大魔導師、人類の危機に立ち向かう 5/7
ブモール、そいつに近づくな! うわー、止めろー、誰か助けてくれー! などという意味を、チカチカする光で伝えてくるクリスタルさんを見ながら、オレは困っていた。
いや、トリケラもどきの巻きついてくる触手にも困っているんだが、それ以上に、この水晶みたいなのに、どうやって話しかければいいのかがわからないのだ。
カナデに話しかけるときは、頭に浮かべた日本語が、勝手にカナデ達の言葉に変換されるので、それを声に出している。
声に出したときは、半分勝手に口が動く感じだ。
こいつの場合は、どうすればいいのか。
オレは、とりあえず、言葉を口に出してみることにした。
ティタニアみたいにクリスタルを指差し、言う。
「お前が、この星の知的生命体か!」
……普通に日本語が出た。
『おおぅ! それが異星人の言語なんですねぃ! さすがマスタぁ! 確かに聞きなれない響きですぅ!』
カナデさんが感極まった、というような声で言う。
こいつは実は精神同調で、オレが困っているというのを知っていて、こういうことを言っているんではないか。そんな気分になるほど、感情のこもった声で、オレを褒めてくれる。
くっそー。どうすりゃいいんだろう。ピカピカ光ったときに向こうが何か言っているかわかるってことは、同じやり方でしゃべらなきゃいけないんだろうが。オレの言葉よ光れ、とか念じながらしゃべればいいのか。
とりあえず念じながら、やってみる。
「名前はなんと言う!」
その日本語を発した途端だった。新しい情報が脳内に入ってくる。
……これは、今のフレーズを、このクリスタルの言葉で、どう表現すればいいかの情報か。
ふむ、けっこう複雑そうだが、やってやれないことはないだろうか。
まずはオデコのあたりを青く光らせればいいのだな。
簡単、簡単……って、できるかー!
オレはホタルじゃない、光れないよ。
あー、もう、どうするかな。
カナデになんかディスプレイでも持ってきてもらって、それをオレの思う順番で光らせてもらうとかしかないかな。
そこまで考えてから、オレは自分の魔法のことを思い出す。
あっ、いや、普通に幻影の魔法を防護服の表面にまとわせて、光を出したり消したりすればいいのか。
オレは、早速試してみる。
[初級幻影]
集中し、魔法を唱えた。
(クソー! ブモール、なんで、こんな不気味な生き物に懐いているんだー!)
そんなことをトリケラもどきに言っているクリスタル。不気味って……。ちょっと傷ついたオレは、仕返しのいたずらでもしてやろうかという気分になる。
チカチカと自分の服を明滅させながら、答えてやった。
(ふん、ブモールが私に懐くのに何の不思議がある。ブモールは自らが仕えるべき者を思い出した。ただ、それだけのことではないか)
後のことなど何も考えていない、完全な悪乗り発言である。色んなことを考えすぎて、頭がアッパラパーになっていたのかもしれない。まるで徹夜明けのノリだ。
それが、うまい方向に転がった。
(こ、こここ、言葉をしゃべった!?)
驚きにピカピカと明滅するクリスタル。そしてこいつは言った。
(そ、そそ、それにブモールが仕えるべき者だって? お、お前のような気持ち悪い、も、物が、ヴィ、ヴィオナムルの使者とでも言うのかー!)
ビンゴー!
瓢箪から駒だ。これはハッタリを押し通すべき。
そう判断したオレは両手を広げ、ピカピカと光りながら答えてやった。
(そうだ! 我こそがヴィオナムルの使者! お前に、その証を見せてやろう!)
オレは、あまりにうまく行った交渉の結果に笑いたくなる気分を抑えながら言う。
「おい、カナデ! 何かお前がヴィオナムル・シップだと証明するものがあるだろ! ちょっと見せてやれ!」
これで、とどめになるはずだ!
あのブモールという名前らしいトリケラもどきが仕えるべき者とか言っていたし、「ヴィオナムルの使者」という単語もなんか偉そうだ。その使者のフリをして悪いことはないだろう。
さあ、カナデ、ヴィオナムルの証を見せてやれ!
お前が人間にとってロストテクノロジーの塊である、優秀な船である証を!
