57話 犯罪者の夫
「翔進さん、今月もノルマ未達成ですか……あなたいったい何をやっているんですか?」
浅い眠りから目を覚まし、ガーディアンたちの事務所へ出勤すると開口一番脂肪が体という体からにじみ出ている係長から嫌味をたっぷりと含んでそう言われた。
またいつものか、と思うも言い返すことはせず、謝罪の言葉を述べる
「……すみません」
翔進仁、羅黒たちの父親は深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べるも係長はこちらに隠すこともなく大きくため息をつきながら机に肘をつき、こちらを見下すような視線を向ける
「あなたいつもそう言ってますよね。はっきり言って信用できないんですよ。あなたは市民を守るガーディアンという自覚があるのですか?」
それからというものくどくどとあることないことを一時間近く説教をされる。反論したらさらに時間を無駄にすることになるので仁は口を閉ざし、ただひたすら心を無にして時間の経過に身をゆだねた。
「ハア……なぜ犯罪者の夫がいまだにガーディアンにいるのか……さっさとやめればいいものを」
ようやく話が終わり、自身の定位置に戻ろうとする仁の背後で係長がつぶやく。仁に聞こえるかどうか絶妙な大きさで。
殴り掛かりたい衝動に駆られるも、わずかばかりの理性で押さえつけそのまま戻っていった。
「まったく、係長もひどいよな。お前にだけ面倒な仕事を押し付けるだけ押し付けて、自分は知らぬ顔をするなんて」
事務所の机に戻ると、隣で作業するモノ優し気な男から声を掛けられる。
「明……おはよう」
「おはよう、仁。俺のことは兄さんって呼んでくっていつも言ってるだろ」
その男の名は翔進明。仁の兄で羅黒たちからすれば伯父にあたる人物だ。仁は三人兄弟で明は次男、仁は三男ということになる。ちなみに羅黒はもうすでにこの世にいない長男の息子だ。
仁も明も同じくガーディアンに所属しており、兄弟ということもあって周りから拒絶されている仁に親しい唯一の人物ともいえる。周りに気配りできることから周りからの信頼も厚く、仁もたびたび世話になっている。
「あまり気にするな。明美さんのことは俺もわかってる。だから、そうウジウジするな」
「……そうだな」
口では納得を示すが、心はそれに反して全く晴れない。というのも明美の件もあるが、昨晩の息子との会話が尾を引いていた。
羅黒はかなり危険な橋を渡っている。それで助かる命もあるが、それでも推奨できるはずもないイバラの道だ。
止めるべきなのだ。親として。息子にそんな危険な真似をさせるわけにはいかない。
だが、できなかった。羅黒の言い分も正しく、何より親が止めても自分がやるべきだと思ったことをやり切る強情さをあの子は持っている。
悔しかった。
突き進むあの子を止めることができない自分の無力さが。
最愛の妻を目の前で侮辱され何も言い返せない自分が
それにもかかわらず事件の核心に迫れていないことに
「……仁?」
いつまでも仕事に取り掛からずうなだれている仁をみて明はなにか言いたげだったが、仁は明をちらりと一瞥すると雑念を振り切るように仕事に取り掛かるのだった。




