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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
121/231

3章 第57話N ついやってしまったのじゃ

 タカファイターから送られてくる映像は、防壁が大きく崩れ、街のあちこちから炎を上げる都市セーナンの姿だった。


「これは……戦争、かのう」


 よく見ると破られた南側の防壁から大量の兵士がなだれ込み、セーナンを守っているであろう兵士たちと切り結んでいる様子が伺える。


 見て見ぬふりをするのも気分が悪いが、流石に関係の無い人間同士の戦争にまで首を突っ込むつもりはない。


 アルトの配下なら戦争に巻き込まれても逃げられるだろうから、タカファイターは別の都市で回収してもらおう、そう思ってモニターに流す魔力を切ろうとした時だった。

 皇国の鎧を着た者達が、セーナンの一般市民を襲っているのが目に飛び込んできた。


 その皇国兵の男達は年端もいかない一人の少女を囲んでおり、兵士のリーダーらしき男が少女を殴り倒し、力任せに衣服を引きちぎった。膨らみ始めのような小さな胸を隠す少女の、かぼちゃパンツのような下着も引きちぎった男は、抵抗する少女の顔面を殴りつけると自身のズボンに手をかけた。


「ナナさん、お呼びですか?」


 アルトの声が聞こえたと同時に、転移魔術を発動させていた。あれを見て放っておくなんて、できるわけがないだろう。




「ハハッ! その目いいねえ! ちょっと嫌なことがあったんでよぉ、スッキリしてえんだよ。あんた、どんな声で鳴くのか楽しみだぜえ?」

「いやあああああ!!」

「ハハッ! ほうらよく見ろよ、今からこの俺様のぶっと『ぱきょっ!』ひぎ!!」


 気分が悪い。こんな少女になんて事をしているんだこの下衆め。蹴り上げた足に伝わってきた感触も気持ち悪くて吐き気がする。


「もう大丈夫じゃ。これでも着ておれ」


 襲われていた少女に空間庫から適当な外套を取り出して渡し、周囲に障壁を張ると同時に頭上のスライムから治癒魔術の光を集中的に放つ。見る見る間に傷が癒えていく少女の、血の跡や汚れた箇所をタオルを取り出して拭いてやる。

 どっかに飛んでった下衆男を眼で追っていた兵士達が我に返ったようだが、襲い掛かろうにも障壁にぶち当たりこっちを睨みつけるしかできないようだ。


「あー……ヒルダ、ノーラ、すまんのう。あんな粗末なもん見せた上に、足に触れてしもうたわ」


 それにしてもこいつら、レーネハイトと戦っていた青鎧の手下と同じ覆面をしているな。

 関係は気になるところだが、まずは汚れた足を水で洗い流しておこう。それとまた汚いものを見せては申し訳が無いから、ヴァルキリーへの換装もしておく。


 震えている少女を軽く屈んで優しく抱きしめ、耳元でもう大丈夫と何度も呟きながら、感覚転移で上空から周囲の様子を窺う。すると街のあちこちで覆面をした兵士が、皇国の兵士や一般人を殺して回っているのが見えた。建物に火をつけたり、防壁を破って侵入した方の兵士と協力している者までいる。


 戦争であれば介入するべきではない、この少女だけを連れて帰るか、それともこの辺りの子供だけでも助けようか、いっそ市民を全て避難させようか。なんて考えていたが、惨殺された親子らしき遺体と、血まみれの剣を手にする覆面を見て気が変わった。


 腕の中から潤んだ目でこちらを見上げる少女を抱き上げ、近場でかつ人が多くいて戦火の及んでいない、安全そうな場所へ転移する。


「びっくりさせたかのう、もう大丈夫じゃから安心するとよいのじゃ」


 少女の小さな頭を軽く撫でて、にっこりと笑ってみせる。震えは治まっているがまだ混乱したままの少女から手を離すと、周囲にいた人の呼びかけに少女が反応した。家族か知り合いがいたようだ、良かった。



