54話 羅黒と拂刃
『面倒矢佐会』の組長の尋問を終えた後、言葉どおりに中庭の物置小屋に行ってみると小学生ぐらいと思わしき子供三名が紐で縛られていた。
すぐさま縄をほどき、子供たちを解放する。初めこそ怖がられていたが、助けに来たことがわかると徐々に緊張がほぐれていったようだ。
さすがに子供に組員の死体を見せるのは色々とまずいので、入った時とは別ルートで外に出た。
「ねえ、ほんとに一緒に来てくれないの?」
「ああ、悪いな。俺もいろいろ事情があってな」
無事子供たちを外に連れていき、そのままガーディアンがいるところまで自分たちで行くように指示すると子供たちから不満が募る。
彼らはまだ子供。監禁されて安全な場所に行くまで頼れる存在と一緒にいたいのは当然だろう。
俺もついて行ってあげたいが、顔を見られるわけにはいかない。だから、ここで彼らとはお別れだ。
「心配すんなよ。追手が来ることもないし、ガーディアンがいるところまで時間はかからない。それに早く親御さんたちに会いたいだろ」
「……わかった」
不安を隠せてはないが、それでも子供たちは俺の言葉に納得したのかうなずく。そのことを確認すると俺は子供たちの頭をなでる。
「ここで時間をつぶす必要もないだろ。早く行って親御さんを安心させてあげな」
「わかった!助けてくれてありがとう!お、おにいちゃん……?」
「……なんでそこで疑問符がつく?」
「……だって身長ちっさいし。俺らより年上なのかな~って」
普段は温厚なおれだが、その言葉は無視できなかった。少しばかりカチンときた。
が、実際目の前にいる男の子は俺より身長が高い。160中盤ぐらいないか?今時の小学生ってここまで発育がいいのか?
「中三なんだが。ゴリゴリにお前らよりも年上なんだが」
「……そっか。なんかごめんね……」
「なんで謝った?言っとくけど、俺は他人より成長期が遅いだけで数年後はお前らなんかよりも……おい、なんだその眼は。やめろ、その憐れむような眼をやめろ」
その後、いろいろと納得できないこともあったが子供たちと別れた。
牛乳もチーズも死ぬほど食ってるし、二年後ぐらいには190も夢じゃないはずだ。そうだ。そうに決まってる。
「行っちゃったね」
自分たちを助けてくれた少年の後ろ姿が消えるのを確認すると、子供たちは少年に教えられた場所へと向かっていく。
怖い思いもしたが、もうすぐ親に会えると思うと子供たちの足取りは自然と軽くなる。
が、ふと思い出したかのようにそのうちの一人、羅黒よりも身長が高かった男の子がつぶやく
「そういえば、あの赤髪のやつはいないんだな」
「赤髪?」
「いたじゃん、俺らと一緒に捕まってたやつ。なんか目つき鋭くて、ちょっと怖いやつ」
「それってもしかして、八重歯の子?」
「そう、それ!いつの間にいなくなってたけど、どこ行ったんだろうな?」
「さあ?けど、いないってことはあのお兄ちゃん(?)に助けられたんじゃない?」
「そうだな。たぶんそういうことだな」
子供たちはおのおの納得すると、そのまま少年に指定されたガーディアンたちの部署へとたどり着いた。
拂刃と天城が『面倒矢佐会』の組長の屋敷に着くと、物陰で潜んで様子を見ていた。が、しばらくして違和感を覚える。
見張りがいないのだ。『面倒矢佐会』はそれなりの規模の犯罪グループ。であるなら見張りの一人や二人がいるのが当然。にもかかわらず、見張りどころか辺りには恐ろしいイほどの静かさが漂っていた。
拂刃は事態に出遅れたことを察知し、すぐさま顔を出す。
「思った以上にコトは進んでいるのかもしれない。僕はこのまま屋敷の中に入るから天城さんは外で待機していて」
「危険です!いくら静かといっても中には組員たちが―――」
手を差し出し、天城が言わんとしていることを止める。
「たぶん、大丈夫。というか、大丈夫じゃないのはあっちの方」
天城に二の次を継がせず、屋敷に突入する。すると、門のそばで血痕を発見し、すぐに周囲を確認する。
すると、すぐそばの木に死体が乱暴に投げ出されているのを確認する。この血痕の元だろう。おそらく門番だった人間。殺した犯人もあまり隠す気はなかったのか、すぐに見つかった。
すぐに死体のそばに移動し、調べ上げる。
(死斑は出てる……けど、死後硬直はない。ってことはあまり時間は経ってないかな?)
