61話 パートナー
琴音を連れてくることをあきらめた俺はしぶしぶ明さんに謝った。明さんは気にしてないようだが、こちらとしては申し訳なかった。
とりあえずリビングへと案内し、明さんにお茶を出す。まだ太陽は地平線に落ちておらず、肌が陽に晒されていたこともあって明さんは麦茶を勢いよく飲み干した。
「けど、本当にすみません。琴音のやつ、人見知りをこじらせてて。そのせいで挨拶せずに」
「いいよいいよ、そんなに気にしなくても。琴音ちゃんのことはわかってるし。それより、羅黒くんも久しぶりだね。いつぶりだっけ?」
「去年の正月にお会いしましたね」
「ああそうそう。その時と比べて、羅黒くんは大きくな―――全然変わってないね。オジサンうらやましいよ。若々しくて」
「……」
なぜ途中で言葉を区切ったのかいろいろ問い詰めたくはあったが、その衝動を飲み込み、本題へと切り出す。
「それで相談というのはなんですか?」
俺の緊張が移ったかのように明さんの顔も真剣なものへと変化していった。コップを机上に置き、明さんはこちらに身を乗り出す。
「そうだね。簡単に言うと仁の様子がおかしくてね。仕事をしていても上の空って感じで。はたから見ても明らかに別のことを考えてる。同僚としても兄弟としてもそのままにしておくわけにはいかなくてね。それで羅黒くんが何か知らないかなって思ったんだよ」
あらかじめ予想していたような内容だったので、それほど驚くことはなかった。だからと言って仁の悩みの種を正直に言うわけにはいかない。
実はあなたが目の前で話しかけている少年は最近犯罪組織を壊滅させている人間で親父はそのことで苦心している、などと言ったら逮捕モノだ。
俺は明さんにばれないように小さくため息をつくとあたりさわりのない回答をした。
「やっぱり、デット・ライ・コフィンのことだと思いますよ。明美さんが亡くなった原因でもありますし。その組織が最近活発になってるんじゃあ、親父も内心穏やかじゃないでしょう」
俺のことをふれないで話はしたが、親父の最近の集中力怠慢の大部分はこのことが原因だろう。俺は明美さんのことは詳しく知らないが、最愛の人を殺した組織が調子づいたら誰だって怒りを覚えるはずだ。
俺の言葉に明さんはうんともすんとも言わずに、からのコップを片手にどこか別の世界のことを考えているかのようだった。
俺も口を挟まず、しばらくしていると明さんがポツリと口を開く。
「明美さんがもともとガーディアンだったのは知ってるかな?」
「はい」
「明美さんはもともと僕のパートナーだったんだよ」
明さんが申し訳なさそうにつぶやく。
そこから明さんの口から出たのは次のようなことだった。
明さんと明美さんは同じガーディアンで当時はすさまじい成績を上げていたという。とはいっても明さん曰く、その功績の大部分は明美さんによるものが大きかったらしい。自分の妻が別の男と組んでてうまくいっていることを親父がねたんでいたとかねたんでないとか。
そこから先は俺が知っている通りだった。
ある時、二人は犯罪組織デットライコフィンを調査し、両名はついにデットライコフィンのアジトを見つけた。二人が調査のためにアジトに侵入したところ、敵に発見され明さんを逃がすために明美さんは殿として残ったらしい。
翌日、明美さんの遺体が発見され、明さんや親父の抵抗むなしくあっという間に明美さんがデットライコフィンとつながっている犯罪者として認知される。
話し終えても明さんの表情から陰りが消えることはなかった。
「本当は明美さんの件に関しては僕の責任なんだ。けど、仁はあれから一度たりとも僕のことを責めてきたことはない。それは、あいつの美徳ではある。けど……」
確かに親父が周りにあたり散らす様子は俺にも思いつかない。それが悪いこととは言わない。けど、逆に言えば感情の行き所を自分の内側でため込んでいるともいえる。今は大丈夫でもため込まれた負の感情はいずれ爆発する。
「デットライコフィンの件を解決するのが手っ取り早いことは僕もわかっている。だからそれまでに仁が無理してないか見てやってくれないかな?」
「……はい」
俺はためらいながらも返答する。
俺も親父を悩ませている原因の一つだ。そんな俺が親父を支えてやれるだろうか。
明さんが家を去った後も俺は一人で考え込んでいた。




