84.お茶会にて(2)
「アルビンスタイン家のローラ様ですわよね? お久しぶりです。是非お話したいわ」
「ええ、わたくしも」
「騎士団に入られて、なかなかお会いできないですものね」
友人らしい友人なんていないと言っていたローラだが、お茶会が始まってしばらく経つと何人かのご令嬢がやって来て、ローラを他のテーブルへと誘った。
「え? あの」
ローラは明らかに戸惑った顔をしていて、どうやらやって来た令嬢達とは友人ではないようだ。でもローラを囲むようにした令嬢達は強引に「さあさあ」と腕を取ってローラを立ち上がらせる。
少々荒っぽいけれど、それだけローラと仲良くなりたいのだろう、とハナノは好意的に解釈した。
それならローラに友人ができるせっかくの機会だ。帝都の由緒ある家の出身でもあるのだしこういう交流は必要だろう。
ローラは嫌そうにも見えるが、自分と最初に話した時のように緊張しているせいだとハナノは考えた。
(がんばれ、ローラ)
ハナノは連れて行かれるローラに向かって、ぐっと握りこぶしを作ってみせる。ローラは、はあ?何やってんの、という顔をしているようにも思えるが、それもきっと緊張のせいだ。
(力を抜くんだよ。新しい友達、できるといいね)
ハナノはローラに笑顔で優しく手を振った。
ローラを連れていった令嬢達はハナノに意地の悪い笑みを向けるが、ハナノはローラしか見てなかったのでそれには気付かない。
ハナノの居るテーブルは一番端で、ローラが連れていかれた途端に他の令嬢も席を移動した。
これはいわゆる仲間外れである。
地方の男爵家の田舎娘が皇太后のお茶会に招待されていることが、反感を買ったのだ。
おまけにハナノのドレスや靴やアクセサリーは皇太后によって準備されたのも噂となっていて、参加している令嬢達の間ではハナノはラッシュの婚約者の最有力候補であり、今、最も蹴落とすべき女だった。
当のハナノはそういった悪意に鈍感で、仲間外れにされたなんて思っていない。それに離れた席に1人で居るのは苦痛ではなかったので痛くも痒くもなかった。
見習い期間終了の祝賀会でもそうだったが、ハナノはこういう楽しげな席を俯瞰で見るのは好きである。幼い頃から取り囲まれているフジノを遠巻きに見ることが多かったからかもしれない。
令嬢達のドレスや髪型は見ていて飽きないし、お茶を飲む時の所作や、扇子を優雅に開けたり閉めてたりするのを見るのも楽しい。
ぺちゃくちゃ聞こえる話し声も耳に心地よい。
おまけに会場の要所要所には、近衛騎士達が立っていてそちらも大いに気になる。
ハナノのテーブルは会場の端っこなので、背後の生け垣の入り口にも二名立っているのだ。
向こうは仕事中なので、さすがに振り向いてまじまじとは見れないがちょっと横を向くついでにちらりと見たりはできる。
(はあ、カッコいい……)
ハナノは騎士達の仕事の妨げになってはいけないので、できるだけさりげなく近衛騎士達を観察した。
じろじろ見ないようにあくまでもさりげなく。
令嬢達のドレスや庭を見るふりをしてさりげなく。
ちょっと腰回りのストレッチをしながらさりげなく。
あら、蝶々だわ、という感じでさりげなく。
まあまあ気を遣うし結構忙しい。
ハナノには仲間外れに気付いてる余裕なんてなかった。
(あのポニーテールの方は女性かな? 体の線が細い気がする)
皇太后は中性的な騎士が好みのようで、男性でも筋骨逞しい騎士はあまりいない。遠目でちらちら見るだけでは性別は分かりにくかった。
(女性かなあ? まあ、もうどっちでもいいか。どっちにしろカッコいい。皆素敵だ)
ハナノは近衛騎士達の立ち姿に惚れ惚れした。
今度は奥の生け垣の辺りを見るふりをして騎士たちを見ようとしたのだが、そこでハナノはある植物に気づいた。
「ん?」
生け垣の前の花壇に植えられている植物。葉の様子が特徴的なので遠目でも目立つ。
(あれは……)
目を細めてじっくり見てみる。
気付いてから庭を見回すと、他の場所にもその植物は点在していた。
(あんなにたくさんは、よくないんじゃないかな)
ちょっと心配になったところで、後ろから声がかかった。
「楽しんでおられるようですね」
