2話
「翔進~、このあとなんか予定あんのか?ねえならあそびに」
「行かない」
「まだ言い切ってねえ!」
栄凛高校生徒会室、そこで仕事に忙殺されながらも新島四急から遊びの誘いを受ける。時刻は現在17時すぎといったところか。四月ということもありちょうど夕日が美しく輝いていた。
「そもそもお前仕事終わりそうなのか?机上にめちゃくちゃ書類たまってんぞ」
「……どうにかする」
「そう言ってどうにかなったやつを見たことねえよ」
あからさまに視線を逸らすと、現実からも逃げるように椅子にもたれかかる。
現在、生徒会室にいる人間は三人。俺こと翔進羅黒と先ほど俺に話しかけた男子生徒である新島、それと
「神室~頼む手伝ってくれ~」
「いや」
新島の懇願をバッサリと断った神室冬花だ。透き通るようなアクアブルーの髪色が特徴的で、成績優秀、加えてその優れた容姿から人気も絶えない。他人に対して、一定の距離を取りがちではあるが案外面倒見は良かったりする。少し、そっけないところが玉に瑕ではあるが
頼みの綱の神室にすら断られる新島を傍目に俺はカバンを持って立ち上がる。
「待って!翔進!手伝ってくれないと俺死んじゃう!」
「お前この前も同じようなこと言って俺と天城先輩に手伝わせただろ。たまには自分一人でやれ」
突き放すように言うと観念したのか新島は椅子の上でうなだれていた。この新島という男は結構なさぼりまでたびたび、というかかなりの頻度で俺やそこにいる神室などに自分の仕事を持ってくるのだ。
それにこの後、琴音のためにも夕食の準備などもあるのだ。そこまでうかうかしてられない。
「翔進、帰るの?」
「おう、神室も仕事終わったんなら早めに帰っとけよ。最近物騒だし。」
「うん、じゃあね」
神室はそういうと夕焼けのせいか少し顔を赤くするとと、残り少ない書類を片付けていった。
学校から出ていくと、通りは人で埋め尽くされていた。背から翼のようなものをはやした人物や肉食獣を思わせる牙をはやした獣人のような存在がひしめく。
これだけ聞くと、ファンタジーの世界のように思われるかもしれないがそうではない。どれもこれも『神秘』という存在の台頭によるものだ。
『神秘』という名称はどこの誰がつけたのか知らないが、神が人間に与えた恩恵だとかなんだとか思われたことかららしい。『神秘』なんて御大層な名前を付けられているが、行ってしまえば、よく漫画である「一人一能力」のようなものだ。
氷を体から発したり、透明になれたりなど神秘は多岐にわたる。神秘の黎明期にはそれこそ能力者の差別が存在したが、今となっては神秘の存在はあたりまえになっている。慣れというのは恐ろしいものだ。
そんな能力者社会の中でも俺も神秘の所有者ではあるが、その能力はなかなか地味である。俺個人としては別に不満はないが、特に華もなく少なくともほしい人間はいないだろう。
そんなことを考えながら、家の近くのスーパーを目指して歩いて行った。
そんなさなかだった。爆発音が辺り一帯に響き渡る。何事かと思い、音の源を探すとどうやら裏路地のようだ。能力者社会の弊害として事件が多くなったことだ。人は力を持てば、当然よくない方向へと使う輩もいる。
ひとまず足を止め、裏路地に足を運んだ。生徒会所属なこともあり、事件なら見過ごすわけにもいかなかった。
そこで見た光景は想像をはるかに超えていた。
「……いや、どういう状況だよ」
俺が目の前の光景を見て口から出たうそ偽りのない言葉である。
そこにいたのはトラブルを起こした生徒でも、ましては薬を売買するような怪しい組織なんてものでもなく
壁に上半身が突き刺さっていた少女(?)であった……
別にこれは比喩表現ではない。むしろ比喩表現であった方がまだ納得はできた。文字通り、本当に刺さっているのだ。
少女(?)というのは単純に上半身が壁に埋まっているので顔が見れないからだ。
目の前のカオスな状況に至った経緯が一切不明だが、とりあえず生きているかどうかの確認だけしておく。
「あの、大丈夫ですか?」
恐る恐る聞いてみる。だが、少女(?)は特に返事をすることもなく下半身をひたすらバタバタと動かすのみである。
どうしようかと腕を組むこと数分、少女(?)を壁から引き出すことにした。
救助隊を呼ぶことも検討に入れたが、この姿を見られることはなんだかかわいそうだったのでやめておいた。
足に手を回し、後方へ引っ張る。
――が、まったくびくともしない。
本当にどうやったらここまで深く壁にめり込むのだろうか。先ほどよりも力を入れて後方へと引っ張っていく。なんだか大きなかぶみたいになっているが気にしない。
すると、めきめきと音を立てながら壁にひび割れていく。人間目的地が見えると調子づくものでますます力が入る。
