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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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77.ハナノの特訓(3)


職場復帰の日、ハナノは久しぶりに騎士服に袖を通した。

何だか新鮮で身が引き締まる。

今日からまた頑張るぞ、とまだ若干ふわふわする足取りでアレクセイの部屋へと向かった。


「失礼します! あれ? フジ、帰って来てたの?」

アレクセイの部屋にノックして入るとそこには双子の兄であるフジノもいた、


「うん、数日前に。ごめんちょっとバタバタしててハナのとこ行けなかった」

「そんなのいいよ。団長用宿舎なんて入りにくいしね。アレクセイ団長、ご心配とご迷惑をおかけしまし、ああっ!」

挨拶の途中でハナノはアレクセイの髪型が変わってることに気づいた。


「何ですかそのショートカットは!? すごく可愛くなってるじゃないですか!?」

ハナノは目を見開いて、アレクセイに迫った。

鼻息が荒くなり、目は若干血走ってもいてアレクセイにちょっとだけ引かれてしまう。


「あー、ありがとう」

「えっ、しかもなんかカッコいい気もします! カッコいいと可愛いが両立してますよ! アレクセイ団長!」

「そう?」

「短いとちょっとだけ癖もでるんですね!」

「そうだね、重さが無くなるからね」

「なるほど!」


ハナノは興奮しながらじっくりとショートカットのアレクセイを観察した。

おかっぱはおかっぱで性別不詳な妖しい感じがあって魅力的だったが、ショートカットのアレクセイは普通に美青年でとにかく素敵だ。斜めに流されている前髪もいい。

触ってわしゃわしゃしたくてうずうずしてしまう。


(いかんいかん、団長なんだぞ)

巨大なゴーレムを一蹴するすごい所を見たばかりである。こんな見た目なのに、この人はとても強いのだ。

わしゃわしゃするなんてもはや不敬である。

ここは我慢だ、我慢。


ハナノはぐっと拳を握りしめて気持ちを落ち着けた。

落ち着くために質問もしてみる。

「ところで、どうしていきなりばっさり切ったんですか?」

「うーん、前からそろそろ切ろうとは思っていたんだけど、いよいよ子どもぶるのは止めようかなって。ほら少し前から初めての弟子もできたし、背負うものも増えたしね」

アレクセイはぱちんと可愛いウインクをフジノに送った。フジノはむすっとして横を向く。


「弟子はあんまり懐いてくれてないんだけどね」

「大丈夫です。口答えしないってことはけっこう懐いてますよ。あれは甘えてるんですよ、すみません」

ハナノはフジノをじと目で見ながらフォローする。


「あはは、分かるなあ。僕もそういうとこあった」

「えっ、アレクセイ団長がですか?」

「けっこう甘ったれてたんだよ」

「意外です」

ハナノとアレクセイの会話にフジノがますますふて腐れていくが放っておく。


ハナノは横目でむくれた兄を見ながら、しょうがないなあ、と心の中で呟いた。

でも同時に安心もしていた。アレクセイはちゃんとフジノを未熟者扱いするしフジノもずいぶんと心を開いているようだ。

そういうのはフジノに必要だと思う。

  

「ところでハナノ、セシルから様子は聞いてたけど元気になってて良かったよ」

「はい! 明日からでも通常業務に復帰出来ると思います」

「うん、そのことで話があって来てもらったんだ。えーと、どこからがいいかな」

「? どこからでもどうぞ」

ハナノは両手を広げて立ってみた。


「ふふ、立ち会い稽古じゃないんだから。じゃあ、単刀直入にいこうか。ハナノ、実は君にはかなり膨大な魔力があるんだ」

「…………はい?」

 

(膨大な? 魔力?)

ハナノは自分の右手の人差し指を見てみた。今日もすうっ、すうっと微量の魔力は出ている。

 

(これ、膨大かな……)


「あ、それじゃなくて」

「えっ、これ見えるんですか?」

「うん、見えるよー。見えるようになってるよ。でもそれじゃないんだ。それはハナノが持ってるすごい量の魔力が漏れてるだけなんだよ」

「え? いや、でも……」

ハナノはアレクセイの隣のフジノを見た。

ないよね? という意味をこめて。

ハナノの魔力のことならハナノ以上にフジノが知っているのだ。


「ハナ、隠しててごめん。アレクセイ団長の言う通りだよ。ハナにはすごい魔力があるんだ」

「ええ?」

兄の告白にびっくりする。


「僕なんか足元にも及ばない魔力だ」

「…………」

ずっとほぼないと思っていた魔力があると言われても嬉しくはない、ただ困惑するだけだ。

ハナノはフジノとアレクセイを順々に見るが、二人とも真面目な顔をしている。

 

「小さい時から、実はあるんだよ」

「いや、あるって言われても…………ないよ。知ってるでしょ? ちゃんと六才の時に神殿でも測定したもの」

ハナノは途方に暮れながら否定した。


「それについてはハナノは普段は無意識に魔力を封じてるみたいなんだ」

アレクセイがにっこりしながら告げてきた。


「はあ…………」

全然、ピンとは来ない。ハナノはまじまじと右手の人さし指を見てみた。


「それでね、その魔力を使う練習をしようか。というかしようね」

「え? はい」

返事は条件反射で口から出た。

 

「大きな力だからね、恐れて封じているのはかえって危険なんだよ。力を知って、使いこなせるようになろう。ね」

「えーと…………では、頑張ります」

「うん、頑張って」

「あのう、でもどうして私も知らない私の魔力をフジノとアレクセイ団長は知ってるんですか?」

とりあえず、返事はしたものの腑に落ちない。


「僕は双子だから分かるみたい。ずっとあったよ、えげつない魔力が」

「…………えげつないの?」

「うん、たぶん数万」

「すうまん」

再び右手をじっと見る。


(すうまん? なくない?)