そしてカナデは言った。
『えっ、そんなのありませんよぅ……』
えっ……?
『特に紋章みたいなのもありませんしぃ。技術的には人間レベル超えてる機械とかあって、それで気がつかれていましたがぁ、さっき戦った、私の倍以上の射程があるレーザー積んでる宇宙船とかには負けるかもしれませんよぅ?』
そしてカナデは続ける。
『デザインとかは独特かもしれませんがぁ、いくらでも真似できる範囲ですしねぃ。どうしましょうかぁ。シップのAIの有能さを示すため、渾身の親父ギャグでも飛ばしましょうかぁ?』
うん。多分、それをしても、なんの解決にもならないと思う。
せいぜいオレの通訳チートの能力が、一体どれほどのものなのかがわかるぐらいだ。親父ギャグを他言語へ変換するのは、かなり大変だろうからな。
本当に、翻訳者の人とか、どうしてるんだろう。
そんな風に現実逃避をしていたら、クリスタルがピカピカと光りだした。
(あ、証を見せる? そ、そそそ、それは、あ、あの「命の神殿」を、あ、開けてくれるということか!? いや、こ、ことでしょうか!)
命の神殿? 何それ。
まあ、でも、いいか。考えるのは困ってからにしよう。
(その通りだー!)
オレは両手を広げながらピカピカとまたたき、大笑をしたのだった。
心なしか、口から伸びる触手をオレに巻きつけているトリケラもどきも、うれしそうである。
だが、こういう触手プレイは、できればカナデかティタニア、もしくはコータとやってもらいたい……。
トリケラもどきの興奮が収まり、無闇にからがってこなくなるのには、しばらくの時間を要した。
オレ達は、カナデでその「命の神殿」とやらに向かっていた。
なんでもクリスタルさんの伝説に、死の病が起こったとき、その神殿があらわれ彼らを救ってくれたというものがあるそうで、どうもオレたちが探そうと思っていた、"失われし青の遺跡"っぽい存在なのだ。
現在、クリスタルさんの間では、その死の病とやらが蔓延していて死者が多量に出ている状態なんだそうだ。ウィルスや細菌による感染症とは違うようなのだが、よくわからなかった。
話をしてみる限り、彼らの技術力、科学力は、そんな高くない。
どうも、彼らと宇宙で攻撃してきた宇宙船の乗員は、別の存在のようだった。
目の前のクリスタルさんが言うことには、彼らは空から来た、現在クリスタルさんたちを支配しているような存在なんだと言っていた。
植民地の支配者と被支配者ってところか。
ブモールの口の辺りをでっかくしたような生き物と言っていたので、触手型の生物なのかもしれない。
ここまで来る途中、カナデさんがクリスタルさんとしゃべるための辞書みたいなのを作っていた。多分、おっちゃんも協力しているのであろう。
言いたい言葉をオレの脳内に流し、それをオレがクリスタルさんの言葉でしゃべるとどうなるか考え、出てきた結果をカナデが記録していくという単調な作業だ。
「テメー、腕輪の飾りにしてやろうか!」みたいなフレーズを、彼らの言葉にしているようだが、一体どんなシチュエーションで使うつもりなのか。まあカナデは女の子であるわけだし、きっときれいなクリスタルさんへのほめ言葉にでも使うつもりなんだろう。オレは、そう思うことにした。
目的となる「命の神殿」は、砂漠の真ん中にあるという話で、もぐったまま行けるようだ。
聖域とされる場所で、普通のクリスタルは近づかないため、中に入るのにひと悶着あるということも無さそうである。
普通の生き物にとっては、非常に居づらい場所ということなので、神殿に守護者を置いていることもないようだった。
何でも、クリスタルさんを支配する触手の異星人さんも近づくことがやっとで、遺跡を開くことも壊すこともできなかったという。
『あー、ここまで近づくと、反応がわかりますねぃ。確かにヴィオナムルの遺跡があるようですよぅ』
カナデが言う。
『多分、私で遺跡の真ん中に乗り込んでいって、マスタぁがここはオレの縄張りだー! と宣言すれば、お仕事終わりですねぃ』
クリスタルさんを捕まえ、かれこれ五時間ほど経っていた。