そして拂刃はあらためて周囲を確認するが、侵入者である自分がまるで認知されてない。人目を避けて移動しているわけでもないのにだ。
明らかに何かがあったことを予期し、そのまま建物内に入る
「っ……!ずいぶんと派手にやってくれるね」
そこは地獄絵図だった。廊下には死体の山が築かれており、足元は濡れていない場所がないほど紅い液で埋められていた。死体から立ち上る匂いがなおさら拂刃の神経に触る。
さらに驚くべきことはほとんどの死体が銃を装備しているということ。その状態にも関わらず、全員無残に死んでいる。必死の抵抗にも関わらず殺されたということだろう。それはこの事態を引き起こした人物の実力を物語っている。
「この光景は天城さんには見せられないね」
いくら進んでも同じ死体の景色しか見えないことにうなだれ、気持ちを切り替えるためにもいったん外に出ることにした。これは昨日のニュースと同じく、捕らわれた子供を助けようとした人間による仕業だろうか?だとしたら、あまりにも無謀。だが、それをやってのける実力がある。
そのことに身震いしていると、ふとなにか視界の端で白い線が走った気がした。
屋敷の外だ。何かと思い疑問に思って、その線の発生位置に向かって行った。
そのことに気づいたのは、スーパーで買い物をしようとした時だった。
バックがない。
『面倒矢佐会』に突入するときに屋敷の近くに置きっぱなしで回収してくるのを忘れていたのだ。
普段ならこんなミスは犯さないが、子供たちに身長のことを言われてカッとなっていたのがよくなかった。
バックを回収していなかったことに内心、かなり焦った。中身をみられたら、財布に入った保険証から俺が『面倒矢佐会』の屋敷の近くにいたことがばれる。そこから俺が組員を皆殺しにしたと気付かれかねない。
幸いまだ時間はまだそれほど経ってはいなかったので、バックは無事回収できたがそこで問題が発生する
(あの制服は確か栄凛高校の……?)
なぜか『面倒矢佐会』の屋敷に栄凛高校の生徒がいるのだ。さらに先ほどまで屋敷の内部にいたようだが、こちらに近づいてくる。
(気づかれた?というかなぜガーディアンじゃなくて栄凛の生徒が?)
