大魔導師、人類の危機に立ち向かう 1/7
ご覧いただき、ありがとうございます。
最終話を7つに分け、投稿いたします。基本21時の予約投稿ですが、可能な日は、そのちょっと前に手動で投稿されます。
また「自販機で子犬を買う」の4と5ですが、ワープ空間内では宇宙船の速度が出ない設定に修正してありますので、あらかじめご了承ください。(読み返す必要のない修正です)
「走って汗をかいたわ。コージ、また体を拭いて頂戴!」
おっちゃんの娘さん達の様子を見てからカナデへと戻る帰り道でのことだった。落ち込んでいるオレとおっちゃんを横目に、子犬を抱っこしているティタニアが快活な声で言う。もしかしたら走ったことで、少し気分がすっきりしたのかもしれない。
そんな時だった、彼が再びオレたちの目の前に姿を現したのは。
「『また体を拭いて』というのは、どういう意味だ? ティタニア」
「パパー!?」
ティタニアが裏返ったような声をあげた。
金髪の筋肉質の男が、額に青筋を立てながら、オレ達の目の前に現れた。オレ達は、まっすぐと続く太い通路を歩いていたのだが、それに合流する小さな通路から、男は現れた。待ち伏せされていたんだろうか?
それにしても漫画やアニメ以外で青筋を立てた人を始めて見たな……。
そんなことを思っていると、やつが犬歯をむき出しにしながらオレをにらみつけてきた。犬は嬉しくて興奮したときも、歯をむき出しにして、うなっているように見える表情をすることがあるというが、この男のは違うだろうな。人間だし。
「『また体を拭く』というのは、どういう意味なんだ? アカツキ・コージ」
オレの名前を、一文字一文字、丁寧に発音してくれた。
ア、カ、ツ、キ、コ、オ、ジ、みたいな感じだ。
敵対されすぎではないだろうか。いったいオレが何をしたというのか。
「パパー! なんで、ここにいるの!?」
それはオレも聞きたい。
オレを見ながら、男が言う。
「ふん。あの事故現場から転移できる亜空間力場には、軍が網を張っていたからな。お前たち、ずいぶんと目立っていたようじゃないか。連絡がすぐあったわ」
いや、だが、この男の船はオレたちの目の前でイスイエル星域の亜空間力場に転移してきたはずだ。まだ、ワープ機関の冷却期間が終わっておらず、どこへも転移できないはずなのに。
「愛しい娘のためだからな。近場の民間船を接収して飛んできたぞ!」
『ああ、帝国の船とかは気をつけていましたが、民間船は警戒していませんでしたねぃ』
リストバンドからカナデの声が聞こえてきた。
「連続で転移するとは無茶するぞー」
コンテナとかの荷物は、複数の船を使い、バケツリレー形式で運ぶことはあるそうだが、いくらかの時間をおかないで、連続で転移しすぎたりすると、コンテナとその中身が謎の崩壊を起こし、この世からサラサラと消えてなくなってしまうって話だったからな。人体にも害があるんだろう。
というか、おっちゃん、高位の貴族にその口調で良いのか。それとも、こんなもんで良いのだろうか。距離感がよくわからない。民間船を接収とか言っているし、横暴なイメージがあるんだが。接収された人は、いい迷惑であろう。
「我が愛しの娘が、高位の貴族になるのは確実とはいえ、性悪な人間に連れまわされていたのだ」
こっちを見る男。
「愛のためだと思っていたから我慢していた……」
そして両手を握り締め、体をプルプルさせ始める。
「それなのに。それなのに……」
そして男は、びしっと右手の人差し指をオレに突きつけて言った。
「オレは、お前を許さんぞー!」
このポーズ、ティタニアも時々やっていたなー、と思いながらも、オレの心は「愛のためって、どういう意味?」という疑問で一杯だった。
「ちょっとパパ! また、よくわからない勘違いしているんじゃない!?」
「勘違いなどしていない! 駆け落ちだろう! 父さんや母さんもそうだった! だから、お前の選んだ男ならと思って我慢してやっていたんだ!」
男はこぶしを振り上げ、犬歯をむき出しに、つばを飛ばしながら、喉も裂けよと叫びを放つ。
「だが、この男だけはダメだー! 貴族の子女、それも自らの愛すべきものにあんな破廉恥な格好をさせ、何も思わない男など、男ではない! 宇宙の藻屑となる前に、このオレ自らが去勢してやるわー!」
男が、銀色の腕輪をはめた、その右手を振った。
次の瞬間、何もなかったはずのその手には、男の身長よりも高い、立派なハルバードが握られていた。
ちょっと天井に刺さっている気がする。
ハルバードの穂先、槍の部分が、オレに向けられる。
チラッと上を見ると、線が天井に走っている。槍がつけた傷だろう。男が力を入れた様子はなかったが、あのハルバードは簡単にこの宇宙港の金属の天井を切り裂いてしまったようだ。
「ちょっと! 私、駆け落ちなんてしてないわよ!」
ティタニアが声をあげた。オレも、した覚えはない。
もっと言ってくれ。
「ぬ?」
男が首をかしげ、ティタニアを見た。
「私は、お母様の病気を治すために、"失われし青の遺跡" の情報を得るため、がんばっているんです!」
うん。オレはその情報より、なんで父親は「パパ」なのに、母親は「お母様」なのかが気になるんだが。
「ぬぅ」
ティタニアの父親は、そう言ったきり、黙ってしまった。
……あの、黙るのは良いのですが、ハルバードの槍の先を向けるの、そろそろ止めてもらえませんかね?
