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46話 未来羅黒



 俺はいまだかつてない衝撃を受けてその場に立ち尽くすほかなかった。


 偽物?


 いや、これは違う。目の前にいるのは確実に俺だ。それだけはわかる。だがいったいどういうことだ……


「アステラと同じだよ、俺も未来からやってきたっていうことだ」


「!?」


 確かに可能性としてはそれしかない。だが…


「死んだんじゃなかったのか!?少なくともアステラはそう言ってたぞ!」


「俺がそう簡単にくたばるわけねえだろ……そんなことお前が一番わかってるはずだ」


「……ッッ!」


 嵐でもやってきたかのように心が揺さぶられているのが自分でもわかる。アステラが嘘をついていたのか?それとも本当に知らなかっただけ?


 違う落ち着け。


 今はそれどころじゃーーー


「ッッ!」


 心を落ち着かせる暇もないまま俺が俺の顔面目掛け右腕を振り上げ、俺は防御を強いられる。

 


「なんでだ……なんでこうなるんだよ!?こんなことしてる場合じゃねえだろ!!」


 俺の必死の叫びも意に返さず、繰り出される音速の連撃。何とか体の芯に直撃することは防ぐも軽くない威力の拳に防御した腕がしびれる。


「ッッ!」


 休む暇なく槍のごとく伸びきった左腕が喉をかすめる。攻撃の直前、ただならぬ悪寒を覚えなんとか首をそらすも首筋からわずかに血が肌を伝う。


 回避しなければ、確実に喉を貫いていただろう。


 依然として未来の俺は口を開かずに目を細めこちらを屠らんと憎悪を込めた一撃を絶えず繰り出していた。


「聞けよ!!!」


「聞くことなんかなんもねえよ!」


 義手と義手との衝突。すさまじい威力に視界を覆いつくすほどの火花が生じる。


 衝撃で後ろ飛ぶと、鏡合わせのように互いに地面をけり上げる。


 年が違えど、同じ肉体、同じ技術を持ち合わせている者同士ということもあり、均衡はなかなか崩れない。


 天井が確実に崩れて行く中、未来の俺がここにきて仕掛ける。


出力装填(バーストオン)


「‼」


 右の義手を構える。「(フルディング)地吼拳骨(エルダス)」を繰り出す前兆。完全に出遅れた俺は必殺の一撃を防ぐべく未来の俺に急進する。


 その動きを読んでいたのか未来の俺は義手の構えを解かないまま、わき道に高く積み上げられている段ボールを俺に蹴りつける。


 段ボールに重みこそないものの、一瞬俺の視界がふさがり足取りがほんの少しだけ遅くなる。


 その一瞬が命取りとばかり、未来の俺がいよいよ限界まで引き絞られた義手を解き放つ


(フルディング)地吼拳骨(エルダス)!」


 迫りくる鋼の拳に対し―――羅黒の瞳が鋭く光る


―――来た‼


 地に足をつけたまま上半身を地面と平行になるほど後ろにそらす。


 黄広戦でも行った緊急回避。必殺の一撃はそのまま羅黒の顔の上部を通り過ぎる。


 完全に無防備となった敵の体を抑え込むべくエビぞりの体勢のまま拘束すべく手を伸ばそうとする。


 だが


「そう来ると思ったよ」


 それすらも読んでいたのか未来の俺は顔色一つ変えずに俺が手を伸ばすよりも先に左肘を俺の顔面に振り下ろす。


 完全に虚を突かれた一撃に俺の顔が歪むのが自分でも分かった。肘下ろしは俺の顔面に容赦なく吸い込まれ、鼻から血が噴き出る。


 地面に倒れこもうかというところで頭を左右から抑え込まれ身動きが止められる。


「出力最大」


「ッッ‼」

 

 苦痛で視界がぼやける中、正面に見えたのは頭を後方に反らし、タメを作っている姿。


「くっそ!」


 脳みそが最大級の警鐘を鳴らす。拘束から逃れるべくがむしゃらにがら空きの胴体に打撃をぶち込むも未来の俺は口から血を流しながらも決して拘束を解かない。


 それは俺の持ちうる技の中で最大火力にして一撃必殺


 俺の抵抗もむなしく、力を溜め終られたその鈍重な一撃が振り下ろされる。


根性鉄槌(ヘッドバット)!」


 両腕で拘束された頭で避けるすべなどなく、鋼の頭蓋骨が俺の頭にハンマーのように打ち出される。


「つ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 鈍い痛みが全身を駆け巡る。


 地面をバウンドしながら、地面を削るように吹き飛んでいく。あまりの威力に瞬間的に意識が朦朧とする中、唇を噛みしめすぐにでも立ち上がろうとする。


 しかし


「っが!」


 既に俺が吹き飛ばされていた場所に急迫していたのか、仰向けになった体に覆いかぶさるように未来の俺は腹部あたりに腰を下ろし、確実に息の根を止めるべく渾身の力で首を絞めにかかる。