 さて。やると決めた以上、手早く且つ徹底的にやるか。少女に軽く手を振って、空高くへ跳び上がる。


 まずは拳大の羽根つきスライムを大量に作り出し、全てを太い魔力線で繋いでコントロールして、それぞれで障壁の足場を作って隊列を組ませる。


「キュー。覆面の位置は全て把握しておるの?」

―――是


 全スライムで水の魔素を集める。光や火の方が見栄えも良さそうだが、建物に燃え移ったりしたら面倒だ。とにかくこれで準備は整った。


「覆面全員の手足を撃て」

―――了


 同時に百体のスライムの翼が輝きを放ち、街の至る所に圧縮した水の弾丸がシャワーのように降り注ぐ。攻撃の照準と引き金はキューに任せ、自分は魔素を集めることに集中する。

 覆面達は命令に従っていただけかもしれない。無理やり従わされていただけかもしれない。

 それでも今放っておけば、ただの市民に更なる犠牲が出る。

 自分の手では殺しはしないが、実際に被害にあったこの街の者が裁くだろう。


 四肢全てを水の弾丸に穿たれ地面を這う覆面達の姿を確認できたので、あとはついでに火も消すようキューに頼み自分は崩された防壁へと視線を移す。


 防壁の欠片だけでは足りないから、周囲の石畳も使うとしよう。

 魔素を操り、崩された防壁の破片と周囲の石畳を一纏めにして、魔力を流して巨大な竜の形を作り出す。


 ちょうど羽根つきスライム達の水弾と放水も止んだので、その中の一体をストーンドラゴンゴーレムの口の中に転移させ、内部で体積を増やして中級ドラゴンの喉にあった器官と声帯を構築する。


『GUGYAAAAAA!!』

「な、なんでこんな所にドラゴンが!? うわあああああ!!」

「て、撤収! 撤収!!」

「セーナンを守れ! 市民が避難する時間を稼ぐぞ!!」


 突然のドラゴン出現に浮足立つ両軍の兵士を無視し、防壁へ向かってドラゴンを歩かせる。サイズは問題無さそうだ、それじゃあ走って一気に突っ込ませよう。


『ズン、ズン、ズンズンズンズン』

「うわああ! 来るな、来るなあああ!!」

『ドゴォォン!』


 防壁から侵入してきていた兵士たちをなぎ倒しながら、防壁に空いた穴に頭から突っ込ませ、胴体で穴をふさぐ。狙い通りジャストフィットだ。

 衝撃で防壁が大きく揺れたが壊れてはいないな、危ない危ない。


 防壁の上に移動して外の様子を窺うと、数万規模の軍が防壁の外に並んでいた。

 一般人を巻き込んだ戦争を、自分に見られたのが運の尽きと諦めてもらおう。


 複数の矢や魔術がドラゴンへ飛んで行くが、そんなもので破壊できるほどドラゴンゴーレムは柔じゃない。


 自分と視線とドラゴンの首の動きをシンクロさせ、ゆっくりと兵士が敷いている陣地を見渡す。兵士の密集している地点の手前辺りがちょうど良さそうなので、そこへ視線を向けながら右手を高く上げて、振り下ろす。


「薙ぎ払え!」

『PUGYAAAAAA!!』


 ストーンドラゴンゴーレムの叫びと同時に、口の中に構築した『ブレス器官』に魔素が集まる。それが一気に吐き出され、兵士のいない地面に着弾して大きく土砂を巻き上げた。そのまま視線を動かし、兵士を巻き込まないように注意しながら横薙ぎにする。

 土砂に埋まるなどの被害は出るだろうが、そうそう死にはしないだろう。


 とどめとばかりにもう一度叫び声を上げさせると、軍は一斉に引いていく様子を見せた。威嚇射撃だという意図は正しく伝わったようで安心した。それならこれくらいにしといてやるか。


 ついでなのでキューに覆面以外の怪我人の位置を把握させ、スライムを飛ばして翼から治癒の光をあちこちに振りまいておく。


「女神様!」

「ああ! ありがとうございます!!」

「女神様に感謝を!!」

「おお! 怪我が、怪我が治っていく! 女神様ああ!」


 ……やばい。治療まではやりすぎだったか、やっちまった感が今更ながら物凄い。下から響いてくる歓声に、物凄く嫌な予感しかしない。おっとスカートだったけど、厚手のタイツ履いてるから下着は見えてないよね。ノーマル義体じゃなくて良かった。


 ていうか……何で少女助けるだけのつもりが、覆面全部敵に回してこの街守っちゃったんだろ。

 とりあえず……ドラゴンゴーレム解除、スライム体回収。


 これでよし。さらばだっ!


