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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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76.ハナノの特訓(2)


フジノがブルードラゴンの湖へと発った日、ハナノは高熱にうなされていた。

幼い頃によく経験したので慣れてはいるがしんどいものはしんどい。


「ふじのー、しんどいよぉ」

うんうん言いながら、ハナノは無意識にフジノを呼んだ。熱を出した時はいつもベット脇にびっちりと双子の兄が張り付いていたので、呼んでしまったのは癖だった。


(……あ、いないんだった)

自分の声にはっとなって薄目をあけたハナノはベット脇に誰もいないことに気づく。

フジノは一昨日見舞いにやって来てくれて、その時に任務に出かけるとも伝えられている。双子の兄の無事な姿を見て朦朧としながらほっとしたのも覚えていた。


「大丈夫ですか?」

ハナノの声に部屋に控えていた侍女が飛んできて、汗を拭い水を飲ませてくれる。


「ありがと、ございます」

ハナノは掠れた声でお礼を言った。

 

ハナノには今、交代制で三人の侍女が張り付いていて、夜中でも甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。

高熱で寝返りすらしんどいのでありがたい。

熱がマシな時は半身を起こしてスープを少し飲ませてもくれた。口の中が痛くてほんの数口しか飲めなかったが、飲んだ方が体にいいと言われて頑張って飲んだ。


(それにしても、ここ、どこだろ?)

侍女にお礼を言ったハナノはぼんやりと考える。

やたらと手厚い看病に明らかに豪華すぎる部屋、自分が寝かされているのは騎士団の医務室ではないというのは分かるのだが、どこなのかは見当もつかない。


だが今のハナノにそれを詮索する余裕はなかった。

フジノも来てくれたし、セシルも顔を出してくれたので騎士団のどこかではあるのだろう、とぼんやり思う。


(うん、騎士団内ならどこでもいいや。しんどい、眠い)

水を飲んだハナノは泥に引きずり込まれるように眠った。



 

❋❋❋

 

ハナノの高熱が微熱になり、凄まじい眠気からも解放されたのは廃神殿の任務から帰って十日後の朝のことだった。

 

明るい部屋でハナノはよろよろと身を起こす。そして扉横に座る侍女に話しかけた。


「おはようございます。あのう、ここは、どこですか?」

まだ少し掠れているが、久しぶりにまともな声が出せた。


「おはようございます! 良かった、今日は起き上がれるんてすね! おしゃべりまでできてる!」

侍女が目をうるうるさせながら喜ぶ。十日も伏せっていたのでかなり心配をかけたようだ。


「はい。今朝は大分マシです。あのう、ここは?」

「ここは騎士団本部の団長用宿舎の一室です」

「団長用宿舎……」

おっと、何てすごい所で自分は寝てるんだ、とハナノはびっくりする。


(何で? もしかして重病人はこっちとかなのかな?)


「隔離ですかね?」

「えっ? さあ、そのようには聞いてません」

「じゃあなんで平の私が団長用の宿舎にいるんでしょうか?」

「すみません、詳しい事情は私では分からないんです」

「あ、ごめんなさい」

しょんぼりしてしまった侍女にハナノは申し訳なくなった。そして身を起こして少し話しただけなのに早くも目眩がしてきた。

「あれ? くらくらする」

「ムリはしないでください。十日も寝てたんですよ」

侍女はすぐさまハナノを横にならせた。


「何か食べましょう。ずっとほんの少しのスープしか召し上がってないんです。すぐにお持ちしますね」

侍女はそう言って部屋を出ていき、すぐに擦りおろしたリンゴとパン粥、スープを持って来た。

ハナノは何とかそれを食べてまた眠った。


昼過ぎに目覚めた時はもう少し食べる事が出来て、夕方には自分で着替えも出来た。ベッドから出ようとするとまだ足が震えて歩けなかったが、食べれるようになったし何とかなるだろう。ハナノは回復へと向かいだした。


ハナノに交代で張り付いてくれている侍女は三人で、ハナノは目覚めた翌日には彼女達と仲良くなった。

可愛らしい感じの娘がサリーで、お姉さん風なのがロザリー、がっしりした体格なのがレイチェルだ。


サリーはフジノが目覚めるまではそちらに付いていてくれたようで「すっかりお元気でしたよ」とハナノに教えてくれた。


起きて二日後の昼、セシルが顔を出した。

「起き上がれるとは聞いていたが元気そうだな、良かった」

「はい。ご飯も食べれてます。明日にはうろうろ出来そうです」

「まだふらつくのだろう? 無理はしないようにしなさい」

「無理はしません。ところで、セシル団長」

「なんだい?」

「私はなぜ団長用宿舎に居るのでしょうか? 隔離ですか? こういう熱は小さい頃によく出していたので伝染病とかではないと思うのですが」

ハナノはやっとずっと疑問だったことを聞いた。


「ああ、そうだね。確かに君の熱は伝染るものではなかった。今回は倒れた状況が特異だったから念のためにこちらで様子を見ていたのだよ」

「状況が特異?」

「覚えてないかい?」

セシルに言われて記憶をたどる。


確か、廃神殿で地下の祭壇から戻って来たらフジノが血溜まりに倒れていたのだ。

こうしてはっきりした頭で思い出すとぞっとする。すごい血の量でフジノの顔にはもはや生気がなかった。

フジノを喪うと思って物凄く怖かった。

もう兄を喪うのは嫌だ、と。


(ん? もう?)