「僕の方はハナノの魔力を廃神殿で見たんだ。覚えてないみたいだけど君は数万の魔力を使ってフジノの怪我を治して毒を中和したんだよ」

「えっ、私、治癒魔法なんか使えませんよ?」

アレクセイの言葉にハナノはますます混乱した。


魔法を使ったことはない。おまけに治癒なんて見当もつかない。

揶揄われているのだろうか? でもアレクセイはそんなことをする人ではない。


「知っているよ。でも、使ったんだ。無意識だったけどね。おかげでフジノは助かった。フジノはひどい怪我で致死性の毒も受けていた。僕では正直助けられなかったから本当に感謝してる。おまけに君は自分の腕の欠損の再生までしている。これについては後で詳しく話すよ」


「…………」

(ダメだ、全然二人に付いていけない)

ハナノはうろうろと顔を巡らせた。


「まあ、ピンとは来ないよね。いきなりあるよーって言われてもね。でもあるものはあるからハナノは明日から一週間魔法概論の補講を受けて。それで週に一回は実際に魔法を使う練習をしてもらおうと思ってる」


「私、そもそも魔法が使えませんよ」

「それも知っているよ。でも今までは使ってみようとすらしてなかっただろう? 魔力が多くても教えてもらうまで魔法が使えない人は結構いる。だからやってみよう」

「……はい」

「それにハナノは無意識だけど、ちゃんと魔力をコントロールはしてると思うんだよね。だから素質はあるはずなんだ」

「してませんよー、コントロールなんて」

ハナノは悲鳴じみた声を上げた。

 

変な買い被りは止めてほしい。十六年間、魔力なんてないも同然、魔法も使えないで生きてきたのだ。

いきなりあるとか言われても冗談としか思えない。


アレクセイはそんなハナノに優しく微笑む。


「でもハナノは今も無意識にしっかり封じているよ。その右手の漏れているのもコントロールしている証拠だと僕は思う。魔力は枯渇すると体に不調を来すし、意識も無くなるから普通はそんな風に漏れたままになんてならないはずなんだ。その右手のきっかけはフジノが作ったと聞いたけど、それを塞がずに漏れたままにしてるのはハナノの意思だよ。きっと君は体が魔力に耐えられないのを知ってるから、そんな風に少しずつ外に出してるんだ」


「むう…………」

ハナノは顔をしかめた。

 

「難しく考えなくていいんだ。まずは僕を信じてやってみて。己の実力を知るのは凛々しい騎士として大切なことでもあるしね」

「確かに……」

凛々しい騎士として、と言われてしまうと前向きにならざるを得ないハナノ。


 

()を知り己を知らば百戦危からず、だよ」

「……何ですかそれ、カッコいいですね」

カッコいいものには弱いハナノ。

 

「敵を知って、自分も知ろうねっていう意味だね。ハナノは魔物について詳しいよね、自分についても知ろうとしてみよう」

「なるほど」

「やる気が出てきたかな」

「はい! おのれを知ってみます!」

「うん、いいね。頑張って」

「頑張ります!」

ハナノは胸を張った。

そうだ、魔力なんてない、魔法なんて使えない、と尻込みしている場合ではない。

まずはやってみなくては。

  

「よかった。じゃあ明日からは補講を受けて、それが終わったら演習場での特訓を開始してみよう」

「はい! よろしくお願いします!」


「あと、もう一つあるんだ」

ハナノの話が一段落した後、アレクセイは続けた。


「もう一つ?」

「うん。フジノもなんだけど、君達二人に古代語の発音の先生をして欲しいんだよ」

「え?何ですかそれ? 聞いてないですよ」

突然飛んできた話にフジノが眉を寄せる。


「言ってないもん。ちゃんと業務の調整もするよ。授業は交代制の週二回を考えている」

「授業って……一体誰にですか? 発音ってことは読んで理解出来る人達にってことですよね」

「僕とセシルとカノンとサーシャとローラ。全員、読めるよ」

「本当に?」


「本当。セシルは独学で読めて、僕とサーシャはセシルに教えてもらったんだ。カノンは家門の方針で語学を叩き込まれてるからで、ローラはハナノが教えてあげてるんだよね」

「はい。ローラは凄い早さで習得してます」

騎士団入団後、ハナノが古代語を読めると知ったローラが教えて欲しいと言ってきたのだ。


ハナノは喜んで空いた時間にローラにこつこつと古代語を教えてあげていた。

ローラは探究心や向上心が強く、とても真面目に取り組んで今では普通に古代語が読めるようになっている。

さすが名門伯爵家のご令嬢である。きっと幼い頃からいろいろ叩き込まれて育ってきたんだなあ、と思う。


「その五人が生徒で、とりあえずの目標は竜馬とコミュニケーションを取って乗せてもらえること。授業の準備のための時間も別でちゃんと取るよ」

「まあ、やれと言われればやりますけど」

フジノは渋々頷いた。


「ありがとう。ハナノは?」

「もちろん、私で良ければ」

ハナノは素直に頷く。

「じゃあ、決まりだね。忙しくなるね」


そうしてハナノの補講と特訓に、古代語の授業が始まった。



 

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