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英雄とスライム  作者: ソマリ
英雄編
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3章 第40話N 全部オーウェンが悪いのじゃ

 食後のプリンを楽しみに食堂に入ったらヒデオがいた。


「僕が連れてきました。アイオンにいる斥候に用事があったので会いに行ったのですが、ちょうどアトリオンに戻るヒデオ達を見かけたので、一緒にゲートで戻ってきました」


 アールートーのーしーわーざーかーーー。


 やばい。でも顔にも態度にも出してはいけない。眼の前にいるのに逃げるなんて以ての外だ。平常心、平常心。ヒデオのことなんてナントモオモッテナイ、エリーはトモダチ、サラもシンディもトモダチ、と心の中で呪文のように唱え、心を落ち着ける。


「……ちょうど昼飯なのじゃ、終わったらプリンもあるでのう、食べていくと良いのじゃ」

「ナナの歌声聞いて、そうじゃないかって思ってたのよ。楽しみだわ」


 歌声が聞かれていた、だと。


「ちょっと待つのじゃエリー。おぬしらいつからここにおる」

「ぷっりんーぷっりんー、が聞こえてくる少し前かしら」

「ぐぬおおおおう……来ておるなら、声ぐらいかけぬか……」


 ヒデオに聞かれていた事だけが無性に恥ずかしい。何てことをしてくれたんだアルトめ。後で覚えていろと思いつつ、平常心を保とうと気力を振り絞り、頭の後ろに隠れていたスライム体を定位置に戻す。

 そこにそわそわしていた熊男が、何か真剣な顔でこっちに向き直った。


「嬢ちゃん、土産だ。酒とブルーチーズ買ってきたぜ」

「ほう? オーウェンやるではないか。褒めてつかわす」

「ずいぶんとまあ偉そうに……まあいい、結構量があるんだ。保管庫はどこだ?」


 そのまま渡せばいいのに、と思ったが、何やらオーウェンが必死に目配せをしている。それに気付く辺り、我ながら平常心は戻っているようだ。よしよし。


「仕方がないのう、特別にわし自ら案内してやるのじゃ」

「ナナさん、それでしたら僕が……」

「アルトは食料保管庫の場所知らんじゃろ。オーウェンこっちじゃー」


 悔しそうな顔のアルトを尻目に、何故か女性陣から白い目を向けられているオーウェンを伴い食堂から脱出する。熊扱いしてすまない、逃げるチャンスをありがとうオーウェン。ふはー、生き返る。



「お、おい嬢ちゃん、あの美人も側近の一人なのか?」


 オーウェンは食堂から出てすぐに小声で話しかけてきた。誰のことだろうと考えを巡らすが、該当者は一人しかいない。

 それはふわっと広がる紫色の長い髪を背中まで垂らした、背が高く肉感的な女性である。マリエルに劣らぬスタイルを持ち、今日は胸元の空いたロングドレス風のローブに、さっき渡した銀猿のコートを羽織っている。


「そういえばジルフィールはオーウェンの好みど真ん中じゃのう。いや、紹介するのは構わんのじゃが……」


 ジルは自分と同じ、元男性である。オーウェンがそれを知ったら、いったいどんな反応をするのか不安が大きい。拒絶するだろうか。それとも――


「頼む、嬢ちゃん。今度王族御用達のワインを持ってくる」

「乗ったのじゃ。期待しておるぞ?」


 つーらーれーたー。


 しかしジルも男性が恋愛対象なのは知っているが、好みはどうだろう。ダグとアルトというタイプの違う二人のイケメンにさほど興味を示していないようだし、ニースにも食指は動いていないようだ。残るはオジ様系、普通系、チャラ男系、王子様系、そして熊マッチョ系。

 ……うん。うまく行ってくれることを祈る。

 あと問題はどのタイミングでジルが元男性だと話すべきか、である。本人の許可なくここで言うのも何だしなー。


 オーウェンから受け取った酒とチーズを食料庫に突っ込み、マリエルに昼食の人数増加を伝えて食堂に戻る。オーウェンに続いて自分も席に着くと、ジル達皇国組の三人に声をかける。


「まだ互いに自己紹介をしておらぬようじゃの。皇国の英雄パーティーにおった、術師のジルフィールと、重戦士ペトラ、斥候のミーシャじゃ。プロセニアで子供を助けようとしておるのを見つけての、そのまま連れて来たのじゃ。そしてこやつらはわしの友人で、ティニオン王国の英雄パーティーじゃ。手前から戦士のヒデオ、術士のエリーシアとサラ、斥候のシンディ、そしていつもわしに酒をくれる熊じゃ」

