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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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91.第一団長(3)


「あ、いたいた」

今日もいつも通りに、可愛いくせにやたらと強い上司が視線を前方に移す。


(いたいた、って、子供じゃないんだから)

上司に対して小言めいたことを思いながらフジノも前を見た。 

瞬間、息が止まった。


少し離れた場所に立つそのエルフを、フジノが見間違うはずはない。

臙脂色の近衛の服を纏い、腰までの長いプラチナブロンドが風に揺れている。

昔感じていた硬い様子は消え、あの時から比べると驚くほどに雰囲気が柔らかい。そしてまるで十代前半の少年少女のようだった外見は、成熟した大人のものにもなっていた。

でも、彼女を間違うはずはないのだ。


(ラグノアだ……)

「何で、ここに」

呟きながら、ぶわりとルドルフの感覚が甦る。


 

「50才!? 嘘だろ?」

「嘘ではない。お前たちの数え方で数えれば、53才となる」

「いや、だって、どう見ても生意気なガキじゃん。見た目も態度も」

「笑止千万だな。私からすればお前の方がガキだ」

「背だけがいっちょまえで、言葉遣いが古臭いガキ」

「古臭いだと!?」

「ガキも怒るけど、そこも怒るんだなー」

出会ってすぐの頃に交わした会話だ。

あの時のラグノアは何を言っても噛み付いてきていた。

エルフの寿命は500年から1000年とも言われている。50年までは芽、100年までが幼木、200年までが若木で、それ以降がいわゆる大人とみなされる。500を越えると古木だ。

ラグノアはエルフ的には子供だったのだ。しかも一人で森を飛び出していくような無茶な子供。後から聞いたが、故郷の森ではかなり浮いていたらしい。

 

魔法や精霊や魔物についてはかなり博識だったが、森の外の常識には疎く、エルフのくせに性格は苛烈でルドルフよりも喧嘩っ早かった。

二人でよく騎士や冒険者に突っかかってユリアンが頭を抱えていたものである。

 

一緒に旅をする中で、ユリアンが根気強く常識を教え、喧嘩を諌めたことでずいぶんと落ち着いた。年齢的にもおそらくちょうど第一次反抗期を終えるような時期だったのだろう。

落ち着いてからもルドルフが反抗期だと揶揄うと、すぐに激怒はしていたが。


そんなラグノアが自分を見て、優しく微笑んでいる。

ルドルフが見たら「何だよ、気持ち悪いな」とでも言いそうな笑顔。

いや、魔王を倒してからのルドルフは抜け殻のようだったから、そんな軽口も叩かなかった。

前世の自分は全てを遠ざけ、隠遁していたのだ。

悲しげな目のラグノアと、呆れた顔のユリアンがぼんやりと思い浮かぶ。きっとルドルフが最後に見た彼らだ。

確かラグノアは森に帰ると言っていたと思うのに、なぜ今、目の前にいるのか。

 

ラグノアが一直線にフジノに近付いてくる。

気がつくと、とても自然に彼女に抱きしめられていた。


『会いたかった』

懐かしい声が耳を打ち、フジノの思考が停止した。


 


❋❋❋

  

「「………………」」

目の前の光景にハナノとアレクセイは唖然として、二人で馬鹿みたいにぽかんと口を開けていた。


ハナノはこんなにびっくりしているアレクセイを初めて見た。でも自分も今までの人生で一番くらいに驚いている。


第一団長だという近衛騎士はラグノアだった。

それにもかなり驚いたが、いろいろと辻褄は合う。確かにある意味怖いし、名前は勝手に呼ばない方がいいし、初対面なら目は合わさない方がいい。そしてお爺さんというよりはお婆さんだ。 

第一団長がラグノアだったというのは嬉しい驚きで、許容範囲である。


それよりもこっちだ。

ラグノアがハナノの双子の兄のフジノを抱き締めている。

おまけに古代語で『会いたかった』と言った。


(ええ!?)

エルフが人を相手に身体的接触をしてるのも驚きだし、その相手がフジノなのは訳が分からない。

『会いたかった』に至ってはもはや意味不明だ。

そして抱きしめられている兄フジノは泣いてもいた。


(えええ、何だこれ……)

