大魔導師、人類の危機に立ち向かう 6/7
『それにしても、あの遺跡、カスでしたねぃ……』
目をつぶり[千里眼]を使うオレの耳に、カナデの不満の声が聞こえてきた。
死にかけた生物を一瞬で治すような機材や、ヴィオナムル・シップを作れそうな製造工場はあったが、ブラックホール砲みたいな大量破壊兵器が無かったらしいのだ。
オレとしては、亜空間力場を一瞬で作ってしまうような装置が無いのが痛かったが。
ただ、ティタニアの母親を治せそうな遺物があったので、あそこが「失われし青の遺跡」である可能性は、かなり高そうだ。
どこも青くないのは、気になるところではあるが。
オレの横では無重力の中、空中遊泳を楽しむブモールの姿があり、その鞍にはまった三体のクリスタルさんが、チカチカ瞬き合っていた。
別に分裂して増えたわけではない。二体は新しく乗せたクリスタルさんだ。
カナデやヴィオナムルの遺跡から取得したクリスタルさんたちのデータによると、特に人間に危険なウィルスも相手に危険なウィルスも無さそうだとのことだが、念のため隔離室の中でオレ達は過ごしていた。おっちゃんはブリッジで辞書の作成中だ。
クリスタルさんたちによると、ヴィオナムルに関わったことのある種族は、基本、病気や細菌などを警戒しないでいいとのことだったが、本当かはわからない。
オレやおっちゃんは何も感じていなかったが、クリスタルさんによると、遺跡の扉が開いたときに、何か不思議な信号が発せられ、体を駆け抜けていった感触があったんだそうだ。
伝説では、扉が開かれたとき、この世のすべてのクリスタルさんの種族が、それをわかるということなので、これのことなんだろうとクリスタルさんが推測していた。
クリスタルさんの中で優秀なものが、オレたちを攻撃してきた触手の宇宙人に連れられ、彼らの宇宙船で働いているとのことなので、彼らにも伝わっただろうか。
少なくとも、遺跡近くのクリスタルさんはその信号を感じ取れたようで、代表者が集まってきてはいた。
新しく乗せた二体は、その代表者の中からピックアップした者たちだ。
クリスタルさんの病気に関しては、ティタニアの母親用に確保してある遺物でも治るようだが、彼ら用と思われる謎の液体薬とそれを作る機械も発見されていたため、協力してくれるならという前提で、そちらの薬のほうだけを渡していた。
量が足りないので、現在遺跡内で生産中である。
これもオレやおっちゃん、そしてカナデも気がつかなかったのだが、遺跡に近づいていたとき、クリスタルさんは、ひっそりと体調が悪くなっていたらしい。
遺跡に近づくと体調が悪くなるといっていたので、その影響だろう。
遺跡から離れた今、クリスタルさんの調子も戻ったようだ。
何か饒舌になっているのは、伝説を目の当たりにし、興奮しているのかもしれない。
「ヴィオナムルの使い」というブラフが効いているのか、新しく乗せた他の二体も協力的だった。
彼らは、オレたちを攻撃してきた知的生命体についてもよく知っていて、必要な情報は大体手に入っていた。
相手がウソをついているか判別できる[嘘を知る耳]をかけてから聞いたので、間違いはないだろう。
クリスタルさんは音波を使って話しているわけではないので、嘘を耳が判断するというのは、おかしな話ではあるが。
どうも彼らの話によると、オレたちを攻撃してきた知的生命体は、人間たちの攻撃から身を守るため、ここに来る人間の船を攻撃しているらしい。
人間たちがワープゲートを開くために使っている亜空間力場を攻撃とみなしているようだ。
クリスタルさんたちはある程度耐性があるものの、触手の宇宙人は、亜空間力場に近づくことで、死亡するレベルのダメージが、体に入ってしまうようなのだ。
人間たちは、新しい惑星を開発する前に、必ず亜空間力場を作るための無人宇宙船などを飛ばし、そこに亜空間力場を作ってから、惑星の開発に着手する。
その飛ばされてきた船を、攻撃とみなしているのかもしれない。
彼らは、そういう船が来たら、町や人工物を破壊してからウィルスをまいて退避したり、重要拠点なら徹底応戦したりしていると聞いているそうだ。
カナデやおっちゃんによると、行った船が戻らない魔の宙域というのは、ある程度あるそうだから、そういうところは、触手の宇宙人の住処なのかもしれない。
クリスタルの人たちは、オレたちの言葉はわからないものの、オレたちに敵対している触手の宇宙人のほうは、オレたちの言葉も生態も、ある程度把握しているとも言っていた。
きちんと人間を捕らえ言葉を調べてから質問し、その結果、オレたちが攻撃のために亜空間力場を作る船を、クリスタルの住処のところや、触手の宇宙人のところなどに放っていることが判明したそうだ。