遠くに集中していたので、びくっと肩を揺らして振り返るとホーランドだった。
「ホーランドさん、こんにちは! あ、今日着ているのが仕立てて頂いたドレスです。とても素敵です。ありがとうございました」
ハナノは立ち上がると、くるり回ってとホーランドにドレスを見せた。
ホーランドが楽しげに片眼鏡の奥の目を細める。
「とても可憐な仕上がりですね」
「ふふふ、ありがとうございます」
ハナノはまたすとん、と着席する。
「近衛騎士に興味がおありですか?」
着席したハナノにホーランドはにこやかに話しかけてきた。
「おっとバレてましたか。こっそり見ていたつもりだったんですけど。私も騎士の端くれなので、もちろん近衛騎士の方々には興味がありますよね」
ハナノはきりっとした顔を作ってそれっぽく答えた。
「頑張ってちらちら見ているのが丸わかりでしたよ。お忙しそうですし、私がお菓子をお持ちしました」
ホーランドはそう言って、ハナノの前に複数の小さなケーキが乗せられた皿をおいた。
「わあ! ありがとうございます。すみません、給仕のようなことをしていただいて」
「構いませんよ、巻き込んだのはこちらですから」
ハナノは笑顔で礼を言い、ホーランドは穏やかに微笑む。
「「…………」」
このやり取りをハナノの背後の二人の近衛騎士達は、驚愕しながら見つめていた。
ホーランドは元鬼宰相である。
現役時代はその目はいつも冷たく鋭く、口元は少し歪んでいて出てくる言葉は静かで辛辣だった。
引退して丸くなったが、鋭い眼光は変わらない。小娘にくるりとドレスを見せられて微笑み、給仕の真似事をするような男ではないのだ。
二人はあの小柄な娘は何者だ? と目配せし合っている。
一方、ハナノを遠巻きに意地悪く眺めていた若い令嬢達の大部分は、ホーランドのことを知らないのでご老体に絡まれているハナノをくすくす笑った。
そしてローラのようにこの老人の事を知っている一部の聡い令嬢達は、この光景に驚いて近衛騎士と同じように訝しげだ。
「新しいお茶もお持ちしましょうか?」
「いえいえ、そこまでしてもらっては申し訳ないです。私、お茶の味なんて分からないんですよ。冷めようが、酸化しようが構いません。そんな事よりホーランドさん、この会場の責任者の方とかっています?」
ハナノはというと、周囲の視線に気づいている余裕はなかった。早めに伝えておきたいことがある。
「責任者ですか? ふむ、まずは私がお伺いしましょう、何でしょうか」
「あちらの生け垣の前の花壇にある、美しい深緑に一筋の黄色が入ってる細長い葉の植物ですが」
ハナノは先ほど気になった花壇を指差した。
「ああ、珍しいでしょう。お茶会に合わせてこちらの水晶宮の庭を一新しております。あの植物が気に入られましたか?」
「あー、そうですか。この日のために植えたのですね。確かに本当に美しい葉です。美しいのですが、あれがあんなにたくさんあるのは少し良くない、というか……危険というか……もちろん美しいのですが、あれはお茶会後にすぐ抜く訳ではないですよね?」
わざわざ一新したと聞いて、ハナノは遠慮がちにそう聞いた。
ホーランドの眉がぴくりと動く。
「ハナノ様、私は植物や薬草は門外漢でして、よろしければあれがどのように危険なのかについて教えていただけますか?」
穏やかに続きを促されてハナノはほっとした。
「はい! あれはですね。月下夢草といって、花が咲くと幻覚作用のある花粉を撒きます。花は満月の夜に一斉に咲き三日ほど咲きほこるんです。なのであんなにたくさん固まって植えられているのはどう考えても良くないです」
「幻覚作用」
「一輪程度なら規模も小さくなかなか美しいものですが、多いと集団で幻覚を見ますし、風向きによっては花粉が水晶宮や皇宮まで流れてしまいます」
そうなると大きな混乱が起きる可能性がある。事故に繋がるかもしれない。
「あんまり有名な植物ではないので、間違って植えられたんじゃないかな、と。葉の様子は綺麗ですしね」
「ほうほう、なるほど。それは非常によろしくないですな。ご教授ありがとうございます。お茶会後、私が責任者に伝えてすぐに調べてもらいましょう」
ホーランドがにっこりしながらそう言ってくれてハナノは胸を撫でおろす。
