3章 第51話N スライムが万能すぎるのじゃ
魔王邸の自室はベッドと作業机しか無い、殺風景で寂しい部屋であった。
だが新築な上作りはしっかりしており、呼び出したぱんたろーが歩いても床が軋むことも無く、多少重量のあるゴーレムや大量のスライム体を出しても、そう簡単に床が抜けることはなさそうだ。
「さて、と……まずは方向性を決めぬとな」
寝そべるパンタローを椅子代わりにし、作業机に向かう。ときたま「パタン」と猫用出入り口が動いている音がするが、今は誘惑に負けずに作業に集中しておこう。
今作ろうと考えているもの、それは巨大なデータベースである。
しかも情報収集用と情報を引き出すための二種類の端末を用意することで、次々と新しい情報がデータベースに自動で蓄積されるようになり、そしてどこからでも端末を通してデータベースの情報が確認できるという代物である。
ただのデータベースならキューという前例かつ上位版とも呼べる物が存在するため、これまでも作れたのだがわざわざ作るほどのものではなかった。
しかし今、先日使えるようになった技能を駆使すれば、自動で情報を集め続けるデータベースというとんでもないものが作れるかもしれないことに気付いてしまった。
おおよそのイメージが完成したため、早速作ってみることにする。
ただのデータベースではない。データベーススライムだ。
分裂させたスライム体から常に情報を集め、そして通信魔術か専用の魔道具でデータベースにアクセスして情報を参照する。
こんなものあっちの世界でインターネットに触れていなければ、とてもではないが想像できなかっただろう。しかし人知れず可愛いものを買うためネットショッピングを駆使していたおかげだと思うと、少々微妙な気持ちではある。
核となるスライムの8センチ級魔石に高い記憶能力を付与し、多くの分裂体を操れるよう身体操作能力も高いレベルでインストール、五感とフレスベルグの魔力増幅・拡散能力を得られるよう擬態能力も付与、通信系魔術の受発信のための空間魔術、さらに対象の能力判定のために高レベルの魔力視もインストールする。
これに自身のスライム体をバケツ三杯分くらい分け与え、色を不透明の水色にする。
実験機扱いなので魔石サイズもスライム体の量も程々にし、その魔石とキューとの間を魔力線でつなげる。
「キューちゃん、これでデータベーススライムと情報の共有は可能かの?」
―――可
「ふっふっふ、では情報の共有を開始じゃ」
―――不可
べちょ。頭上のスライムが落ちちゃった。
「できると言ったではないかー。うーむ、情報量の問題かのう。データベーススライムにキューの持つ情報が入り切らぬのか?」
―――肯定
「では対象の分類・名称・概要だけならどうじゃ」
―――可
「ふっふっふ、では情報の共有を開始じゃ」
―――情報共有の開始 終了まで 約四十八時間
べちょ。また頭上のスライムが落ちちゃった。
え、ちょっと待って時間かかりすぎじゃないかな。何か手は……あ、もしかして。
「情報共有の一時停止。それでキューちゃんとデータベーススライムを接続する魔力線を、出来る限り太くして……っと。キューちゃん情報共有の再開じゃ」
―――情報共有の開始 終了まで 約三十分
ふふふん、これでよし。しかし予想通りとは言えずいぶんと短縮されたものだ。
本体ができた所で、今度はデータベーススライムの体を三つほど拳程の大きさにちぎり取り、魔王邸の庭に出てその辺の草や虫を食べさせる。星の瞬きや月明かりが綺麗だけど、見惚れている場合ではない。
それと重要な事だが、既に情報を持っている物は食べないように命令するのを忘れないでやっておく。そうしないと際限なく何もかも食べつくす危険なスライムが完成してしまう。
キューから情報共有の終了を知らされたと同時に、データベーススライム・ミニによる庭での捕食を終わらせて回収し、その辺の草を何種類か引っこ抜いてデータベーススライム・ミニに見せる。
まずは自分も名前を知らない雑草だ
「これは何じゃ?」
『植物 名称不明 苦味が強いが食用可』
データベーススライム・ミニはサイズが小さいせいか、ずいぶんと高い声で少しびっくりした。しかし苦味が強いならアク抜きをしっかりすれば食べられるかな?