そんなことを考えていると、男がうなずく。
「なるほどな、それならばすべての疑問が解ける」
「め、珍しく、勘違いが早く解けたわ……」
ティタニアがなんか言っている。
男がオレを指し示していたハルバードを一つ揺らす。
「ということはだ。そっちの男は、娘の愛する者でもなんでもなく、ただ娘のあられもない姿を見たいがため、あの宇宙服を着せていたということになるな」
このおっさん、すっっっごく、面倒な結論に至っている気がする。オレは魔法に集中する。
「はっはっは。やはり宇宙の藻屑の前の去勢は確定だな! いさぎよく散れー!」
そう叫んだ男がハルバードを振り上げ、オレが[睡眠光線]を手から出そうとした瞬間だった。
「お待ちください!」
あの美しい、凛とした声が響いた。きっと天使の歌声にも負けないだろう、そんな響きだ。
「あのティタニアの服は、私が着せたものだと申したではありませんか!」
エレナさんだ。あいも変わらず褐色の肌が美しいのだが、残念ながら、あのファッショナブルな、大事なところが見えそうで見えない宇宙服は着ていなかった。額が濡れているのは走ったからだろうか。輝いているように見える。まるで宝石のようだ。
男がハルバードをオレに向けながら怒鳴る。
「はっ、最初に着せたのがお前でも、それを続けさせたのは、この男だろう!」
「それは、そうですが……」
「それにお前は普通の宇宙服を着替えとして入れておいたのだろう? それを着せていないのは、あきらかにおかしい!」
えっ、そんなのあったのか?
人の荷物だし、中なんて見ないからな……。
「ちょっと! 私が、どんな服を着ようとかまわないじゃない! 大体あの宇宙服の何が問題なのよ!」
ティタニアが言う。
それを聞いた男が、またプルプルし始める。
この反応は「はしたない」とか言って怒る方向だろうか。
そんなことを思っていると、男は叫んだ。
「ティタニアー! 君は、そういうことを、まだ何も知らないんだね! マイ・エンジェル、愛してるよ! お前は天使だー!」
うん、これがバカ親というものだろうか。いや、親バカだったか。
この男の場合、どちらでも正しい気がする。
「また、そんな言葉で誤魔化そうとして! パパ! 本当に私のことを愛しているというなら、私の言葉をちゃんと聞いてください!」
「何を言っているんだ、私がお前の、その天使の歌声にも負けぬ声を聞かないことがあろうか! 例えこの身が滅びようと、私はお前の声が聞け、お前の笑う顔が見られれば、それだけで幸せなのだ! 私の宝石よー!」
天使の歌声にも負けぬとか宝石とか、大げさである。人に使う言葉ではない。やっぱりバカ親だ。
ティタニアがオレの前に進み出て、男のハルバードに対し子犬を突きつけながら言った。
「ならば、なぜ "失われし青の遺跡" の情報を得ようとしないのです! おなたなら秘匿されている遺跡の位置座標を取得することが可能なはずです! お母様のご病気は、あのヴィオナムルの遺跡の力で治るのでしょう?」
鋭い口調だが、どこか静かさが感じられる、不思議な声だ。
何かの能力だろうか、そのともティタニアの地力か、男が気圧されているようなのがオレにもわかる。
「むー、だかな。あの遺跡を調べないというのは、アルティナとの約束でな……」
「約束が何だというのです! 例え愛する妻がそう言ったとしても、彼女を助けられるなら、その遺跡に挑んでみる、それが戦士というものではないのですか!」
男は完全に黙ってしまう。
「……あなたが、その遺跡に挑まないというのなら、それで良いのです。私が挑みますから」
男は、いぶかしげに自分の娘を見る。
「私は、ヴィオナムルの遺跡を手に入れました。帝国に寄贈し高位の貴族の位を持つつもりです。そして今回の難破船の救出、あれに乗っていた重要人物の救出の功績は、 "失われし青の遺跡" の位置座標を得るのに、じゅうぶんなものであるはずです」