聞きたい事はたくさんあるが、今の二人は絶対に邪魔しちゃいけない雰囲気なので、固まりながら見守るしかない。

アレクセイを横目でちらりと見ると、アレクセイもハナノと同じように固まっている。

敬愛する団長が固まっているのだ。とりあえず様子見でいいだろうとハナノは息を潜めた。



静寂を破ったのはフジノだった。

「っ…………うわっ、お前っ、離せよっ」

我に返ったフジノは顔を真っ赤にして、ラグノアを突き飛ばす。


「ははは、相変わらず初心だな」

突き飛ばされたのに、ラグノアは愉快そうに笑った。


「うるさいなあ、女が男に抱きつくなよ」

「これは、体を擦り付けるだけのお前達のハグとは違うんだが」

「しかも、会いたかったって何だ。何言ってるんだ」

「素直な気持ちだ。お前こそ、なぜ泣いている?」

「え? あっ、うわっ、最悪だ」

フジノは指摘されて初めて泣いてることに気付いたようだ。ごしごしと目元を擦った。


「ルドルフ、赤くなるぞ」

そっとその手を止めるラグノア

「お姉さんぶるんじゃねーよ。それにルドルフじゃない」

「お前……記憶もあるんだな。珍しいな。今世のお前の名前はなんだ」

「…………フジノ」

「フジノ、か。会いたかったフジノ」

ラグノアは大切そうにその名を繰り返す。

「そういうの、止めろよ……でも、僕も会いたかったよ、ラグノア」

むすっとしながらもフジノがそう返す。


(うわお、何だこれは!)

ハナノは心の中で叫んだ。


(なになに!? この恋人同士の再会みたいなヤツは)

フジノが照れながら女の人と話しているのなんて初めて見たし(ラグノアを簡単に女の人の括りにしていいのかは疑問だが)、言葉遣いもいつものフジノと少し違う。

そしてラグノアはとても嬉しそうだ。


(どういう関係だろう?) 

自分が知らない間に二人は知り合っていたのだろうか。それにしたってその雰囲気は“知り合い”なんて軽いものではない。何十年来の仲とかの雰囲気だ。


そこでハナノは横からの視線を感じて、アレクセイの方を見た。

アレクセイが二人をさして口パクで“何これ、知ってる?”と聞いてくる。ハナノは口パクで“知らないです”と返した。


ハナノの返事にアレクセイはそっとラグノアに話しかけた。

「えーと、ラグノア。フジノと知り合いなの?」

その言葉にフジノに笑いかけていたラグノアが、やっとハナノ達にも視線を向けてくれる。


「アレクセイか。おや? ハナノじゃないか。なぜここに?」

ラグノアの言葉にアレクセイは再び軽く混乱したようだ。うーん、とぐいぐいこめかみを揉む。


「もー、次から次だな。ハナノもラグノアを知ってるの?」

アレクセイが今度はハナノに聞いくる。

そういえば、ラグノアと友人になったことは誰にも言っていなかった。

 

「はい。少し前に友人になったんです」

「そうかあ。何で? とは思うけど、今はそのまま飲み込むよ」

「何それ、ハナ、聞いてないよ」

アレクセイは飲み込むことにしたのに、フジノが面白くなさそうに反応した。


「内緒だと言われてたの。ラグノアはお忍びだったから」

ちらりとラグノアを見ると、にっこりされた。

笑顔がいつもより華やかだ。フジノに会えて本当に嬉しいのだ。

 

「ラグノアはフジノとも知り合いなんだね」

「とても古い友人だ」

ラグノアはアレクセイに答えると、フジノに向き直る。


「アレクセイの下で騎士をしているのか?」

「うん。第二団所属」

「ふふ、第一団長のラグノアだ」

「騎士団長って……なにやってんだよ。森へは帰ってないのか?」

「一度帰ったが合わなかった」

「合わないわけがないだろ? エルフだろ?」

「私は人間よりなんだろうな。ところで、ハナノとお前は」

ラグノアがそこでハナノとフジノを見比べた。雰囲気は違うが並ぶと同じ顔である。

 

「ハナノは僕の双子の妹だよ。何よりも大切なんだ。どうしてか仲良くなってるみたいだけど、たとえラグノアであっても妹をたぶらかさないでほしいね」

「とても不思議な出会いをしたのだよ。それにしてもいろいろ納得した。ハナノの結界はやはりお前のものだったのだな。あんな雑な結界はお前以外いない」

「張れてたらいいだろ」

「そして今は美しく隙のない正六角形の結界だ。これはアレクセイだな? いつ見ても君の魔法は美しいな、アレクセイ」

言い返すフジノは無視してラグノアはアレクセイを褒めた。


「あー、ありがとう。褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと今それどころじゃないな。えーと、ラグノア、フジノが古い友人というのはどういうこと?」

アレクセイがそう聞くと、ラグノアは少し黙った。


「ふむ。そうだな、君達に理解出来るかな。私も実際に経験したのは初めてなんだ。フジノ、彼らにルドルフのことを伝えてもいいか?」

ラグノアの問いにフジノは嫌そうにだが頷く。


そうして、ハナノとアレクセイはフジノの前世を知った。




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― 新着の感想 ―
全てを投げ捨てて一気読みしてます。 面白い!
やっと開陳!
ようやく!ようやく前世の話ができる!ここまで長かった!
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