3章 第47話N わしは何をしておるのじゃ
スライムで拘束されたヒデオを横目に、ガッソーが持ってきたのは『リバーシ』だった。
それを見てやはりどこにでも似たようなものは存在するんだな、と思っていたがそうではなかった。
そのリバーシの考案者はヒデオで、始めは『オセロ』という名で広めようとしたらしいが、発案者であるヒデオ子爵の名を取って『ヒデオ』というゲームとして広まったという。
「ぶほっ! 何じゃヒデオ、おぬし商品名になっておったのか!! ひー、ひゃっはっはっは!」
「ナナ、笑いすぎだろ……キャラ崩れてるぞ、ちくしょう」
ガッソーから話を聞いて腹を抱えて笑っていたら、拘束を解いたヒデオが顔を赤くしてちょっと拗ねていた。けらけらけら。
「はあ、はあ……ぷっ……ふはあ、こんなに笑ったのはいつ以来かのう、ガッソーよ礼を言うのじゃ!」
「構いませんぞ! しかしレイアス君、つまりヒデオ子爵の名から商品名になるなど、別に珍しいとも思えないのですが、何が可笑しかったのですかな?」
「完全なオリジナルなら、誇らしいかもしれんがのう。わしとヒデオにちょっとばかり縁のある土地に、既に存在しておったものなのじゃ。じゃからヒデオはわしに知られぬようにしておったんじゃろうな」
それならば確かに事情を知る者に見られたら恥ずかしいと、ガッソーも納得してくれた。縁のある土地については、異世界ですーなんて言って説明するのが面倒くさいのではぐらかしておく。
さらにガッソーは、ヒデオがリバーシの製造・販売を孤児院に全て委託したことで、ガッソーの私財を孤児院のために持ち出す必要が無くなって助かったと話してくれた。
「自分の懐を満たすためではなく、孤児達を助けるためとはのう。ちょっと見直したのじゃ」
「作る伝手とかタイミングに恵まれなくてさ、たまたまなんだよ」
「それでも、じゃ。偉いのう」
ヒデオに笑顔を向けたら、顔を赤くして目を逸らされてしまった。照れ屋だなー。ふふふ。
「ところでお二人は、どういったご用件でいらしたのですかな? もしかして孤児達と遊んで頂けるのですかな?」
「そうじゃ、ガッソーよ。わしはおぬしに礼を言いに来たのじゃ。おぬしがドラゴンの事を教えてくれなんだら、わしはヒデオを助けることができなかったじゃろう。ありがとうなのじゃ」
「おお! やはりレイアス君を助けに行かれたのですな! あの後何度かアルト殿がお見えになっておりましたので、わたくしはてっきりアトリオンにずっといるものと思っておったのですぞ」
やはり、ということは最初から自分が助けに行くだろうと想定して誘導したのだろう。中々に食えない狸親父である。
そんな事よりアルトという名前が出たが聞き間違いだろうか。
「アルトが? 何をしにここへ?」
「ええ、ええ。アルト殿は人の心の拠り所になりえる信仰とは何かを、こちらへ聞きにいらしたのですぞ。価値観や考え方の違う多くの人をまとめるにはどうすれば良いか、いろいろと考えておられるようでしたな。他国の歴史なんかも、私の知る限りですがお話させて頂きましたぞ」
何か少しばかり嫌な予感がするが、きっとプディング魔王国のためなのだろう。その辺りは丸投げしてるから放っておこう。
「そうじゃったか、それは世話になったのう。重ねて礼を言うのじゃ」
「ほっほっほ、お礼を言うのはこちらの方ですぞ! アルト殿から謝礼として頂いた魔石を売ったおかげで、ここだけでなくプロセニアの孤児院の暮らしも良くなりそうですからな!」
「プロセニアじゃと?」
「ええ、ええ。わたくしプロセニアの首都アプロニアの生まれでしてな、そちらにも孤児院を持っておるのですぞ。とはいえティニオンに来てからと言うもの、光天教を通した資金援助しかできず歯痒い思いをしておったのです。そこでまとまったお金が手に入りましたでな、先日書字版や教材等を大量に買い込み、送り出したところですぞ」
ここからプロセニアの首都までは、ここからアイオンに行く距離より少し遠い程度だったか。
「プロセニアとの国境は全て封鎖され、ティニオンとの国交も無いのではなかったかのう?」