「待て嬢ちゃん、せめて名前を言え! ……こほん、戦士のオーウェンだ。よろしく頼む」


 そのオーウェンの挨拶を皮切りに、それぞれが挨拶と握手を交わしていく。こっそりとジルの様子を窺っているとオーウェンの様子を笑顔で見ており、少なくともヒデオではなくオーウェンの方に興味が向いているようで安心した。


「ふふふ。自己紹介も済んだようじゃし、食事にするかのう」


 今日の昼食は特に凝ったものでも無く、普通にパンと野菜スープとドラゴン肉のステーキである。ドラゴン肉はまだあと八頭分あるため、日常的に食べないと消費しきれないのだ。


「あれ? この野菜スープって……鳥の出汁?」

「ほほう、よく気付いたのじゃヒデオよ。フレスベルグの骨を煮込んで出汁を取ったのじゃ。外ではともかく、屋敷なら長時間煮込むこともできるからのう。他にも牛骨や猪骨、竜骨なんかもスープにして大量に保管してあるのじゃ! もちろん魚介出汁もスープにしておるでのう、いつでもどこでも簡単に調理できるのじゃ!」

「フレスベルグって……いや、いいや。にしてもこの味……ラーメン食べたくならないか?」

「ぐぬぬ……流石に中華麺は作れぬのじゃ。『かんすい』って何かわかるかのう? それさえわかればなんとかなるのじゃが……」


 首をすくめて両手を上げる、すぐ目の前に座るヒデオを見る。ちっ、役立たずめ。勉強が足りんのではないか。とはいえ自分も『かんすい』というものを混ぜて練るという程度しか知らず、小麦粉だけ練ってもうどんにしかならないのだ。

 そしてオーウェンは熊らしく豪快に肉にかぶりつき、ジルはそれを見て微笑を浮かべ、ステーキをナイフとフォークで小さく切って口に運んでいる。今の微笑みはどういう意味だろうと考えながら、ちらっちらっと二人の様子を窺いつつヒデオとの会話を続ける。


「そういえば麺類は見たことがないの。ヒデオはどうじゃ?」

「言われてみれば確かに無いな、パスタくらいあっても良さそうなもんだけどな」

「そうじゃのう、他の国ならあるやもしれんのう」


 その時ちらちらと様子を窺っていたジルと目が合ってしまった。しかしそのジルはにっこりと笑って口を開いた。


「麺料理なら皇国にありますわよぉ。お箸という二本の棒を使って食べるのですわぁ」

「「え?」」


 ヒデオと声がハモっちゃった。えへ。

 そう言えばジルたちから母国の料理について聞いていない。しかし麺に箸か、これで皇国に行かなければいけない理由ができた。


「ふふふ、ジルよ礼を言うのじゃ、しかしそれ以上言うでないぞ? わしが直接行って確かめるのじゃ。残念じゃのーヒデオはこれから小都市国家群の調査じゃったかのう?」

「あ! くそう、ずるいなナナ。何があったか後で教えてくれよ?」

「ふふん、それはオーウェンが貢ぐ酒次第じゃのう」

「だから待て嬢ちゃん、どうしてそこでオレが貢ぐ話になってるんだ!?」


 オーウェンの突っ込みにジルも笑っている。そしてジルがオーウェンに「いつもお酒をせびられているんですか?」なんて話しかけ、いい感じになっている。ニヤリ、計画通り。


「どうしたナナ、何か悪い顔になってるぞ?」

「んあ? 何でもないのじゃー気のせいなーのじゃー」


 見渡すと自分とヒデオ、オーウェンとジル、そしてそれ以外といった組み合わせで話が弾んでいるようだ。オーウェンとジルの様子を見ながら、こちらもヒデオとあれこれ話をする。

 と言っても先日魔導通信でほとんどの事は話したので、話題はもっぱら戦い方や魔術の使い方など、色気の欠片もない話ばかりであり、数日アトリオンに滞在するというヒデオに、その間訓練を付ける約束をさせられてしまった。でも訓練なら仕方ないよね、しばらく付き合おうじゃないか。


「ところでさっきから気になってたんだけどさ……ニースの尻尾、増えてないか? またナナが何かしたのか?」

「また、とはなんじゃー。失敬な。とはいえ無関係では無いのじゃが……魔力を供給しておったら、ぽんっ、って増えたのじゃ。しかも尻尾が増えるたびニース自身の魔力も増えておってのう、目指せ九尾の狐なのじゃ」

「やっぱりナナが原因じゃないか……」


 その時ニースが自分の事が話題に上がっていることに気付き、こちらに視線を向けて首を傾げてきた。ニースと話をしていたエリー達にも聞こえていたようで、今更ながら尻尾が増えていると驚いている。


