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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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86.お茶会にて(4)


かかった声に驚いて横を向くとラッシュだった。

「うわっ、ラッシュ団長」

本日はお澄ましモードのラッシュがひょいっとベンチを乗り越えてハナノの隣に座る。


「どうしたんですか? 主役がこんな所で」

「主役は母上だろ、もういい加減愛想笑いも疲れた。俺は休憩だ」

ラッシュは、ふうーやれやれとベンチの背もたれに深くもたれ掛かる。

様子はいつものラッシュだが、こちらは皇弟殿下なのだ。ハナノは少しだけ身を硬くした。

 

「今日はお澄ましモードですもんね。あの、今まで殿下とは知らずにいろいろ失礼をしてしま……いえ、いたしてしまっていたすのかと思っておりましてですね」

「言葉遣い、変だぞ。慣れない事すんなよ。普通でいい」

「いや、でも特にフジノは大分失礼だったんじゃないかと」

もはや不敬罪ものだったと思う。

現在の帝国では不敬罪は撤廃されているのだが。

 

「てか、あいつのあれはそもそも団長への態度じゃねえよ」

「…………」

あまりにいつも通りなラッシュにハナノは緊張が解けてゆくのが分かった。

  

「仰る通りですねー」

「アレクセイは凄えと思うぜ。何だかんだでフジノはあいつに懐いてるもんな」

「おっ、鋭いですね。そうなんですよ。完全に甘えてます。でもフジノはラッシュ団長のこともわりと好きだと思いますよ、たぶん尊敬してるし」

「げっ、そういうのいいって」

ラッシュは嫌そうに顔をしかめてからハナノのドレスを眺めてきた。

 

「ドレス、なかなか決まってるな」

「はい。騎士服と同じ色にしましたしね。落ち着きます」

「お前、騎士服好きだなあ」

「ずっと憧れてましたから。そういえばこのドレスはホーランドさんに仕立てていただきました。重ね重ねですがお礼を言っておいてください」 

「そんなもんいいよ。それよりハナ、今日は無理やり参加させられたんじゃないか? 母上とホーランドにはうちの騎士を巻き込むな、と言っておくからもう帰れ。去年も俺がよく行ってたパン屋の娘を連れて来ててかなり怒ったんだ。全然、反省してねえな」

「ありがとうございます。でも、あと少しですし大丈夫ですよ」

 

「よくねえよ。ハナは立派な騎士なんだ、元々招待の対象でもなかったのにこんなことに引っ張り出されていいわけないだろ」

「ラッシュ団長……今の、じーんとします」

ラッシュに“立派な騎士”と言ってもらえて嬉しい。

感動してそう言うと、ラッシュは顔を赤くした。


「やめろよ。そういうの苦手なんだよ」

「恥ずかしがり屋さんですよね」

「あー、もう、ほら、行くぞ」

ラッシュが話を打ち切って立ち上がったので、ハナノもすっと立ち上がった。

左足を挫いたのをすっかり忘れてたのだ。左足首に激痛が走る。

 

「いっ……」

ハナノは息をのんだ。


「えっ、どうした?」

「……大丈夫です。情けないことにヒールでこけまして、足を挫きました」

ハナノは涙目でちらりと足を見せた。

 

「うわ、めっちゃ腫れてるぞ。おい、こういうのはすぐに言えよ。冷やさないとダメだろう。歩けるか?」

「まあ、ぴょこぴょこなら」

「お前、どうやって騎士団まで帰るつもりだったんだ?」

「えーと、歩きで……この足なら15分くらいでしょうかね」

「アホか、そんな足で無理すんな。ほら、おぶってやるよ」

ラッシュはそう言うと、ハナノの前にかがんだ。

広い背中が目の前に来る。


「ええっ、ダメですよ!」

ハナノは慌てて断った。


「何だよ、遠慮すんなよ」

「いやいや、ラッシュ団長は馬鹿ですか? そんなことされたら、私、団長の花嫁候補まっしぐらですよ!」

「はあっ? おまっ、な、なんでお前が俺の花嫁なんだよっ」

途端にラッシュの顔は真っ赤になり、ハナノまで恥ずかしくなってしまう。


「こんなお茶会というお見合い会の最中に、主役が抜けて私をおぶって騎士団まで連れて行ったら誤解されるに決まってます!」

そんなことになれば、今度はきっと皇太后とサシでのお茶会とかになると思う。

 