 呼吸が苦しくなる。頸動脈を圧迫され徐々に視界がぼやけてくる。


「お前さえ…………………………………お前さえいなければ」


 触れてしまえば消えてしまうほど細い声が口から洩れる。未来の俺は鼻先が触れるほどの距離で俺に肌を突き刺すような憎悪の視線を向けている。


 締め付ける腕の力が強まる。


 何があったんだ?……………本当に


 未来で何があればここまで自分自身を殺すほど憎むというのだ。


 いよいよ首の骨がきしみかけていた時、俺は勢いよく口から血を噴き出す。


「っち!」


 先ほどの攻撃で口内にたまっていた血を噴き出し、未来の俺の視界がふさがる。


 その一瞬をつき、何とか脱出する。


 久方ぶりの空気を存分に吸い、何とか体勢を立て直す。


「本当に…………………………本当に何があったんだよ?こんなことしても意味ねえことぐらいわかるだろ」


「話すことねえってさっき言っただろ」


 お前に言うべきことはない、そう淡々と言うと、


 一層鋭い視線をこちらに投げかける。


「次で殺す」


 姿勢を低く構え、ひざを深く曲げ溜める。すぐにでも獲物を狩らんとする狩人のようだと錯覚する。


「そっちがその気なら……やってやるよ」


 俺はそう言い切ると全身の構えを解き、力は一切入れない。


「……何のつもりだ?」


「…………」


 敵が正面にいる場面で俺の構えはあまりにも滑稽に思えるだろう。

 

 両腕を下ろし、逃げるというわけでもなく敵を正面に見据えて棒立ち。周りから見えれば頭のねじが外れたと思われてもおかしくはない。


「お前が口を開くまで俺は攻撃しない。ただそれだけだ」


「…………そうか」


 先ほどの驚きの表情は顔の奥に消える。


 だったら死ね、とでも言うように苛烈なまでの攻撃が繰り出される。


 地面をけり上げ、飛び膝蹴りが顔面を的確に吸い込まれる。


 再び床に転がり落ちるも、立ち上がり正面から相手を見据える。


「話せよ……………………」


 殴られる。


「話せ………………よ」


 吹き飛ばされる。


「……………………話せ…………よ」


 それでもなお、攻勢に出る未来の俺に再三立ちふさがる。


「………………………っ」


 攻めているはずの未来の俺が一歩後ろに下がる。その瞳が恐怖、いや畏敬の念を送っているように思える。


出力装填(バーストオン)


 今にも泣きそうにも見えるほど顔をしかめ、未来の俺は右腕を構える。


(フルディング)地吼拳骨(エルダス)っ!」


 繰り出された一撃は―――


「な!?」


 俺の腹部で抑え込まれていた。


 内臓が裏返る感覚を覚える。今にも口から嘔吐しかねないが必死に抑え込み、眼を見開く自分自身を見据える。


「答えろよ……」


「…………………………」


「なんでこんなことすんだ?」


「…………………………っ」


「答えろよ!」


「全員死んだんだよ!」


 途端、少年に激情が宿ったかのように叫ぶ。


 だが、体は力が抜けたかのようにふらふらと後退していく。その表情は先ほどまでとは違い苦渋が表に浮かび上がっている。


「全員死んだんだよ。天城先輩も拂刃会長も神室も琴音も……俺のせいで」


 繰り返すように口ずさむ。それは俺ではなくどこか遠いところにも語りかけているようにも思えた。


「どういうことだよ」


「言葉通りの意味だよ。俺をかばったせいでみんな死んじまった。全員、俺をかばって……」


 あまりの悲痛な声に俺は言葉が出なかった。


「みんないい人だった………けど、最後に見たときにはもう全員肉片になってた。神室は体が消し飛んでて、天城先輩も顔の判別がつかないぐらいぐちゃぐちゃになってて………新島と拂刃会長は………どうなったんだっけ。もう覚えてねえや。というか死因これであってるんだっけ?全員死んじまったからもう記憶もあやふやだ……」