誤解だと思うんだが、それとも他の理由があるのかはわからなかった。
触手の宇宙人は反撃としてマッドリーパーを作り、人間たちの住処に放ったという話があったので、知らぬ間に戦い合っていたことは、確かなのだろう。帝国などの上の人たちが知っていたかはわからないが。
生物兵器として、マッドリーパーには亜空間力場を攻撃する性質が付与されたそうだ。
現在、触手人たちは、亜空間力場の悪い影響を短時間ながら無効化する技術が完成したため、軍艦を集め、人間の住む惑星を攻撃する準備をしているようだ。
変な通信波が頻繁に観測されるようになったという話があり、帝国の偉い人から、オレに調べろと勅命が下っていたのだが、あれは人類が使っている通信波で、宇宙人たちの取り決めにある宣戦布告の合図を送っているという話だった。
彼らの取り決めなので当然だが、カナデやおっちゃんも、人類側の知らない宣戦布告の合図だと言っていた。
これらの情報は連絡用ポッドを送り、帝国に知らせている。だが、このポッドが無事に亜空間力場まで到達し通信波を送れるか、少し心もとない。亜空間力場には見張りがいるそうなので、簡単に撃墜されてしまいそうなのだ。
人間の住処近くなら必ずある、亜空間力場近くの通信波中継装置が設置されていないため、面倒な手順が必要なのが痛かった。
別の連絡用ポッドを使い、亜空間力場を通さない遠距離用の通信波を送るようなこともしたが、こちらの方法ではかなり時間がかかるため、触手宇宙人の軍艦たちによる攻撃が始まる前に知らせることはできないだろう。
クリスタルたちによると、触手型の異星人の攻撃目標は、人間たちの重要拠点。
双子星の太陽系で、そこに国の重要人物が住む、そんな場所だという。
惑星連合も民主連盟も、そんな場所に重要拠点は作っていない。
ただ銀河帝国のみが、そんな場所に重要拠点を作っていた。
銀河帝国の首都惑星だ。
そこは今ティタニアがいるはずの惑星だった。
『ブラックホール砲でもあれば、敵船が集まってるところに一発撃ち込んで終わりなんですがねぃ』
不穏なことを言うカナデの中で、オレは[千里眼]の魔法を解く。
精神同調も使い、カナデと一緒に、定期的に進行方向の安全を確認しているのだ。
本来なら亜空間力場を使い帝国に帰り、偉い人に警告をして終わりとしたいのだが、クリスタルさんによると、亜空間力場は見張られているだろうとのことで、使えそうになかった。
クリスタルさんたちの惑星自体には、現在触手の宇宙人は近づけないようになっているらしいので、本当なら、この星でボーっとしているのが一番安全なのかもしれない。
触手の宇宙人が、ヴィオナムルの遺跡を破壊しようとした後、彼らのみに効く見えない毒のようなものが、宇宙空間を含む遺跡周辺にばら撒かれたようなのだ。船の装甲も素通りするようなもので、彼らが亜空間力場に近づいたときと似た、しかしそれよりももっと強い症状を出してしまうらしい。
カナデが、その毒を発生させる装置を見つけて一瞬喜んでいたものの、人間には効きにくかったり、派手さが無かったり、装置も毒も自分に積み込めそうに無かったりでガッカリしていた。
オレたちは、クリスタルさんたちの強い要望により、触手の宇宙人との交渉の場に向かっていた。
クリスタルさんたちが知る異星人は多数いるものの、触手の宇宙人ほど優しく、そして話の通じる異星人はいないと力説されたためだ。
何でも彼らは、西に感染病に苦しむ異星人たちがいれば降り立ちその進んだ技術力により薬を開発し、東に戦争があれば仲介し両者の仲を取り持つ。
北に原因不明の大きな問題があり、近くの異星人が解決できず助けを求めれば人を送り込んでくれる。そんな評判を持つ種族なのだそうだ。
この惑星の外に出て他の異星人の星を回るクリスタルさんもいるんだそうだが、彼らが皆、このような評判を聞いて帰ってくるのだという。
オレたち人間の亜空間力場が、攻撃手段ではなく単なる移動手段であるなら、そのことを話し誤解を解くべきだと言われた。
嵐が過ぎるのを待つつもりなら、かくまうとも言われたが、それはティタニアがいる帝国の首都が攻撃されるのを待つということだ。
できることはしておいたほうがいいだろう。
クリスタルさんたちの持つ通信機により決定した交渉の場には、触手の宇宙人の女王が直接あらわれることになっていた。人間では考えられないことだが、女王が死んでも、その脳のコピーを受け継ぐ者がいるため、重要な場面では、よくあることなんだそうだ。
交渉は、十数種の異星人からなる国連のような機関があり、そこに様子を中継する形で行われる。クリスタルさんによると、この中継される場で信頼を汚すようなことをする者はいないらしい。