「九尾の狐というのはじゃな、わしとヒデオが以前住んでおった世界の昔話に出てくる、強力な狐の神獣の話じゃよ」

「あれ? 神獣? 強すぎて倒せないから仕方なく封印したっていう、美女に化ける狐の魔物じゃなかったっけ?」

「元々は天界より使わされた神獣じゃ。教養がないのうヒデオは。ふふん」


 といっても元の世界で入院中、やることがなくて書物を読みふけっていたおかげで身についた、付け焼き刃の知識である。


「ニース、今でも角度によっては美女。化けてる?」

「サラさん、何を言ってるんですかぁ……僕は男ですよぉ……」


 確かにニースは尻尾が増える毎に、どんどん女性らしくなって行っている気がする。思い返せばモフった時の反応も、日を追う毎に可愛くなっているのではないか。

 ……女装させたら似合いそうだ。


「ナナ? 悪いこと考えてないか?」

「ひぅっ!? き、気のせいじゃろ? さーて皆食事は終わったのー、マリエルよプリンを持って来て欲しいのじゃー」

「話題変えたわね」

「ナナ何かする気」

「ニースくん危険かも?」


 ヒデオを挟んで反対側に座るエリー達の追求が止まないがスルーしておく。

 しかしそのエリー達の声を聞いて、ふと我に返った。


 ……なんで今日はすぐ近くにヒデオが座っているんだ。なんで自分は普通にそのヒデオと会話しているんだ。なんでヒデオとばかり話をしているのに、エリー達が何も言わないどころかニヤニヤしているんだ。


 今更ながら自分が置かれている状況が理解できない。


 多分全部オーウェンが悪い。いきなりジルを紹介しろだなんて言い出すから、そっちに気をとられて自分の状況を忘れていた。


 どうしようどうすればいいと落ち着かない気持ちを抑えられず、そわそわきょろきょろと辺りの様子を窺っていると、マリエルが全員分のプリンを持って食堂に姿を現した。



 そのマリエルの手で目の前に置かれたプリンが、自分で作っておいてなんだが、目を引きつけて離さない。甘いもの。幸せの象徴。テーブルに置かれた衝撃でぷるんと揺れた表面の、揺れが収まるに連れて自分の心も落ち着きを取り戻し、そして今度は高揚感が心を満たす。ぷっりんーぷっりんー。



「そういえばナナ、あたしがあげた砂糖は使ってみた?」


 そうだ、このプリンは砂糖を使っているのだ!


「ふふふ……砂糖は底に入っておるのじゃ!」


 まず上のプリンだけをスプーンですくって口に入れる。蜂蜜の風味がほんのりと鼻に抜ける。ふはー。

 ついで深くスプーンを突き立て、底に沈むカラメルソースと一緒にすくって口に入れる。カラメルソースの甘さと香ばしさがプリンと絡まり、舌の上で一つの幸福を生み出している。うまあああああい!


「この黒いの、カラメルソースだっけ! 懐かしいなあ……美味しいよナナ、ありがとう」

「ふふふ。どういたしまして、なのじゃ」

「甘さだけじゃなくて苦味もあるのね。カラメルソース? あとで作り方教えて欲しいわ」

「今度砂糖が手に入ったら一緒に作ろうかのう、エリー」


 しかしエリーだけで済むわけも無く、サラとシンディも一緒に作りたいと言い出した。早急に砂糖を手に入れなければ。

 ニースや皇国組の三人もプリンに感動しており、中でもジルは作り方を知りたそうにしているが、言い出せないようだ。やはり皇国に戻るつもりだろうか。


「ジース王国の首都ハンサスにも斥候を忍ばせていますので、買い物程度でしたらすぐできますよ」


 それよりアルトの配下がどこにでもいる状況が少し怖い。


 そしてまたヒデオと普通に話していた自分が怖い。この状況に対する自身の混乱を、プリンへの期待が上回ったということだろうか。



 ……自分が馬鹿みたいに思えてきた。


 ヒデオはいつもと変わらないし、エリー達も普段どおり。オーウェンは何か勝手にジルと良い感じになってやがる。けっ。


 なんかもういいや。



 なるようになる! エリーに気持ちがばれたら、その時はその時だ! 本音で話してぶつかったらぶつかったで良いじゃないか。

 そういえばエリーと出会ってすぐの頃、ヒデオの右手の火傷跡を消したせいで一触即発だったこともあるじゃないか。

 友達なんだから、喧嘩の一つや二つ良いじゃないか。



 なるようになれー。

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