そこで、はたとハナノは止まった。

待て待て待て、と自分を窘める。

ハナノの兄は全員生きている。フジノも入れて四人もいるが、みんなぴんぴんしているのだ。

危ない、危ない、一体誰を亡き者にしてたんだろう。


(そうじゃなくて、倒れた時のことだ)

ハナノは気を取り直して倒れていたフジノを発見した時のことを思い出す。


「あ!」

そうだ、瀕死のフジノのことで頭がいっぱいだったけど、側には魔物もいたはずだ。

もしかしたらあの魔物は毒があるとか、憑依系の魔物だったんだろうか。


「そういえば、魔物がいましたね。危険なものだったんですか?」

「ああ、夢魔だったんだ」

「夢魔でしたか! 珍しいですね」

夢魔なら知っている。精神系の上級の魔物だ。闘い方は特異で致死性の毒も持つ。


「珍しいよ。フジノが倒したんだけど、そのせいで怪我もひどかったし毒も回っていた。だからフジノがここに運び込まれて、その場で倒れたハナノも念のためにここにいる」


「なるほど。未知の毒かもしれなかったんですね」

「ああ、今回のハナノは違ったようだけどね」

「こういう熱は小さい頃は疲れた時とかによく出してたんですよ。へへへ、では私はこんな豪華な部屋で寝れて役得でしたね!」

天蓋付きのお姫様ベッドに寝て、侍女が付き添ってくれるなど二度とできない経験だろう。後で浴室も確認してみよう、きっとバスタブは猫足の素敵なやつに違いない。


「ところで私はいつまでこの部屋ですか?」

「うーん、この調子なら明日か明後日だろうか? 今から医務室に移るのは負担だろうから全快するまでここでゆっくりしていきなさい」

「やった! ありがとうございます」

「嬉しそうだね」

「そりゃあ、この部屋はテンション上がりますよ。なんだかお姫様になった気分です。もちろん、目指しているのは凛々しい騎士ですけどね!」

「ふふ、なら楽しんで」

「はい! セシル団長のお部屋もこういう仕様なんですか?」

聞いてからハナノはセシルの執務室の混沌とした様子と、その扉にあった不気味な動物の頭部を模したドアノブを思い出す。


「…………」

仮にこういう仕様だったとしても、中はひどいことになっていそうだ。ドアノブもいじられている気がする。


「いや、私の部屋は若干異なる仕様だね」

「そうですか……いろんな部屋があるんですね」

本日ハナノに付いてくれている侍女のロザリーを見てみると、ロザリーは無言で顔を横に振った。

きっと若干どころではなく異なっているのだろう。

ハナノはセシルの部屋についてはこれ以上突っ込まないことにした。


「あまりはしゃがないようにしなさい。熱が上がるからね」

「はい」

その日、ハナノはもちろん猫足だったバスタブに浸かってすごくいい香りのする石鹸で体を洗い、夢のような手触りになるシャンプーで髪の毛を洗った。


  

翌日には部屋の外へ出歩けるまでに回復し、ハナノは散歩がてらセシルの部屋まで行ってみた。

セシルの部屋の扉のドアノブはしっかり変えられていて、それは動物の頭部ではなかった。


「うわあ……」

ドアノブがあるべき場所には、ゴブリンの手を模したものが鎮座していた。

節くれた細いその手はとても精巧で、握手を求めるように気持ち悪く差し出されている。


「うわあ……」

ハナノが触らないように顔を近付けて観察すると、ノブは回るようにはできていないようだ。握手をすると何らかのリアクションが扉に起こるのだろうと予想される。


「…………」

もちろん、握手はしてみない。

勝手に部屋に入るなんてあり得ない。そしてそれ以上に握手はしたくない。

ハナノはそうっとセシルの部屋から後退りで離れた。


その日の昼食はダイニングでサリーの給仕付きでいただき、夕方にハナノはやっと寮の自室へと戻ることとなった。

明日はまだ職務復帰はできないが、朝イチでアレクセイの執務室に顔を出すように言われる。

ハナノは侍女達にお礼を言って団長用宿舎を後にした。


寮ではローラがまだ足元が怪しいハナノを心配して、夕飯を食堂から持って来てくれて、食べるとすぐ寝かしつけられた。



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