとしたが感付かれ、酒盃どころか小樽ごと抱きついてキープしやがった。

 やっと泣き止んだらまた酒を飲み始めるし、汚れた服を見て悲しそうにまた泣き出すし、酒が切れるとまた泣きそうになるし、こいつに酒を与えたのは失敗だったかもしれない。


 酔っ払いに言っても無駄かもしれないが、古竜に聞かれたのでぶぞー・とーごーや軍用ゴーレム、ノーマル義体の話などを説明し、スライムも怖くないことを説明する。それが終わると古竜は恐る恐るスライムに手を伸ばし、数度つんつんとつついたかと思ったら、がばっ! と抱きついて頬ずりし始めた。ちょっと予想外すぎて逃げ遅れた。

 冷たくてぷよぷよで気持ちいいと喜ぶ古竜をよそに、ついでなので古竜の服についたよだれや食べこぼしをスライム体で吸収して綺麗にしておく。

 羨ましそうに見るリオには、もう一体同サイズのスライムを出して預けておく。嬉しそうに抱きしめるリオと古竜の胸の柔らかさが全身に伝わる、密かな至福の一時である。

 満足した様子の二人は膝の上にスライムを乗せ、追加で酒盃を傾け始めた。空いた料理の皿を片付け、代わりにつまみになりそうなフライドポテトと木の実、干し肉を乗せた皿を並べる。



「それで、ナナ、だっけ? わらしに会いに来たのはぁ、レイナの代わりにぃ、わらしにりょーりとお酒を届けてくれるためだったかしらぁ?」

「違うわい。レイナの話も聞きたかったがのう、本命は世界最強の生物を一目見たいと思って来ただけなのじゃ」


 酒入れの小樽三つを一人で空けたこの酔っ払い、もう完全にろれつが回っていない。

 結局ここまではドラゴンの生態的な話と、竜は地水火風の四属性しかいないことと、地属性の古竜は何百年か前に死んだことくらいしか聞けなかった。ていうか一方的に聞かされた。

 ちなみにリオはとっくに酔いつぶれて魔狼ゴーレムをベッド代わりにし、人型スライムを抱き枕にしてというか、人型スライムに腕枕されて寝ている。なお両足の間に深く挟まれた人型スライムの脚部は、間一髪の所で感覚を遮断している。

 正直残念な気持ちもあるが、気持ち良さそうに眠るリオの寝顔を見ていると、邪な想いを抱いた自分が恥ずかしくなる。


「世界最強の生物ですって? あはははははは! 貴女はぁ、何を言ってるのかしらぁ? 貴女の出したゴーレムよりもぉ、スライムちゃんが出そうとしたブレスよりもぉ、貴女の攻撃が一番怖かったわよぉ」

「んじゃーナナが世界最強の生物ってことか?」

「少なくともわらしはぁ、もうナナと戦うなんて嫌よぉ。だってあんなの、死んじゃう……うわあああああん!」


 テーブルに突っ伏して泣き始め、間もなくすーすーと寝息を立て始めた古竜。だから最初に会ったときの威厳はどこ行った。

 そして古竜の膝の上にいた涙滴型に姿を戻したスライムの上に、二つの柔らかい肉の重量がのしかかる。こっちは気持ちいいからこのままにしておこう。

 とりあえずアイテムバッグから毛布を出して古竜にかけたダグを見て、ニヤニヤしておこうかな。


「ちっ、何だよその顔は。んで、もう用は済んだのか?」

「うーむ。本当はレーネに引き合わせて、あわよくば皇国の問題を丸投げしようと思っておったのじゃがのう。それにまだ聞きたいこともあったのじゃがこやつの酒癖が悪く、ほとんど話せなかったわい」

「酒も料理も何百年ぶりとか言ってたな。こいつずっとこんな山奥に一人で生きてきたのか?」


 古竜から聞かされた竜の生態の中には、千年以上生きて古竜にまで到達できた竜は、魔素のみで生きられるため食事を必要としないというものもあった。そして古竜ともなると同属性の竜からも恐れられ、上級竜ですら近付いてくることが無く、誰かと会話するのもレイナ以来だという。


「こうやって話しながら飲み食いできて、嬉しかったのかもしれんのう。気軽に来られるようにゲートゴーレムでも置いておこうかの? 魔素の揺らぎも古竜の棲み処周辺は問題なさそうじゃ」