[嘘を知る耳]では、本当のことを言っていたようだが、彼らが間違ったことを信じている場合もあるから、なんともいえないだろう。
『じゃあ、精神同調の結果と、中継されている様子が食い違ったりしてきたら、問答無用で助けに入りますからねぃ』
カナデが言う。中継されている様子は、クリスタルさんから提供された機械で見るらしい。
宇宙服の上にローブを着たオレは、魔法を使う準備をする。
ウィルスなどを防ぐ防護服の代わりに、ヘルメットをつけ、外の空気が入ってこないようにしていた。
「まあ、向こうの用意した場所とはいえ、武器も持ち込まないみたいだしな。いざとなったら、魔法のあるこっちのほうが強いだろ」
『その持ち込まないという相手の言葉が信用できないんですよぅ』
ぶつくさ言うカナデを横に、オレは杖を手にとる。
「それにしても、この、宇宙服の上にローブ着るってのは、なんかな……」
先ほど鏡で見た自分の姿を思い出しながら、格好悪いファッションに不満を洩らす。
『まあ、いまどきローブ着てる人もいないですからねぃ』
そんなオレを、カナデが慰めてくれた。
『珍妙さレベルは、そんな落ちていないはずですよぅ。がっかりしないでください!』
慰めと言うより、とどめだったが。
いや、もしかしたら「珍妙」を「珍しくてすばらしい」という方の意味で使ったのかもしれないけれど。
オレがローブを着ているのには理由がある。
転移時に音が出た理由を探っていたところ、どうも神様からもらったローブが原因らしいと判明したためだ。
カナデが精神同調で、オレの記憶にあった、オレが魔法を唱えていたときの過去の感覚を丹念に調べていき、見つけたのだ。
無音で転移するとき、オレの感覚は、オレが身につけているものから何か干渉があることを感じ取っていたらしい。
調べてみたら、ローブを着て転移をすると無音で転移できるのだが、ローブを脱いで転移すると音が出ないことが判明した。
そういえば、これは杖と一緒に神様にもらったものだったな、と思い出したオレがマジックアイテムを鑑定する魔法を使ったところ、このローブと、そして杖が、魔法の道具だとわかったのだ。
ローブは「隠行のローブ」という名前で、隠密行動時の補正や、隠密行動にさまざまな付加効果をくれるマジックアイテムだった。どうやら、これが転移時の音を消してくれていたらしい。
魔法のテストを頻繁にしていたときは、まだ宇宙服を手に入れる前で、ずっとローブを着ていたし、それ以後も転移魔法を使う時は、なぜかローブを着ているような場面ばかりだったので、まったく気がつかなかった。
クリスタルや、その乗り物のブモールを捕まえるため、ローブを着ずに転移することがなければ、ずっと気がつかなかったかもしれない。
そして杖は「蛮勇の杖」という名前だった。ヒロイックな行動をすると、それが成功しやすくなるような効果を持つらしい。
難破した船にいたおっちゃんを助けようとしたり、スペースパイレーツの船に乗り込んで戦ったときに、あまり魔法の失敗が無かったのは、もしかしたら、こいつのおかげなのかもしれなかった。
高価なもらい物をしていたようだが、ぜんぜん気がつかなかった。
オレは改めて、神様に感謝をささげる。そして杖とローブに力を貸してくれるよう、心の中で願いを込めたんだ。
「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか、例の優しい触手さんとやらに会いに行きますかね」
『女王様に襲われたら助けに行きますからねぃ! マスタぁの貞操は私が守りますよぅ!』
貞操って……。
触手の宇宙人に襲われたとしても、そういう意味での「襲われる」には、ならないと思うぞ。
何でも、交渉の場となる宇宙船には武器も持ち込めないし、武器を積んだ宇宙船で近づくのも禁止されているんだそうだ。
武器を積んでいない宇宙船を持っていないため、仕方なくカナデに[認識阻害結界]をかけ、近くから交渉の場に転移しようと考えていた。
上級のつかない[パーティー転移]で、できるだけ離れた場所から転移するつもりだが、それでも近づくなといわれた範囲の内側だ。
だがオレの乗っていた船が近くにいることはわからないはずなので、これで実際よりも遠くから、近づくなといわれた範囲の外側から、転移してきたように思われると予想しているんだが。
ちなみに近づくなといわれた範囲の内側にいることは、クリスタルさんたちには内緒である。
[認識阻害結界]を使うためにはエンジンを止める必要があり、人工重力なども切れてしまう。
クリスタルさんには、警戒を強くするため船のリソースをそちらに割く、そのための技術的問題で無重力になると、そう伝えてあった。