 もう目の前にいる少年からは先ほどまでの殺意は感じられなかった。顔を上げ、眼を抑えながら続ける。


「『創星』のせいで未来世界はめちゃくちゃになった。だから、俺が多くの傷をいやし、かばい、そして救おうとした……けど、その結果がこのざまだ。笑えねえよ」


 にっ、と口角を上げる。それこそ自分自身をあざ笑うかのように。


 俺は唖然としているだけだった。


 わかってはいたのだ。このままではみんな死ぬと。そうでなければわざわざアステラがこの時代にきてないだろう。


 だが


「話は分かった。けど、それだけの理由で俺を殺しに来たのか?」


 自分で言うのもおかしな話だが、そこまで『創星』が圧倒的ならば俺一人の問題ではない気がする。


 なにより本当にそうならなおさら死ねない。


「……たしかに『創星』のせいでめちゃくちゃになったのは事実だ。けど、最終的にすべてを終わらせたのは俺なんだよ」


「どういうことだ?」


「さっきも言ったように俺たちは『創星』によって傷ついた人たちを救おうとした。けど、どんなに頑張っても救えない命は当然あった。そういう人たちの家族に恨まれたんだ」


「言ってる意味が?」

 

 救えなかった人の家族に恨まれる?


「死にかけの子供がいたんだ。その子を必死に助けようとしたんだが、結局間に合わなくてな。それで、息子が死んだのは俺のせいだと言ってその子の母親が俺を殺しにきたんだよ」


「!そんなのただの逆恨みだろ」


「わかりやすい理由が欲しかったんだよ。恨むには『創星』はあまりにも強すぎた。それに比べて俺なら何とか殺せそうだしな。とにかく怒りの矛先が俺に向いたってわけだ」


「……」


 そして未来の俺はうつむき、くつくつと笑い始める。

 

 その姿に俺は底知れぬ悪寒を覚える。


「その時だったかな、琴音が死んだのは。その母親から俺をかばって死んじまった……それから先のことはよく覚えてない。気づいたときには、周りの人間は全員死んでた……まあ、俺が殺したんだろうけどな」


「!?」


 もう守ろうと思えなかったのだ。必死につなごうとした命を。


 もう愛せなかったのだ。守ろうとした彼らを。


 琴音の死体を見たときには、これまでの価値観はすべて消え失せ女子供関係なく。


 言葉でこそ言い表してないが、心の奥深くまでその情報が届いたように思えた。それは目の前にいる男が俺自身だからだろうか


 殺害事項を淡々と語り終え、弱り切った瞳をこちらに向ける


「結局、そのあと死んだはずだったんだが……気づいたときには既にこの時代にいてな。最初は戸惑いこそしたんだが、どうせこの機会だ。やることだけ、やって死のうと思ってな」


「そのやるべきことってのが俺を殺すことかよ」


「そういうことだ。どうせこの後仲間も一般人も殺す人間なんかいないほうがいいだろうが!」


「ッッ!」


 混濁した感情を一通り吐き出すと再び攻撃が再開される。


 回避しきれず床を転がる俺にかかと下ろしが振り下ろされ、すんでのところでかわす。


「アステラはどうなんるんだ!?あいつはもともと俺を探しに来てたんだぞ!今俺が死んじまったらキトノグリウスのやつらが再び狙いに来る!」


「あいつは俺に夢を見てるだけだ!お前がいなくなってもどうせうまくやるはずだ!」


 必死で抵抗するが、止まらない。もう思考も理性も何もない。ただただ必死に俺を責め叩てくる。


「天城先輩や拂刃会長の思いはどうなる!?あんたをかばって死んだんだろ!勝手に死のうとすんな!」


「何も知らないくせに………………何も知らないくせにお前があの人たちのことを語るな!!!」


 逆鱗に触れたのか鬼のような表情で叫び、怒りのこもった回し蹴りが俺の頭に炸裂し、俺は耐えきれず後ろに下がってしまう。


「出力最大」


 彼我の差が開いたと見て、わずかばかりの時間で未来の俺は頭を後ろで溜める。


 根性鉄槌(ヘッドバット)