「そうだな、頼む。そうしてやってくれ」


 くっくっく、これでダグもいろいろ理由をつけて古竜に会いに来るだろう。魔人族とドラゴンの恋愛かー、頑張れダグ。ニヤニヤ。




「き、昨日はみっともないところを見せちゃったわね。嬉しすぎて、ついはしゃいじゃったわ。お、お酒と料理によ!? 貴方達と話が出来たからじゃないわ!!」


 寝起き一番に聞かされた、古竜のツンデレ風味な言い訳を聞き流す。それはそうと、そろそろその大きな胸に挟んだスライム返してもらえませんかね。


「ゲートゴーレムも設置したからのう、また遊びに来るのじゃ。まだまだ聞きたいことも山ほどあるでのう」


 昨夜は古竜の巣穴に入ってすぐのあたりにゲートゴーレムを設置し、ついでにいたずらを仕掛けた際に川下りをさせたスライムを転移させて回収して、ぱんたろーに抱きついて体を休めた。

 巣穴の奥に金銀財宝的な何かが見えたが、流石に無断で他人のおうちに入るような真似はできないのでスルーした。今度見せてもらおう。


「それと古竜よ、今更じゃがおぬし名前は何というのじゃ?」


 金ボッチといい古竜といい、名前を聞かない自分が悪いのか、それとも名乗らない相手が悪いのか。後者ということにしておこう。


「竜族に名前をつける習慣なんて無いわよ」

「なんと、不便ではないのかのう?」

「名前って他者と区別する為のものでしょ? 人と違って私達の個体数は区別が必要なほどの数はいないわよ。でもそうねぇ、今後この姿で貴女と一緒に行くには名前も必要よね。貴女、私に名前をつけて下さる?」


 名前くらい別に付けても良いがちょっと待て今なんて言った。


「一緒に行くとは、どういうことじゃ」

「あら、私にもっと聞きたいこともあるんじゃなくて? それにレイナの子孫とも会ってみたいわ」

「酒はもう出さぬぞ」


 そんなに悲しげな顔をするな最強生物。多分酒と食事が目当てだなこいつ。


「古竜、ナナに名付けを頼むってマジか。考え直した方が良いぜ」

「ダグ? どういう意味かのう?」

「うんちょーとかふーすけとかこーじとか、姉御のつける名前ってユニークだよね!」


 自分の作ったゴーレムだもん、別にいいじゃないか。くすん。それに自分の作ったものはともかく、ヒルダの遺産でもあるマリエル達四体は、こっちの世界でも普通っぽい名前じゃないか。

 古竜の顔も引き攣ってるけど、うんちょーとかこーじはそんなに変なのだろうか。


「そうじゃのう……アネモイ、というのはどうじゃ? 確かわしのいた世界の風の神様の名前じゃ」


 他にもノトスやボレアスなども思い浮かんでいたのだが、女性っぽい名前だとアネモイしか思いつかなかった。ちなみに真っ先に浮かんだのはジューザとオームなのだが、この辺りは女性名っぽくないしヒデオに突っ込まれる可能性があるから却下した。


「アネモイ……良いわね! 今から私の名前はアネモイよ!!」

「うお、ナナが普通の名前をつけて『ゴスッ』ぐはっ!」

「ああ、私のスライムちゃんが!」


 古竜改めアネモイからスライムを取り返すついでに、アネモイの腕から逃れたスライムでダグの腹に体当たりをしておく。もちろんダグの大好きな硬質化済みである。


「いつからおぬしのスライムになったのじゃ、それはわしの体の一部じゃ」


 義体頭上の定位置に戻すと、物欲しそうな目でスライムを見つめる視線が二つになった。

 厄介なことになった気がする。そしてなし崩しに、アネモイの同行が決まってしまったような気もする。だが危険も無さそうだし、別にいいか。


「ほれ、そうと決まればさっさと戻って朝食にするのじゃ。ダグもいつまで転がっておるか、置いて行くぞ?」

「げほっ、ナナ、てめえ……げほっ」


 アネモイによると、他のドラゴンはアネモイがここを留守にしても、巣穴には決して近付いてこないという。それなら安心してゲートゴーレムは置きっぱなしにしておける。それに万が一人が来ても、入り口に置いたゲートゴーレムが追い払ってくれるだろう。空き巣対策もバッチリだ。



 ブランシェの魔王邸に戻ってノーマル義体に換装すると、驚いたアネモイがまた少し涙目になった。軽くトラウマになったらしい。

 それとアルトとセレスにアネモイを紹介すると、驚きのあまり言葉を失っていた。


 皇国組の五人がどんな反応をするか、ちょっと楽しみである。

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