58話 琴音、動く
「んじゃ、学校行ってくる。琴音もあんまゲームばっかしてないで少しは勉強もしとけよ」
「ほ~い、あにーじゃいってらっしゃ~い」
本日も兄は朝ご飯を綺麗に食べ終えるとすぐさま学校へと向かう。朝七時半から学校に行くなんてえらいな~、などと他人事のように思いながら兄が玄関から出ていくのを確認すると琴音はすぐさま自室へと向かう。
普段なら昼夜逆転している体に素直に従い、そのままベットにダイブイン!なのだが今日は違う。
すでに閉じかけている瞼を何とかたたき起こし、そのまま机上のパソコンを開く。
母の死亡の詳細などを父は琴音に一切語らなかった。というのも父がそもそもあまり母のことを話したくなかったというのもあるだろう。それに幼かった自分に周りに犯罪者と言われる母のことを伝えるべきではなかったと思ったのだろう。
だから、昨日の会話で聞いた「デット・ライ・コフィン」という単語は初めて聞いたし、そもそも母がその組織を追っていたことも初耳だ。
初めて現れたかもしれない母の秘密への糸口。少なくとも自分が知る母は犯罪に手を染めるような人物ではなかった。父や兄には反対されるだろうが、それでも母のことを知れるなら事件を追っていきたい。
だが、同時に怖くもある。もしかしたら本当に母が悪人なのではないか。かつて自分が見ていた顔は実は偽りという名の仮面で覆われていて本当の母はまったく別の顔なのではないか、と思ってもしまう。
引き返しそうな自分の心を振り落とし、琴音はパソコンを見る。ひとまず、デット・ライ・コフィンというものから調べてみることにした。
「日本国内でも三本指に入るほど有名な犯罪組織。数年前まで神秘の活性化を強制的に促す薬物の売買など違法な活動が見られていた。ここ数年は目立った活動はなかったが、最近騒がしている神秘を持った子供の誘拐はこの組織が牽引しているのではないかとうわさされている。何重もの仲介をして下部組織に依頼するためトップはおろか組織の幹部すら誰も知らない……か」
調べてみるとそれなりの情報は出てきた。が、あくまで噂程度の情報しか出てこない。とは言っても鼻からそんな大層な情報がネットにあるとも思っていないので、すぐに切り替える。
次は自分の母、翔進明美について。
「元ガーディアン。だったが、薬の売買をしているところを同僚に見られ、襲い掛かったところで同僚に射撃され死亡。そこから家からも次々と証拠品が発見される…………」
記事を読みこそしたものの、最後の方はほぼ頭に入ってこなかった。
「ぬがーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
落ち込むというよりむかついたのでベットの上でストレスを解消するようにジタバタする。ひどいことを書かれているのはあらかじめ分かってはいたものの何も知らない人間が母のことを四の五の言っているのが癪に障った。
ある程度気分が落ち着くと、再びパソコンに向き合う。
ここまではあくまで表の世界での話。簡単に情報が出てくるようならガーディアンたちもここまで苦労してないだろう。
が、裏の世界となると話は異なる。麻薬や偽札の売買などが当然のごとく行われているダークwebならば「デット・ライ・コフィン」なる組織の情報があるのではないかと思う。
すぐさま検索をかけてみるも、そこには琴音が予想だにしない醜悪な情報が散逸していた。
年端もいかない子供たちが無残に拷問を受け、あろうことか凌辱されている画像などが嫌でも目に入る。
昨晩、兄が言っていたように攫われた子供がひどい目に合っている画像が闇サイトに漏洩しているのだろう。こんな趣味の悪い画像でも欲しがる人間はいるということだ。わかってはいたが、これほどだとは思ってもいなかった。
吐き気すらするが、ここで止まるわけにもいかない。再び、パソコンの画面を見やる。
それから数時間、ひたすらパソコンと格闘するもめぼしい成果は得られず、琴音の脳内にグロテスクな画像がひたすら入っていったことだけだった。
「うぐ~~~~~~~~~~~~~~~」
たまらずベットの上でうなだれる。しばらくしてはまたパソコンに向き合うという流れを何度か繰り返すもすべて徒労に終わった。
長時間、悪趣味な画像に晒され続けたせいで精神的にも肉体的にも疲労していた琴音はいったん休憩を挟もうとパソコンを閉じようとする
「ん?」
が、閉じかけた瞬間、ある画像が琴音の視界に入る。
「結婚指輪……?」
それは今までと比べたらなんてこともないただの画像。どこでその画像が撮られていたのかは背景が薄暗く人目ではわからないが、画像の中心には結婚指輪が映っている。
結婚指輪だと思ったのは左手の薬指にはめられているためだ。
「これ……まみーの?」
それはかつて幾度とも見た母の結婚指輪のようだった。かつて父がプロポーズする際、渡そうとしたが見当たらず、大慌てになりなぜか母も一緒に探すことになったとよく琴音は聞いていた。
母はその指輪を大事そうにいつもはめていた。指輪にはめられたダイヤが神々しく光っており、見れば見るほど母のモノに見える。
「けど、なんでこんなところに……?」
不思議に思ってとりあえず、画像の背景をスキャンして調べてみるとそこは海に面した大きな工場地帯ということが分かった。そしてこの画像が撮られた年代も
自分の心臓の鼓動が爆発的に早まっていくのがわかる。初めて掴んだかもしれない母への真実の手がかり。
画像が撮られたのは2017年。およそ四年前。母が、翔進明美が死亡した年だ。




