3章 第49話N また会えるから寂しくないのじゃ
ヒデオ達が旧小都市国家群の調査へ向かう前日の深夜、室内を動き回る仔猫とぬいぐるみゴーレムを眺めながらスライム体の確認を行った。
これまでより魔力線を太くして接続することによってスライム体の暴走を完全に抑えられただけでなく、これまで本体の外に二つまでしか出せなかったスライム体が、ほぼ際限なく作れるようになった。
しかし一度に複数の魔力線を通してスライム体を動かすのは意外と重労働で、魔力がどんどん減っていく気持ちの悪い疲労感に囚われる。
どうしたものかと思っていたが、解決できそうなものというか、能力を持っていることを思い出す。
「でーきたーのじゃー。フレスベルグの羽根はほんに便利じゃのう、魔力の増幅と拡散がこんなところでも使えるとはのう」
フレスベルグの羽根の能力に関する部分『だけ』をスライム体の内部に構築し、目の前に転がる握り拳ほどのミニスライムを操作してみる。その数、およそ百体。
全てを自分の体の一部としてまとめて動かすことも、猫達に蹴散らされてばらばらになったミニスライム達を個別に動かすことも、一時間ほどでおおよそのコツは掴むことが出来た。
さらに接続される魔力線を調節することで、感覚の遮断や鋭敏化も自在に出来るようになった。
もっと早く気付いていれば安全にスライム浴が出来たのだが、感触が伝わらなくなるのは少しばかり残念な気もする。
それにしてもフレスベルグの羽根だ。魔力の増幅・拡散能力だけ体内に構築して再現すれば、わざわざ羽根そのものを再構築して使用するという手間を踏む必要も無くなる。
竜の筋肉の肉体強化能力もスライム体の中に部分的に再現することで、力強いスライムが出来上がった。
これなら骨格を生成しなくてもスリムな人型を再現できる。ずんぐりむっくりなスライム人形とはこれでおさらばだ。
どうもスライムの能力について、常識に囚われすぎている節があるな。もっといろいろ試さないといけない。
その後ミニスライムを合体・分離させたり、硬質化させたスライムで車体・車輪・シートを作ってスライムゴーカートを作ってみたり、ミニスライム集団で仔猫を追い回してナオに本気猫パンチを食らったりと、結局朝まで自分の体で遊び倒してしまった。
今更だけどスライムって楽しい!
そして朝の訓練に参加してから調査に出発するというヒデオ達と側近全員を相手に、ヴァルキリーに換装して模擬戦を申し込んでみる。頭上でスライム体がびちびちと波打ってる。ふふふ。
前回同様、開始早々真っ先に突っ込んできたのはリオだった。
そしてものの十数秒で、硬質化したミニスライムたちに手足を拘束されて地面に転がる十二人。くすくす。
「ナナてめえ、何だこのスライムの数は……」
「ナナちゃ~ん、このスライム硬いわ~。わたし柔らかいほうがいいわ~」
「姉御ーオレも柔らかいスライムの方がいいよう」
戦闘開始直後に頭上のスライム体をリオへと飛びかからせて、一気に体積を増やして破裂させ大量のミニスライムを撒き散らし、それらを操ることで一瞬にして全員を拘束したのだ。
「かっかっか、昨日勝手に動くスライムの問題を解消してもらったからのう。おかげでこんなことも出来るようになったのじゃ、というのを見せたくての。皆ありがとうなのじゃ」
そう言ってミニスライムの拘束を解いて、皆に笑顔を向ける。ヒデオが少し頬を赤く染めてこちらを見ているが、見蕩れているのか? いやいや、いけない。気にしてなんかやるもんか。ふんっ。
それと一人だけ模擬戦に参加していなかったニースがちょっと寂しそうだったので、あとでモフり倒してやらないといけない。
なおその後の訓練は今朝から参加したマリエルのモップによって、軽々と打ち倒されたヒデオ達とジル達が滅茶苦茶凹んでいた。
