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西方辺境戦記 ~光翼の騎士~   作者: 金時草
【少年編】 EPISODE4 少年兵と剣の花嫁
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Episode_04.11 トデン村の戦いⅡ



 村を攻めるベレは、大いに苛立っていた。村の入口を護る守備兵は、つい先日小滝村で対戦した部隊よりも錬度が高いと直感するが、此方には作戦と言えるものが無い。もっと簡単に守備兵を片付け略奪を堪能するつもりだったのだ。


 オーク兵達は、突撃が押し返されたことにいきり立っている者が多数だ。このまま放っておくと、散発的な突撃を繰り返して被害だけが増えそうだと考えたベレは怒号に近い声で兵達に呼びかける。


「お前ら! 二手に分かれるぞ! 敵の数は少ない! そこのお前、半分の兵で入口を攻めろ。俺は残りを連れて壁を越える!」


 ベレの指示に頷いた上級兵は、周りの兵を集め再び入口へ突撃する態勢を整える。一方ベレは残りの者を引き連れると、村の東側へ、入口と離れた場所の外壁を越えるために接近する。


 本来、ウェスタ城下から近いトデン村はそれほど野盗らの侵入を警戒する必要がないくらいに治安が良い。そのため、村の中心部を取り囲む外壁はそれほど頑丈な物ではない。石造りではあるが、高さは大人が手を伸ばした程度である。ベレの率いる一団は、その壁に取り付くと、下級兵を踏み台にしてそれを乗り越えようとする。その様子に気付いた村の入口側からは、散発的に弓矢の攻撃が来るが、やがて、再度突撃したオーク兵達に掛りきりになったのか、攻撃は止んでしまった。


 大した妨害も受けずに壁を乗り越えたベレ率いるオーク兵百五十匹、その様子を察知しているのだが、入口側に突撃を繰り返すオーク兵に掛りきりになり、対応する兵を割けないパーシャは自軍の寡兵に歯噛みする。


(まずいぞ……挟み撃ちされてしまう)


 壁の内側の住居に居る住民たちは、固く戸締りをして家の中に籠っている。変に外に出て騒がれるよりはマシなのだが、これでは入口を放棄し「散開白兵戦」の戦術はとれない。住民の被害が大きく成り過ぎるからだ。


(ならば、徐々に防衛線を下げつつ漸減戦を行うか?)


 迷うパーシャである。壁を越えた部隊は、此方の側面か背後を突くように迂回してくるだろう。上手く、迂回する敵よりも早く防衛線を下げる機動が行えれば、当座の攻撃は防げるかもしれない。


(しかし、無防備な住居を敵に曝してしまう……)


 いずれにしても、寡兵故に選択肢が無い。このまま留まれば、挟撃され全滅の憂き目だ。


(我々が全滅すれば、誰が村を護るのか!)


 パーシャは結論に至ると隊に号令を出す。


「防衛線を下げるぞ! 徐々に敵を村中央におびき寄せる!」


 パーシャの号令を受け、第六部隊長の出す射撃の号令に合わせて防衛線が一歩づつ下がっていく……戦いは始まったばかりだ。


****************************************


 トデン村から響く半鐘の音に気付いた第十一から第十五部隊、街道を北上するそれらの部隊は一旦停止すると先頭を行く第十一部隊、総指揮官ヨルク団長のもとに各部隊の隊長が集まる。


「何事か?」

「わからんが、半鐘の音だ」

「この事態に半鐘の音ならば、事態は一つしかないだろう」


 部隊長らは口々にそう言い合うが、そこへ村の方から駆けてくる者が見える。良く見るとトデン村に駐留する部隊に随伴する荷駄隊の兵士と分かる。その兵士は、松明を片手に街道を走り、こちらの方へ走って来るが


「た、大変だ! オークの襲撃だ!」


 と叫んでいる。


「数は!? 何処から来ている!?」


 此方へ向かい、足を縺れさせながら走ってくる兵士にハンザが大声で問いかける。


「数は二百以上、北の入口に押し掛けている!」


 実際のところ、オーク兵の数は四百なのだが、そこまで見極められていない。しかし、それでもトデン村に駐留するのは二部隊のみであるから、数の上では不利だ。


「どうする?」


 言わずもがな(・・・・・・)な、他の部隊長の問いかけにハンザはイラッとするものを感じるが務めて冷静に返事をする。


「隊を分けよう。歩兵部隊はこのまま街道を北上し村の中央へ。そこで状況を見極めて対応する。騎士隊は村を西から迂回し、北口にいるであろう敵へ攻撃を掛ける」


 冷静に務めるが、かなりの剣幕でそう言うと他の部隊長達とヨルク団長の反応を待つ。この素早い状況判断と対応の組み立ては、かつて副長時代のパーシャをして「状況判断はピカイチ」と言わしめたハンザの持ち味だ。ガルス中将の指揮を知るヨルク団長も「やはり親子」と改めて納得する。


「よし!ラールス隊長の言う通りにしよう」


 ヨルクはそう言うと全員に向かい


「第十一の哨戒騎士、西を迂回し先行して斥候だ。会敵しても戦闘に入らず敵情を持って帰ってこい。残りの哨戒騎士は全騎並足で同じく迂回、斥候と合流し敵情を確認、後の判断はラールス隊長に任せる。」