だが、この時俺は少女(?)の体を引き抜くことばかり考えていたせいでその後の展開が完全に頭から外れていた。
結論から言うと、少女(?)の体を壁から引き抜くことは成功した。が、あまりにも力を入れすぎた。
少女(?)の体が壁から出てくると、当然それまで入れていた力が行き先を失い俺はそのまま少女(?)の体を止まることのないまま後ろの廃ビルに超スピードで放り投げてしまう。
先ほどの爆音にも負けないほどの音が響き渡る。
土埃が消え去ると、壁から引き抜かれた姿が現れる。
月夜のごとく光る金の髪に、人形のごとく整っている顔立ち。頭の先から足先まで見事といえるほどほっそりとしており、片耳に手のひらサイズのイヤホンらしきものが装着されており、見ると体にはところどころ近未来を思わせる装備品がつけられていた。
顔立ちから言って完全に少女である。年にして12歳前後といったところだろうか。
普通なら挨拶の一言でもするべきなのだろうが、そんな状況でもなかった。
「し、死んでないよな……」
見たことの無いようなその装備品もところどころひびが入っていることが分かった。
(これ、明らかに俺のせいだよな)
申し訳なく思いつつ、おそるおそる近づいてみる。
「お、おい。大丈夫か?」
少女の近くでしゃがみ込むと幸いにも息はあるようだ。目立った外傷もなく苦しそうな様子でもない。これで死んでたら殺人罪にでもなるのだろうかと心配していると少女の眼が開く
無事そうであることに内心、安心していると少女はおぼつかない足取りで立ち上がる。まだ感覚が取り戻せてないのかなんだか酔っ払いのおっさんのようにふらついている。
目の前の光景に唖然としていると少女が今気づいたかのようにこちらを振り向く。
「そこに誰かいるんですか?」
「え?ああ、いるけど」
見ればわかんだろと一瞬思ったが、もしかしたら目が不自由なのかなどと思い心配する。が、次の瞬間には予想外の質問が少女の口から飛び出る
「今、何年ですか?」
「へ?」
「だ、だから今西暦何年ですか?」
タイムトラベルなどをモチーフにした映画などでよく出るセリフを言いだす少女。ちょうど未来から来た人物がタイムスリップに成功したかどうかを現地の人に確認するかのように。悪戯だろうかと思ったが、あまりに真剣なまなざしだったので大人しく答えておくことにした。
「西暦2023年だけど」
少女は両目を見開き、すぐさまあごに腕を添え考え始める。
「2023年……本当に過去に来てしまったのですね」
「過去に来た?」
「な、なんでもありません!というか盗み聞きしないでください!」
「いや、お前の声がでかかったからだろ」
「と、とにかくここで失礼させてもらいます! あ、あとこのことは他言無用で!で、では失礼します!」
言い終わるや否や風のごとくその場を去っていった少女…
――だが
「そっち壁だぞ」
「ふぎゅ!?」
注意し終える前に面白いように猛スピードで壁に激突する少女。背から倒れこむも何事もなかったように今度こそ消えていった。
「な、なんだったんだ?」
一人裏路地に残された俺はしばらく呆然としたままただ立ち尽くしていた。なんだか風が冷たく感じる。
「未来から来た……か」
その後、裏路地から脱出し歩行者の迷惑にならないように壁にもたれかかる。
先ほどの少女は『過去に来た』と言っていた。ようするに未来からやってきたともとらえることができる。
神秘にも様々あるが少なくとも時間に干渉できるものは確認されていない。もしそんなものがあれば、研究者がこぞって探すだろう。
だとしたらあの少女の言ってることは詭弁、子供の悪戯に過ぎないだろう。
(けど……)
先ほどの少女の顔、やけに真剣だった。手の凝った悪戯だろうか。だが、自身の感覚がそれを否定する。少なくとも少女が嘘をついているようには思えなかった。ということは本当に――
「って真剣に何考えてんだか」
壁から背を離し、先ほどの記憶を消そうと頭を拳で軽く打つ。
(よくあることだ。どうせ数日もすれば忘れる)
そのままその場を離れようとすると、周りが騒がしいことに気づく。
何かあったのかと疑問に思い、近くにいた女子高生と思わしき集団に耳を傾ける。
「うっそ!?なんかウチの携帯、電波が届いてないんだけど~」
「っあ!ほんとだ!うちもうちも!はあ~!使えね~」
(電波?)
ポケットからスマホを取り出すと確かに電波が届いてない。
どうやら他の人たちも同じようならしく皆この状況にあるものは当惑、あるものは怒りをあらわにしていた。
ふと、先ほどの少女のことを思い出す。
先ほどの少女との出会い、そして電波障害。多少のタイムラグはあるものの、タイミングは極めて近い
「……まさかな」
ありもしない妄想を心の片隅に置き、俺はその場を今度こそ去っていった。