マリエルの持つ長柄のモップは魔鉄の芯を銀猿の骨でコーティングしたものであると明かすと、ヒデオから「それもう掃除道具じゃねえ」と呆れられたが、執事やメイドに剣とか持たせる方が無粋だと言って黙らさせた。
朝食はドラゴン肉のバラ肉と尻尾肉を混ぜたハンバーグである。もちろん今回くらいはと、ぺちん、ぺちんとマリエルと一緒に仕込みを行った。鼻歌は我慢した。
ヒデオと初めて会った時の事を思い出すと少々背中がむず痒いが、またしばらく会えないのだから特別である。
何故か一番感動していたのがアルトだったため口元が引き攣るが、ヒデオ達も喜んでいたから良しとしよう。
そして朝食を食べ終えると、ヒデオ達の見送りである。
これで暫くの間はヒデオから離れて冷静になる時間ができると安心する一方、寂しさも胸に押し寄せる。仲間との別れなのだから当然だろう。
決してヒデオと離れる事だけが寂しいんじゃないやい。
「それじゃあ行ってくるよ。ナナ、いろいろありがとうな」
「ふん、ちゃんとエリー達を守るんじゃぞ? その為に鍛えたり装備をくれてやったりしたんじゃからの」
「あらナナ、それは逆よ? あたし達が、ヒデオを守るんだからね!」
見送りに言葉をかけると、エリーにドヤ顔をされてしまった。確かにヒデオは何だか頼りない言動が多いから、エリー達が張り切るのも当然かも知れない。
「ナナも一緒。四人でヒデオを守る」
「ナナちゃんがくれた装備に負けないよう、頑張らなきゃかも!?」
そう言って笑顔を向けるサラとシンディだが、笑顔というより少しニヤニヤしてるような感じも見える。ヒデオの装備に込めた想いとか見透かされているようで、何とも気恥ずかしい。
「そうじゃな。わしは一緒にはおれぬが、わしの作った装備はエリー達を守ってくれると信じておるのじゃ。気をつけて行ってくるんじゃぞ?」
平常心、平常心。心の中でそう唱え、知らんぷりをしてエリー達三人と抱き合う。視界の端には所在なさ気なヒデオと、ジルと熱い口吻を交わす熊が見える。けっ。
中々離れようとしない熊をジルから引き剥がし、さっさと行けと尻を蹴り上げて見送りを終わらせる。
五人の乗った竜車を見送りながら騒がしくも楽しかった数日間を思い出すと、自然と口の端が上がるのを感じた。
そもそもの始まりはアルトの仕業だが、アルトが連れて来ていなければ自分は恐らくどっかに逃げていただろう。後でお仕置きしてやろうと思っていたが、保留にしておいてやるか。
月が変わり八月になると、ジル達皇国三人組も障壁を足場にした空中戦闘ができるようになり、集中訓練はひとまず終了とした。
ニースもアルトから魔道具作成の基礎を教わり、アイテムバッグ等使用者の魔力で発動するタイプのものは作れるようになっていた。魔石を使った永久機関魔道具はゴーレム作成魔術も必要となるため、尻尾をモフモフしながら生命魔術も教え始めた。
そしてとうとう、悲しくも寂しいお別れの時が来てしまった。
「「あ! ナナ様!!」」
農作業が終わる夕方近く、女性陣五人を連れて森人族の仮設住宅地に行くと、ジル達が奴隷狩りから助けた二人の子供がこちらを見つけて元気に駆け寄ってきた。
「アメリー、コリンナ。元気じゃったかのう?」
「元気だよ!」
「あ! ナナ様、もしかしてそのカゴ!!」
二人の視線の先には、ジルが手にした大きなカゴに向けられていた。中からゴソゴソと何かが動く音とともに「にゃーにゃー」と鳴き声が聞こえていれば、気付くのは簡単だったか。
「ふふふ、目ざといのう。そうじゃ、約束の二ヶ月が経ったのじゃ」
二人に遅れてアメリー達の両親と族長のジョシュアも、慌ててこちらに駆け寄ってきて深々と頭を下げて挨拶をした。