「ハッ」


 ヨルクの命令にハンザは短く応じる。


「歩兵部隊は、俺が指揮を執る。なるべく騎士隊と歩調を合わせるが、状況次第だな……各隊へ伝えろ!」


 非常に的確かつ分かり易い命令である。普段、領兵団の執務室で事務方の仕事をしている時のヨルク団長は優柔不断を絵に描いたような冴えない上官に見えるのだが、しかし戦場に立った今は、普段見せない精彩さが威厳を伴って現れている。


 それは、若き日の哨戒騎士ヨーム、正騎士ガルス、それに当主となる前のブラハリー公子らと共に戦場を駆けずり回り、その巧妙な指揮や豪胆な戦い方をその身で経験してきた世代のなせる業であった。


 程なく、各部隊はヨルク団長の命令通りに編制を変えると、再び進みだした。


****************************************


 小刻みに防御線を下げつつ、じりじりと村の中央広場へ後退を続ける第四、第六部隊は、苦しい局面を強いられている。オーク兵は集団を二手に分けたが、二分された内の一つ ――北の入口を攻める部隊―― への対応だけで精一杯の状態だ。姿が確認できないもう一方の集団は恐らく、側面か背後へ迂回してくるだろう。そう予想は付いているが、有効な手立てが無いパーシャは、隊をじりじり後退させることで、せめて背後だけは突かれまいとする。


 対するオーク兵の集団は、入口を突破した後は正面だけでなく防衛線の左右へ回り込もうとしてくる。正面に対して高い防御性を持つ槍衾だが、方向転換や側面からの攻撃には非常に脆い。その弱点を執拗に突こうとするオーク兵に対して三、四騎で組を作った哨戒騎士が何度も突撃を繰り返す。


 騎士による突撃を受ければ波が引くように距離を取り、それが終われば再び側面へ廻ろうとする敵の動きに対し、最初の突撃ほどの効果が得られなくなっていた。退いて行く敵を追えば、それこそ敵の思う壺。突出した騎馬を取り囲まれて、一巻の終わりである。成るべく「浅い」突撃を頻繁に行うしかない。


 今や騎馬を捨てて徒歩となったパーシャは、槍衾の隊列中央で愛剣の大剣(グレートソード)を振るう。そうしながら、防衛線の中心で隊の後退を調整しているのだ。


ウガァーッ!


 吠えながら飛び掛かってくるオーク兵、柄の長い戦斧を大きく振りかぶりパーシャ目掛けて振り下ろす。それを大剣の腹で逸らしながら、そのまま剣先を敵の喉に叩き込む。もう何匹倒したかなど、とっくに数えていないパーシャは、


「うぉおお!」


 一際大きく声を上げると大剣を振り回し、左右の兵士と斬り合っていたオーク兵を更に二匹撫で斬りにする。殺到するオーク兵は、その勢いを恐れて一瞬立ち止まる。そして、防御線の前に空間が出来る。


「さがれぇ!」


 パーシャの号令で防衛線が一メートルほど下がる……さっきからこの繰り返しである。防御線が下がったことを確認すると、サッと兵士達を見回す。皆疲労が濃い、その上本来後方に下がるべき負傷者もこの場に留まって槍を構えている。状況は厳しいが士気は衰えない。指揮官が先頭に立つ部隊とはそういう物である。


 そして防衛部隊は村の中央広場に差し掛かる。


(くそ! 街道に見えた味方は未だか!?)


 戦闘に入る前に、後方部隊の荷駄隊兵士を伝令として、接近する味方に送っている。その後直ぐに戦闘状態に突入したが、それからもう十分、二十分は経過している頃だ。


(本当に持たないぞ!)


****************************************


 村の外壁を乗り越えた一団は、ベレの号令に従い村をそのまま南下する。壁を乗り越えた段階で、そのまま壁沿いに進み入口を攻める一団と合流し防衛側を挟撃しても良かったのだが、


(それでは、此方の多数が生かせない)


 と思いとどまったベレだった。元々街道沿いに家屋や商家が立ち並んでいるトデン村である。防衛側もその地形を生かして寡兵を上手く操り、大軍と一度に接しないように行動している。


(敵の指揮官は優秀だ……)


 このことが、ベレの頭の中にある。それ故に、大きく敵を迂回し背後を突く戦法に出る。如何に指揮官が優秀でも、士気を失った兵は脆い。こちらの大勢を敵に存分に見せつければ勝利は容易いという判断だ。少しばかり「オーク流」の考え方だが、こういう判断が出来る点で、ベレは一族の戦闘指揮者として非常に優秀だと言う事が分かる。


 路地を進む百五十のオークの兵は、中には誘惑に駆られて住居の戸口を破ろうとするものも居るが ――そんなオーク兵はベレや取り巻きの上級兵に殴り飛ばされる―― 全体として粛々と先を急ぐ。


 やがて、路地は大き目の通りに突き当たる。河岸から村の広場へ向かう通りだ。ここを進めば、防衛側の背後か側面に出られる公算が高い。


「お前ら! このまま村の広場に突撃だ! あいつらを挟み撃ちするぞ!」


 ベレの号令に従うと、オーク兵達は怒号を上げながら一斉に通りを広場に向けて走り出す。


(これで奴らもイチコロだ)


 そう確信するベレは、突撃する兵の後ろを悠然とした足取りで追っていた。



お読みいただきありがとうございます。


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