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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
109/231

3章 第45話N スライム体の扱いには注意なのじゃ

 早朝に訪れたヒデオに刀を見せると小躍りして喜び、太刀の方が良いと言うので、握りとバランスの調整をその場で行って手渡した。

 太刀を選んだ理由は、片手武器なら既に良い物を貰っているから、だそうだ。


「それにこの太刀の方をぶぞーに渡してたら、小次郎になっちゃうじゃん」


 ヒデオめ、ぶぞーの名付けの元に気付いたか。ちっ。


「そう言えばスナイパーライフルとか作って無いよね?」

「おお、そうか今なら作れるのう」

「やべえ、やぶへびだったか」


 知らんぷりを通すが、これはとーごーの名付けの元もバレてるか。ヒデオと出会う前に名付けをしたものだから、まさか同じ日本人がいるとは思わず安易に名付けをしたのが失敗だったようだ。

 ちょっと恥ずかしい。


「ヒデオはもう少しそこにおれ。オーウェン、ジルといちゃついてないでちょっとこっちに来るのじゃ」

「い、いちゃついてねえよ! 互いの国の話をしてただけだ!」


 いいからさっさと来いと声を上げ、慌てて飛んできたオーウェンとヒデオの二人を並ばせて、頭上のスライム体を二人の間にぽいっと放り込む。

 怪訝そうな二人の顔を見てにやりと笑い、スライム体を一気に増やして驚く二人の頭を残し、体全体を包み込む。


「え、ええ!? ナナ、一体何!?」

「ちょっと待て嬢ちゃん、何だこれ!?」


 おろおろする二人の顔を見てぷぷーと笑い、すぐさまスライムを元に戻して頭上へと移動させる。


「ちょっと身体のサイズを測っただけじゃ。あとでおぬしらの防具も作ってやろうかと思ってのう」


 三年前にこっそり測った時と比べて、オーウェンは多少筋肉がついて熊により近付いた程度の差だが、ヒデオは身長が大きく伸びたせいでまるっきりサイズが違っていた。


「あー! いいなー、姉御オレもスライム浴したい!!」

「今のはスライム浴ではないのじゃ」


 昨日までならヒデオをスライムで包むなんて真似、たとえ一瞬であっても絶対にできなかっただろう。諦めにも近い開き直りのお陰で、直接命を守れる鎧を作ってやれるのだ。

 そう考えれば、自分の考えはきっと正しいのだと思える。

 でも……しっかりと筋肉がついてるなぁ、ヒデオ…………はっ。自分は何を考えている。


「あらぁ、スライム浴って何かしらぁ?」

「ナナちゃんのスライムに全身浸かって、いろいろ気持ちよくして貰うことよ~」

「セレス、おぬしは今後一切スライム浴を許さぬ」


 義体に抱きつき大粒の涙を流しながらいやいやと首を横に振るセレスを放置し、ぶぞーを出して二本の刀を渡し、剣と盾は回収しておく。


「いやあああああナナちゃんごめんなさいいいいい」


 ヒデオもオーウェンもドン引きである。


「ヒデオはしばらくぶぞーと一対一で刀の手ほどきでも受けるが良いのじゃ。他の者も個別訓練じゃな。近接戦闘組にはビリー、斥候の二人にはとーごーを出してやるでの、ダグが面倒を見てやってくれんか。魔術士組はフレスベルグの腕輪をやるでのう、説明はアルトに任せるのじゃ。ニースは戦闘訓練は良いが、午前中はアルトについておれ」

「ナナちゃんごめんなさいいいいゆるしてええええ」

「それと今日からおぬしらに流し込む魔力量を上げるのじゃ。近接組は身体強化を適度に使わぬと、すぐ魔力過多で激痛に襲われるでのう、気をつけるんじゃな」


 エリー達にフレスベルグの腕輪を渡し、気がつけばほぼ全員がセレスの姿にドン引きしていたが無視して、ペトラとミーシャに身体強化術について教えるようダグに頼んでおく。すると自分の知らない属性の魔術に興味を持ったジルも聞きたそうにしていたので、オーウェンに後で聞けと言うと頬を染めていた。けっ。


