47話 羅黒VS灰賀①
穿たれたのは心臓。血で濡れた刃が胸から突き出る。
「灰賀…………久か」
致命傷を負わされ滝のように出血する中、未来の俺はつぶやく。
「そうだ。それにしてもまさか黒フードの正体が貴様だったとはな。まあ、こうなった以上もう関係ないがな」
言い終わるや否や心臓、腹部、喉と立て続けに刺される。
「ッッ!」
心のうちに湧き上がる怒りを感じながら、俺はすぐさま灰賀にとびかかる。が、灰賀は眉間にしわを寄せたまま軽々と後ろにステップバックしてかわす。
床に音もたてずに着地すると、灰賀はナイフを左手に携えたままその尖った双眸をこちらに向ける。
「翔進羅黒、残るは其方だけだ。今度こそ、久自らの手で葬ってやる」
俺は灰賀の姿を視野に収めながらも、同時に未来の自分自身のそばに寄りかかる。
「おい!しっかりしろ!」
「……っ」
大声で話しかけるも返事すらまともにできておらず、その姿は悲惨という他なかった。
体にはいくつかの穴が開き、腹部からは臓器らしきものが垂れ堕ちかけている。その両目に宿る光は今すぐにも消えてしまいそうなほど弱い。
灰賀から受けた傷だけではない。よく見ると首など肌が露出している部分もすさまじい切り傷などが刻まれている。
最初から満身創痍だったのだ。
未来で懸命に戦って、それこそ死に物狂いの戦闘の末に受けた傷なのだろう。
それに加えて追い打ちをかけるような刺し傷。あれではもう……………
心の奥底から湧き出るどす黒い感情を自分自身で認知しながら目の前の敵に問いかける。
「なんでだ……なんでお前らはこんなことを。死に物狂いで過去に来た子供を自分たちのためだけに攫って………命かけてまで他人のことを思うヤツを平気で殺すことができんだ!?」
少なくとも今俺の視界で倒れている男は罪人であっても……こんな簡単に死んでいい存在ではないはずだ。
俺の感情のうねりを察知したのか灰賀は未来の俺を一瞥するとすぐさま向き直る。
「有象無象の死に様など久には関係ない。それにあのアステラもだ。あれには指輪と能力者のデータベースぐらいしか価値はあるまい。心配せずとも其方を殺した後、捕まえてアギトに脳を開いて情報を吐かせる。もっとも、その時はもう正気に戻ることはないだろうな」
「てめえ……!」
天井がみしみしと軋む。
肌が白くなるほど拳を握りしめる。今すぐにでも叫びだして、殺してやりたい感情に駆られる。
「だが、其方は別だ。翔進羅黒。其方だけは久自ら地獄を見せつけなければならん」
「…………前から思ったが、ずいぶんと俺のことを目の敵にしてるらしいな」
「……そうだな。はっきり言ってやる。久は其方が嫌いだ。あのアステラが困ったから助ける?くだらぬ。薄い。偽善だ。其方を視野に収めるだけでも吐き気がする」
言いたいことがまだあるのかこちらを刺すように見つめながら一呼吸置き、灰賀は続けた。
「なにより、前に言ったはずだ。『次はない』と。黒フードはすでに殺した。残すは其方だ。翔進羅黒。久に二言はない。今ここでその命を断ち切る」
自身の周囲に神経を苛立たせる匂いが広がる。
灰賀の背後には空間を覆いつくすほこりが展開させれている。
灰賀の言動を脳内で繰り返す。
ようはこいつは自分のためだけに人を殺すと言ってるのだ。
そのこと自体にさほど驚くことはなかった。俺も鼻から悪に善性なんて期待してない。
それでも俺は許せなかった。
俺を否定されたことにではない。薄っぺらな正義。そんなの俺も理解している。
許せない
周りの意思を継いで過去に来たアステラを侮辱したことに
許せない
未来の自分自身を吐き捨てるように捨てた目の前の人間を。少なくとも今殺した人間はこんな終わり方でいいはずはない!