 元いたモニター前に転移、完了。


「……ふう」

「ふう、じゃありませんよ、ナナさん」

「ひあっ!?」


 恐る恐る振り返ると、そこにはジト目でこちらを見つめるアルト・ダグ・リオ・セレスの四人がいた。


「あ、いや、その、これはじゃな……」

「男の股間蹴り上げたところから見てたよ、姉御!」

「ナナ、てめえの敵は俺が全部滅ぼすって決めてんのに、何で俺を呼ばねえんだ!」


 リオ、それは最初からと言うのだ。ダグ、そんな初耳な事で怒られても。


「ナナちゃ~ん? まーた一人で行ったのね~?」

「ナナさん、セーナンに潜んでいた部下から感謝の言葉が届いています。後始末はお任せ下さい」


 セレス、誰かを待っていたら手遅れだったのだ。アルト、いつもすまないねぇ。


「ううう、すまんのじゃあ」

「理由が理由ですからね、ナナさんらしいと思いますよ」


 四人の目がジト目から、何か生暖かい眼差しに変わった。それはそれでまた居心地が悪い。


「それに今回、直接的には一人しか殺してねえしな」

「むう、死人が出ておったか。なるべく殺さんようにしとったんじゃがの」


 覆面達とそのリーダーらしき男の行為には腹を立てたが、それだけだ。

 あくまでも『他国の戦争』であるため、覆面達も手足を撃ち抜くだけに留め、戦争をやめさせることに終始徹したつもりだ。だからドラゴンゴーレムも兵士を吹き飛ばしはしたが、踏み潰さないように動かしたのだ。


「姉御に股間蹴り上げられた奴だよ! すっごい高く飛んだ後、頭から落ちてお尻丸出しで死んでたよ!」


 なんだあの粗末な奴か、じゃあいいや。というか嬉しそうに言うんじゃない。

 それにこれまでは自分が直接殺したのならちゃんと吸収してやりたいと思っていたが、子供の敵で女の敵などという外道は吸収したくない。


「ああ、そういえばアルトよ。すまんが、タカファイターの回収も頼むのじゃ。また連れて帰るの忘れとったわい」


 片付けようとしたモニターには、家族と再会できたらしい少女の笑顔が映しだされていた。


 こんなにも良い笑顔を見れたのだ、皆のお叱りも生暖かい眼差しも我慢するしか無いか。






 セーナンを意図せず防衛してしまった翌日、ステーシアが話したいことがあるというので、ジルに許可を出し魔王邸に連れて来させた。

 別にこっちから出向いても良かったのだが、位の低い者が足を運ぶのが礼儀とステーシアに固辞されてしまった。自分も昔は体育会系だったからその理屈はわかるのだが、面倒だなー。


 そしていつの間にか、魔王邸に玉座と謁見の間っぽいものができていた。待てアルト何だこれは。


「まだ城も迎賓館も完成してませんから、あくまでも仮です。完成までこれで我慢して頂けると助かるのですが」

「わしに、あの金ピカな椅子に座ってふんぞり返れと言うのか? いーやーじゃー、そんな偉そうな真似いやなのじゃー!」



 ……問答無用で座らされた。くすん。


「のう、代わりにスライムをここに置いては――」

「駄目です。ステーシア『皇女』からの面会の申し出です」


 最後まで言わせてもらう事すらできなかった。しかしわざわざ皇女と言うからには、何やら面倒くさい話になりそうだ。

 そこでステーシア達を待つ間、皇国についてアルトからいろいろ説明を受ける。

 神皇が治める国だが実質は四大貴族が好き勝手していること、国民の貧富の差は激しく多くの民が飢えに苦しんでいること、一般人の主食は豆類で肉類は貴族階級の者しか口にできないこと等を聞く。