次はニラを確認させてみよう。というかこれ庭に自生してたけど畑で栽培すべきだな。ニラと言えばモツ鍋食べたいなー、でもモツの処理ってどうやってやるんだっけな。っといけない、続きをしよう。
「ではこれは何じゃ?」
『植物 名称:スイセン 葉に強い毒性あり』
……ぽいっ。
とりあえず幾つか確認させてみたところ、概ね問題は無さそうである。
ちゃんと見えるし聞こえるし話せるし、情報の収集も開示も問題ない。
それに名称や概要に関しては情報収集用端末で会話を拾うなどして、どんどんアップデートすることも可能なのだ。
テストを終えて部屋に戻り、データベーススライムとの通信を行う魔道具を作成する。これはアルトの側近用に作った親機と子機の通信魔道具の単純構造を流用することで、特に苦もなく作成できた。
その魔道具は使用者が目で見た情報をデータベーススライムに送信し、それについての情報をデータベーススライムに開示させるというものだ。
そして魔道具で出来ることは、魔術でもできる。通信魔道具の内容をアルトに教えてもらった術式に変換し、魔術として発動させる。
そうして試行錯誤を重ねた結果、初級魔術と同程度の魔力で発動する、機能限定版通信魔術の開発に成功した。
これなら一般人でも安心して使えるし、誤って毒を口にする人も減るだろう。この辺りの海の物は一通り食べてるから、あとは情報収集用スライムを山にでも大量に放してやれば、キノコや危険な植物も見つけてくれるだろう。
最後に情報収集用端末として活動できる、最小のサイズを確認しておく。すると自分の拳より少し小さい程度のサイズになると活動を停止し、ものの数秒で液状化することがわかった。
ひとまずこれにて、データベーススライム(試作型)の完成である。
「というものを作ったんじゃがのう、どうじゃアルト。使えそうかのう?」
早朝の鍛錬に向かうアルトを呼び止め、データベーススライムの実物を見せながら説明する。しかし一通り説明を終えたのだが、アルトは何も言わずに片手で口元を覆ったまま固まってしまった。
データベーススライムを凝視するアルトをよく見ると、指の隙間から覗く唇がかすかに動いていることから、ブツブツと独り言を話しながら考え込んでいるようだ。
やがてアルトはギ、ギ、ギ、と音が聞こえてきそうな動きで顔をこちらに向けて乾いた笑い声を上げたが、ちょっと怖い。
「ははははは……ナナさんこれ、世界が変わりますよ……」
うん、自分も何となくそんな気はしてたんだ。
「グレゴリー・ノーマンを超える魔術師として、ナナさんの名前が歴史書に残りますね……」
「それは御免被りたいところじゃが、魔王として建国する以上は何を今更、としか言えんのが悲しいのじゃ」
そのままアルトによって側近全員に緊急招集の連絡が行われ、データベーススライム完成に向けてのディスカッションが行われることになった。
そこでは「記録・参照できる情報量」「やり取りの同時接続最大数」「情報収集スライムの最大数」「個人情報の扱い」等、様々な質問が飛び交った。
こうして運用するに当たっての問題点があらかた出揃った頃、アルトが突然こちらに顔を向けた。
「そう言えばナナさんの隷属魔石であるキューですが、魔力線で接続しているのでしたね。データベーススライムも隷属魔石を接続することは可能なのでしょうか?」
アルトの言葉を受けて試してみると、三つまで接続できた。自分より多く接続できるだと。って、そう言えばだいぶ前に試したっきりだった。後で試そう。
「問題無さそうですね。でしたらデータベーススライムと情報収集スライムを分けることは可能ですか? メインとなるデータベースの魔石から身体操作能力と魔力視を外せば、その分記憶容量や通信魔術の同時接続数、発信できる情報量を増やせるのではないでしょうか。そして隷属魔石の方は記憶容量とデータベーススライム以外との通信能力を削ることで、情報収集スライムの数を増やせませんか?」
「それなら問題無さそうじゃが、データベース参照の魔術を使う度に、情報の全てを聞かされるのでは堪ったものではないのう」
「それならぁ、通信魔術の階級で分けるというのはどうかしらぁ。初級の魔術での問い合わせなら名前と概要、中級魔術なら構成や用途、上級魔術なら全部とかどうかしらぁ?」
「それはよいのう、ジル。データベース内の情報を三段階に分け、魔術の段階をアクセス権とリンクさせるというわけじゃな」
ダグとリオとペトラは意味がわからずキョトンとしているが、これでやってみるとしよう。残る問題は個人情報だ。
そして個人情報についてどうしようか話し合っていると、イライザの方から提案があった。