「気をつけろよ。オレたちを攻撃した宇宙人は、この遺跡の存在を知っているはずだ。監視がおかれていても、おかしくない」
透明の衛星を浮かべているかもしれないし、同じく透明の監視カメラやロボットが隠されていたりするかもしれない。
衛星に関しては[千里眼]で、できるだけ確認しているが、地上に隠されれば、それもわからない。
警戒しておいたほうがいいだろう。
『大丈夫ですよぅ。何か近づくと体調が悪くなるんでしょう? 防衛機能が働いているってことですよぅ! そんなちんけなもん置いたとしても、蹴散らされてますよぅ!』
「……わかっていると思うが、その防衛機能は、オレたちにも反応するかもしれないんだからな?」
オレは言った。
いや、もしかしたらティタニアがマッドリーパーに襲われている遺跡を手に入れたときと同じく、同じヴィオナムル産の機械であるカナデには反応しないかもしれないが。普通の遺跡は、遺物の保持者にふさわしいかのテストがあると聞いていて、それが防衛機能を兼ねていることが多いとも聞いている。
突破したとしても、個人で携帯できるような遺物はともかく、遺跡や船は起動できないことが多いそうだが、その点の心配は、カナデはまったくしていなかった。その直感が当たっていて、さらに、もし防衛機能を突破しないで済むのなら、遺跡を手に入れるのが楽になり万々歳なのだが。
カナデはオレの言葉にあっはっはー、と笑った後、ピタリと言葉を発さなくなった。
……どうやら、防衛機能がカナデさんのみに反応しないということはないようである。
本当は、防衛機能の外側から転移でオレが乗り込むのが一番早そうなのだが、カナデもよく知らない遺跡ということで、カナデごと遺跡に入ることになった。オレの安全が確保しきれないと考えているらしい。
クリスタルさんを転移して捕まえにいって死にかけたので、ちょっと過保護になっているのかもしれない。
喉元過ぎれば忘れるのだが、カナデは時々、思い出したようにこうなる。
そんなことを思いながら、隔離室のディスプレイにカナデの外の様子が映っているのを見ている。砂がぐんぐんと後ろに動いていく、例の映像だ。
それを見ながら、オレは気を引き締める。
ヴィオナムルの遺跡は、人間が外に出て何かをする必要があるようなテストもあるという。そういう時でも、毒や、電磁波で体液を沸騰させるような、一発死するデストラップが使われることは少ないと言われていた。だが、それが皆無なわけではない。
それにリドルのような知恵比べや、三次元の迷路を規定時間以内に突破したり、中には化け物と素手で戦うようなテストもあるといわれる。
全裸の女性がいっぱい出てきて、無視できればクリアという、ぜひクリアしたくないテストまであるのだ。
そういうのは確実に待っているだろう。
気合を入れて、かからなければならない。そうでなければ、せっかく全裸の女性が出てきても、カナデに勝手に体を動かされ、お楽しみに至る前に、テストを突破してしまうかもしれないのだから。
「よっしゃ、やったるでー!」
オレは気勢をあげ、右手を突き上げた。
それに感化されたのか、カナデが、いつもより気合が入った声音でオレに話しかける。
『マスタぁ!』
「なんだ!」
テストが来たのか? オレの出番か? 試練のときか?
そう思うオレに、カナデが言った。
『遺跡、真ん中に出ましたぁ! 次いでマスタぁの認証も終了! 遺跡の主と認められましたよぅ!』
……え?
『最後に、遺跡を覆っていた砂の除去を行いますぅ! 除去開始ぃ!』
目の前のディスプレイに映っていた砂が、一気に無くなり、そこには石造りの神殿のような建物があった。
その神殿の真ん中、階段を上った先にある、巨人用かと思われるほどの大きな扉が光ったかと思うと、ゆっくりと開いていった。
ディスプレイ越しだから音は聞こえないものの、近くにいれば、石と石がこすれながら動いていく音が聞こえたかもしれない。
それを見てだろうか、クリスタルさんがチカチカと異様に瞬いていた。
というか、なんか、何もないって。
気合を入れていたオレが、バカみたいだ……。