「光天教の司教または司祭の許可とシンボルを持つ信者は、国境を自由に行き来できますぞ。プロセニアの国教ですし、軍人もほとんどが信者ですからな」
そう言ってガッソーが懐から取り出したのは、ドイツ産高級車のエンブレムに似た飾りの付いた首飾りだった。どうやらこれがシンボルらしい。
「ただし、使えるのは野人族だけですな。それに国境警備とは名ばかりで、彼奴らの仕事は国外に人を逃がさないことですからな。あの国は……腐っておりますぞ。それにあちらの孤児院にヒデオ――オセロの技術を伝えれば、貴族か光天教に取り上げられるのも明白ですからな。現物での援助しかできないのですぞ」
「光天教の司教らしくない言い草じゃのう?」
「ええ、ええ。こんな事、司祭が目を光らせておる神殿では話せませぬな! ほっほっほ」
よくこんなのが司教にまで昇りつめたものだ。
「何となくナナが考えてることわかるよ。俺も以前、よく司教なんて役職に就けたもんだって思ったからな。しかもガッソー司教、孤児院の子供たちに神の教えとか説いてないんだぜ。ほんと変な宗教家だよ」
「もちろん本国の孤児院でも説いておりませんでしたぞ! ……離れてしまった今、どうなっているか不安ではありますがな」
「これヒデオ、人の考えを読むでない。しかしプロセニアにもまともな人間がおるようで安心したのじゃ」
一時はプロセニア丸ごと消し去ってやろうかという思いもあったが、流石にまともなプロセニア人を見て少し落ち着いた気がする。
そもそもプロセニア人というだけで全てゴミだと断じてしまうのは、プロセニアの行う差別と何ら変わりはない。
それにしても宗教か。光天教と女神教は論外として、確かに心の拠り所になるものはあった方がいいのかもしれない。だが広めるなら神道や仏教のような多神教だろう。そのうちアルトに相談してみよう。
「ところでナナ殿、何やらアルト殿が大量の職人を雇っておられましたが、一体何をするおつもりですかな?」
「何じゃ、アルトから聞いておらぬか。異界の住人全て地上に引っ越してきて、今は新しい国を作っておる最中なのじゃ。おおそうじゃった、その件でも礼を言うのじゃ。ヒデオを助けた山脈の向こうにいい土地があったでのう、そこに住むことにしたのじゃよ」
「……何ですと?」
どうせそう遠くない内に発表するのだから良いだろうと、顔が引き攣ったガッソーに、現在ブランシェに住む種族のことも話して聞かせた。その流れでプロセニアの奴隷狩り兵士を全滅させ、森人族を集落ごと受け入れた話も聞かせる。
「おお、何という……」
やはり自国の兵士が多数殺された話など不快だろう、この話はすべきではなかったか。
「正に天の裁きですな!!」
……へ?
「ナナ殿、わたくしからもお礼を言わせて欲しいですぞ! それと機会があったなら、で構いません。どうか他の亜人種や森人族・地人族達が住む集落も、気にかけて欲しいのですぞ」
「う、うむ。機会があったらの」
予想のはるか斜め上の返答に、正直耳を疑った。なんでこんなに嬉しそうなんだろうこの人。
ともあれ、苦しんでいるかもしれないというだけで、わざわざ見ず知らずの他人を助けに首を突っ込むつもりはない。知り合ったり縁のあった者ならば話は別だが、身内だけで手が一杯だ。
「ではナナ殿! どちらがより多くの子供達を救えるか、ぜひわたくしと勝負して下さいませぬか! わたくしに勝ったらナナ殿に良い物を差し上げます。神殿の書庫の奥から二番目の棚にある、光人族の偉大なる功績の数々とそのお力を記されている資料を贈呈いたしますぞ! そしてわたくしが勝ったら、その資料を無理矢理でも読んで貰いますぞ!」
「いらぬわっ!」
「あれ、何か丸ごと聞き覚えがあるんだけど」
どうやらヒデオとも似たような賭けをしているらしいが、そもそも決着判定が曖昧なので、その光人族の資料とやらを読ませたいのか読ませたくないのかよくわからない。
変な人である。
「さてさて、もう少しお話をしたいところなのですが、そろそろ神殿に戻らないと司祭が迎えに来てしまうのですぞ! よろしければお二人とも、また気軽にこちらへいらして欲しいのですぞ!」
「悪いなガッソー司教、俺は近いうちにまたアトリオンを離れるんだ。小都市国家群の瘴気をナナが消してくれたんで、その調査なんだよ」