その時、その月下夢草の生け垣の向こう側を一人の近衛騎士が歩いて行くのにハナノは気付いた。
「あ!」
かなり遠目ではあったが、プラチナブロンドをなびかせて歩くその気高い姿にハナノにはすぐにそれが誰だか分かった。
騎士であったのは驚きだ。仕事はてっきり魔法使いなのだと思っていた。
胸が高鳴る。
こんな所で会えるなんて。
髪の毛がなびく度に特徴的な尖った耳がのぞき、歩いている騎士の回りには、今日も蝶がまとわりついている。
近衛騎士はラグノアだった。
視線を感じたのかラグノアもすぐにハナノに気付いた。遠くてよく見えなかったが、にっこり微笑んでくれたようだ。それからラグノアは迷うことなくハナノの方へとやって来る。
生け垣を横切る時に、ラグノアはちらりと月下夢草を一瞥した。
「ハナノじゃないか! 久しぶりだね。これは皇太后のお茶会か? 何してるんだ?」
ハナノの側にやって来たラグノアにホーランドは慇懃に頭を下げた。
「お久しぶりです、ラグノア。えーと、ちょっと勘違いで招待されてしまいまして、へへへ。せっかくなので楽しんでいます」
「本当に? 楽しめるか、これ?」
ラグノアはかがんで、ハナノの耳元に小声でこっそり聞いてくる。どうやらラグノアはこういう集まりを嫌っているらしい。悪戯っ子のような声色にハナノはドキドキした。
「こういうのは本来苦手ですが、近衛騎士の方々が間近に見れますし」
ハナノも小声で返す。
「ふふ、近衛が好きなのか? 私も近衛だが?」
ラグノアはわざと色っぽい目つきをして髪をかき上げた。
(ぐあっ)
エルフで女性だと分かっていてもノックアウトされそうになるハナノ。ドレスを鼻血で汚すわけにはいかないと咄嗟に鼻を押さえた。
「ハナノ?」
「くうっ、お気になさらず。それよりお仕事は近衛騎士だったんですね。騎士服がとても素敵です、臙脂色にラグノアの髪色はよく映えますね。今日はこちらの護衛ですか?」
ハナノはなんとか自分を保って聞いた。
「いや、私は陛下付きだから普段は水晶宮には来ない。今はハナノを見つけたから来たんだ。騎士服も可愛らしかったがドレスもなかなか可憐だな」
「ありがとうございます」
「……ふむ、しかもまた君はいろいろと私の興味をそそるね。精霊の加護が加わって、結界も変わってるじゃないか」
ラグノアは小さくつぶやく。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。せっかく会えたのだから温室に行ってみないか? 水晶宮の温室はなかなか素晴らしいんだ」
「はい、あ、でも、ええと」
ハナノはちらりと皇太后達のテーブルを見た。今日はあくまでも自分は皇太后の客人なのだ、勝手に席を立つのは良くない。
皇太后とラッシュの周りは相変わらず人だかりで、ハナノが何しようと気付かない様子ではあるのだが。
「ホーランド、皇太后の客人を少し借りても良いだろうか? 彼女は私の友人でもあるんだ」
ハナノの視線を追って事情を察したラグノアはホーランドににこやかにそう聞いた。
「左様でございましたか。ハナノ様がラグノア殿のご友人であったとは驚きましたが、そういう事ならハナノ様に温室をご案内してあげてください」
ホーランドは恭しく礼をして答えた。
「ありがとう。ところで、あそこ花壇の深緑色の葉の植物だが」
ラグノアがさっきハナノが気にした月下夢草を指し示す。
「先ほどハナノ様よりお聞きしています。幻覚作用がある花粉を撒くらしいですな」
「ハナノから? やっぱり君は賢い子だね」
ラグノアはとても優しくハナノに微笑む。ハナノは今度こそ鼻血が出ると思った。
「お茶会後、庭を全て確認するつもりです」
ホーランドが言い、ラグノアは納得すると、ハナノへと手を差し出した。
「では、温室をご案内させていただきましょうか、レディ?」
「ひゃあー」
憧れの近衛騎士のエスコート。しかもラグノアである。
お茶会来て良かった! ハナノは心底そう思いながらその手を取った。
「では、ホーランドさん。また後で」
「はい。楽しんでいらしてください」
満面の笑みで告げるハナノをホーランドは軽く身をかがめて見送ってくれた。