こちらも簡単に挨拶を返し、ジルに顔を向けて軽く頷く。
「はぁい、アメリー、コリンナ。お待ちかねの仔猫よぉ」
「「わあ! ありがとうお姉さん!!」」
「あ。そう言えばこの姿で会うのは初めてじゃったのう、ジル」
お姉さん呼ばわりされて顔が緩みまくっているジルは、仔猫達を二人に渡すと改めて自己紹介した。元の面影は髪と瞳しか無いので、ジョシュアなんか口をポカーンと開けて呆けていた。
「ジルおじさんがジルお姉さんになっちゃった!!」
「ジルお姉さん綺麗!!」
仔猫に夢中かと思いきや、アメリーとコリンナもジルの変貌ぶりに驚き、仔猫を抱えながら目を丸くしていた。
当のジルはと言うと二人の言葉に嬉しさをこらえきれないのか、さっき以上に顔が緩んでいる。せっかくの美人が台無しではあるが、気持ちはわからなくはない。
そして他の森人族も続々と集まり、ジルの変貌に一通り驚いたあとは、仔猫を抱くアメリーとコリンナに羨望の眼差しを向けていた。ちゃーんす。
ここでも猫がほしい者がいないか聞いて、アラクネ族のときと同じようにその場で猫を作って渡しましたとさ。猫が増えていくーうふふふー。
その時ジョシュアがちゃっかりと猫を一匹抱えながら近寄ってきて、また深々と頭を下げた。
「こちらで暮らすようになってからというもの、皆いつも笑顔で暮らしております。食べ物には困らず、いつ来るかもしれない奴隷狩りに怯えることもありません。これも全てナナ様のおかげでございます。本当にありがとうございます」
「ふふふ、きっかけを作ったのはミーシャとおぬしじゃよ。ミーシャが過去にやらかしたことでわしに蹴られ、その流れで出会ったおぬしは、諦めずに新天地へ移住する決断を下したのじゃ。わしは場所を提供したに過ぎぬし、こちらとしても助かっておるのじゃ。農地はどんどん広がっておるらしいのう?」
「せめてもの恩返しにございます。それに我々、土や植物と関わることが好きですから。むしろ喜んで働かせて頂いておりますよ」
「ふふ、そうか。これからもよろしく頼むのじゃ」
笑顔の森人族達に見送られながら、その場を後にする。やっぱり皆笑顔が一番だよねーと思いながら、頭上のスライムと一緒にぴょんぴょんとスキップして魔王邸へと足を向ける。
ブランシェの新魔王邸もとっくに完成していたのだが、アトリオンの屋敷があるため来る機会がなく、今はリューンとイライザの二人と使用人たちしか住んでいない。
魔王邸に着くとアルトとダグがおり、夕食後に軽く打ち合わせをしたいと言うので了承しておく。ヒデオ達が調査に行ってから今日まで、スライムで遊んだり軍用ゴーレム(予定)を改造して遊んだりと、ほとんどプディング魔王国に関する仕事らしいことをしていなかった。少しは働くか。
夕食までの間、風呂場に給湯魔道具とシャワーを設置、髪と体洗い用のスライムを改良した全身洗浄用の藍色スライムを男性用・女性用に分けて複数個作って置いておく。
それと使用人たちに黒色お掃除スライムと洗濯用緑色スライムも預けておく。洗濯は一つ一つ手洗いであるため重労働なので、これくらいなら使用人たちの仕事を奪うことにもならない。お掃除スライムは狭い場所や高い所で活躍してもらおう。
そして本命。
とりあえず六匹の猫を作り、屋敷内に放す。自分の部屋の扉下に猫用の小さな出入り口を作ってやると、使用人達やリューン・イライザ、リオ達も同じように扉下に出入り口がほしいと言うので作ってやった。
羨ましそうに見ていたダグの部屋にも、何も言わずにつけておいてやった。今度こっそりと見に行ってみようっと。
仔猫にデレデレだったのは知っているぞ。そして密かにいつも猫を目で追っていることもな。ダグはどんな顔で猫を撫でるんだろう、くすくす。