 今ここでまともに食らえば、最悪死ぬかもしれない。最大火力のヘッドバットにはそのぐらいの破壊力はある。


 それでも俺は回避には映らず、受けに入る。


 攻撃も、未来の俺自身の思いすら受け止めにいく。


 その様子を未来の俺は乾ききった眼で俺を視界にとらえる。


 その眼には憎しみか、心の悲痛の叫びか、それともこんな結末しか選べない自分自身への情けなさか……………………………おそらくすべてがこもっているのだろう


 すべてを終わらせるべく未来の俺は一瞬で距離を詰め、悲痛な叫びとともについにその鉄槌を振り下ろす


根性鉄槌(ヘッドバット)オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 鈍い音が響き渡る。互いの頭蓋骨が軋み、視界がぶれる。 


 体が地へと落ち行く中、見えたのは悲しそうにこちらを見つめる表情。申し訳なく思っているように見えるのは俺の気のせいだろうか。


 薄れゆく意識の中、俺は―――


「――――アアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 唇を噛みしめ、崩れ行く体を無理やり起こし唖然としている俺自身にとびかかる。


 完全に虚を突かれた未来の俺はそのまま耐えられず地面に背を付け、俺が覆いかぶさるような形でマウントを取る。先ほど首を絞めつけられた時と立場が逆だ。


 視界がぶれる中、唖然とする未来の俺の胸ぐらをつかむ。


「あんたが何を経験し、何を思ったのかなんて俺は知らないし理解もできない。けど、今死ぬわけにいかないことぐらいわかんだろ!俺もお前も!」


「……!そういう問題じゃねえんだよ。俺のせいでみんな死んだんだ。俺に生き延びる資格なんて…………ない」


 俺の必死の叫びに今にも消えそうな声で目を逸らしながら未来の俺は答える。だが、違うのだ。その答えだけは違う。


「資格とか許されるとかの問題じゃないんだ。ここで死んじまったらアステラが未来のことを全部背負っちまう。あんな子供にそんなことさせられない。それに……あんたをかばって死んだ人間がいるならなおさら生きなきゃダメだろ。あんたにすべてを託したんだから」


 俺は胸ぐらをつかんだまま、ゆっくり立ち上がる。未来の俺は体から力が抜けきったようにふらふらしている。


「……けど、俺は罪のない人間も殺した!」

 

「だったらなおさら生きろ!生きて殺した人間以上に人を助けろ!それがせめてもの償いだろ」


 天井が崩れ行く音はこの時ばかりは耳に入ってこなかった。


「それに…生き延びることしか能がない俺が生きるのをあきらめてどうすんだよ」


「…!」


「生きろ。少なくともあんたをかばって死んだ未来の琴音はそう思うはずだ。あいつはアホだけど人のことをちゃんと考えられる優しい奴だ。だから、あんたをかばったんだろ」


 俺が言うべきことを言いきるとあたりを静寂が包む。パラパラと天井から砂埃が落ちる音だけ聞こえてくる。


 どれだけ時間がたっただろうか。うつむいていた未来の俺がゆっくりと口を開く。


「…………琴音は、琴音は元気か?」


「…ああ」


「……あいつにはずいぶん苦労をかけた。本当は働きたくなんてないはずなのに周りのためにいつも頑張って武器やら道具を作ってた。だからあいつの努力に報いたいと思ったんだがな…俺の力不足で無理だった」


「そうか」


「……琴音を、みんなを死なせてしまった俺に救えると思うか?今度こそ」


「できるかどうかじゃなくてやるんだろ。そのためにもアステラが、あんたがこの時代に来たんだろ。だから協力してくれ」


「……そうだな。けど、いいのか?結構お前のことボコボコにしたと思うんだが」


「こんなのケガのうちにも入らねえよ。そんなこと考えてるぐらいなら今後のこと考えとけよ」


「足ふらふらだぞ」


「うるせえよ」


 この時初めて目の前の男の瞳が弓なりに曲がり、明るい表情で包まれる。


 このときはじめて俺の存在が目の前の男に許されたかのようにも思えた。


 アステラはすでに脱出した。


 俺の命を狙う黒フードの男の存在も判明し、命の危機もなくなった。


 だから、この時油断していたのだ。すべてが終わったのだと。あとはこのままここから脱出すればいいだけなのだと。


 ここが敵のアジトであることにも関わらず。


「……え?」


 鮮血が噴き出す。


 状況を掴めぬ中、未来の俺の胸から血で濡れたナイフが胸から生えていた。


「……ずいぶんとてこずらせてくれたな。黒フード。いや、翔進羅黒と言うべきか」


「灰賀久っ!」


 未来の俺の背後に立っていたのは、ナイフを後ろから突き立てこちらを睨めつける灰賀久だった。


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