「ぐすっ、ぐすっ、ナナちゃ~ん……」

「ああもうわかったのじゃ、取り消すからはよう訓練を始めぬか!」

「本当!? ナナちゃんありがとう大好きよ~! じゃあ今夜ねえええ」


 満面の笑みに変わったセレスは、こちらの返事も待たずにダッシュで離れて行った。


「な、待つんじゃセレス!」

「あっねごー、あっねごー、あっねごーのおっふろー」


 リオまで歓喜の表情でスキップしながら離れていった。そしてその歌は何だ自分の真似か。

 そしてエリー、サラ、シンディ。こっちも意識してしまうから、頬を染めながら離れていくのはやめて欲しい。


 セレスにはめられたと気付くも時既に遅し、である。


 そしてスライム浴と聞いたせいか、心ここにあらずといった様子で訓練を始めた女性陣に対して、お仕置きと称してちょっと多めに魔力を送ってやった。

 しかしエリー達は痛みに驚いてすぐに真剣な顔に戻ったが、リオとセレスは何故か余計嬉しそうに頬を染めた。セレスはわかるがリオまでその域に達してしまったのかと、悲しさと虚しさを感じて脱力し、ため息が漏れる。


 八つ当たりにアルトかオーウェン辺りに大量に魔力を送ってやろうかとも思ったが、流石に許容量を超える魔力を流すと恐らく魂にダメージが入る。ちっ、命拾いしたな。

 そしてニースよ、個人的にはスライム浴に混ぜてやりたいのだが、正真正銘の男である以上それは駄目なのだ。だから期待の眼差しをこちらへ向けるのはやめてくれ。



 その後訓練を見学しつつ、ヒデオとオーウェンの鎧をその場で作ることにする。

 ペトラのものと違い重量は軽くても良いだろうと、なるべく軽い素材から選択することにし、手持ちの素材を思い浮かべる。

 軽さでは竜の外皮・骨類・甲羅類・魔鉄・魔鋼の順に重くなり、魔術耐性ではグランドタートルの甲羅が魔術阻害効果を持ち、竜の外皮は風を除く八属性魔術への耐性が高かった。恐らく地属性の竜だったためだろう。


 そうして考えた結果、中級竜の骨を中級竜の外皮で覆い、軽さと硬さと魔術耐性を両立させた。

 これなら魔力を通さない非戦闘時と、魔力を通す戦闘時の両方で、十分な安全が得られるはずである。


 あとはペトラを除く女性陣に竜の外皮で軽鎧を作り、最後に万が一を考えて全ての鎧の胸部、心臓や魔石がある付近を守るように魔鋼を埋め込んでいく。


 そう。万が一のため、である。


 心臓と魔石はすぐ近くにあり、そのどちらが破壊されても生物は死んでしまう。

 心臓が破壊されれば脳に血液を送れなくなり、魔石が破壊されれば急激な魔力枯渇で死に至るのだ。

 そして治療魔術が間に合えば心臓を一突きされても何とかなるが、魔石はそうもいかない。治療する術がないのだ。


 先天的に魔石を持つ種族は魔人族と光人族だが、それ以外の種族でも魔石を保つ場合がある。

 ヒデオと、そして恐らくジルも、先天的に魔石が胸に埋まっているのだ。

 改めて魔石視の仮面で全員を見たところ、以前は無かったエリー・サラ・シンディの三人にも、胸の中に小さな魔石ができていた。魔力を送り続けた事が原因で、後天的に発生した者と思われる。やはり魔素や魔力は、生物の変異を促すものであるらしい。