「おお、そう言えばナナ殿はアーティオンでも瘴気を消しておられましたな! それにしてもそうなると、子供達が寂しがりますなあ」
「わしらはまだ時間があるでのう、少しばかり子供達と遊んでやってもよいのではないか?」
ヒデオもその提案に乗ってくれ、二人でガッソーを見送ることにした。慌ただしく着替えに行ったガッソーは、以前見たゴテゴテの飾りだらけな宗教家らしい服ですぐに戻ってきた。
「この服、実は上から被っているだけで、中は作業着のままですぞ」
そんなカミングアウトいいから。
「急がないとあの眼鏡の司祭さんに叱られるぞ?」
「ほっほっほ、彼は異動したのですぞ。とは言え替わりに来た司祭も怖いのですぞ……」
怯えたように肩をすくめて出ていったガッソーを見送って、ヒデオと一緒に子供達と遊んでみた。
子供達から歌を教えてもらって一緒に歌ったり、女の子たちにスライムが可愛いと囲まれもみくちゃにされたり、こちらではゾンビゲームと言われている鬼ごっこをして遊んだりと、童心に戻ったような感じで遊んでいたら、あっという間に日が傾いてきてしまった。
そろそろ帰ろうかという頃にサラが居ないと嘆いていた子を見つけ、話を聞いたところサラおねーちゃんが好きだと、まっすぐな目で言われてしまった。
その眩しさに眩みつつ、ニヤニヤしながらヒデオに顔を向ける。
「恋敵出現じゃのう、ヒデオ。かっかっか」
……ん? 今何か、心に引っかかるものが……
それが何なのか考えようとしていたところに、六~七歳くらいの可愛らしい男の子が、とてててー、とこちらに駆け寄ってきた。この子は孤児院に来た時、前庭に居なかったな。
「ねーナナおねーちゃん。ナナおねーちゃんもレイアスにーちゃんの恋人なの?」
はい?
「ち、違うのじゃ! わしはその、ヒデオの……親友! 親友なのじゃ!!」
「じゃあぼくナナおねーちゃんと結婚したい!」
その可愛らしい告白に、動揺しかけた心が一瞬にして落ち着き、優しさで満たされた気がした。
「ふふふ、ありがとうなのじゃ。よく学び、よく遊び、弱い者を守れる優しい大人になったら、もう一度告白してくれんかのう? 返事はそれまでお預けじゃ」
「レイアスにーちゃんみたいになれば良いんだね! ぼく勉強頑張る!!」
「いい子じゃのう、応援しておるぞ?」
義体の自分よりほんの少しだけ背の低いその子の頭を撫でてやると、にぱあっという音が聞こえてきそうな、満面の笑顔を返してくれた。
あんな笑顔の子供を守るためなら、何とだって戦えるな。
「ではそろそろ帰るとするかのう、ヒデオ」
「そうだな。それじゃまた来るからな、みんな元気にしてろよ?」
子供達の「帰っちゃやだ」コールに後ろ髪を引かれながら、子供達の面倒を見ている修道女達に挨拶をして孤児院を出る。足元から伸びる影の長さから、少し長居し過ぎたかもしれないとちょっと反省。
それにしてもこれでプロポーズは二人目である。一人目はどうでもいいが、さっきの子の可愛さを思い出すと頬が緩んでしまう。
「あ。さっきの子の名前を聞いておらんのじゃ……可愛い子じゃったのう。しかしあの子が大きくなっても、わしはこの姿のままなのじゃ。変な趣味を持たねば良いのじゃがのう」
「変な趣味って何だよ」
「具体的に言うとセレスみたいな変態という事じゃ」
最初はアルトもそうではないかと思っていたが、あれはスライムにすら欲情する別の次元の変態である。
「ははは……そういや義体って歳取らないよな、スライムって寿命どれくらいなんだ?」
「わしの寿命のう、そう言えば考えたことも無かったわい。キューちゃんわかるかの?」
―――経年を理由とする劣化なし 寿命は存在しない物と推測
何か今とんでもないことを言われた気がする。
「キューちゃん、魔石の寿命はどうじゃ?」
―――経年を理由とする劣化なし 寿命は存在しない物と推測
キューの返答に、僅かに動揺を覚える。
「ヒデオ……大変なのじゃ。わし、寿命無いのじゃ……」
「は?」
「呆けておる場合じゃないのじゃ。魔石に魂が入っておるおぬしも、レイアスが起きたらわしと同じ義体暮らしじゃ。寿命が無いのはヒデオも一緒じゃからのう?」