 ん? 豆類?? ちょっとそこ詳しく聞こうか、と思った時にステーシア達が到着してしまった。まあいいや直接行って確かめよう。




「この度は拝謁の許可を賜り、誠にありがとうございます」


 揃って片膝をつき、頭を下げるステーシアとレーネハイト。

 ステーシアは腰から大きく膨らんだロングスカートがよく似合っているな、お姫様みたいだ。レーネハイトは綺麗に折り目のついたパンツスーツスタイルが、男装の麗人というより王子様みたいだ。しかもレーネハイトは以前と同じ金髪に戻しており、二人が並ぶと兄妹のようにも見える。


「前にも言ったがのうステーシア、わしは堅苦しい言葉遣いが苦手なのじゃ。元々平民というか、平スライムじゃからのう」


 左隣からアルトの責めるような視線が、右隣からはダグの呆れたような視線が突き刺さるが、無視して頭上のスライム体をぱたぱたぴょんぴょんと動かす。

 それにしても片膝を付くと、短いスカートだと正面から中身が丸見えになるから、貴族は長いスカートばかりなんだろうか。自分が膝を付くような偉い人と会う予定は無いけど、一応覚えておこう。

 ステーシアとレーネハイトを連れてきたジル達は『こっち側』の人間ということで、リオ達と一緒に二人を挟むように整列しているが、ちょっと格好いいな。


「はい。ですがまずは、改めてお礼を。魔王様のおかげでこの一週間、とても幸せな時間を過ごすことができましたわ。心よりお礼申し上げます」

「ありがとうございました、魔王様」


 ステーシアは笑顔が可愛いなぁ、十代後半といった辺りだろうか。二十代半ばくらいのレーネハイトとは良いカップルだよなー。女の子同士だけど。

 しかしレーネハイトは対照的に、ずいぶんと沈んだ表情だが何があった。


「魔王様のおかげで、もう思い残すことはございません。……この度はお願いがあって参りました。わたくしをローマン帝国へ送り届けては下さらないでしょうか」

「なんじゃ、まるで自殺しに行くような口ぶりじゃのう」


 笑顔のままだったら良かったのに、今の思いつめたような顔は見てるこっちまで悲しくなるな。一体何だというのだろう。


「はい……わたくしが帝国へ参りませんと、帝国と我がフォルカヌス神皇国との間で戦争が起こりますわ。わたくしは皇女です。民の命がかかっている以上、我儘に生きるわけにはまいりません」

「……ん?」


 あれ、確か帝国ってセーナンの南にある国だよね。もしかして昨日追い払ったのが帝国?


「帝国でしたら昨夜魔王様が撃退し、セーナンから軍を引いていますよ?」

「「へ?」」


 あー、やっぱり。二人同時にアルト見て変な声でハモってるし、アルトに向けた顔を壊れた人形みたいな動きでこっちに向けてきてるし、どうやって誤魔化そう。


「わ、わしは何もしておらんし他所の戦争に介入などそんな面倒ごと、首を突っ込むわけがなかろう。何かの間違いではないかのう」

「姉御は女の子助けただけだもんね!」


 リオ、ナイスフォロー。あとで撫でてやろう。


「そ、そうじゃ! わしは人助けしかしておらぬ!」


 あれ、言ってから気付いたけどリオの言葉はフォローじゃなくて誘導尋問的な何かじゃないだろうか。両隣からはため息が聞こえてくるし、ステーシアたちの顔も引き攣ってるし。


 前言撤回、リオには逆にお仕置き決定。

 こうなったらもう知らない振りは無理かー。


「あれはのう……事故なのじゃ」


 天井の染みでも数えようかと上を見たが、そういや新築だわここ。あははー。

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