「ナナ様、個人の情報を一部の者だけに開示する、なんて事は可能でしょうか? 住民台帳を作成させている最中なのですが、もしそれが可能でしたら管理が非常に容易になります。それに犯罪捜査や入出国管理も容易になります」
「それじゃったらデータベーススライムを分けた方が良いじゃろうの。住民管理用データベースは許可した者だけにアクセス権を付与し、マスターのデータベースには個人名・種族・性別・年齢だけを共有するようにしてやれば良いじゃろう」
「別にするのでしたら、住民管理用の方は通信魔術機能をカットして、端末とのやり取りだけに絞ってもよろしいのではないでしょうか。その端末で登録と参照が出来れば十分です」
そのイライザの案を採用し、データベーススライム一体と情報収集スライム三体、そして住民管理用スライム一体の計五体を作ることになった。
現在手持ちの魔石で大きい物は、旧小都市国家群の瘴気吸収で使えるようになった12センチの魔石が三個と、中級ドラゴンからは入手した10センチ魔石が一個、そして8センチ魔石が二十個ある。
この中からマスターのデータベーススライムに12センチを一つ使い、住民管理用スライムに10センチを一つ、情報収集スライムには8センチ魔石で作ることにする。
「では今夜にでも作るとしようかのう」
「ナナちゃん凄いわね~。このスライムと魔術があれば誰でも簡単に品物を鑑定できるのね~」
「そうじゃの、ではこのデータベーススライムと通信をする魔術は『鑑定魔術』とでも名付けようかの」
そして翌朝、会議室で完成したスライムをお披露目する。
それは大理石のように白く、抱きつけば両手が回るかどうか位の大きさのスライムと、それを支える三つの水色球状スライム、そして白いスライムと同じくらいのサイズの銀色スライムである。
「白いのがマスターデータベースとなるスライムの『うんちょー』じゃ。その下におる三体が情報収集用スライムの『ふーすけ』、そして銀色が住民管理用スライムの『こーじ』じゃ。うんちょーは移動できぬからふーすけ達が運ぶか、わしらが運んでやらないといけないのじゃ」
「姉御、またおかしな命名に戻ったんだね!」
「開き直ったとも言うのじゃ。どうせ由来など同じ世界から来たヒデオでもわからぬ」
おかしな命名で何が悪い。可愛いじゃないか、ふふん。
「こう見えてこの五体でわしのスライム体の半分以上を使っておるでのう、それぞれ空間庫にしまっておるが当分は足りるじゃろう。うんちょーの管理はアルトに、こーじの管理はイライザに任せたのじゃ。それとこーじは本体に手を伸ばせば、ちょうど良いサイズの端末を出してくれるのじゃ」
銀色スライムのこーじに手の甲で触れると、拳大くらいのミニ銀色スライムが本体から分離し、ぴょんっと手の上に飛び乗った。
「この端末となるミニスライムを住民に触ってもらい、登録する名前と年齢を言って貰えば良いじゃろう。種族・性別等は端末が少し対象を吸収することで情報収集をするのじゃ。端末から情報を参照することも出来るのじゃが、詳細情報を参照できるのは本体のみじゃ。端末はこうしてブレスレッドにでもしておけば、持ち運びも便利じゃろう」
手に持った銀色ミニスライムにブレスレッドになって欲しいと言うと、その通りに形を変えて腕に巻きついた。ひんやりとした感触が気持ちよく、金属の装飾品と違って肌に擦れる感覚も無い。
「あとは実際に使ってみて、改善の必要性を感じたらすぐに言ってほしいのじゃ。もちろんある程度はスライムも理解できるでの、直接うんちょーやこーじに希望を伝えてみると良いのじゃ」
「この有効範囲は通信魔術と同じでしょうか。だとすると中継器が無いと異界では使えませんね」
「それならアルトとニースで中継器を作ってみればよかろう。これまでの中継器をちょちょいと改変するだけじゃからの、アルトとニースならきっと出来るのじゃ!」
目をキラキラさせて返事をするニースと、やれやれ、といった顔のアルト。ちっ、アルトは簡単に乗せられないか。いや、足りないのは言葉ではない! 案の定、笑顔でアルトに「頼んだぞ」と一声かけたら「お任せ下さい!」と元気に返事が返ってきた。
最後に全員に鑑定魔術を教えて終了である。ジルとセレスとアルトは上級まで使えたが、イライザとニースが中級、残る六人は初級までしか使えなかった。一応空間属性魔術に属するので、元々適性の無かったアルトとイライザとニースが異常なのかもしれない。
それにしてもきのこや魚貝類が食べられるかどうかを調べるためのものが、随分と大事になってしまったものである。
これまでは運よく毒による犠牲者はいなかったようだが、今後もそうとは限らない。
ていうか実際に食って毒の有無を確認していた阿呆は見つけ次第説教しておこう。