理性の蓋は完全に外れ、脳が沸騰していく。
地面が陥没するほど足を踏みしめ、俺は眼前の敵を見つめる。
「俺を殺す…か。だったら………………」
歯がきしむほど力が入る
「やってみろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
咆哮とともに、俺は弾丸のように突っ込む。
「来い!翔進羅黒オオオオオオオオオオ!貴様のすべてを否定してやる!」
お互いの叫びが戦いののろしだったかのように、二人の動きが加速する。
こちらに向かうほこりの弾丸に意も返さず、俺は攻め立てる。灰賀が逃げようとも関係ない。逃げた先つぶすだけだ。
「ああああああああああああああああああ!!」
攻める。
自分の体にどれだけ被弾しようともどうでもいい。感情の奔流に従うまま、俺は拳を振るう。頑丈さだけが俺の取り柄なのだから。
あまりの勢いに灰賀は気圧されたか、不服そうに顔をしかめほこりをまき散らせながら距離を取る。
俺はその一瞬の間をつき、すぐさま右手を構える
「出力装填ッ!」
義手が限界まで引き絞られるのを感じるのと同時に、灰賀に向かって跳躍する。
そのまま灰賀へと肉薄し―――
「!?」
俺の動きが止まる。
見ると灰賀が右腕を前にかざし、虚空を掴むように拳を握りしめている。
ぴきり
いやな音が鳴る。顔を下げると、いつの間にか右足がほこりの塊に覆われていた。ほこりが密集し、俺の右足を圧迫していく。
抵抗する暇なくほこりの塊によって骨は砕け、本来あってはならない角度に曲がっており―――
「だから?」
左の義足で地面を踏みしめ、折れた右足を覆うほこりすら気にせずそのまま突っ込む。
「な!?」
驚愕で目を見開く灰賀の心臓目がけて、右腕を放出する
「超地吼拳骨ッ!」
狙いすまされた一撃はほこりの防御によって威力を低下させられるも、確かに灰賀の体に直撃。灰賀の顔は苦悶で歪む
「つ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
だが、灰賀も終わらない。そのまま右腕を掲げながら、ほこりの操作。
俺の顔をほこりが覆うと思うと、そのまま口からほこりが入り込む。
ほこりの体内進出。
神室が灰賀と戦った際に苦しんだという技。意識の外からほこりを肺に入れられて呼吸困難になったという。この技一つで形成逆転され神室も手痛い傷を負った
だが―――
「関係ねぇよ!!」
『超耐性』
その神秘は傷、疲労などに耐性を持つ。それは当然毒、ほこりなども該当する。
いかに体内にほこりが入り込もうとも俺にとっては意味もなさない。
顔を覆っていたほこりの膜をすぐさま剥ぎ取り、後ろにのけぞる灰賀に折れた右足を振り回す。
俺の一撃は灰賀の横腹に突き刺さる。吹き飛ばされ、そのままベルトコンベアの上へと砂埃をまき散らしながら乱暴に落ちる。
―――行ける
灰賀が落ちたのを確認するのと同時にすぐさま宙に躍り出る。
―――ここで殺す。
アステラを危険にさらす人間を
未来の自分自身の生き方を否定した存在を
地に寝そべる灰賀の命を終わらさんと、右手の義手を構え―――
「神秘開放『塵芥流操』」
灰賀が目を見開いたかと思うと同時に俺の体はほこりの激流によって吹き飛ばされる。
「ッ!」
ほこりの波にのまれたまま、俺はベルトコンベアの近くに設置されていたロボットアームに激突。
無様にベルトコンベアの上に墜落する。とどめを刺しきれなかったことにいら立つのを感じながら、遠くでふらふらと立ち上がる灰賀をにらむ。
灰賀は腹部を手でをさえながら、口を開く。
「翔進羅黒。認めてやる。其方は獣だ。久の命に指を掛けかねぬ危険な存在だ」
―――だが、と、ほこりを自身の周りに密集させながら続ける。
「久とて獣を狩る技能も算段も持ち合わせている」
するとほこりが蛇のようにうねる形へと密集し、変貌していく
「冥途の土産に見せてやる。これがくだらぬ正義の終着だ」