この場から離れようにもその生徒に俺の姿を見られてしまうできればそれは避けたい。
何とか離脱の機会を図ろうと、しばらくその生徒のことを陰で見ていると―――
「!?」
その生徒の姿が一瞬にして消えたのだ。早いとかそういった次元の話ではない。突然の出来事に一瞬思考が停止するも―――
「ふっ!」
「っっ!」
横に薙いだナイフが腕をかすめる。先ほどまで俺が見ていた栄凛の生徒はいつの間に背後を取られており、心が乱される。
(いきなりかよ)
腕にわずかばかりの切り傷ができただけで特に肉体面では特に問題はないが、姿を見られたことが少しまずい。顔こそ帽子で隠れているものの、このまま長時間相手に付き合っている余裕はない。
視線を相手に向ける。その生徒は顔以外のほとんどを包帯で巻かれており、肌の露出が極端に少ない。手には白銀のごとくきらめくナイフが添えられており、その男はこちらに対して構えを解かないままだ。
「子供がなんでこんなところにいるのかな?」
「……」
俺は無視するも男は構うことなく続ける。
「というかこのナイフ結構強めの毒塗ってるんだけどなんで効いてないのかな?子供のわりに異常に反応も良いしね」
男の言う通り、ナイフには毒が塗ってあったらしい。体の内部になにかなにか嫌なモノが入り込む感覚があり、それを『超耐性』で打ち消してる。そんな感覚がある。
いくら俺が怪しいとはいえ、いきなり毒入りナイフを振るってくるのはさすがに予想外だった。虫も殺さぬ顔をしておいて、ずいぶんと乱暴な人物のようだ。
「っま、詳しいことは捕まえてから聞くとするよ」
淡々と笑うと、次の瞬間には嵐のような斬撃が火蓋を切る。円を描くように次々と襲い掛かる斬撃に俺は後退を強いられる。
それを待っていたかのように包帯の男は口角を上げ突貫を仕掛ける
(しかたない……やるしかないか)
風を切るかのように肉薄する敵に対して、俺は全神経を右腕に集中させる。
血管が浮き出るほどの全霊の力をこめ、渾身の空砲が爆ぜる
「超風穿疾砲ッ!」
拳は音すら置き去りにするほどのスピードで放たれる
「―――!?」
高速の拳によって生み出された衝撃波が男に命中。突貫の勢いを完全に相殺、それどころか体を逆方向へと吹き飛ばしそのまま背後の壁へと激突する
それを確認すると俺はすぐさまその場から離脱した。
その後、追手がないことは確認できたが俺の不安が晴れることはなかった。顔こそ見られなかっただろうが、おそらく調べていけば正体はばれるだろう。今後は派手な真似はできない。
「にしてもなんであんなところに生徒が?」
栄凛の学区内で事件が多発しているから調査しに来たのだろうか?
だとしてもガーディアンが来ていないところをみるとまだ通報はされていない。にも拘わらず、先ほどの包帯の男はあの場所にいた。
実力もだが、なかなかカンの鋭い人物らしい。俺は後をつけられていないか確認しながらその場から離れていった。
「痛っっっっっっっっっっったいな!」
拂刃は壁に寄りかかりながら、その場でうずくまる。先ほど攻撃を受けた場所がズキズキと痛む。
先ほどの少年。おそらく見た目から小学生なのだろうが、かなりの手練れだった。完全に不意を突いたと思った背後からの攻撃をかわし、あろうことかナイフに付けていた毒も意味をなさなかった。
何より驚くべきは―――
「衝撃波を飛ばすって……マンガじゃないんだから」
最後の攻撃。拳が一瞬ぼやけた途端、気づけば拂刃の体は吹き飛ばされていた。拳の動きによって生み出された衝撃波によるものだろうが、人間離れしている。
先ほどの攻撃で少年から魔力の揺れは感じなかった。つまり筋肉だけでその衝撃波を生み出したことになる。
「やれやれ……ずいぶん面白いことになってるな~」
腹部を抑えながら、携帯を取り出す。
「もしもし天城さん?」
『大丈夫ですか拂刃くん?すごい音がしてましたけど』
「ああ、大丈夫。それより天城さんの鼻で追ってくれないかな、さっきの子」
「さっきの子……というのはすごい勢いでどこかに行っちゃった子ですか?」
「うん。その子のこと。さっき匂いはつけておいたから天城さんならすぐに見つけれるよ」
先ほどのナイフに付けていた毒は殺傷性とともにわずかばかりの匂いも対象に付けてくれる。そのため、拂刃はよく愛用していたりする。
「わかりました……けど、一瞬見えただけですが、かなり幼い子供でした。事件に関わっているとは思えないのですが……」
拂刃はなにも答えなかった。どう考えても事件の核心にいるとしか思えない。が、そのことを天城にいうのは抵抗があった。子供好きな天城にそのことを言ったら、あの少年に感情移入してしまいかねない。それは防ぎたい。
そのあと、いい感じにはぐらかし電話を切った。
「けど、いったい何者なんだろうね、本当に」
太陽はすでに落ちていた。