「……あ、ああー、なるほど」

ハナノの説明にラッシュの顔色が戻る。

「というわけで一人で帰ります」

「なら、伝書鳩でカノンを呼ぶから何とかしてもらえ」

「えっっ、カノンさん? カノンさんはもっと困ります」

ますます慌てるハナノ。


「もっと? 何でだよ?」

「あの人、しれっとお姫様抱っことかしますよ、無理無理、無理です。あんなキラキラにそんなことされたら気絶します」

想像しただけで心臓が持たない。


「いや、気絶はしねえだろ」

「するんですよ。カノンさんはダメです」

銀髪のキラキラをなめないでほしい。


「でも俺が気軽に呼べるのなんてカノンぐらいなんだよ。そんな足のお前を一人で帰すわけにはいかねえし、お姫様抱っこはするなって言ってやるよ」

「ええぇ、フジノ、呼べませんか?」

「フジノ宛の伝書鳩の卵なんて、持ってねえよ。あ、てか、カノン来たら治癒魔法で治せるだろ?」

万事解決じゃねえか、と手を打つラッシュだが、ハナノは首を横に振った。

 

「ラッシュ団長、急性期の捻挫に治癒魔法は逆効果です。腫れがひどくなります」

「そうなのか? さすが、カノンに教わってるだけあるなあ。まあとにかくカノン呼ぶな」

「ええぇ……」


そして、十分後にはカノンが走ってやって来てくれた。走って来てくれるあたり、さすがキラキラ王子だ。


「はあー……ハナノが怪我で動けないっていうから焦ったよ。捻挫なんだね。うわ、でもかなり腫れてるな」

息を切らして言う言動までもがキラキラしている。

無駄にドキドキするからやめて欲しい。


「すいません、走って来てもらって」

「構わないよ。可愛い俺の愛弟子だしね。あ、ハナノ、急性期の捻挫はね」

「治癒魔法は逆効果ですよね。覚えてます」

「よく出来ました」


「カノン、騎士団まで連れて帰ってやってくれ。ただ、横抱きは禁止らしい」

ラッシュが釘を指してくれる。

「禁止?」

「ハナが気絶するんだと」

「気絶……ふふ、わかりました」


「ハナ。食べれなかった菓子は包んで持ってってやるからな。あと、ほら、あの金髪の女の子……」

「ローラです。ラッシュ団長。第三団の騎士ですよ」

「その子、ローラにも言っといてやるから」

「ありがとうございます」

そうして、じゃあな、とラッシュはお茶会へと戻っていった。


「さて、お嬢さん、せっかくのドレスだし抱き抱えてあげたいけど」

ラッシュが去るとキラキラがそんなことを言ってくる。ハナノは後退りした。


「無理ですよ、やめてくださいよ。キラキラに気絶して運ばれてるなんて、騎士団の人に見られたら恥ずかしくて死にます。おんぶ一択です」

「そうなの? おんぶの方が恥ずかしくない?」

「いいえ、おんぶのがマシです」

「そうかなあ……ならどうぞ」

カノンはハナノの前にかがんで、ハナノをひょいとおぶった。ふわっと視界が上がりカノンのいい匂いが鼻をくすぐる。


「軽いな、大丈夫?」

「大丈夫です。ご迷惑かけます」

カノンは慣れた手つきでハナノの靴を脱がすと、後ろ手で持ち、騎士団まで運んでくれた。

ハナノは、靴を脱がされた時にものすごくドキドキして困った。





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