 今の自分なら魔石が破壊されても魔力を送ることで魔力枯渇死を回避できるのだが、自分がいないところで魔石を破壊されたらどうしようもない。


 そしてヒデオは自分と同じで、魔石そのものに霊が入っている。


 魔石が破壊された時点で、即死なのだ。


 絶対にそんなことはさせない。


 そんな想いを込めながら、最後となったヒデオの鎧に丁寧に魔鋼を埋め込み、『紅の探索者』五人とジルとミーシャとニースの鎧を完成させる。



 昼食を挟んで午後の訓練では完成した鎧を全員に着せ、アルトたちから狩りた騎乗用魔狼ゴーレム四体とぱんたろーの五体を相手に対魔物戦闘の訓練をさせることにした。

 ニースはそれを、魔力視のみを使って見学である。


 ところで余談だが、魔狼ゴーレムには魔狼と同じ攻撃方法が備わっている。それは以前自分が食らって死にかけた、風属性魔術による広範囲の衝撃波である。

 そしてダグやリオの装備する拳皇・蹴皇は、通常の『点』による攻撃は打ち消せても、広範囲の『面』による攻撃は打ち消せない。

 わかりきっていることなのだが、当の本人達がわかっていないとこうなるんだなーと、宙を舞うダグとリオを見ながらため息が漏れた。


「そう言えば言ってなかったかのう。魔狼ゴーレムもぱんたろーと同じくらい強いし、今のリオとセレス二人がかりでようやく互角といった戦闘力なのじゃ」


 吹き飛ばされて地面を転がり、息も絶え絶えなリオとダグに向かって声をかける。


「ナナてめえ……そういうことは、早く言え……」

「相手を甘く見たおぬしらが悪いのじゃ」


 とは言え、まともに喰らえばダグですら一発で伸びる程の威力なのだ。盾を持つヒデオ・オーウェン・ペトラの後ろにいた者たちと、障壁で辛うじて防いだアルトとセレスですら、その顔は引きつり、青ざめていた。


「痛いよう姉御ぉ……」

「相手をよく見ないと、いくら強くてもこうなる可能性があるのじゃ。皆も気をつけるんじゃぞ?」


 頭が落ちるんじゃないかというくらい、縦にブンブンと振るヒデオ達を見ながら、ダグとリオの治療を行う。午後は治療魔術がフル稼働しそうである。




 そして今日の訓練が全て終わり、知らんぷりして風呂に入ろうとしたのだが、リオとセレスの二人に捕まってしまった。

 二人は悲しそうな顔でこっちを見ている。






 いくらヒデオを好きだという気持ちに気づいたとは言え、女性の体に興味がなくなったわけではない。

 本当のところを言えば、可愛い女の子達と肌を合わせるのは正直大歓迎なのだが、スライム体で包み込むのは危険なのだ。

 スライム体は自分の意志で動く。

 しかしそれは人として手足を動かすのとは違って『思考』で操作しているのだ。


 これは前回わっしーの中でエリー達とスライム浴をした時に気づいたのだが、以前は動かそうと意識しなければ動かせなかったスライム体が、身体の操作に慣れたせいか無意識でも操作できるようになっていた。

 つまり「そうしたい」と思えば、動かそうという意志がなくても動いてしまうのだ。

 それを不用意に動かさないように意識して止めなければ、今よりももっと酷い惨状になることは明白である。


 そんな事を、お湯を抜いた浴槽に満たしたスライム体に浸かり、いつの間にかお喋りをやめて顔を赤くし、無言になっている八人の女性たちから必死に意識を逸して考える。

 義体の両側に抱きつくリオとセレスの荒い息遣いからも、必至で意識を逸らす。

 スライム体から伝わってくる感触に比べれば、義体の両腕に押し付けられている二人の胸の感触も、二人が触っている胸から伝わる感触もどうってことはない。

 ……胸?


「あぅ」「きゃっ」「あんっ」「はぁ……」「んっ」

「んあっ……もう終わりじゃああああああ!」


 両側の二人の腕を振りほどき、立ち上がってスライム体を全て回収する。

 胸を意識した瞬間、無意識に『九人全員の』胸をスライム体で揉んでしまい、しかも必死に集中していたせいで二人に体を弄られていることにも気が付いていなかった。

 その二点に気づいた瞬間、限界が訪れた。


「ナナ、前よりスライムがいやらしい」

「にゃにゃ様ぁ、ブラッシングより気持ち良いにゃ」

「これが女の子の体の感覚なのねぇ」


 サラ、自覚しているすまない。ミーシャ、お前の基準はそこか。ジル、存分に戸惑え。そう思いつつ、スライム体を回収して空になった浴槽に、代わりのお湯を魔術で作り出して流し込む。


「きゃっ、お、お湯を入れるなら先に言いなさいよ」

「お湯のお風呂もいいけど、スライムは別の気持ちよさかも?」

「ボク……またスライム浴したいな」


 エリー、余裕がなかったのだすまない。シンディ、別って何だとは突っ込まないぞ。ペトラ、お前は元気が売りなのだ頬を染めてもじもじするな。

 そして両隣から抱きついてこようとする二人を振り払い、一足先に風呂から上がる。


「姉御ぉ……最後まで……」

「ナナちゃんお願い、もう少しで……」

「却下じゃああああ!!」


 何が、とは聞かないぞリオ、セレス。絶対にだ。

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