「あ、そっか……って、マジかよ」
ぽかーんと口を開けたヒデオを一瞥し、自分とヒデオについて思いを巡らせる。
肉体はどんなにダメージを受けても死ぬことが無く、魔石さえ無事であれば永遠に生きられる身体だ。
千年近い寿命を持つ魔人族や光人族より長い時間を、ヒデオと二人だけで――
あ。……えーと……
「ヒデオ、すまんのう。ちょっと急用を思い出したのじゃ。わしは先に帰っておるでのう」
「え、ちょっと待ってナナ!?」
慌てるヒデオをその場に残し、館の地下実験室へと転移する。
その室内に、自分を中心に念入りに遮音結界を張る。同じ間違いはしないのだ。ふふん。
そして床にスライム体を降ろし、びろーんと伸ばしてクッション代わりにする。床に直接だと結構痛いし服が横れてしまう。
全ての準備が整ってので、大きく息を吸い込んだ。
「ふふん、じゃないわああああ、あほおおおお! うぎゃああああああ!! わしは一体何をしておるのじゃああああ!!」
ごろごろと床をのたうち回って転げ回る。両手で覆った顔が熱い。
自分はなぜこうも同じ間違いを全力で犯してしまうのか。
今日一日、ヒデオといったいどんな会話をした。
「何が『ヒデオ! こっちの屋台の串も美味そうじゃのう!』じゃ!! 何が『恋敵出現じゃのう、ヒデオ』じゃ!! わしのバカ!! ぬおおおおおお!!」
スライムクッションを敷いた床に何度も頭を叩きつけるが、その度にぼよんぼよんと弾き返される。
楽しんじゃ駄目だと決めたはずなのに、完全に楽しんでいるじゃないか。
そして声には出していなかった心の声。
「何が『ちょっとドキッとしてしてしまったじゃないか。ヒデオのばか』じゃ! 何が『照れ屋だなー。ふふふ』じゃ!」
完全に、恋する乙女のそれである。そして――
「何が……『ヒデオと二人だけで永遠に生きるのも、悪くない』じゃ……」
寿命が存在しないと気付いた時、そう思ってしまったのだ。
「ううう……エリー達に合わせる顔がないのじゃぁ……」
もうすぐエリー達が来るはずである。そしてヒデオも。どうしよう、どうやって切り抜けよう。いっそ逃げるか。
逃げるならどこへ行こう、誰も追い付いてこれない世界樹の天辺にでも行くか、いやブランシェに行って用事があるとシャットアウトすれば……ブランシェ?
そうだ。今はヒデオへの想いに右往左往している時ではないと決めたじゃないか。
まずはプディング魔王国の発足と発展、そしてレーネハイト探しと決めたじゃないか。
本当に、自分は何をしているんだ。
決してデートではないが、ヒデオとの時間を楽しんでしまったのは否定しようがない事実である。
後ろめたい気持ちもあるが、やはり想いまではどうにか出来るものではない。
だが自分は、ヒデオとはそういう関係にならない事を受け入れたのだ。そう決めたのだ。
ヒデオと結ばれたエリーがきっと見せるであろう、眩しい笑顔を頭のなかに思い浮かべる。
次いでサラ、そしてシンディの笑顔も想像し終えると、顔に感じていた熱が完全に引いていることに気付いた。
すーーーー。はーーーー。これで、大丈夫。平常心だ。
室内に貼った結界を解除してスライム体を頭上に戻し、地下室を出て階段を登る。
どうやらちょうどエリー達が到着したようだ。
「あら、もう帰ってたの?」
「こんばんはなのじゃ、エリー。ちょっと急用を思い出してのう、ヒデオを置いて少し前に帰ってきておったのじゃ」
階段を登りきったところで鉢合わせたエリーに挨拶をする。大丈夫、動揺はない。平常心、平常心。
「そうだったのね。それで、今日はどうだったのかしら?」
「楽しかったがのう、友達と出かけるなら多い方が楽しいのじゃ。今度皆で一緒に屋台巡りもしたいのう」
肩をすくめ、エリーの後ろにいるサラとシンディにも視線を向ける。
「一緒、楽しい」
「屋台巡り、いいかも~!」
「たまにはお天道様の下で酒を呑むのも悪くねえな」
「オーウェンはいらないのじゃ」
仕方なくオーウェンにも視線を向けると、口元が引き攣っていた。
まあミーシャみたいな反応をされても対応に困るので、これはこれで良しとしよう。
……いつもどおりの言動、できてるよね?