男はハルバードを引き、ティタニアの言葉に何か考え込む様子を見せながら、慎重そうに言った。
「確かに、本来なら、そうなるであろうな。だが、お前たちは、亜空間力場をひとつ、使い物にならない状態にしている。夜明けの角笛の功績は、その件と相殺になるであろう」
「なっ!」
ティタニアが驚いた声を出したが、なんとなく予想できていたことではある。
オレ的には夜明けの角笛というチーム名が定着しちゃっていることに「なっ!」という叫びを上げたい気分だ。
「どうせ後でばれることだから言うがな、保管庫からティラマイトニウムが盗まれていた、という情報は隠されることになる。お前たちが来なければ、あのワープ空間に閉じ込められた人間は、誰も助からなかった。本来は、亜空間力場を使い物にならなくした罪と相殺しても、余りある功績なのだ」
「ならば!」
ティタニアが声をあげるが、男は首を振る。
「ダメだ。お前に危険なことはさせられない。アルティナも、それを望まぬであろう」
「……じゃあ、マッドリーパーの情報なら、どうでしょう?」
男が片眉を上げて、ティタニアを見る。いつの間にそんなものを、と思うオレの前でティタニアが言う。
「あいつらの発情時の叫び声、それを解析したデータがあります」
ほう、そんなものを……って、いやいやいや! それ、お前のものじゃなくって、おっちゃんのものじゃないか!
カナデとオレとおっちゃんの三人で報酬を山分けしようとしていて、色んなところで売ろうとしていたのだが、信用されなかったり、買い叩かれそうになったりで、良い買い手がつかないと、おっちゃんが嘆いていたやつだ。
なんで、こいつが知ってるんだ?
目の前で、この件について愚痴ったりしただろうか。
そんな思いをよそに、男が首を傾げながら言う。
「あれが、発情などするのか?」
「ええ、ディアもエレナも見ていたはずよ」
ティタニアの言葉を受けた男がエレナさんを見ると、男の後ろで固まっていたエレナさんが、あわてて首を縦に振って言う。
「は、はい。確かにこの目で見ていました!」
「ふむ。まあ、それならじゅうぶんな功績といってもいいかもしれないな。あれらは人類の敵だ。新しい情報は、常に求められている」
「ならば!」
「だが、そんなことをしなくても大丈夫かもしれないぞ」
男は、犬歯をむき出しにし、オレの目を見る。
「"失われし青の遺跡" の位置座標近くでな、おかしな通信波が観測されているそうだ。そして貴族会議は、それに関し、調査の必要があるとの判断を下した。遠からず、勅命が新たなヴィオナムルシップの主に下されるはずだ」
男がハルバードを振ると、それは男の手元から消えてなくなる。
「うちの人間には手出しできんからな。ある遺跡を奪われた貴族のやっかみが、弱いほうへ行ったのだろう」
ティタニアが心配そうに、こちらを見てくる。
「あの宙域に行って帰ってきたものは、ただ一人。マッドリーパーを作ったといわれる世紀の天才科学者のみよ」
くつくつという笑い声が、男の喉から漏れた。
「去勢するのはよしてやろう。期待しているぞ、いさぎよく宇宙の藻屑となり散ってくるがよい」
男は獰猛そうな笑みを浮かべた。
……そういや、マッドリーパーの巣の真ん中にあったカナデが元いた遺跡って、どっかの面倒な貴族が持っていたものなんだっけか。
その遺跡をティタニアに奪われた貴族の恨みが、オレに来たって理解でいいのだろうか。
多分、調査の勅命が下る新たなヴィオナムルシップの主ってのは、オレのことだろうから。
ああ、もう、ため息が出そうで仕方ないよ。
その勅命って、無視して逃げたらダメなんだろうか。




