79.授業風景
オマケです。
『君のその瞳、深い海の色だね。太陽の光が届かないくらいの深い深い海の色だ、僕を吸い込んで離さない。とても静かで神秘的だ』
『その目、冬の夜空のようだ。吸い込まれそうに冴えざえとした夜の闇に輝く無数の星。君の瞳の中の輝きは僕を魅了してやまない』
フジノは目の前の長机に座る面々に向けて淡々と例文を古代語で読み上げた。
情熱的な言葉とは裏腹にその顔は砂漠の彼方を見るラクダのように凪いでいる。
「はーい、先生」
長机に座るメンバーの一人、アレクセイがのんびりと手を挙げた。
「何ですか? アレクセイ団長」
「さっきからずっと、深い青色の誉め言葉ばかりだけど、何故ですか?」
「竜馬の目は青色です。若干の違いはありますが、水色ではなく藍色に近い個体がほとんどです。この授業の第一目標は竜馬とのコミュニケーションですよね? 彼らはとにかく褒めて褒めて褒め倒せば仲良くなれます。なので深い青を褒めるバリエーションを増やしています」
ここは帝国騎士団学園の教室、古代語の教師フジノ先生が少人数での古代語特別授業の真っ最中だ。
生徒達は古代語の筆記テストで特に優秀な成績を修めた者達。
そこらの女子より可愛いと評判の美少年アレクセイ君に、中性的で気高い容姿だが私物の趣味がいちいち気持ち悪いセシル嬢、甘い王子系が好きな女生徒から絶大な人気を誇る銀髪キラキラのカノン君に、目が笑ってないけどよくみれば美形じゃない? と密かな人気を誇る水色眼鏡サーシャ君、そして女生徒の一部に熱狂的なファンがいるゴージャス金髪のローラ嬢だ。
というのは嘘で、ここは騎士団本部のセシルの執務室の一角である。
団長達の執務室の中でもセシルは一番広い二間続きの部屋を使っている。
そこに溢れかえっていた魔道具や、本や呪いの道具、魔方陣が書かれた羊皮紙や蛇の脱け殻、干からびた動物の足や、魔物の巨大な爪、頭蓋骨の標本や、何に使うのか不明の同一の虫の死骸を詰めた瓶、同じく用途が不明の錆びた鍵ばかりが詰められた箱、等々を何とか片付けて古代語の学習スペースを用意したのだ。
フジノの後方には黒板が用意されてもいる。
フジノの前には向かって右側よりアレクセイ、セシル、カノン、サーシャ、ローラが座りフジノの古代語のレッスンを受けていた。
「はい! 先生」
低く凛とした声が響き、鋭く手が挙がる。
「あの、セシル団長まで僕を“先生”と呼ぶのは止めてもらえませんか?」
挙手したのは第三団長のセシルだ。フジノは困惑した顔になった。
「アレクセイはいいのに何故だ?」
セシルは不服そうだ。
「いや、アレクセイ団長にも止めては貰いたいんですけどね」
「ハナノは、のりのりだったんだがな」
「そうでしたね、『そこ、私語うるさいですよ!』ってチョークで指したりして可愛かったなあ」
「確かに、あれは可愛かったですね」
カノンの言葉にサーシャが同意する。
「えぇ、そんな事してたんですか……」
フジノは呆れた。
(そういえば、すごいウキウキしながら帰ってきてたな)
初回の古代語レッスン後の妹を思い出す。
「今はフジノから学ぶ立場なんだしさ、先生で良くない? その方がこちらとしても学びやすいし」
「ああ、質問もしやすい」
今度はアレクセイの言葉にセシルが同意する。
「フジノ、両団長がこう言ってるんだし諦めましょ」
ローラがまとめに入った。
結局、古代語のレッスン中はフジノの呼称は“先生”で統一される事になった。
「では改めて、先生!」
しゅびっ、とセシルが手を挙げる。
「……どうぞ、セシル団長」
全てを飲み込んだフジノは発言の先を促した。
「海と空、太陽と星、をもう一度発音してもらえないか。ついでにせっかく冬が出てきているので、春、夏、秋、も聞いておきたいね。あと月もお願いしておこう」
「分かりました」
フジノはそれらの言葉をゆっくりと発音する。
セシルはそれを傍らの蓄音機型の魔道具に拾わせていく。これは今回の古代語レッスンに際して用意されたものだ。拾った音声を録音してくれる魔道具で、録音したものは専用の魔石に保存しておく事も出来る。
セシルはいずれは古代語の発音をきちんとした形で整理して後世に残すつもりもあるらしい。
「はい、授業に戻りますよ。僕が話すので復唱してくださいね。あと竜馬はマンネリを嫌います。ゆくゆくはアレンジを加えれるくらいまで頑張ってください。宝石に例えるのもお勧めです。ラピスラズリやサファイヤあたりがいいですね」
そこでセシルの手がまた鋭く上がる。
「宝石の発音も一通り聞きたいね。ついでに青以外の色も一通り発音してくれないか」
要望通り、フジノは今度は宝石を一通り古代語で発音してセシルが記録した。
こんな感じで例文を読み、復唱してもらい、気になる類似語や言い換えについても発音して記録もして授業は進んだ。
「今日はここまでです。来週のハナノの授業では竜馬の鱗の色や肢体を褒める予定です。各自復習と予習をしておいてくださいね。お疲れ様でした」
「「「ありがとございました」」」
2時間ほどの授業を終えてフジノは黒板を片付けだした。本日の生徒達も各々の荷物を片付ける。
皆が片付けている中、アレクセイはセシルに向き合うとにこやかな笑顔で古代語を使って話しかけた。
『セシル、あなたの水色の瞳は春の空のようだね。優しい色で僕は大好きだ』
セシルはそれを聞いて不敵に笑うと、こう返した。
『君の太陽の輝きのごとき金色には負けるがね』
おおー、と感嘆する一同。
フジノも驚く。団長クラスともなるとこういうのも器用にこなすんだな、と思う。
「すごいな、流石ですね。完璧な発音でした」
「ありがとう先生。来週も頑張らないとね」
アレクセイがにっこりした。




