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34話 灰賀VS神室②

「ッッ!」

 

 神室に向かってくるほこりの弾丸を体に残ったなけなしの力でかわす。だが、常時と比べあまりにも動きが遅い。

 

 間髪入れずにどこに隠していたのか灰賀が短刀を手に神室に襲い掛かる。


 先ほどから神室は防戦を強いられていた。


 灰賀の神秘によってほこりを体内に直接入れられ体が思うように動かない。致命傷こそ避けているものの、体には浅くない傷が刻まれていた。


「思ったより粘るな……だが、これならどうだ」


 先ほどと同じようにほこりが通路上を埋め尽くすほどの質量攻撃がやってくる。ただし、先ほどと違う点は前からではなく後ろからやってきているということだ。


 前方からは灰賀が背中からほこりを放出してジェット機のように神室に短刀掲げて迫ってくる。完全なる挟み撃ち。万全とは正反対の体で迎撃態勢を取る。


 劣勢のさなかふと心のうちに思い浮かんだのは栄凛高校の受験当日。自分を救った白髪の少年との出会い


(こんな時に……どうして思い出す?)


 

 余計な情報をすぐに頭の外へと追いやり、眼前の敵を睨めつける。


 後方から迫りくるほこりの質量攻撃にこちらも負けじと通路を埋め尽くす氷壁で埋め尽くす。


 せき込む体に鞭を打ち、何とか前方から迫りくる灰賀に対して迎撃態勢をとる。


 勢いをそのまま利用した灰賀の突きを鎖で押しとどめる。


 神室が誇る圧倒的な魔力量による身体能力向上は有象無象の力では遠く及ばない。それは灰賀でも例外ではなく灰賀の膂力では鎖による防御を突破することはできない


――常時ならばの話だが


 短刀の側面で鎖をからめとり、そのまま横へなぎ、そのまま隙だらけとなった胴体に灰賀の側蹴りを叩き込む。


「づっ!」


 吐血しながら壁へと激突し、激痛に顔をゆがめながらもなんとか立ち直ろうとするもののやはり呼吸がままならない。『ほこり』の神秘の恐ろしさを実感するのもつかの間、気づけば首元をほこりが漂っていた。


「っっ!」


 脱出する暇もなく首元をほこりで締め付けられる。そのまま体ごと宙に持ち上げられさらに圧迫される。窒息、いや首を折る気だと気付くのには時間はいらなかった。


「終わりだ」


 神室の背筋が凍り付くほど冷徹に灰賀がつぶやくと、とどめとばかりに圧迫を強める。


(意識が……)


 神秘を発動しようにも後方から迫りくるほこりの質量攻撃に対する防御に手いっぱいであった。


――手詰まりか


 薄れゆく意識の中、ふと通路の先で横になっている少女の姿が目に映る。アステラという少女だ。


 自分がいる道は一本道で灰賀が戦闘に集中するためにアステラを後方へ置いたということだろう。


 アステラと自分には全くと言って接点はない。それこそ、せいぜい昨日目にしたぐらいだろう。少なくとも命を懸けてまで助ける筋合いはない。ここで何とか脱出し、アステラを置いて行っても自分が責められる道理はない


――けど


 かつて、見知らぬ自分を助けてくれた少年の姿を思い出す。見知っている人間というわけでもなく、そして自分に見返りがあるわけでもない。それでも彼は孤独な自分に手を差し伸べてくれたのだ。


(……あいつだったら死んでも助けるよね)


 ここにはいない少年の姿を思い出しながら少女は笑みを浮かべた。


「な!?」


 次の瞬間、あたり一面が氷におおわれる。灰賀のほこりも例外ではなく、瞬きの間に氷漬けにされ灰賀の操作圏から離れる。


 首元を覆っていたほこりすら凍結させ何とか神室はほこりの束縛から脱出する。


「まだこれほどの力が残っていたか。いいだろう。今度こそ、久自ら其方の命を葬ってやる!」


 短刀を構えると同時に、直径3Mはあろう数多(あまた)のほこりの球体が灰賀の背後に出現する。


「悪いけどまだこんなところでは死ねない。これで決める」


 視線の先にあるアステラの姿を見つめ、神室は鎖を構える。


――ただし、先端に巨大な球体の()()がつけられているが


「なんだそれは?」


 灰賀の問を無視して、神室は鎖を振りかぶる。


 神室冬花はかつて接近戦が得意というわけではなかった。それこそ、近距離に入られればもろい。その弱点を補うために近から中距離を射程とする鎖を武器とするようになる。加えて、単純な破壊を生み出すためにこの技は開発された。


 普段は扱いやすさを考慮し鎖の先端部分には何も取り付けていない。しかし、対象の破壊を目的とした場合、神室の神秘によって先端部分に球体上の氷塊を取り付け敵を圧殺する。それこそモーニングスターのように



「ッフ!」


 地を蹴り、空中へと跳躍する。瞬時にほこりの銃弾が発射され神室は迎撃態勢、いやそんなもの関係ないとでも言うようにその先にある灰賀すら射程を定める。


 それは圧倒的なまでの物量攻撃。その名も――


撃滅六花(げきめつろっか)ァ‼」


 鎖でつながれた氷塊を振り下ろす。容易に人を打ち抜くだろうほこりの銃弾を完全に打ち砕き、灰賀へと向かう。


「な!?」


 目の前の光景に灰賀は両目を見開くもすぐさま回避に移る。爆音とともに神室の氷塊は地面にクレーターを作る。だが、これで終わりではないとでも言うように神室は鎖を持つ両腕に魔力を流す。


 振り下ろした鎖をそこからさらに縦横無尽に繰り出す。壁、天井を砕きながらあたりを粉々に打ち砕く。


「正気か⁉あのガキごと巻き込む気か⁉」


 灰賀は信じられぬとばかりに怒号を響かせるが我関せずといった表情で神室はそのまま天井へと氷塊を叩きつける。


 いとも簡単に天井は崩落し、人を生き埋めにせんほどのがれきが落ちてくる。灰賀、神室はもとより動けぬアステラは容易にがれきの下敷きになるだろう。


「血迷ったか―」


 迎撃と同時に回避を取る瞬間、驚愕で灰賀の双眸(ぞうぼう)が見開かれる。


(足が……動かん!)


 すぐさま足を確認すると、左足が氷漬けになっており完全に地面と接着してしまっている。氷は靴の表面だけを伝っており直接体を氷漬けにしたわけではなかった。故に灰賀が気づくのが遅れた。


 あたりへ次々とがれきが落ちてくる中、神室はすでにアステラを腕に抱え確保していた。


「今回はここで引く。せいぜい死なないように頑張ってね」


 動けぬ灰賀に眉一つ動かすことなくそう言い切ると、後ろを振り向きそのままその場から去っていった。


「貴様あああああぁあぁ‼」


 灰賀の声もむなしく天から落ちるがれきの中へと消えていった。




  


 



 遠くからがれきが崩れる音がする。


 地上へと脱出し人気のない場所に移動し、抱えていた少女を下ろし自分も重たい腰を下ろす。


 呼吸もままならず、先ほどの戦闘で痛めた場所はまだ痛い。加えて、これだけ努力しても何も見返りらしきものはない。


――けど


「悪い気分じゃないかな」


 誰にも気づかれずひっそりと笑みを浮かべ神室冬花はゆっくりと意識を手放した。 

 


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